11.デビルズエインフェリア_04
そんなこんなで空を見上げればもう月夜と星空。こんな長く森に籠るつもりはなかった。早く帰らないと明日のメグ救出作戦の打ち合わせも出来やしない。
「それじゃ、帰るかな。プレクトー!帰るよー!」
アタシは上空のプレクトにも聞こえるよう声を張り上げて帰ることを告げた。すると彼は間も無くアタシの前に降りてくる。
-バサァッ-
「千歳ー、飛んでった方が早く着くと思うけど、まだ自力では飛べない感じ?」
プレクトはアタシの前でバッサバッサと羽ばたいてホバリングしたまま、アタシにまだ飛べないかと聞いてくる。
「いやー、飛ぶ時の翼の動かし方がイマイチわかんないんよね」
さっきプレクトには身体の主導権を渡してアタシの身体で飛んでもらったが、あの感覚を真似して飛べと言われてもすぐには飛べそうにない。アタシはスカイダイビングもグライダーも鳥人間コンテストもやったことがない、空はド素人なのだ。
「そっか、あー、もう一度千歳の身体を借りられれば俺が飛ばして帰れるんだけどなぁ」
「あはは、戻れー!っていって戻って貰えるなら楽でいいんだけどねー」
冗談でプレクトに戻れと言って右手を差し出したアタシ。だが、
-フワァッ-
アタシが手を差し出した後、空中のプレクトの身体が白い光となって散りその場から消えた。地面に置いてあったプレクトの脱いだ鎧兜も一緒に光となって消える。そして散ったプレクトの光がアタシの右手を伝い、中に入り込んできた。
「え、ちょっ!?うぎゃー!?プレクト!?プレクトーっ!?」
プレクトが消えてしまい焦るアタシ。折角蘇ったのに消えてしまったら意味が無い。キョロキョロと周りと自分の右手を見ながらプレクトを探して彼の名前を呼ぶ。
(あれ?ここまた千歳の中だ?)
すると頭の中からプレクトの声が聞こえてきた。
(んんんー?なんでまたアタシの中に?)
アタシは自分の意識の中のプレクトを見る。すると彼は前と違って魂の形ではなく、兜を被り鎧を着こんだヴァルキリーの姿のままアタシの意識の中に居たのだ。彼は不思議そうにキョロキョロと自分の身体を確認している。
(わかんないけど、身体はこのままっぽい。どうなってんのかなこれ?)
(アタシもよくわからない)
未だにこの悪魔の力には分からないことが多すぎる。初心者用マニュアルが欲しいよフライアお爺ちゃん。
「ご主人様?どうしたんすか?プレクトさんはどこへ?」
ヒルドが不思議そうな顔をしてアタシを見ている。突然消えたプレクトを見て彼も不安だろう。
「どうもプレクトはアタシの中に戻ったっぽいんだよね。戻ったのは良いんだけど身体ごとアタシの中に……どうしよう?」
アタシは不安になってついヒルドに聞いてしまうが、こんなアタシの悪魔の力の事を聞かれてもヒルドに分かる訳がない。
「そ、そうっすね……戻れーって言って戻ったのであれば、出ろーって言ったら出たりしない……っすよね?はは……」
自信なさげに答えるヒルド。だがアタシの身体はイメージすればそうなる事が多い。ならばと一応試してみることにする。
「いや、やってみる。出ろ!プレクト!」
戻した時と同じように右手を差し出しつつ、プレクトがアタシの中から出るように念じる。すると右手が熱くなり、キラリと白く光った。
-フワァッ-
アタシの右手から出た白い光が集まり、人の形を成していく。そしてその光がひと際強く光った後、その場には兜を被って鎧を着こんだヴァルキリー姿のプレクトが立っていた。
「あっ?出れた?出れた?へへへー、出れたぜー、千歳」
クルッとアタシの方に振り向き、屈託のない笑顔で両手を振って見せるプレクト。
「いや、ホントに出るとは思ってたなかったっす……」
ヒルドは驚いてポカーンとしている。
「なんだこれ、ポケ○ンか?アタシは歩くモン○ターボールか?」
キミにきめた、なゲームな訳じゃないけど、アタシは割と自由にプレクトを身体にしまい、また外へ出した。それもご丁寧に地面に脱ぎ捨ててあった鎧と兜を回収し、出すときには着せて出している。それに触れてもいない。仕舞った時も出した時もプレクトとアタシは1~2メートル程度は離れていた。ただ戻れとか出ろとかイメージしただけだ。ちょっとフリーダムすぎやしないか。
