第6話

「ビビ!」

 ショルダーバッグから顔を出したビビは、

 ニャー

 と、一声鳴いた。

 「もう、すぐ着くよ。それにしても、あの子のお母さん・・・いいお母さんだったというより、大した人だったね」

 「ニャー」

 「あの人は、て・が・みといった。普通、手紙は、手紙を入れるケースとかに入れておくもの。だから、私も、そのような場所を探したんだが、見つからなかった。余程大事な手紙だったんだろうね。そして、一つだけ探していない場所があったのを思い出したんだ。白い門柱に郵便受けがあった。覗き込んだか、なかった。ない・・・おかしいな・・・そんな筈はなかった。もう一度しゃがみ込み、覗いたんだ。でも、なかったね」

 (とりあえず・・・一旦、ここで終わりだ。さあ・・・ビビ)

 

「もうすぐだ。あの子たちは、元気かな?」

 ビビは、龍作の大きな手に、黒い体を摺り寄せた。

 「幌延だ」


 何処を探しても、あの・て・が・みはなかった。

 龍作は仕方がない、と諦めて、外に出ようとした。

 「待てよ・・・」

 龍作には思い当たることがあった。

 てがみは、あくまで杏里に対する手紙の筈だ。と言うことは、杏里がすぐに見つけることが出来なければならない。

「あそこか・・・」

龍作は、あの子が、

 「何が好きで、いつもどんな遊びをしているのか・・・」

全く知らない。だから、

龍作はすぐ子供部屋に走った。何かが・・・不思議な違和感が漂っていたのを、龍作は思い出した。

「何かが・・・違う」

杏里の部屋は確かに子供らしい部屋だったが、龍作の知る子供の部屋とは違っていた。

気になる違和感が、そこには・・・気持ちいい状態で存在していた。

「ここで・・・」

机の上には・・・つまり、杏里の机である。ジャポニカの学習ノートが、机の上に乱雑に散らかっていた。さんすう、こくご、理科、社会・・・全部で五六冊あった。ただ・・・連絡帳はなかった。ジャポニカじゃないノートが、半分だけ隠れるように・・・あった。

「これか・・・これだ。大学ノートだ」

龍作は直感した。確かに、この大学ノートは子供部屋には場違いな感じがした。

表紙には、

「杏里とお母さんの連絡帳」

と、紫のマジックで書いてあった。二人だけのやり取りする連絡帳なのだろう。

ノートをパラパラとめくると、何も書いてない・・・と、思ったが、ぎっしりときれいな字と七歳かな、母親が厳しい人だったのかもしれない。七歳にしては、整った字を書いていた。

そして、さらにノートをめくって行くと、最後の一ページだけやはり紫色のクレヨンだろうか、何かが書いてあった。

「これは・・・あの人は、この言葉を娘に伝えたかったのか」

龍作は、それ以上読まずにノートを閉じた。

そして・・・


 (いずれ、このノートはあの子の手に渡されるだろう)

 しかし、この最後のページだけは、あの子に直接渡した方がいい。龍作は、そう判断した。

「私が・・・するしかない」

龍作はペーパーナイフを取り出し、この最後のページを切り取った。

 (あの女は・・・杏里の母は手紙といった。確かに書いてある内容は、娘杏里への手紙だ。だから、手紙といっていい。事故で死ぬ間際だから、女は心も体も混濁していたのだろう。気持ちの面では、娘に伝える手紙だ。それでいい。それに、杏里の両親について、あの子のために調べた方がいいかもしれない。まあ、慌てなくていい。まだ、充分時間はあるんだ)

 「ビビ、もう少ししたら、あの子に会いに行こうな」

 龍作は、ビビの頭を二三回優しく撫でた。

 ニャニャ・・・



    

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九鬼龍作の冒険 杏里という名の少女 青 劉一郎 (あい ころいちろう) @colog

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