第14話 相談! 後編

「おい、なんだよその道端に落ちているゴミを見るみたいな目は」


 いおりさんとの顛末を一通り話した後、実の姉である春佳から向けられるその軽蔑溢れる目つきが俺を心底ムカつかせた。


「あ、ごめん」


 と、春姉ぇは謝りながらさらに酷い目つきで俺を見下すようになった。


「悪化してんじゃねーか!」


「あら、だってゴミじゃなくて、類まれなるヘタレを見てるんだもの。見ように寄ってはゴミ以下よね。弟ながら本当情けない」


「ああーっ! 話す相手間違えた! もう風呂入って部屋に行くわっ!」


「ザーピー残ってるよ?」


 春姉ぇはそう言って、テーブルの上にある残り二切れのピザを指さしている、


「いらねぇよっ! てか、おっさんか!」


 そのままリビングから廊下に出て風呂に向かおうとすると、すぐに春姉ぇが追いかけてきて


「ごめんごめん、ふざけが過ぎたわ。お風呂あがったらまたおいで、少し話があるから」


 春姉ぇの顔を見ると、なるほどさっきまでのニヤニヤした顔でもムカつく目つきでもなくなっている、どちらかと言えば昔から悪いことをした俺に優しく説教をする時の目つきだ。この目をされたら俺は春姉ぇに逆らえない。


「……わかったよ」




 風呂から上がって、リビングに行くと夕飯だったテーブルの上のピザは片付けれていて、代わりにコーヒーが二人分用意されていた。

 春姉ぇは、リビングに戻った俺に気付くとチョイチョイと手招きをして正面に座るよう促してきて、それに従い素直に座る。


「ほら、コーヒーいれといたから飲みなよ」


「あ、ああ」


 春姉ぇは昔から飯は不味いけどコーヒーを入れるのは上手かった。このコーヒーも自分で選んだコーヒー豆をブレンドしたものだろう、実際春姉ぇのコーヒーを知ってしまうと缶コーヒーなんか飲めなくなる。

 そして、春姉ぇがコーヒーを入れてくる時というのは決まって機嫌が良い時だ。


「春姉ぇ、コーヒーなんか入れてどうしたんだよ? 今、なんだろ? いつもなら昨日の晩みたいに不機嫌マックスじゃないか」


「あんたねぇ、実の姉にそんなデリカシー無いこと聞くんじゃないの。それよりも機嫌が良くなる事があったってだけよ。可愛い弟に初めての彼女ができそうなんて、私はとても嬉しいの」


「可愛いって、春姉ぇこそそんな恥ずかしい事をよく簡単に口に出すな……」


「あら、私は昔からブラコンよ? 知ってるでしょ」


 初耳だわっ!


「で、話って? 茶化すだけなら部屋に行くからな」


「やだな、茶化さないわよ」


 と、軽く笑う春姉ぇは、風呂に入る前よりは真面目に話すって雰囲気を出していて確かに茶化すつもりはなさそうだった。


「そうね。単刀直入に言っちゃうけどさ。その、いおりちゃんてやっぱりあんたの事を好きだと思うよ、それもかなりね」


 薄々心のどこかではそういう考えは自分でもっていた。しかし、改めて他人と言うか姉から言われるとやはり驚く。

 いや、正確には驚くと言うより、そんなはずなはないだろう? と自然と拒否反応がでてしまうのだ。もし違ったらって臆病風が吹き荒れるのだ。


「六年前だっけ? そのオフ会でのトラブルの時からすでにあきくんに落ちてたんだよ。聞くに相当健気な子よね、引っ込み思案である自分を誤魔化してまであんたに会ってくれたって凄いことだよ?」


「いや、まぁそれはわかるよ……、でも」


「でも?」


「仮に昔のオフ会で俺にそう言う気持ちを持ってくれたからって、六年も想ってくれるってなかなか信じられないんだよ。五年はゲーム内チャットで話していたとしても実際に会ったのだってまだ二回なんだし」


 そう言うと春姉ぇはわざとらしい大きなため息をついて、


「本当に変なところで生真面目でつまらない男だね、あきくんは。会った回数なんて関係ないの、好きになっちゃえばね、理屈も時間も関係ないんだよ。きっと一目惚れに近かったんじゃない? もちろん父親が大怪我して心細い時にずっと支えてくれたってのが一番大きいのだろうけど」


