KAORUを超えた麻里奈の能力

 何を頼んでもいいと言うので和哉の指示通りプチパーティという体で三種類のソフトドリンクにフライドポテト、それにピザを注文した。ソフトドリンクを同じ種類にしなかったのは、大いに燃え上がっている二人に圧倒され、とても希望を訊ねる雰囲気ではなかったから終了後どれを選んでもいいようにしておいた。

 他の部屋から菅田将暉の「虹」が聴こえてきた。麻里奈が途中で放棄した高橋真梨子の「for you… 」のカラオケは既に終わっていると気付き、無音では間が持たないのでKANの「愛は勝つ」を入力した。昔よく唄っていたので咄嗟に思いついただけで二人が営み中だから選択したとかそんな意図はなかった。

 数分後ドアがノックされた瞬間、ボクは営み中の二人の姿を遮るように慌てて入り口の前に立ちはだかる。店員が素早くそして静かにドアを開くと、控えめな笑顔を添えて目を合わせたボクに「お待たせしました」と声を発した。動きを邪魔しないように後ずさりしながらトレイを抱えた店員をガラステーブルの前に促すと、ボクは一度熱戦中の二人を見た。着衣はそのまま。ソファにもたれている麻里奈の上に和哉が重なり腰を深く密着させて小さく左右に振っている。そしてその下半身のリズムに合わせ、激しく唇を貪りあっている。

 ちょっと様子を窺う積りがしばらく見入ってしまったようだ。気付くと、注文の品を並べ終わった店員がボクをじっと見ていた。


「あちらに何かあるんですか?」


 全身熱気に包まれている二人の痴態が店員には見えていない。どうやら結界は和哉の言う通りに機能しているようだ。

「あっ…と……」

 一瞬言葉に詰まった。


(若い夫婦がセックスしてるんです!)


 なんて言えるはずもない……。


「な、何か良からぬモノがいたような気がしたので……、なんて嘘です」


 そう言って舌を出すと、気味悪いコト言わないで下さいよと顔を引きつらせ、トレイを胸に抱えた。ゴメン今のは冗談だからと慌てて立ち去る店員の背中に謝意を投げ掛けると、ドアを閉める時再び目を合わせた表情には安堵が窺えた。

「そう言えば後のお二人はどちらへ?」

「二人で仲良くトイレに行ったんだけど、ちょっと長いんだよね」

 そう答えると店員は何も言わず、口元を僅かに緩め、軽い会釈をしてスタッフルームへと歩を進めた。


『二人は夫婦だからトイレで良からぬコトでもしてるのかな?』


なんていうジョークが頭に浮かんだが、初対面の店員に対して余りにもふざけた物言いだと即座に思い直し、このセリフは何とか飲み込んだ。


 それにしてもなぜ店員には見えなくてボクにははっきり見えるのだろう?

 

 素朴な疑問は一旦脇に置き、一度大きく深呼吸をしてからまだ熱を帯びたフライドポテトを一本口に運びゆっくり二人に目をやった。

 いつの間にか衣服は既に全て脱ぎ捨てられ、紅潮した肌を直に重ね合っていた。


 それにしても凄まじい。

 若いだけあって身体のキレは抜群だ。


 子供を二人産んでいるとは言え麻里奈の肉体の何処にも緩みはなく、胸の張り、腰のくびれ、臀部の見事な曲線は潔い程肉感的で、血の繋がった身内であるのを忘れてしまう程煽情的に躍動している。そしてかつてプロのアスリートを目指したという和哉の引き締まった肉体も、繊細かつ力強い動きで一心不乱に頂を求める麻里奈の飽くなき要求に応え続けていた。

 淡い湯気の幕が二人を包んでいる。

 見ているボクの身体も熱気が伝わり喉が渇いた。その時はたと気付いた。終わるまでどのソフトドリンクにも口を付けられない。冷静を装っているようでも内心は穏やかではない。何しろ他人のセックスをナマで見ているのだから……。


