第5話
どうやら市役所の人は、一度や二度は二人に会いに来ているようだった。当たり前の仕事といえば当たり前のことだが、そうでなければ、今の時代、こんな小さな子を一人で旅立たせられる筈がない。
「お祖父さんは優しい人だって、市役所のお姉さんが言っていたよ」
「写真は、あるのかい?」
「持ってないの」
(大丈夫かな・・・)
と、龍作は心配になったが、杏里を見ると、
「お祖父さんが、すぐに見つけてくれるから、心配しなくていいのよ」
列車には龍作たち以外に、斜め前に座っている女が二人いるだけだった。
(これなら、この子が、自分の孫だ・・・)
と、見分けられないわけがない。幌美で降りるのは、杏里という女の子だけのはずだ。
列車はゆっくりと走り続けていた。心地よい、ガタゴトという音を立てながら。
(いい子だ。きっといい子に育ってくれると思う。そうであって欲しい)
龍作はそう思わずにはいられなかった。
「さあ、お別れだね」
「うん」
杏里は龍作を見て、頷いた。
「さあ、ビビ、おいで。お別れだよ」
ビビは思いっきり背伸びをした後、杏里を見上げ、
ニャー
と鳴いた。
「ビビ、元気でね。ねえ、また会えるかな・・・」
杏里はちょっぴり泣き顔になっている。
「また、会えるよ。約束するよ。きっと、会いに行くから・・・」
「本当だよ」
龍作は大きな手を差し出した。
「わあ・・・大きな手だ」
杏里の手は、龍作の手の中に包み込まれた。
列車は幌美に着いた。
「気を付けて、行くんだよ」
「うん」
杏里は列車が見えなくなるまで、ホームから離れなかった。
あの二人の女が、龍作を見て、微笑んでいる。
「可愛いお子さんですね」
龍作は頷いた。
「親戚の子・・・姪っ子さん?」
若い方の女が訊いて来た。
「違います」
龍作は、それ以上言わなかった。あの子について、あれこれ言う必要はない。
いつか分からないが、子供を産んだと思われる女は笑っている。
いい笑顔だった。
龍作はそう思った。
九鬼龍作は服の内ポケットから、一枚の手紙を取り出した。あの家にあった手紙である。
その中には・・・
私の大好きな娘、杏里へ
と、あった。続いて、
「・・・」
龍作はその手紙を閉じた。そして、また服の内ポケットにしまい込んだ。この手紙は、
(これ以上、読まない方がいいだろう。あの子が読み、判断するしかない。今は、まだ渡せない。もう少し、あの子が、物事を冷静に判断できるようになったら・・・。この先、いろいろな経験をするのだろう。泣いたり、怒ったり、またこれ以上ない喜びを浸る時だってあるのに違いない。)
「それでいい」
龍作はそう言い切った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます