11.デビルズエインフェリア_03
悪魔化してるアタシと、ヴァルキリー化したプレクト、緑ヴァルキリー化したゴブリンの3人で縛った黒いヴァルキリー前に座っている。
(えっと、なんなんだろうこの状況)
改めて両隣のヴァルキリーになった二人を見てみる。
右のプレクトは、茶色い翼、茶髪のベリーショート、茶色と銀色の混ざった鎧と兜、黄色い虹彩に黒目なキリっとした鋭い目つきの少年だ。長めの白いフリル付きのスカートを邪魔そうにしながら胡坐をかいて座っている。そんな座り方したらいくら長いスカートでも下着が見えるだろうよっていうかちょっと白い布地が見えてる。とは言え彼はそっちの方は特段気にしていない様子。彼的には自分は男の子って言う認識なのだろうけれど、アタシ的にはもう少し作法に気を使って欲しい。
左の緑ヴァルキリーは、黒い翼、茶髪のロングヘア、緑色の鎧と兜、エメラルドグリーンの瞳の整った顔立ちの美女だ。白いスカートを履いたまま、綺麗に足を崩して横座りしている。彼、というか彼らは元ゴブリンな魂の集合体なハズなのだが、仕草だけ見ると一番御淑やかなのはなんでだろう。
そして真ん中のアタシは全身青い肌で蝙蝠っぽい翼を生やし、頭にでっかい角付きの黒白目な悪魔である。左足を延ばし、右足の膝を立てて座っている。下着が見えてるって?別に見せたくて見せてる訳じゃない。フライアから貰った黒装束の構造上、どう座ってもスリットの隙間から下着が見えてしまう。アタシだって二人みたいな長いスカート履いてりゃもっと御淑やかにするって。文句があるならフライアに行って欲しい。
はてさてこんな二人に挟まれて、
(なんで悪魔なアタシが神の使いなヴァルキリーを二人も従えてんだろうね?)
と、アタシが首を傾げつつ状況に戸惑っていると、プレクトが口を開いた。
「緑色のコイツ、なんて呼べばいいの?」
プレクトは親指で緑ヴァルキリーを指差して聞いてきた。
「あー、ちょっと不便だよね」
プレクトはアタシの言葉にうんうんと頷く。アタシとしても丁度この緑ヴァルキリーをなんて呼べばいいか困っていた。緑ヴァルキリー、って呼ぶとなんかよそよそしいし、何より長い。
「えっと、ゴブリン達って基本的に名前無いんだっけ?」
アタシはプレクトから緑ヴァルキリーに顔の向きを変え、彼に聞いてみる。確かゴブリン連中には元々名前が無いと英雄弓ゴブリンから聞いていた。
「そうっす、俺達に名前はないんですよ。そう言う種族でして……」
申し訳なさそうに答える緑ヴァルキリー。種族単位で名前がないなら別にこの子に非はないのだが。
「とは言え、呼び名が無いのは不便だし……あ、じゃあアタシで良ければ名前を付けよっか?」
アタシは緑ヴァルキリーに名付けを提案した。いろいろ手違いがあったとはいえ、結果的に彼、というか彼らはアタシが産み出した存在だ。産みの親なら名付けくらいはしておくべきだろう。
「いいんすか!?」
キラキラした目でアタシを見つめてくる緑ヴァルキリー。こうして話していると中身ゴブリンだと言う事を忘れそうになる。
「まあネーミングセンスは無いからあまり期待しないでほしいけど」
「構いませんっ、お願いしまっす!」
正式に名付けを依頼されてしまったアタシは、彼らの名前を考える。
「えーと、それじゃあ……」
(ヴァルキリーの名前、ヴァルキリーと言えば?レ○ス、アー○ィ、シル○リア、いやダメでしょこの辺は)
アタシは緑ヴァルキリーの名付けに当たって、記憶の中のヴァルキリーのイメージを思い返す。連想されるのは有名どころのゲームでみたような名前ばかりで、とてもじゃないが安易すぎるし、由来がゲームと言うのも彼には失礼かもしれない。アタシは思い悩んだ末、
(それじゃ普通に大本の北欧神話から)
本家本元、北欧神話のヴァルキリー達から名前を頂くことにした。
