第15話 声!

 いおりさんの実のお父さんであり、俺やいおりさんがプレイして来たオンラインRPGの中でトッププレイヤーに属するケンジさん、そんな人に二夜連続で呼び出しを食らう哀れな俺。


 指定された過疎り切った他プレイヤーなどほとんどいない町に、嫌々ながら向かうことにした。ま、向かうと言ってもワープ的な魔法があるから文字通りひとっとびで、時間的苦労はないに等しいのだが。


 しまったなぁ、昨日ケンジいおり父さんにもういおりさんとは関わらないって言ったのに速攻で破ったもんなぁ、俺からじゃないけどそんなの言い訳にならないし……はぁ。


 パソコンの前で、本来ストレス発散の娯楽の為にするはずのゲームで、否応なしに本日最大級のストレスを感じて胃が痛くなる気分に陥る。


 町に入り、ケンジいおり父さんを探す。特に待ち合わせ場所の指定がない場合、このゲームは街に入ってすぐのどの街にも設置されている掲示板が待ち合わせ場所になるのが定番なのだが見当たらない。


 あれ? 街を間違ったかな? 


 ウィンドウを開き、現在地が間違っていないことを確認して少し悩む。


 やっぱりどこに行けばいいかもう一度聞いた方がいいよなぁ……。


 仕方なく、キーボードを叩きどこにいるの聞くことにしたが、こんなにもキーボードのタッチって重かったっけ? ってくらいにチャットをしたくない。


 ライ「来ましたけど、どこにいますか?」


 反応は早かった


 ケンジいおり父「ギルドのある裏の通り、そこの西の方にある行き止まり」


 すげぇ事務的な返答だな、嫌なら呼ばなきゃいいのに。それになんでそんな変な所を指定するんだ?


 はっ! まさか、体育館裏に呼び出す的なですか? って、こんな過疎ったプレイヤーがいない街でしかも基本プレイヤーキルが出来ないゲーム内で何の意味もないよなぁ。


 俺はゲームパッドを操作して自キャラを指定された場所へ移動させた、すると


 ん? あれ、なにしてんのこの人。


 指定場所にいたのは確かにケンジいおり父さんだが、とてもトッププレイヤーとは思えない質素な装備と言うかこれ丸裸、さらにキャラを袋小路とはいえ道のど真ん中で正座させていた。


 まぁ、恰好はどうであってもまずは約束を守れなかったことを謝るかと思った矢先、ケンジいおり父さんからのチャットがきた。


 ケンジいおり父「すまんかった」


 それと同時に、ケンジさんが土下座までしている。七年続けてきたゲーム内で嫌と言うほど見てきたキャラアクションだけど、基本的には土下座なんて冗談でするもので本気でする人なんか見たことがない、故に何の冗談だとしか思えなかった。


 ライ「どうしたんですか?」


 謝ろうと打ち始めていた文字を消して、土下座をしている理由を尋ねた。今度は反応が鈍い、返答に困っているのか長文を打ち込んでいるのか


 ケンジいおり父「昨晩、ライくんがあのオフ会での事件の時にずっと俺のいおりを励ましてくれていた少年だった事を知らずに酷い事言った件だ。昨日あの後に娘からひどく怒られたよ。まさかキミがそうだったなんてな」


 そう言いながら、何度もキャラを土下座させている。

 なるほど、このゲーム内では知らない人はモグリだと言われてもおかしくない程のトッププレイヤーケンジさんが、ただプレイ歴が長いだけの中堅プレイヤーに土下座連打している姿は万が一でも他プレイヤーには見れれたくないよな。


 それにしても、なんて返せばいいのやら。とりあえず俺も昨日言った事を守れなかったことを謝っておこうか。


 ライ「土下座止めてください。俺の方こそ昨日もう関わりません的な事を言っておきながら一日も守れませんでしたから、むしろ申し訳ないです」


 そうチャットを送るとケンジさんは高速連打土下座をようやく止めて立ち上がってくれた。てか、そもそも高速で土下座を連打するとかシュールでしかない、実は俺を馬鹿にしていたな!?


 ケンジいおり父「それに関してはいおりから聞いている。気にしなくていい、今日も会ったのだろ?」


 ライ「はい、関わらないと言った手前少し迷いましたが押し切られた感じで」


 ケンジいおり父「そうか、ライくんにはむしろお礼を言わないとかも知れんな」


 ライ「お礼ですか?」


 ケンジいおり父「自分からなにかをしようと動くような娘ではなかったからね。とにかく根っからの内気な娘でな」


ライ「ゲーム内の勇ましい姿からは想像出来なかったから少し驚きました」


ケンジいおり父「そうだろうな、今回にしてもライくんの事を何年も前から知りながら自分から会いたいとは言えずにいたようだし、ライくんから会おうと言い出してなければあの娘はライくんに最後まで会うことすらできなかったろうな」


 ライ「俺はガイさんが女性とは微塵も思っていませんでしたけどね。ところで、コップが当たった額は大丈夫ですか?」


 ケンジいおり父「なんだ、そこまで聞いているのか。じゃあ、娘の今日の下着がピンク色なのは知ってるな?」


 ケンジいおり父の突然の言葉に思わずパソコンの前で吹き出した。なんなんだこの父親は!? 知るわけないだろ!


