このクソみたいな人生に一杯の祝杯も無し

中田もな

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 パチンコを知らないやつは、俺たちのことが理解できないだろう。「あんなもの、一体どこが楽しいんだ」って、朝っぱらから列に並ぶやつらを見て、首をかしげるだろう。俺だって、心の底から楽しみながら、毎回毎回台に座ってるわけじゃない。いいか、パチンコが止められないやつってのは、パチンコ屋に行って初めてゼロになるんだよ。普通の人間は、日常生活がゼロの状態で、その上にいいことや悪いことを付け足していく。だが、パチンコ屋に入り浸っている俺みたいなやつは、日常生活が全部マイナスからのスタートなんだ。何をしていても楽しくないし、面白味を感じられない。言うなればただの消化試合だ。だからパチンコ屋に行って、やっと安心できる。あのうるさい騒音が、鼻につく煙草のにおいが、俺をゼロの状態に戻してくれる。俺からしてみれば、日常生活を文句なしに送れる方が、よっぽどいいし羨ましい。そういう身勝手な人間なんだよ、俺は。


 俺は決まった店に行くことが多いが、当たりの台だとか外れの台だとか、そういうのはよく分からない。世の中にはプロってのもいるらしいが、そいつらは元々予測だとか分析だとかが好きで、結果的に大儲けしているだけだ。要は、その手の努力や才能がなけりゃ、どうしようもないってことだ。俺はもちろん、そんな面倒なことはしない。そもそも、面倒事が我慢できるタチだったら、普通の会社に就職して、普通の生活ができたはずだからな。


 今日は適当な台を選んでみようと思ったが、結局は面倒くさくなって、いつものお決まりの席に座った。この席は、心なしか煙草のにおいがしない。俺はいわゆるヘビースモーカーだが、他人の煙草のけむりは大キライだ。他人のけむりなんてただただクサいだけで、思いっ切り吸い込んじまったときには一瞬で不快になる。こういうやつは、俺以外にも結構いると思うんだが、今の今まで出会ったことはない。……当然、知り合いがこれっぽっちもいないからだ。


 札をつぎ込むごとに、玉の数も流れる映像も変化していく。アニメの新台が入ったからか、最近は人の出入りが激しい。好きなアニメのパチ台が出て、それがきっかけでパチンコにハマるやつもいるらしいが、俺はアニメには全く疎い。興味がないというよりは、アニメを観るのも面倒くさい。もう何もかもが面倒くさくて、気づけばパチンコ屋にいる。完全に、負のループまっしぐらってわけだ。


 アニメの一つにでもハマってしまえば、俺の人生、少しは変わるんだろうか。そんなことを考えながら、ぼうっと台に座っていると、隣にガキみたいなやつがやって来て、慣れた手つきで玉を打ち始めた。男なんだか女なんだか、何しろ判別がつかないようなやつで、だぼだぼの青いスウェットの上に、真っ白な髪がふわふわと掛かっていた。今どきのファッションなのかもしれないが、それにしても、よく真っ白に染まったなぁと思う。


 そいつは俺の方をちらりと見ると、実に厭らしい笑みを浮かべた。俺の当たりが悪いのを、端から小馬鹿にするみたいに。

「あーあ、アホくさ。そんなことしたって、何の意味もないのにね」

 言いながら、そいつは早くも右打ちを始めている。俺は至って平然を装って、粗雑な左打ちを続けていた。

「お兄さんさ、全然当たってなくない? まぁ、当然だよね。お兄さんは、負け続けることしかできないんだから」

 ……俺は一瞬イラっとしたが、同時に嫌な気分にもなった。そいつの画面には、すでに「7」の数字が浮かんでいた。


「ねぇ、知ってる? 世の中には、運に頼る人間と、そうじゃない人間がいる。運に頼る人間は、運を味方にできるやつだけが勝ち組で、それ以外は無様な負け組。何もかも運のせいにして、これっぽっちも成長しない」

 ……離席しようと思えば、いつでもできたはずだ。だが、俺の重い腰は、全くと言っていいほど上がらなかった。こいつの言うことが、まるっきりの図星だったから。

「そうじゃない人間は、運は運だと割り切って、自分のために努力する。世界で活躍できるスポーツ選手は、そもそも運なんかに頼ってないよ。地に足のついた結果を得ようと、凡人の何倍も努力するからね」

 俺はやつから目を反らして、必死に目の前の画面を見続けた。――やつの抽選確率は、どう考えてもおかしい。あの当たり方、どう考えても都市伝説レベルだ。

「お兄さんは、運に頼る人間なんでしょ? それなのに、その運すらもロクに味方にできない。……あははっ、本当に、頭がおかしくなりそうだよ。お兄さんのことを考えると、惨めでみじめで仕方がないや!」

 憎たらしい笑い声が、俺の耳にこびりつく。……気持ちが悪い、今にも吐きそうだ。


「……じゃあ、おまえは何なんだよ」

 思わずぼそっと呟いて、俺はやつと顔を合わせた。そいつの目は、闇のように真っ黒だった。

「おまえだって、努力もせずにパチ屋に来て、運に頼り切ってるじゃねぇか。黙って聞いてりゃ、ふざけたこと言いやがって」

 俺たちの背面に座った客が、乱暴に台を叩いた音がした。あいつも俺も、そしてこいつも、全員ただの同族だろうが。

「そうだよ? 僕だって、運に頼り切ってる。だって僕は――」

 ――そいつはばっと立ち上がると、小銭の袋をぶちまけて、何百枚ものコインをばら撒いた。天井の明かりと台の光が、キラキラとコインに反射する。

「――誰にも操ることのできない『運』を、思いのままにできるからね!」

 ……俺は目を見開いて絶句した。いきなり奇行に走ったやつの態度にではなく、あちこちに散らばったコインの表面に。

「地面に這いつくばって、よく見てごらん。僕はありとあらゆるコインを、全て『表』にすることができる」

 コインの二分の一なんて、一体誰が決めたんだ? そいつはそう言いたげな様子で、くつくつと笑い始めた。

「僕は運を操れるから、これからも一生勝ち続けるよ! 無様な負け犬とは違って、未来永劫、万劫末代!」


 ……俺はすっかり消沈して、そのままパチンコ屋を出た。つっこみ残した札分の当たりなど、最早どうでも良かった。だから近くのコンビニでチューハイとチキンを買って、公園のベンチでもそもそと食べた。……おまけ程度に思い出したが、今日はクリスマス当日だった。

「……結局、俺は、ただの負け組、か」

 ――ああ、もうどうでもいい。そう思った瞬間、全てが馬鹿らしく感じた。チューハイをがぶがぶと飲み、チキンをがつがつと食った俺は、重い足を引きずりながら、ゴミ溜めみたいな家へ帰った。ああ、全て下らない。……終わったよ、何もかも。初めから、終わりまで、何もかも。

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