「千歳、ポケ○ンって何?」
「モン○ターボールってなんすか?」
「あ、うん、こっちの話、なんでもないよ」
「「??」」
彼らにポケ○ンの話をしても分からないと思うので誤魔化しておく。
とは言え、出し入れ自由なのは便利だ。二人ともほぼ色違いなヴァルキリーなので、不用意に歩かせていると白いヴァルキリーと誤解されて殴られる可能性が考えられる。それに神の使いを二人も引き連れて歩くのはこの世界的に目立つだろう。特に不都合が無いときはアタシの中に引っ込んでもらっていた方がいいのかもしれない。
「ちょっとヒルドにも試させて、ヒルドも一旦戻れー!」
-フワァッ-
ヒルドに向けて左手を差し出し、戻れと命令するアタシ。するとヒルドの身体が白い光となって散りその場から消えた。プレクトと同じく脱いでいた鎧兜ごと消える。そしてプレクトと同じく散ったヒルドの光がアタシの中に入り込んだ。
(あ、ここまたご主人様の中っすね)
自分の意識の中のヒルドを見る。するとプレクトと同じく、兜を被り鎧を着こんだヴァルキリーの姿のままアタシの意識の中に彼は居た。アタシは自分の意識の中に彼が居るのを確認し、
「それじゃ、出ろ!ヒルド!」
戻した時と同じように左手を差し出しつつ、ヒルドがアタシの中から出るように念じる。すると左手が熱くなり、キラリと白く光った。
-フワァッ-
アタシの左手から出た白い光が集まり、人の形を成していく。そしてその光がひと際強く光った後、その場には兜を被り鎧を着こんだヴァルキリー姿のヒルドが立っていた。
「あっ、出れたっす」
アタシの方を振り向いて自分の身体をぺたぺたと触っているヒルド。
「二人とも出し入れ自由?だねこれ。召喚魔術?ってやつなのかな?便利ぃ~」
アタシは魔術を習っていないので使えないハズなのだが、実際二人を出し入れしたので何かしらの力は使えているらしい。今のところなんの力なのかは分からないので、魔術だと言うことにしておいた。
アタシは光輝き二人を出現させた自分の両手をまじまじと見る。
「そう見たいだな、おもしれー、千歳の手どうなってんの?」
プレクトはアタシの右手を掴みあげ、ぐにぐにと触っている。自分の出現したアタシの右手を調べているようだ。
「不思議っすねー、俺は左手っからすけど、どうなってんすかねご主人の手って」
ヒルドもプレクトのようにアタシの左手を掴んでぐにぐに触り出した。アタシは二人に手のひらをぐにぐに押されてちょっとくすぐったい。
「ふーむ、特に用事無いときはご主人様の中に戻ってた方がいいんすかね?」
ヒルドがアタシの左手を触りながらアタシの顔を見上げて言う。
「え、別に無理して入っててなくてもいいよ?……ん?んん?もしかして入りたいの?」
アタシの顔をじーっと見つめてくるヒルド。その視線はどこか熱っぽい。
「あ、いや、なんというかご主人様の中に居ると安心すると言うかなんというか」
ヒルドはそう言って恥ずかしそうにアタシから視線を外す。
「あー、俺も俺も。千歳の中はなんか落ち着くんだよなー」
アタシの右手をぐにぐに触っているプレクトも似たようなことを言ってくる。
「そう?そうなの?」
アタシはなんだか褒められているようで少し恥ずかしい。でも彼らが喜んでアタシの中に引っ込んでくれるのは都合がいい。やはり無理やり中に閉じ込めておくのは気が引ける。
「じゃあじゃあ、プレクト、ヒルド、悪いんだけどまたアタシの中に戻って貰ってもいい?キャンプに着いたらまた出て貰うからそれまでだけど」
「いいぜー」
「了解っす」
二人の了解を得て、アタシは二人の手に捕まれたままの両手を彼らにそっと差し出す。
「んじゃー、二人とも戻れ!」
-フワァッ-
すると二人の姿が光となって散り、アタシの中に入り込む。
(あー、また千歳の中だ。やっぱり落ち着くんだよなー)
(そうっすね、自分の身体もいいっすけど、ご主人様の中だとゆっくりできると言うかなんというか……ふあぁ……眠くなるっす)
頭の中から二人の会話が聞こえてきた。自分の意識の中を覗けば、ごろんと大の字になって寝転ぶプレクトと、座ったまま欠伸をしているヒルドが見える。
(あぁ~、暖ぇ~……ふわぁ~、なんか眠くなってきた。千歳、俺キャンプに着くまで眠ってていい?)