 ライ「いや、さすがに知らないっすね。そもそも知るわけないじゃないですか」


 ケンジいおり父「本当か?」


 ライ「はい」


 ケンジいおり父「ちっ、もし知っていたら二度と表立ってゲームをプレイできないようにして、チームも潰してやろうと思ったのだが」


 ちっ、じゃねーよ。なんつー父親だよ! トッププレイヤーのあんたがそんな事言ったら洒落にならないだろうが! そもそももうすぐサービス終了するからこっちは大して被害ねーわ!


 と、その時スマホにメールが来た事を知らせる音が部屋に響いた。とりあえずケンジさんを放置してスマホを手に取って差出人を見るといおりさんからで、内容を読んで思わずニヤニヤしてしまう。

 どうやら、思ったより早く帰ってきたようでもうすぐログインするそうだ。それにしても、男友達と違ってこんな些細な内容でも絵文字盛り沢山の華やかなメールになるもんなんだな。

 

 パソコンに目を戻すと、よそ見をしている間にケンジさんからのチャットがいくつか流れていた。マウスの


 ケンジいおり父「ところで娘の写真いらないか? 今なら安くしておくぞ?」


 ケンジいおり父「聞いているのか?」


 ケンジいおり父「あ、そうだ。高校生の時に着ていた学生服ならどうだ? こっちはあまり安くできないが貴重だぞ!」


 ケンジいおり父「おい、離席か?」


 ケンジいおり父「頼む、今月は小遣いが厳しいんだ!」


 ケンジいおり父「おーい」


 ケンジいおり父「わかった! 生着替え写真を撮る! それならどうだ!?」


 ケンジいおり父「本当にいないのか? 無視はいかんぞ~」


 マウスのホイールを動かして、よそ見している間にチャットウインドウ外に流れたケンジさんが送ってきたチャットを読んだ俺は、そっといおりさんにメールを返した。


 ログインする前にお父さんの部屋をのぞいてみて


 と。


 すると、そこから間もなくチャットが唐突に止まり、ケンジさんのキャラも動かなくなった。俺はチャンスと思い、今のうちに用を足そうとトイレに行った。

 すっきりして戻ってきてもチャットウインドウは変わらず、ケンジさんも動いてなかった。そのまま動きがあるまで様子を見ていたら。


 ケンジいおり父「すまない、今のは無しにしてくれ」

 

 俺は、ぶっちゃけ笑いながら


 ライ「あれ、どうしました?」


 と、とぼけた返事をした。


 ケンジいおり父「なんでもない。それと俺は急用ができたからもう落ちるから、それでは」


 そう言って、ケンジさんは急ぐようにログアウトしていった、急用と言っても原因はわかっているのだけども。一つ心配なのは、いおりさんのお父さんに怪我が増えていないかって事だけだ。そして、


 ガイいおり「もう! お父さんとなんて話してるの!」


 少し怒っている様子の文面でいおりさんからチャットが来た。


 ライ「言い出したのは俺じゃないよ、チャットログ見たでしょ?」


 ガイいおり「見たよ! もうお父さんとは口きかない!」


 ライ「あらま。ところで友達とのご飯は? もう今日はログインしないと思ってた」


 ガイいおり「明日は月曜日だから元々そんなに遅くまでのつもりはなかったし、それと一緒にご飯食べた友達が私のバックに付けた今日買ってくれたペアお守りに気付いてくれて、根掘り葉掘り聞かれちゃって」


 ライ「なかなか鋭い友達だね」


 ガイいおり「そうなの会ってすぐ気づいてたよ。それで話したら、私なんかとダラダラご飯食べてないでさっさと帰れって、それで少し早くなったんだよね」


 そうか、チャットウインドウに流れる文字を見て事情は理解できた、なかなか友達想いの友人じゃないかって思うと同時に、文面では伝わってこないいおりさんの声から感じ取れる感情が無性に気になってしまう。

 今いおりさんは、気怠そうなのか嬉しそうなのか、つまらなさそうなのか楽しそうなのか、チャットだけではどうしても得られない気持ちを少しでも知りたい。


 ライ「そうか、ところで」


 ガイいおり「なに?」


 ライ「今から電話していいかな?」


 すぐには返事がなかった、なかったけどかわりに俺のスマホが鳴りだした。画面を確認するまでもなく電話とると。


「うん、私も声が聞きたい」


 たったそれだけの言葉ですごく、ものすごく嬉しそうな声のいおりさんが、俺の心を温かさで満たしてくれた。

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