 二人は休む暇もなくお互いを求め続けていた。『二人は』と表現したのは麻里奈も決して受け身ではないから。密着していた腰は、バルトリン腺液の分泌と十分な勃起を待たずに程なく結合を果たすと、和哉の下半身はまるで機械仕掛けのように規則正しくそして素早くピストン運動を繰り返した。麻里奈は和哉の下で彼の乳首を舌で舐めそして唇の中に吸い込んだ。そんな刺激を受けた和哉の全身も更に興奮状態に包まれたのだろう。男性器の尿道からカウパー腺液も漏れ出したようで、みるみるうちに麻里奈の性器周囲に白い粘液が溢れ出した。


 第三者が傍観しているのを意識せず二人の営みは時間を追うごとに更に白熱している。 


 麻里奈のМ字に開いた両脚は、正常位で覆いかぶさり、まるで女性器を貫くように全力で突き刺す和哉のピストン運動に合わせ、リズミカルに揺れ、時折彼の背中で絡まった。見つめ合い、唇を吸い、お互いの首筋に舌を這わせた。そして麻里奈は和哉の背中に爪を立てると、皮膚に強く食い込ませ、線を引くように指を走らせた。

 和哉は呻き、腰の動きに拍車が掛かる。


 全く終わる気配が見えなかった。ボクは止む無くフロントに延長を申告した。

 二人に何度も絶頂が訪れ、その度に射精を繰り返す和哉の驚異的なスタミナ。


 かつて一晩で行ったセックスの回数(正確には射精した回数)をやたら自慢する輩には、料理人の思いを無視して美食すら味わう行為を否定し、ただ摂取量のみを重視する大食漢のように蔑む感情しか生まれなかった。しかしボクの目の前で、まるで格闘技のようにお互いを攻め合う二人の営みには畏敬の念に近い感情すら生まれた。


 そんな想いを頭の中で駆け巡らせていると和哉が最後の放出を終わらせた直後、二人は反発しあうように密着を解き『バトル』は終了した。


 そして何事もなかったかのように全裸のままテーブルに向かい目の前にあるジャンクフードで栄養と水分を補給し始めようした。

「せめて下着くらい付けてよ!」

 ボクは二人に背を向け強めの口調で言い放った。

「あ、ごめん、たっくんいるの忘れてた……」

 麻里奈は臆面もなくさらりと返す。


 だがそんな苛ついた態度を見せつつもボクは全く別の感情を抱いていた。

 

 (この豊満な肉体ならこんなおっさんですら何度も勃起しそうだ……)


 異常な状況でも節操のない下半身が俄かに熱くなった。


「いつまでもそんな格好でいたら怒られちゃうよ!」

 自分の興奮をムリヤリ抑えようとボクは再び声を荒げた。

「大丈夫です。まだ結界張ったままですから」

 和哉がクールに返した。


 和哉の性器は間違いなく何度も脈打っていた。人類を滅亡の危機から救うため麻里奈を妊娠させるという大きな任務が控えているのに気が気ではなかった。

「麻里奈が今日は『排卵日なの』って打ち明けているのに、あれだけ膣内(なか)で射精して、どうして和哉君の子供を妊娠しないって断言できるの?」

 それにしても閉ざされた部屋の中で、夫婦だけが誰にも見られず、没頭するはずの激しい営みを、カラオケボックスで人目も気にせず全力で行うという非日常的な光景が目の前で繰り広げられたというのに、冷静に疑問を投げ掛けているボクも全くもって正常とは言えない精神状態なのかもしれない。


「それはね、私が『妊娠させない!』って決めてるから」


 意外にも回答したのはアイスコーヒーを片手にピザを頬張る麻里奈だった。でもその言葉の真意が、ボクには全く理解できなかった。


「麻里奈は自らの意思で受精をコントロールできるんです」


 続いて常識では考えられない現象を和哉が補足説明した。


 健康な状態であれば女性は一定周期で子宮から排卵を繰り返すが、それは身体のシステムが勝手に進める行為。そこに個人の意思は尊重されない。でも麻里奈の場合それが可能だと和哉は言う。麻里奈が妊娠したいと強く念じれば受精するし、快楽のみを求めたいのならばたとえ排出した卵子に精子が辿り着いたとしても、強く拒んで受精を拒否できる。詰まり彼女が子宮から排出するのは『意志を持った卵』ということらしい。