プレクトも眠そうに欠伸をしている。彼はやたらリラックスしているというか、安心しきっているようだ。
(えへへ、ご主人様、俺も、寝てていいっすか?なんか、凄く、眠いっす……)
にへーっと笑っていたと思ったら、こっくりこっくりと船を漕ぐように居眠りし始めるヒルド。
(いいよー、二人とも、キャンプに着いたら起こすからそれまでゆっくり寝てて)
キャンプまで全力で走れば1時間もかからないだろうけれど、こういうのは休める時に休んでおくものだ。二人にはゆっくり休んで貰おう。
(やった、おやすみ、千歳……くー、くー)
(お休みなさいっす、ご主人様……すー、すー)
二人ともすぐに寝付いた。大の字のまま眠り出すプレクト。横向きに眠るヒルド。
(布団とか用意した方が良いのかな?)
アタシはそんな冗談を思いつつ、縛ったままの黒いヴァルキリーを抱えた。そしてマース達の待つキャンプに向かって走りだす。
-ザッザッザッ-
キャンプに戻って走っている途中、アタシは翼が受ける風の抵抗で背中の翼が出しっぱなしなのを思い出す。
(やっぱ翼邪魔だな、引っ込めようか?いや、飛ぶ練習しておこうかな。いきなりは無理だけど滑空くらいは出来るようにしておきたい)
空中に飛び上がった後、翼で羽ばたいて落下速度を抑えるのには既に成功している。ならあとは風に乗って斜めに落ちて飛距離を稼ぐ、つまりグライダーだ。速度自体は走るより速いかは微妙だが、森の木の上からキャンプへ向けて一直線に戻れる分を考えれば走るより早いかもしれない。
そんな訳でアタシは黒いヴァルキリーを抱きかかえたまま、翼を畳んだ状態で思いっきり地面を蹴って空中に上がった。
-トンッ-
-バサァッ-
そして空中で身体を前に倒し足を延ばして翼を開き、風を捕える。やり方は完全にプレクトの猿真似だ。
-ヒュウウゥゥゥ-
「おおー、飛べる飛べる、おぉー結構はやっ」
見様見真似で身体を風に預けたが、上手い事キャンプのある方向にすいーっと落ちていくアタシの身体。落ちていることに違いは無いが、翼が風を受けているおかげで飛んでいるような感覚を受ける。どんどんと上がって行く速度、と共に落ちていく高度。このままでは数分としないうちに眼下の森の中へ真っ逆さまだ。アタシは背筋を動かし、翼を羽ばたかせてみる。
「うぎゃー!落ちるー!上がれ上がれー!」
-バサッバサッバサッ-
羽ばたいた分、幾分か高度が上がった。だが羽ばたきをやめるとまたすぐに落下が早まる。
「もしかしてずっと羽ばたいていないとダメっぽいのぉ?うおおおー!」
-バッサバッサバッサ-
必死に背筋を動かして羽ばたくアタシ、上がる高度、早まる速度。
疲れて羽ばたくのを止めると、また落下し出す。
「また落ちてるー!上がれー!あーーー!!これかなり忙しいなー!?」
-バッサバッサバッサ-
アタシはヴァルキリーを抱えたまま忙しく羽ばたきを続け、上がったり下がったりを繰り返した。そのまま数十分程度空中で自分の翼と格闘していると、遠く森の端っこ、森と平原の合間に明かりが見えてくる。あれがマース達の居るボーフォートの前戦キャンプで、今のアタシの帰る場所。
「戻ってきたー!あと少し!飛べ飛べアタシ!」
-バッサバッサバッサ-
不思議とゴールが見えてくるとそれ以前よりもやる気が湧いてくるもので、アタシは懸命に羽ばたいてキャンプに届く程度の高度と速度を稼いだ。
「これくらいの飛べばあとは届くでしょー!」
もう羽ばたかなくても目的地のキャンプに届く判断したアタシは、羽ばたきをやめて翼を固定し、キャンプを見据えて一直線に滑空する。ひたすら羽ばたくのは単純に疲れる、明日は背筋が筋肉痛になりそうだ。
で、一息ついたここで重大なことに気づいた。
(これどうやって降りるんだろう?)
滑空しながら頭の上に疑問符を浮かべるアタシ。ヒルドを確認するためにただ真上に飛び上がった時とはまるで状況が違う。第一に高度、アタシはキャンプが見えた喜びに余計に羽ばたきを続けて森の遥か上空に上がってしまっていた。ただジャンプしただけではここまでの高度は稼げない。それに続き速度、羽ばたきを止めて滑空するアタシの身体は、いつの間にか自分の予想以上のスピードが出てしまっていた。単純な直線のスピードで比べるなら、アタシが地上で走るよりもずっと速い速度で飛行している。こんなスピードでは、ただ翼を広げただけで地面に軟着陸出来るとは思えない。
(あれっ?アタシ、ヤバイのでは?)
