第4話

「ピックル・・・だよ」

 緑に冴える樹木の中を飛ぶ鳥を、龍作も見つけた。

 「こっちに、寄って来たよ」

 ピックルは列車と並んで、飛んでいる。

 ビビが起きて来て、窓に寄り掛かり、

 ニャーニャー

 と、二回鳴いた。

 「ねえ、知ってるの?」

 「そうなんだよ。友達なんだ。時々、ケンカもするけどね」

 龍作がこう言うと、

 「ビビ、そうなの?」

 ニャー

 と、鳴いた。

 

九鬼龍作は、家主のいなくなったその家に忍び込む気でいる。

 その女は、

 「て…が…み…」

 と、口を動かし、こと切れた。

 今の所・・・何を意味するものなのか、龍作には分からない。彼の持っている情報に確かなものは何もない。

 表玄関は人目があるから、裏の勝手口から入った。盗っ人には簡単な侵入方法だ。

 「さてっと、何処から探せばいいのか・・・」

 一階はキッチンと結構広い応接室がある。居間も兼ねているようだ。小さな暖炉が作ってあった。その暖炉には四五本の木材が組んであったが、燃やされた形跡はなく、真新しい木材ばかりだった。

 暖炉を囲むように、茶色のソファがあり、真ん中にはクリスタルのテーブルがある。

 窓は東向きにあり、結構大きい。おそらく、朝は気持ちいい陽光が射し込んで来て、十分に気持ちいい朝を迎えられていたにそういない。

 (窓をあけよう・・・)

 という気になったのだが、思い留まった。

 「ところで・・・」

 てがみ・・・だが、龍作は玄関にまわってみることにした。

 ドアは白で、床はタイル張りだった。ドアの白さ以上に、床の白が目立っていた。

 ひんやりとした感覚があった。それ程大きくない靴箱が壁に沿ってあり、家族三人なら、むしろ大きいくらいだった。

 その上に、手紙を入れるケースがあった。

 「これか!」

と、龍作は思ったが、もし彼女にとって大事な手紙なら、こんな所には、

「置いておかない・・・」

だろう。それなら、

「どこだ!」

二階に上がって見ることにした。どうやら、子供部屋と夫婦の寝室があるようだった。

居間を見おろすようにある階段を上がって行くと、それ程大きくないフロアーがあった。

仲の良い家族だったに違いない、と思われる。

奥に、夫婦の寝室があり、階段を上がった所に、子供の部屋があった。

龍作は中を覗いたが、これと言って目立つようなものはなかった。


列車は、上平に止まった。

ここで、幌延からの列車を待つ。

すると、さっき見かけた小鳥が入って来た。

「入って来たよ」

杏里が龍作を見上げ、ちょっと戸惑っている。

「そうだね。きっと、杏里と友だちになりたいんだろうね」

ピ、ピー

ピックルは窓の手すりでピョンピョンと踊り始めた。ピックルのマゼンダの色が、樹木の緑を背景に映えて、美しい。

「何をしているのかな?」

「多分、君に踊りを見せたいんじゃ、ないのかな?」

「踊っているんだ」

杏里はニコリと笑う。すると、杏里も体を揺すり、リズムを取り始めた。

 車内に笑い声が響く。二人の女も、こっちを向き、笑っている。

 「おじさん、楽しいね」

「そうだね。ビックルも嬉しそうだ」

二三分のミュージカルだった。幌延からの行き違いの列車が行ってしまうと、ピックルはまた飛び立った。

 列車はまた動き始めた。

「幌美まで、もう少しだね」

  窓の外の景色は、何処までも緑に包まれている。

 「眩しくないかい?」

 「そんなことはないよ」 

何だか、ほっとする気分だった。

 「幌美には、誰かが迎えに来ているのかい?」

 杏里の顔が少し曇って見えた。少しは、不安があるのかもしれない。

 (当然だろう・・・)

 「たぶん、お祖父さん・・が迎えに来ているからね、と市役所の人が言っていた」

 「市役所の人と一緒に来なかったんだ?」

 「私が、いいって・・・一人で行くって言ったの」

 「そうかい。えらいね」

 「そんなこと・・・ないけど・・・その市役所のお姉さん、どう行けばいいのか、ちゃんと教えてくれたよ」

 「そうかい。よかったね」

 龍作は事故で亡くなった母親を思い浮かべた。この子の母ではあったが、一人の人間として、自分の命を犠牲にしてまで、この子に命を救った母であった。

 「そのお祖父さんの家は、幌美にあるのかい・・・」

 杏里は強く首を振った。

 「幌美の港から、船で何とかという島まで行くんだって」

 龍作は北海道の地図を思い浮かべた。幌美からそう遠くない距離に、二つの小さな島がある。どっちかの島に行くんだろう。

「その島には、杏里のお祖父さんとお祖母さんがいるんだ?」

 「そうだよ。お母さんのお母さんとお祖父さんが住んでいると聞いている」

 こういった後、杏里はちょっぴり哀しそうな眼をして、龍作を見上げた。

 「どうした・・・?」

 「まだ、一度も会ったことがないのよ」

 杏里はまた龍作の眼を覗き込んだ。

 すると、杏里はニコッと笑みを浮かべた。

「そうなんだ」

 「でも、お母さんからは、どんな人なのか聞かされていたのよ」

 「それで・・・」

 杏里はちょっと考え込んだ。

 「どうした?」

 杏里はビビの頭を撫でている。ビビは顔を上げ、杏里を優しい眼で見上げていた。

 ニャー

 ビビは、杏里に体を押し付けて来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る