「ヒルドでどう?」
「ヒルド?ご主人様、ヒルドとはどう言う意味なんすか?」
ヒルドが自分の名前の由来が気になるらしく聞いてくる。
「えっと、確か、戦い、とか、勝利とかだったような?」
ヒルドにした命名理由は、なんか黒い方のヴァルキリーに勝ってたヴァルキリーだから。深い意味は全くなく、ただ勝ってたヴァルキリーだからである。重ねて言うが、アタシにネーミングセンスはない。
「おーっ、それは良い名前っすね!俺今日からヒルドっす!やったー!」
名前を付けて貰ったのがよっぽど嬉しかったらしく、両手を上げて万歳しながら前で組んで喜ぶヒルド。
「ご主人様、プレクトさん、宜しくお願いしますっ!」
「はいはい、よろしくヒルドー」
「おっ、よろしく頼むぜーヒルド」
ヒルドはそう言ってアタシとプレクトに順次握手を求めてくる。ニッコリ笑顔でアタシ手を握る彼。改めて元がゴブリンの魂だとは全く思えない。見た目だけなら完全にただの美女だ。
「ねえ二人とも、身体に異常とかない?なんか勝手に身体が動いたりとか、元のヴァルキリーが暴れそうな雰囲気とかない?」
アタシは二人の身体が気になっていた。二人とも完全に黒いヴァルキリーの身体を乗っ取っている訳で、いきなり元の黒いヴァルキリーに戻って襲って来られても困る。他にも何か副作用があるとか不具合がありそうならさっさと言って欲しいところだ。
「ん、ちょっと見てみる」
「俺も見てみるっす」
二人はアタシの言葉を聞き、立ちあがって自分の身体をキョロキョロ見返したり、手で身体の各所をぺたぺた触って調べ始めた。
-カシャン-
-パチンッ-
二人揃って兜と鎧を外していく。二人の兜と鎧は色こそ違うが構造は元のヴァルキリーと同じだ。兜は自らの翼と同色の羽飾りがついた顔面が見える兜、鎧は全身鎧ではない上半身のみの鎧だ。彼らは鎧を外した後、残った籠手と金属製の靴も外していく。
そうして残ったのは白いワンピーススカートを来た短髪の中性的な風貌の少年と、髪の長い美女。二人はアタシの前で自分の身体の様子を見ている。
(うーん、女神様かな?)
アタシは二人の美貌に思わず唸った。一見華奢に見えるが、よく見れば腕と足にはしっかりと筋肉が付いている。華奢なのではなく、無駄な肉が無いと言った方が近い。身長はプレクトが160cm程度と割と小さ目、ヒルドはプレクトより一回り大きいが170cmまで無さそうだ。そして、
(プレクトはB、ヒルドはCですねこれは)
ほんのり膨らんでいるプレクトの胸。自分を男と主張するプレクトには悪いが、男と言い切るにはこの胸の膨らみは無視できないだろう。
大してヒルドの胸はプレクトより一回り大きい。大きすぎず小さすぎずで平均的なサイズだ。彼に対してはスレンダー美女と言う表現が当てはまりそうだ。
そして自分の身体の様子を見終わったらしい二人がアタシに向けて言ってくる。
「変なところは、ない、と思うけど」
「俺もないと思うっすよ」
二人曰く今のところ問題はないらしいが、だがそれは外見だけである可能性もある。二人の身体の元になっているヴァルキリー、オードゥスルスのヴァルキリーは人に良く似た形をした人形で、内臓が無いのだ。アタシは昨日ヴァルキリーの中に手を突っ込んだので知っている。血も本来ならば流れないとフライアが言っていた。
「ふーむ、見た目におかしいのはないのは分かったけど、二人とも身体そのものはどうなってんの?この世界のヴァルキリーって血とか内臓とか無い人形らしいんだけど」
アタシはどうしても身体の内面、内臓等が気になって質問をする。生きてく上で問題のあるような身体では二人も困るだろう。アタシも彼らの健康面が気になって仕方がない。
「身体はー、なんか前の身体とほとんど同じっぽいけど。ち○こも生えてるし」
プレクトが自分の股間を触ってアレの存在を確かめている。素体のヴァルキリーにそんなものは無かったハズだ。
「えぇ……前と同じ両性具有な感じ?」
「そうそう、両方あるぜ?見る?」
プレクトがワンピースのスカート部分を持ち上げて股間をアタシに見せようとしてくる。
「あ、いいです、はい、ストップ」
「えぇー」
アタシは両手でストップの仕草をして丁寧に断った。何故か不満そうなプレクト。同じようなことを昨日フライア相手にもやった気がする。なんでここの人達は自分から見せに来るのか。
「俺の方は完全に女になってるっぽいっすね。ゴブリンだった時の痕跡は全然ないっす」
「うぅーん……」
「俺のも見ますか?ご主人様?」
ヒルドもプレクトに対抗してかスカートを持ち上げて股間をアタシに見せようとしてくる。元ゴブリンなのに恥ずかしそうにしているのがまたアタシの頭を混乱させた。
「見ないです、はい、ストップ。ヒルド、頬を染めないで」
アタシは同じく両手でストップの仕草をして丁寧に断る。月夜に照らされる白いワンピース姿の彼が綺麗で不覚にもドキドキしてしまった。
(男の子っぽさを残してるプレクトは兎も角、ヒルドは完全に女神様、ヴァルキリーなんだよねぇ。見た目は大好きなんだけどなぁ、中身ゴブリンだからねぇ)
ヒルドに悪戯したくなる気持ちをぐっと堪えたアタシ。
脱いだ鎧を近くに纏めて座りなおした二人に、これから先どうするかを聞く。
「二人とも問題ないってのはだいたい分かったわ。で、とりあえず、プレクトどうする?」
「どうするって、何をさ?」
アタシに突然今後の身の振り方を聞かれ不思議そうな顔をするプレクト。だが、アタシには彼に聞いておかなければならない理由がある。
「家族のところ、その身体なら帰れるでしょ?」
プレクトがアタシの身体を乗っ取ってまで家族と話をしたかったのは先刻体験済みだ。そしてヴァルキリーの身体を乗っ取ったとは言え、外見はどうも生前のプレクトとほぼ同じらしい。それならば彼を家族の元へ返すのが一番ではないか、と思うのが普通だろう。アタシは彼が家族の元に帰りたいと言うならそのまま帰ってもらうつもりだったし、できれば帰ってもらった方がいい。
「うーん、どうしよっかなぁ……」
両腕を組んで悩み始めたプレクト。そして月夜の空をじーっと見つめたまま、プレクトが語り出した。
「俺、村にいた時から冒険者とかずっと憧れててさ、姉さんには外は危ないからやめろとか、父さん達にはお前は親の後を継いで酪農やるんだとか言われてて、でも俺は冒険者になりたかったんだ、外の世界を見て回りたかった。だからこの世界に来た時、これだっ!って思って飛び出したんだけど……」
語っている最中、チラリとヒルドに視線を向けたプレクト。アタシはプレクトの視線を見て気付く。
「思いっきり失敗して死にそうに、いや死んだ訳だ?」
アタシはジト目でプレクトを見て話す。彼の無鉄砲に付き合わされた結果、身体にどでかい穴を開けられる事になったのがアタシだ、これくらいの嫌味は言ったっていいだろう。
「うっぐ、そりゃ初手で躓いた挙句に千歳に迷惑も掛けちゃったのは悪かったけどさぁ……」
痛いところを突かれたという顔をするプレクト。自覚はあるらしい、もっと自覚しろ。
「でもほら、こうやって生き返ったんだし、当分戻んなくていっかなーって」
プレクトが両腕を広げてアタシに身体を見せるような仕草をする。
「だからさ千歳、付いて行っていい?」
(死ぬ寸前、お姉さんに謝ってたキミはなんだったんですかね)
両手を胸の前で組んでアタシの目を見つめてくるプレクト。帰るつもりも自省する気も毛頭ないようで、アタシに付いてくる気満々らしい。プレクト本人がこの調子なので、益々アタシは彼を喰った後悩みまくったのがアホらしくなってくる。
しかしだ、余所様の息子さんを蘇らせておいて何も告げないと言うのも問題有りだろう。
