第13話 相談! 前編
肩から下げた小さなバックに、少し前までは無かった自己主張の少ないシックなデザインの小さなペアの片割れのお守りが下げられている。俺はそれがどうしても気になりチラチラと目が行ってしまう。
そのペアのお守りは、さっきまでいた縁結びの神社で購入したものでもう一つは俺が持っている。ただ、今日の俺はバックを持たずに手ぶらで来たためどこかに着ける場所もなく紛失しないように財布の中にしまっている。
彼女いない歴二十二年、年齢二十二歳になる人生で誰かとペアのものを買って身に着けたりなんて当然初めてで、そのペアの片割れを付けている女性が目の前にいるっていうのが信じられない。いや、目の前にいるから信じる信じないじゃないってのはわかっているのだけど……。
「それじゃ、今日はありがとう。私の我儘ばかりだったのに、お守りまで買ってくれて」
駅のホームでいおりさんはそう言いながら、持っているバックを自分の前に移動させて先ほど神社で買ったばかりのお守りを俺が見やすいようにしてくれた。
「俺は社会人だしそのくらい気にしないでいいよ。まだそんなに暗くはなってないけど帰り気を付けてね」
「うん……」
先週と違い俺はいおりさんが乗る電車が来るホームまで見送りに下りた。これから別の用事があるいおりさんと違い、俺は帰っても用事なんかないから時間に余裕があるから、そう言ってホームまで一緒に下りてきた。本音は違ったけど。
「えっと……、今日はゲームにログインできないんだっけ? それじゃ次は明日かな?」
「うん、今日は学校の友達とご飯を食べに行く約束をしてたから……」
「そっか、その、いいな楽しそうで」
全く以て情けない、気の利いたセリフなんか浮かばないし浮かんでもヘタレな俺は口に出すこともできないんだろう、どうせ。
いおりさんは俯むきなにも言わない、もしかしてヘタレな俺に愛想を尽かしてちゃったかな。
このままじゃいけないと、なにか何でも良いから言葉を口に出そうとしたところで
駅構内のスピーカーから大き目の音量で聞き慣れたメロディと、いおりさんが乗る電車が間もなく到着すると言う案内が響いた。
電車が来る方向を見ると、車輪の回る大きな音と共に電車が駅に入ってきた。これが止まって、扉が開けばいおりさんとお別れかなんて考えた。
プシューッ!と扉が開き、結構な人が電車が降りてきた。扉近くにいた俺といおりさんは下りてきた人とぶつからない様に体を少し移動しながら、
「それじゃ、これで。寒いから早く中に入った方がいいよ」
と言ったが、いおりさんは動かず乗ろうとしない。
「あれ、ドアしまっちゃうよ、ほら」
指をさして乗るよう促すが、それでもいおりさんは俯き動かず、そうこうしている内に扉が閉まるアナウンスが流れ無情にも閉まってしまい、そのまま発車してしまった。
「いおりさん、電車──」
「もう一つ後でもたぶん間に合うから……もう少しだけ」
「たぶんて、あまりギリギリだと焦って危ない事に──」
そう言いかけた所で、目の前のいおりさんが顔を俺に向けてグッとこれまでよりも強い視線でまっすぐ俺のを目を見られて思わず言葉が止まる。
「またって、また会おうって言ってくれないの……?」
そう言うといおりさんは俺の方に歩み寄ってトンと自分の額を俺の胸に当ててきた。心臓が飛び上がるとかいうレベルじゃない、このまま天に召されるんじゃないってくらいにバクバクする。
「言ってほしい、言ってくれないと帰るのが怖いの」
唐突に、大きい口笛と囃す声がホームの反対側から聞こえた。顔を上げてみると、線路を挟んだ向こう側のホームで高校生くらいの男子数人が俺たちを見てはしゃいでいた。
思わず恥ずかしくなる反面、その高校生たちのように大声までは出さないまでも昔の自分と重なり俺もそうだったなぁって少し冷静になれた。
「わかった。気付かなくてごめん、また会おう、約束する。せっかくペアの縁結びのお守りも買ったんだから、この縁を大事にしよう」
そう言って、本当は背中に手を回したかったけど俺にはその度胸もなく、躊躇いながらもいおりさんの肩に手を置いた。軽くビクッっとしていおりさは顔を上げて
「うん、絶対だよ」
って、言ってくれた。
その後、本当に名残惜しそうに次の電車に乗るいおりさんを見て、こんな俺にもそんな顔をしてくれる人がいるんだと心底嬉しくなり、それと同時により愛おしくもなった。
いおりさんを乗せた電車が去っていくのを見て、寂しさに押しつぶしてしまう錯覚にも襲われ、しばらくその場から帰る気にすらなれなかった。
一人、帰りの電車の中でもずっといおりさんの事を考えていた。
あそこまでしておきながら、手を繋いで参拝をして、ペアのお守りを買って、駅のホームで男子高校生に囃されるような事をしておきながら、最後まで付き合おうだとか、好きだとか、愛してるとか言っていないんだなと。
別れ際のいおりさんを思い出して、なにも考えずに伝えても良かったのかなってずっと悩み考えながら帰った。
自宅に帰りつくと自宅駐車場に車がない事に気付く。
家の中に入るとリビングにはだらしない恰好で姉の春佳が転がっていて、他にはお袋のいる様子もなければ時間的にはいつもならあるはずの夕飯すらないように見えた。
「あ、おかえり~」
帰って来た俺に気付いた春姉ぇがそう言いながら寝っ転がっていた姿勢からやれやれと言わんばかりに立ち上がった。
「あれ? お袋は? てか、夕飯は?」
「あんた聞いてないの? お母さんは近所の主婦会、お父さんは会社の接待だかで遅くなるってさ。夕飯なら私が作ってやるからありがたく食え」
「へぇ、日曜なのにか。それじゃ牛丼食ってくるわ」
ぎゃー。
逃げるように颯爽とリビングから出ようとした俺を春姉ぇがダッシュで追いかけてきて後ろからまじもんのヘッドロックをされた。
ま、まて! っく! くるしぃぃっ!!
「私が作る飯をそんなに食いたくないんか!」
「がっ……! ぐぇ……っ!! ちょっ!!」
このバカ姉、本気で絞めるんじゃねぇぇぇっ!!!
力み疲れたのか少し緩んだ瞬間を狙って
「食べる! 食べるから! 離してくれぇぇ!」
と、悲鳴を上げた直後、春姉ぇがクンクンと鼻を鳴らし始め俺の首を絞めていた手と言うか腕を緩めた。チャンスと俺が春姉ぇから離れて距離をとる、すると、
「んー? あんた、彼女できた?」
突然の姉の質問に動揺する俺。
「は、はい? そ、そんなんいないって!」
「あーん? でも、確かに知らん女の匂いしたんだけどなぁ?」
うそだろ? こいつ前世って警察犬かなんかなん?
「ああ、分かった。先週の土曜にあんたが会ってたいおりちゃんか、今日も会ったんだ?」
すごい洞察力!?
いや、違うそもそも他に女性の知り合いがいないのを知っているだけだ、それはそれでむなしい。
「その子にちゃんと、お姉様が寝ている時に三十分も連続でしつこく電話するなって伝えたのか?」
ぐっ、そうか。そういえば昨日それでブチ切れてたな! 部屋に放置してた鳴りっぱなしの電話をブチ切れながら俺にブン投げてきたてし、その時に着信画面を見ていおりさんなのがバレたのか。てか、なにがお姉様だアホ。
「どうだっていいだろ!? ほっとけよ!」
「いやいや、年齢=彼女いない歴の哀れなあきくんに、女友達ができただけでも姉である私は嬉しいよ」
「あきくんて言うな!」
「なによ、童貞のくせに」
「関係ねぇだろ!!」
あまりにもくだらないやり取りする俺と春姉ぇ、意味なんかないと思っていたが
「関係? あるよ。どうせ童貞のあんたの事だから、ウジウジウダウダと禄に会話もできなかったんじゃないの?」
ぐっ……!! 読まれてる!! てか、童貞童貞うるせーよ!!
「まったく、この間も言ったけどもっと堂々としてればそれなりにいい男なんだけどねぇ、どうしてこんな根暗な陰キャよりの情けない男になったのかなぁ。あんた本当に私の弟なの?」
春姉ぇがそう言い切るだけあって、姉は弟の俺から見ても美人だと思うし、家では怠け者なうえに乱暴者だけど外で家族以外の人に見せる顔や仕草は驚くほどに人を惹きつける人気者だ。完全に俺とは正反対だ、あんた本当に俺の姉かよって話だ。
「知るかよ、春姉ぇみたいに俺は器用じゃないんだよ」
「そう。仕方ない、可愛い弟の為に相談に乗ってやるよ、何でも聞きな」
などと抜かして胸を張る姉。相談? 実の姉にそんな相談できるわけないだろう、なにを言っているんだこいつは、別に春姉ぇなんかに相談しなくても……、しなくて……も、……ん?
「ほら、早く言いなよ。ほかに相談できるような女友達もいないんでしょ?」
悪かったな! どうせ相談相手なんて他にいないよ!
「……くそ、相談って訳じゃないけど、その……、相手の気持ちをどう捉えていいのかわからないのと、どこまで俺が踏み込んでいいのかわからないんだよ……」
子供の頃から人気者の春姉ぇは当然彼氏なんて簡単に作れる。知っているだけでも五人じゃきかないはずだ。たしかにその春姉ぇだったら、良いアドバイス的な事が聞けるかもしれないしな、ここは恥を忍んで……、
「ほほう、詳しく聞こうか。あ、その前にピザでも注文しようか、夕飯作っている暇なさそうだねぇ」
春姉ぇの夕飯は回避できたが、ニヤニヤとしてる春姉ぇを見ていると本気で選択を間違えたのではと不安に陥った。
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