 春姉ぇはそう言いながらコーヒーを口に運び、少し満足げな顔をしている。言いたいことをとりあえず言えたって感じかな。

 しかし、これで、そうか俺の事が好きなら付き合えるよなって納得できるのっだたら年齢=彼女いない歴な男にはなっていない。舐めるな。


「いや、だとしても六年も?」


「うーん? そこ気するなぁ。えっとね、少し違うんだけど私の会社の同僚にさ、五年位前にずっと付き合ってた彼氏に浮気された挙げ句、あっさり捨てられた人がいるんだけどね」


「へぇ、それが?」


「その人、麻奈美って人で年齢は一つ上の人になるんだけど、結局ずっとずっとバカみたいに五年以上待ち続けて夏になる前に復縁したんだよね。私なら絶対に許さないし、八つ裂きにしてち○○を駅前で晒してやるんだけど、麻奈美ったらもう病気かってくらいに一途でねぇ。ま、復縁できたのはその彼氏の勘違いだかがきっかけで奇跡だなんて喜んでたかな」


 いやもう、駅前に晒すのは止めてあげてください。想像するだけで縮み上がりますし、そこしか話の印象が残らないです。てか、麻奈美? どっかで聞いたような……?


「う、うん……で?」


「えっとなにが言いたいかって言うと、人一人を思い続けるって案外珍しい話じゃないよって事」


「なんか、その会社の人は特殊な例のような気がするけど……病的なんだろ?」


「病的であっても特殊であっても事実っ! 六年も想い続けた気持ちを結果はどうであれ受け止めるのがあきくんの役目、もう悩む必要も止まる必要もない所まで来ている事にさっさと気付きなさい!」


「いや、そんな簡単に……」


「つべこべ言うな! 小さい頃からの悪い癖だぞ、なんでもかんで失敗した時の事ばかり心配して結局なにもしないで! そんな情けないヘタレな考え方で本当に欲しいものが手に入ると思わないの! わかった?」


 いつまでも煮え切らない態度をとる俺に少しイラついたのか、少し強めの口調で春姉ぇは言った。昔からの俺の癖、こうやって改めて言われると少しくるものがあるな……。


「わかったよ、努力する」


「ま、そうは言っても、いおりちゃんて子も話を聞く限りだと、あきくんみたいな多少ヘタレの方が良いのかもね。のんびり関係を築けそうである意味お似合いってことかな」


 そう言って少し意地悪そうに春姉ぇは笑った。さらに続けて


「でも、あまり待たさないようにしてあげなよ。ずっと会いたいと願っていた人に会えた以上、いおりちゃんはその次だって期待しているよ。引っ込み思案だろうが女は我儘だし覚悟を決めたら強いんだから。なーんてね」


 春姉ぇはそこまで言ったらおもむろに立ち上がり、


「さぁて、相談はここまで! 私もお風呂入ってこようかな、たまには一緒に入る?」


「はぁ!? バッカじゃねぇの!? 気持ち悪いんだよ!」


「あはは、それそれ、私にそうやって思ったことをすぐにぶつける強さを持ちなって」


 そう言って、春姉ぇはリビングから笑いながら出て行った。


 いつも弟の俺を馬鹿にするような事ばかり言う姉だけど、やはり姉は姉なんだと実感する。今、俺がなんて言われたら一番響くのか分かってくれている、二年の年齢差からなのか性格からなのかはわからないけど、一生適わないそんな気にさせてくる。


「言われたから行動するってのも癪だけど、少し頑張るか……な」


 ボソッと一人つぶやき、俺は二人分のコーヒーカップを片づけた後、自室に向かった。



 自室に入り暖房を入れて、パソコンを立ち上げ時計を見ると、八時をすぎた頃だった。椅子に座る前に念の為、スマホに着信かメールがないかも確認してからパソコンに体を向ける。


 今からログインすればチームメンバーも大体揃ってるだろうから、どこか上級ダンジョンでも行くかな。


 オンラインゲームを起動して、キャラを選択して決定キーを押す。画面が暗転してゲームの世界に入り込んだ。

 ログインしてすぐに、チームメンバーのログイン状況を調べるためにメンバー一覧を見ていると、チャットの通知音が鳴った。


 ん? だれだ? ログイン直後に声をかけてくるとかなかなタイミングのいい奴だな……。


 チャットウインドウを隠している、メンバー一覧のウインドウを消してチャットを送って来た相手を確認する。


 !?


 名前を見て思わずパソコンの前で頭を抱えた。


 ケンジ「遅かったな、すぐに昨日の街に来れるか」


 タイミングよくチャットを送ってきたのは、いおりさんのお父さんだった……。

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