(プレクトの家族は彼の事死んだと思っている訳だけど、蘇ったのなら知らせないとダメだよねぇ)
連絡くらい入れるべきだ、というのがアタシの意見だ。それに預かるならばやはり責任というものが付きまとう。今後また彼に危険が及んだ時、アタシは責任持って彼を守らなけらばならない。アタシにそれが出来るだろうか、と考えたら答えはノーだ。アタシは修学旅行の引率の先生じゃない。ましてやどんな危険があるかアタシですらまだ分かってないこの異世界で、彼を守り切るなんてのはとてもじゃないが口が裂けても言えない。
「プレクト、キミはすぐに帰った方が良いと思う。お姉さん達を悲しませたままってのは、やっぱダメだよ」
アタシは寂しさを滲ませつつも、プレクトに別れを告げるしかない。彼と会えた事、彼に蘇って貰った事は嬉しいが、やはりこのまま彼を連れていく訳にはいかない。またゴブリンの巣の時のように彼の死を見たく無い。もしそうなった時、彼の家族に申し訳が立たないし、何よりアタシの心が持たない。
だがアタシの意見を聞いたプレクトは、立ち上がってアタシに詰め寄ってきた。
「た、頼むよ千歳。もう無茶はしないし、千歳の言う事も守る。絶対に迷惑はかけない。俺、この世界を見てみたいんだ、だからお願いだ千歳、俺を連れてってくれよ……」
アタシにすがるように訴えかけてくる。アタシの両肩に掛けられた彼の両手は微かに震えている。彼が死ぬ思いというかキッチリ1回死んで置きながら、何故未だそんなに外の世界に憧れを見出すのか想像が付かない。アタシなら、帰れる家があるならばすぐにでも帰りたい。家族がいるなら、すぐにでも帰って会いたい。
だからアタシは彼の申し出を断る。
「ダメだよプレクト、キミは帰った方が良い……」
アタシはそう言って、アタシの肩を掴んでいる彼の手を振り払おうとした。だが、
「見捨てないで……」
「うっぐ……」
アタシの手は彼の手に触れた辺りで止まってしまう。視線を上げれば目を潤ませて必死に訴えるプレクトの顔。彼のその顔と言葉にアタシの決心が見事に揺らぐ。
腕組しつつ目を瞑ってじっくりと考えるアタシ。見捨てないで欲しい、と言う彼の言葉にアタシの心は激しく揺れていた。アタシも昔、母親に見捨てられたクチだからだ。今のアタシの悪魔となった身体を考えれば、母にも相応の理由があったのはわかる。とは言え、見捨てられたと知った昔のアタシのショックは相当深い物だった。
(おかーさんアタシ良い子になるから帰って来て、言う事聞くから帰って来て、おかーさんどこ行ったの帰って来て、会いたいよおかーさん、おかーさん、おかーさん……)
アタシの頭の中で、何日も母を呼んで泣いて過ごした子どもの頃の記憶が蘇る。あの時のおばあちゃんの辛そうな顔が忘れられない。だからだ、アタシは今も見捨てられるのが怖いし、そしてアタシは自分が怖い事を他人に強要することも出来ない。
(このままプレクトを追い払っても、素直に家に帰るとは思えない。きっとまたどこかで一人で危険な目に会う。そんなのダメだ、見捨てられない)
「うーん……」
(プレクトを連れて歩くのは危険。アタシは明日メグを助けにクラーケンの居る海に出なきゃならない。プレクトは空を飛べるから、水中もしくは水上で戦うことになるクラーケン相手なら危険は薄いかもしれないけど、万が一という事もあるし。陸で待っててもらえばいいけど、プレクトが素直に待っているとも思えないし)
「うぅーん……」
(それに今後の事も考えないと。アタシは元の世界に戻るため、フライアの魂集めをしなくちゃならない。きっと危険な場所をいろいろ巡る事になると思う。どんな外傷を負っても放っておけば治るアタシは兎も角、プレクトに傷を負わせてしまったら?どうやって治す?また彼を安楽死させるつもりかアタシは?)