「もっと言うと、男女を産み分けも可能です。強く望んだ方の子を妊娠します」


 両手にピザとコーラを持ちながら和哉は続けた。ボクはフライドポテトを一本摘み

一番の飲みたくなかったウーロン茶を手にして彼を見た。


「麻里奈は受け身でしかなかった女性の妊娠を、意志を持って自由に選択できる特殊な体質を身に付けているのです。それは蛇の毒から解毒剤を作るように、悪魔を復活させるために脈々と受け継がれてきた血が突然変異で作らせた。ある意味麻里奈の肉体はあざを携えて生まれて来た多くの女性たちが進化を辿った最終型と言えるの。でもそれは諸刃の剣。麻里奈が悪魔の『手先』に寝返れば容易に悪魔の租を誕生させられることにもなるのです」


 麻里奈がカオルの意志を引き継げば確実に悪魔の租が生まれて来ると言い切る。


「だから注意してください。麻里奈は行為中時々気まぐれが顔を出します。最悪の場合救世主は生まれて来ない可能性も出てきます」

 突然不安に駆られた。

「麻里奈が『必ず』、『絶対』、『確実に』、救いの手を差し伸べて、奴らとの戦いが『こんなにも楽しいコトなのか』って思うような方法だから本当に安心してってこの前言ったよね。それが私との子作り。詰まり楽しいセックスね」

「う、うん」

 覇気のない返事に構わず、麻里奈が言葉を続ける。

「でも麻里奈を死ぬほどイカせてくれないと、私はたっくんの精子を拒否るよ。『産まない!』って叫んじゃうかもね」

 麻里奈は自分が放ったブラックジョークで無邪気に笑っている。

「僕たちの子供が今二人なのは、実は麻里奈を十分にイカせてあげられなくて、受精を何度も拒まれたからなんです。でもカオルさんと毎日のように営みを続けていた拓海さんだから、テクニックを信じてあえて何も言いませんでした。いつものように行えば問題はありません」

 和哉もリラックスした笑顔を見せた。

 逆にボクは突然動悸が激しくなり身体が動かなくなった。

「とにかく、僕がこの上なく嫉妬する程のセックスを見せつけてください。拓海さんなら大丈夫。麻里奈も身体はソレをするためだけに生まれてきたように敏感に反応します。最高潮に達するのはそれ程難しくはありません。そしてあられもない痴態をわざとらしく僕に見せつけるでしょう。三人の中のそれぞれの情熱が昂れば昂るほどより強靭な『救世主』がこの世に生を受けるはずです」


「ボクが確実に麻里奈をイカせるコトが出来れば人類は絶対に救われるんだよね」

 ボクは心の拠り所を求めた。


 これだけけしかけておいて反応は意外だった。

 和哉と麻里奈が示し合わせたように目を伏せ、同時に首を横に振った。


「どうして!?」


~セカンド・ベビーが生まれるのと時を同じくして同じ種でリリスの血を受け継ぐ娘が子を授かればそれは神の子(使い)となり、悪魔の復活を阻止する救世主となる。

 その場合、男女どちらが生まれても問題はない。男児ならば戦いで勝利し、女児ならば悪魔の租を誘惑し、最初の精を受けることでその能力を無力化できる~


「僕はそうお告げを受けました。しかし過去にセカンドベビーが誕生した歴史はありません。だからその後どうなるかは誰にも分からないんです。もしかしたら身の回りには何も起こらないかもしれない。でも万が一の可能性ですら決して残してはいけない。何としても奴らの企みを阻止しなければいけない。だから人類を救うためには救世主の誕生が絶対条件なんです。大丈夫!カオルさんの意志を継がないとはいえ、麻里奈も彼女と同じ血を引いているので肌の艶や潤いが、拓海さんのセックスを、より後押しします」


「たっくん、今試してみる?」


 麻里奈は戯けて科を作った。


 二人に向かってただ苦笑いを浮かべるだけだった。

 カオルと飽きる程肌を重ね続けたとはいえ、所詮中年同士の営み。果たしてボクのテクニックで親子ほど歳の離れた若い麻里奈を満足させられるのだろうか?


 人類を救えるのだろうか……?

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KAОRU-マタニティ・デビル ~ボクに世界が救えるの?~ 齋木カズアキ @kazaki_s

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