エピローグ

 放課後を知らせるチャイムが鳴った。私達を授業という時間から解き放つもの。部活の始まりを、告げる音。


 それはすなわち、私の大好きな二人との時間の始まりである。


「なんで世界史は六限なんだろうなぁ……」

「真白ちゃん眠そうだったもんねぇ」

「眠かったけどギリギリ起きてたよ、板書が読めるギリギリ」

「読めるならセーフでしょ」


 ケラケラ笑っている星羅ちゃんに、大丈夫なのかと心配そうな優依ちゃん。対象的な二人だが、二人共が私の恋人である。なんて素敵な事実だろうか。


「で、今日は何やるの?」

「今日はねー、この間棚から発掘したボードゲームだよ」

「先輩たち隠してるやつ多くない?」


 三人の秘密基地、とでも呼ぶべきか。部室は今日も私達三人だけの独占状態。狭いけれど居心地の良い、楽しくて満ち足りた青春の場所。


 今日も今日とて賽を投げたりカードを切って、気がつけば陽が横たわっている。


 夏の一番暑い時期を越して、日は徐々に短くなっていく。夕焼けの赤が、色濃く空に滲んだ。楽しい時間はあっという間で、下校の時間がすでに近づいている。


「キリいいし、今日は今のゲームで終了にする?」

「そうね、下校時刻が多少早まってるから切り上げましょうか」

「まだ喋り足りないんだけど二人共このあと予定ある? 一緒に出掛けたいんだけど」

「いいね〜! どこいく?」

「駅前に新しいお店がオープンしたみたいだからそことかどうかしら?」

「さっすが優依、そこにしよ」


 訪れる別れはどうにも寂しくて物足りなくて。だから、後片付けはいつものんびり引き伸ばしてしまうのだけれど。


 明日も会える。それは、明日まで会えないのと同じこと。だからまたこうして予定を立てる、二人といる時間が長くなるように。


「あ、今日は私が鍵閉めるよ!」

「真白ちゃんいいの?」

「昨日は優依ちゃんで一昨日星羅ちゃんだったから、今日くらいは……ね?」

「そういうことなら、マシロよろしく〜」


 次の予定が決まってしまえば早いもので、片付けはいつもの倍くらいのスピードで終わった。まだ外は明るく、夕日が地平線上にくっきりと映っている。


 二人が先に出たのを確認して、なんとなく部屋を見渡す。忘れ物はなさそうだ。


 ここで悠一を追い出した私の選択は、正解だったと言えるだろうか。


 それは、これから二人と紡いでいく日々が教えてくれるのかもしれない。期待と、ほんの少しの不安感。


 振り返って二人と歩みを揃える。今から行くお店の話や、今週末の予定なんかを話し合いながら歩く廊下はいつもよりも明るく見えた。


「あ、このまま職員室に置いてくるから、二人は先に校門向かってて?」

「了解っ、向こうで待ってるね」


 軽く手を振りながら道を別れる。職員室に寄って鍵を返して、通りすがった先生に「さようなら」なんて言って頭を軽く下げた。


 本当に学生に戻ったんだなぁ。そんな実感が湧く瞬間が、時たまあるのだ。でもきっと、今度の私はこっちの世界に慣れてゆくのだろう。二人の恋人と過ごす時間で、自分の居場所を自覚しながら生きていくんだと思う。


 夏休みは、もう終わった。まだ残暑の真っ只中にいる私達だが、頬を滑る風でほんの少し秋を感じる。怒涛の時間だった。私がした決意も、縮まった二人との距離も。流した涙も、浮かべた笑顔も。時間も状況も表情も、何度も変わり、その度に色々なことを考えた。


 時間が過ぎると同時に、季節も巡っていく。


 夏は終わり、次は秋がやってくる。二人の愛おしい恋人たちと迎える、新しい季節だ。


 その次には冷たい冬が来るだろうし、冬が終われば芽吹きの春がやってくる。春の次は、二人と恋人として過ごす初めての夏が訪れるだろう。


 三人で過ごす冬は暖かいだろうし、みんなで見る桜はきっと一番美しい。秋の紅葉もおいしい食べ物も楽しみだ。二人がいれば、私はこれ以上無いくらい幸せだと思う。巡る季節を二人の恋人と過ごしていけること。幸せが約束された日々に、思わず頬が緩む。


 愛しい日々が、これからもずっと続きますように。


 廊下を抜けて、昇降口で上靴を脱いだ。履き替えたローファーで、二人が待っているであろう校門へと歩いていく。校舎を出て直ぐの眩しい光に一瞬目が眩んで、その橙の美しさに目を細めた。夏の夕暮れだって、秋に負けず劣らず美しい。


 ヒグラシの声が夏の終わりを惜しんでいる。暮れゆく夕日が、優依ちゃんと星羅ちゃんの姿を赤く染め上げた。


「マシロ、早く〜」

「急ぎすぎなくていいからね、真白ちゃん」


「っふふ、はーい!」


 私に手を振った彼女たちの正反対の声に応えて、地面を蹴る。

 向かうのは勿論、二人の恋人の元へ。


 今日も明日も明後日も、とろけてしまいそうなくらい甘い放課後を。




━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━


読了ありがとうございました。

これにて完結となります。

お楽しみ頂けましたら幸甚です


☆評価や感想など頂けると大変励みになります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ギャルゲーの『不人気ヒロイン』に転生したので主人公より先にヒロインを攻略して推しを護りたいと思います エルトリア @elto0079

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