「うーーん、うーーん……」
アタシは悩む、どでかい角の付いた頭をぐりんぐりん上下左右に動かし、アタシは悩む。
(プレクトを見捨てるつもりなんてない、だけど折角家族がいるのに、戻らないのも釈然しない)
ちらっと薄目を開けてプレクトの顔を見てみれば、彼は捨てられた子犬のような目をしてアタシを見つめていた。自分の心がグラグラと揺れているのがわかる。
(うぐっ、アタシをそんな目で見ないで、お願いだから)
「ぅう、うーーーん……」
こう迫られるとキッパリ断れない。甘い、甘すぎる。これもアタシの悪い癖だろう。
そして悩みに悩んだ挙句、
(ちょ、ちょっとだけなら)
彼を預かる事と彼を家族の元に返す事の折衷案を提案することにした。
アタシはパチッと目を開けて、アタシの両肩を掴んだままのプレクトの目を見つつ彼に向かって指を3本立てる。
「3日間だけ、それだけなら付いて来ていいし、その間はアタシが面倒見る。ただそれが終わったら家族のところに帰ってもらう。それと道中は必ずアタシの言う事には従ってもらう、アタシの指示に従わなかったら即家族の元に突き返すからね。それでどう?」
アタシの提案した3日間、明日メグ救出をした後、キートリーとの勝負を約束した日までだ。本来ならすぐにでも家族のところに帰ってもらうべきだけど、アタシは彼を見捨てられなかった。だから3日間だけ、期間限定だ。それだけなら責任を取ろう、責任を持って彼の面倒を見よう。
そしてアタシの提案を聞いたプレクトの表情が、ぱあぁっと明るく笑顔になっていく。
「いいのっ!?いいの千歳っ!?付いて行っていい!?やったっ!やったー!!」
-バサバサッ-
プレクトが喜びの声を上げ、両手を振りながら背中の翼で周囲を飛び回る。周りの生い茂る木々をするりするりと避けつつ森の中を見事に飛んで見せる彼。
「3日間だけ!3日間だけだからねっ!!約束!」
アタシは飛び回るプレクトに向かって念を押す。それ以上は責任取れない。
「やった!わかってる!約束!3日間だけね!やったー!!」
-バサァッ!-
彼は喜びの勢いのまま、森を抜けて月夜の空に飛び上がって行った。
「ホーントに分かってんのかなぁ……やっぱ軽率だったかなぁ……」
プレクトのはしゃぎっぷりにさっそく不安を覚えたアタシは、彼の飛んで行った空を見上げながら自分の頭の角をニギニギと握っていた。
そんなアタシを座ったまま見ていたヒルドが、アタシに声を掛けてくる。
「あの、俺もご主人様に付いて行っていいっすか?」
ちょっと申し訳なさそうに聞いてくるヒルド。プレクトとの会話を聞いていた彼は、自分もアタシに拒否られるとでも思ったのだろう。
またすとんと座りなおしたアタシは、ヒルドに向かって答える。
「うん、ヒルドは付いてきて貰って構わないというか、付いてきてもらわないと逆に困ると言うか」
先ほどの黒いヴァルキリー戦で見せた異常なまでの射撃能力、それとまだアタシに敵対心を持っているであろう英雄弓ゴブリン。ヒルドはプレクトと逆の意味で放置しておくと何をしでかされるか分かったものではない。ペットは最期まで責任を持って飼おうの精神で、アタシは最期までヒルドのご主人様をやるつもりでいる。
「やった!嬉しいっす!やった!」
-バサッ-
ヒルドもプレクトと同じく、喜びの勢いで月夜の空へ向かって飛び上がって行く。
-バキッ-
(今、枝に引っ掛かったな?)