今更冷や汗を垂らし始めたアタシだが、上手い着陸の方法が思い浮かばない。
(え、鳥人間コンテストってどうやっておりてたっけ?ってアレだいたい湖に墜落してるじゃん!)
着陸方法を探って、テレビで見た鳥人間コンテストでボトボト墜落する人力飛行機を思い出して落胆する。アタシにはグライダーで着陸した経験なんてものはなく、そもそも飛行機の知識がほとんど無い。プロペラかジェットエンジンみたいな推進力があれば飛べるんでしょ?程度の知識で、揚力がどうとか気流がどうとかなんてまで考えたことが無いのだ。それでも一応空を飛べていたのは、プレクトに身体を貸した時に空を飛んでもらって、翼を動かして風を捕える感覚を覚えたからだ。で、困ったことにプレクトに身体を貸した時には着陸らしい着陸をしておらず、ヴァルキリーからの矢を防御しようとしてそのまま地面に落下、激突した。なので着陸のやり方を知らない。
「えっ?えっ?どうしよ?えっ?」
焦りで頭が真っ白になった。だがこれで事態が好転する訳もなく、速度は上がり続け、高度は下がり続ける。今更、飛行機の事故での大半は離陸時と着陸時に起きている、なんて話を思い出したが、それを今この状況で思い出してもアタシにはなんの助けにもならない。
そうして迷っている間に、キャンプの光が近づいてくる。大分高度を下げてしまっている。地面はもうすぐそこだ。
「あーっ!ヤバイっ!上がれっ!身体っ!身体起こせーっ!」
アタシは迫る地面にビビり、翼の角度をそのままに身体を起こし上昇しようとする。だがこれは失敗だった。身体と一緒に翼を起こしたことにより翼が受ける風の抵抗が増加、アタシの身体は急激に速度を失う。失速したアタシの身体は、上昇するどころかそのまま眼下のキャンプ目掛けて落ちていく。
「あああーっ!?嘘でしょ!?どうなってんのっ!?」
この時、空のド素人のだったアタシは知らなかったが、一般的に速度を失った飛行機で上昇したい時は機首を下に向け、速度を上げて翼で揚力を得るものらしい。アタシがやったのはその逆、身体と翼を上に起こしたことにより、翼が発生する揚力も上昇するための速度も完全に失った、そして今、地面に落ちている。
「ああっ!?そうだ!飛べアタシぃぃぃー!!」
-バサバサバサバサバサッ-
ここに来て思い出したかのように必死に翼を動かしたが、身体を直立させたまま飛べるほどアタシの身体は軽くなく、まだまだうまく翼を扱えないアタシの拙い羽ばたきでは落下は止まらなかった。
「うぎゃー!?ダメだーっ!?」
アタシはせめて両腕で抱きかかえたままの黒ヴァルキリーにはケガをさせまいと、身体の向き横向きに変えた。そしてそのままキャンプの中に見えた一番大きいテント目掛け突っ込む。クッションにするならあのテントが一番安全そうだと思ったのだ。だがそれは落ちてるアタシの話で、テントの中の人のことまでは考えていない。
「あーーーっ!!??」
-ボフッ!-
-ドスンッ!-
-ガシャーン!-
悲鳴上げてテントに落ちたアタシ。テントの膜材がアタシの落下の衝撃で捲れ上がり、衝撃をいくらか緩和する。だがその程度でアタシの身体が止まる訳もなく、巻き込んだテントの膜材ごとそのまま地面に激突する。落ちた衝撃、膜材を巻き込んだ衝撃で、テント内の何かを盛大にぶち撒けた音がした。
「あいたぁーっ!?ってぇ~……」
そして肩から地面に落ちたアタシは痛みに声を上げる。と言っても特に傷があるわけでもなく、あったとしてもすぐに傷は再生して痛みも無くなるのだが。さて、アタシがテントに落ちると同時に、テント内に居たであろう人物達の困惑の声も聞こえてきた。
「うおおおおーーーっっ!?なんだぁぁぁあーーっっ!?」
月夜の空にハゲのおっさん、じゃなかった、ボースの叫び声が響き渡った。
流着のオードゥスルス ~アラサー悪魔化ねーちゃんの異世界奮闘記~ 逗田 道夢 @Zudah_Dom
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