ヒルドが空に飛び上がって行く途中で、木の枝の折れた音がした。プレクトとヒルドでは体格の差もあるのだろうが、そもそもの飛行能力に差がありそうだ。同じヴァルキリーの姿をしていても、元有翼人と元ゴブリンで飛行経験の差が響いているのかもしれない。
(おーおー、気持ちいいぐらい好き勝手飛んでくれちゃってからに。アタシまだ飛べないんだぞ)
アタシは立ち上がって森の上を飛んでいる二人を見上げる。空中でくるりくるりと曲芸飛行を披露しているプレクト、彼に必死に付いてまわろうとしているヒルド。やはり飛行能力に差があるようだ。ヒルドよりもプレクトの方が倍近く速いスピードで空を飛んでいる。素体は同じヴァルキリーなのにここまで差が出るものなのか。
(アレだけ自由自在に空を飛べたら楽しいだろうなぁ)
アタシはちょっとだけプレクトが羨ましいと思っていた。自分の巨体ではプレクトのように曲芸飛行は出来そうにない。プレクトに身体を貸していた時も、今飛んでいるプレクト程の飛びっぷりは出来ていなかった。今のプレクトならヴァルキリーの矢も全部綺麗に躱していた事だろう。今のプレクトとアタシの身体を借りていたプレクトでは、猛禽類と水鳥くらいの飛行能力の差がある。
空中の二人を見上げ続け首も疲れてきたアタシは、ここで頭を下げてこれからの予定を再考する。
(しかしどうしよう。この二人連れてキャンプに戻るの?マースやキートリー達になんて説明すんの?襲ってきたヴァルキリーにゴブリンの魂ぶち込んだら仲間になりました?ゴブリンに捕まってた新しい流着の民を喰ってから魂をヴァルキリーに突っ込んだら蘇りました?そんで二人と協力してヴァルキリー捕まえたので持ってきました?)
アタシは頭を抱え始める。元々マース達には今日は悪魔の身体の使い方を練習してくる程度の事しか言ってない。新しく仲間をそれも元ヴァルキリーな二人を連れて戻るなんて言ってないし、当然ヴァルキリーそのものを捕まえて戻るなんてのも言っていない。
(マースなんて言うなぁこれ)
アタシは首のチョーカーを触りつつマースの顔を思い浮かべた。そしてマース達への言い訳を考える。
まずはプレクトだ。身体はヴァルキリーを乗っ取ったが、外見はほぼ当人と同じ有翼人、そして本人は昨日新しく流着したらしい流着の民。
(プレクトは……ゴブリンに捕まっていたので急遽救出しました、って事には出来そう。今更だけど経過を省けばまともな理由になるなこれ)
"瀕死のプレクトを喰って、魂をヴァルキリーの中に突っ込んで身体を乗っ取りました"と、一番重要な部分を除けば、割とまともな言い訳になる。プレクトは伝心の儀を既に済ませているようで、昨日マースの言っていた、伝心の儀を済ませていない流着の民とは交流してはいけない、の条件には当てはまらない。なのでプレクトはOK。
次はヒルドだ。外見はほぼ乗っ取ったヴァルキリーと同じだ、せいぜい違うのは髪と翼と鎧の色くらい。まあそこは100歩譲ってもらうとしてだ、中身がゴブリンなのはどうしたものか。
(ヒルドは……ヴァルキリーを捕まえて仲間にしました。どうやって?ってなるよね当然。実は中身ゴブリンの魂ですってのは、どうしたもんか)
ヴァルキリーはこの世界の一般人的には神の使いだ。捕まえて仲間にする時点で理由付けするにしてもいろいろ齟齬が生じる。ヴァルキリーが神の使いではなくオードゥスルスの人形だと知っているマース達に説明する分には兎も角、他のボーフォートの兵隊達に説明する際の理由を用意しておく必要がある。
そしてヒルドの中身、ゴブリン達を説明するにあたって、問題がありそうなのが英雄弓ゴブリンの魂だ。
(英雄弓ゴブリン、あれが一番の問題だよ。ただでさえパヤージュの救援隊を仕留めたのがアイツかもしれなくてパヤージュになんて説明したらいいか困ってるのに、いきなり暴れ出したりされたらもう庇い様が無いよ)
アタシはヒルドの中の英雄弓ゴブリンの暴走を危惧している。あれが暴れたら並みの兵隊には止められない。キートリーレベルの達人で無いと止められないだろう。アタシもアレと戦うのはできれば避けたい。苦戦必至だからだ。負けは無いにしても、勝ったとしても全身矢だらけにされるのがオチだ。
(そうだ、暴走の可能性があるか、ヒルドに聞いておくかな)
「ヒルドー、ちょっと聞きたいんだけどー」
アタシは確認のため上空のヒルドに声を掛ける。
-バサッ-
「なんすかー、ご主人様ー?」
間も無くアタシの目の前に下りてくるヒルド。彼は地面近くで少しホバリングしてから地面に着地した。
「ヒルドの中に英雄弓ゴブリンいるじゃない?アイツって勝手に暴れたりってことない?」
アタシの質問に、ヒルドの目がいきなり黄土色の白目だけの目に変わる。
「ン?なんダぁ!?身体の主導権が戻っタ!?てめエ!好き勝手呼び出しやがっテ!今度こそぶっ殺してやるゼェ!!」
「うぎゃー!?待って!ヒルド!戻って!」
いきなりアタシに向かってどこからか出現したロングボウを構えるヒルデin英雄弓ゴブリン。アタシは悲鳴を上げながら近くの木陰に隠れた。
「ん?あれ、また身体の主導権が自分になったっす。おっと、弓は危ないのでしまうっすね」
ヒルドの目が今度はエメラルドグリーンの瞳に戻った。そしてすぅっと消えるロングボウ。
「え、えぇ……ねえ、どうなってるのヒルドの身体」
危険性は去ったようだが、小心者のアタシは木陰に隠れつつ顔だけ出してヒルドに聞く。
「多分なんすけど、ご主人様がアイツを呼べば身体の主導権がアイツに変わるっぽいっす。逆もまた然りで、アイツに引っ込めって言えば、俺に交代するっぽいっすね」
顎に手を当てつつそう答えるヒルド。どうもヒルドの人格決定権はアタシにあるらしい。
「な、なるほど。アタシが不用意にア……呼ばなければ、暴走は無いって事ね。大体わかった、ははは……」
また英雄弓ゴブリンを呼び出しそうになりつつ、アタシは苦笑いしながらヒルドの扱いに気を付けることを誓った。
そして改めてヒルドの扱いを考え直す。
(じゃあアタシが気を付ければ暴走は無いということで。あとはマース達に口裏合わせ頼んで、見た目がヴァルキリーっぽいどっか別の流着の民って事にしてもらうかな。そうだ、そうしよう。島いっぱいあるんだし、どうせわかんないって)
そう言う訳でヒルドの事は、対外的にはどこかの島の流着の民、という体で通すことにした。勿論マース達には正直に話すつもりだ。変に隠してもマースやキートリーには感づかれるだろう。黙っておいて後でマース達にバレて落胆されてしまうのが一番アタシ的にキツイ。それならば最初から正直に話して叱られる方がマシだ、という事でヒルドもOK。
そうして最後、縛られ麻痺毒で動けないままキョロキョロと目だけ動かしている黒いヴァルキリーの前に立ち、彼女に目を向ける。
(この子、どう、どうしよう)
言い訳が思いつかない。アタシからの扱いは捕虜であるが、相手はアタシを不死者云々しか言わない意思疎通の出来ない人形。今は麻痺毒とロープで縛られて動けないが、放って置いたらアタシを襲ってくる敵だ。
(このまま持って帰ったら、誘拐してきたとしか思われないよねえ)
このヴァルキリーは敵ではあるが、見た目は美麗。大してアタシは悪魔。傍から見ればアタシが悪者になるのは火を見るよりも明らかである。
(このまま置いていこうか?いや、こんなところに置いていったらゴブリンの玩具にされるのオチだしなあ)
このまま彼女を放って置いて、ゴブリンの玩具にされてしまうのも夢見が悪い。彼女の扱いに悩んだアタシは、首のチョーカーを触って考える。
(マースならどうするかなぁ)
そこでアタシは思いつく。
(そうだ、マースに相談しよう、そうしよう)
彼女の扱いははマースに丸投げすることに決めた。下手の考え休むに似たり、だ。アタシが考え込むよりマースに任せた方が良い。そういうことで縛った黒いヴァルキリーの扱いは保留、とりあえずこのままキャンプに持って帰ることにした。
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