最終話 夢の実現

 ルミエールから想いの詰まったバトンを渡されたオンブルは、王妃アドレーヌから目を逸らさずに軽く頷く。


 嘲り笑う王妃をただ真っすぐに見ていた彼は、決意したのか表情を引き締めて静かに口を開いた。


「王妃アドレーヌよ」


 急に国王として話し出す影武者に、王妃は何が起こったのかと眉を寄せた。

 オンブルはそんな王妃の様子を気にすることなく、静かに話を続ける。


「そなたは余が信頼を寄せる名将ガルシアに卑劣な罠を仕掛け、王国にとって代えがたい大切な命を散らせた。それだけでも考えられぬ振る舞い」

「お、お前、急に一体何を!?」


「加えて隣国の息がかかった者を新将軍に任命するという国家に仇なす所業。たとえ裁判官が王族を裁けぬとあっても、余だけはお前を許すことはない!」

「か、影武者風情が、な、何をほざいているか!」


「余が最高権力者として直々にお前を裁くこともできるが、暴君とならぬよう裁きは裁判官に任せるのが良き指導者だと思っている。ならば余は、お前から王族という権力を奪うだけにしよう」


 影武者として、長きに渡り国王ソレイユであり続けたオンブルの立ち居振る舞いが、目に見えると錯覚するほどの強烈なオーラを放った。

 それはあたかも、演じられたその人が今一時蘇ったとしか思えないほどで、居合わせた者全てが幻である王族の威厳を確かに垣間見たのだ。


「王妃アドレーヌ!」


 あまりの迫力に、正体を知りながらも雰囲気にのまれた王妃が軽く後ずさる。

 誰もが息をのむ緊張感の中、彼は鋭く研がれた刀剣のごとき決定的な言葉を一気に振り下ろした。



「今この場で、……お前と離縁するッ!!」



 大会議室にオンブルの声が響き渡った。

 静まり返った室内では参集した貴族全員が、ただ黙って成り行きを見守っていた。


「な、何をほざく!? 影武者が何を言おうがお前はただの傀儡ではないか。頭でもおかしくなったか!」


 離縁を申し渡された王妃は大声で喚いたが、なんと、王妃以外の貴族全員が姿勢を正すと彼に対して跪いたのだ。

 示し合わせたように動きが揃い、跪く啓礼でザッと大きく音が鳴るとすぐに声が上がる。


「かしこまりました陛下!」

「今この時を権利剥奪としてただちに手配いたします!」


 王妃の身近にいた宰相たちや多くの貴族たちが敵に回った、それに彼女が気付くのに時間はかからなかった。


「今、王の権限で即座に離縁したのだから、お前は王妃でも何でもない!」


 オンブルはアドレーヌの顔を睨みつけた。

 その目付きは冷酷で、長い付き合いのルミエールが初めて見るものだった。


 アドレーヌはゆっくり周りを見渡して、自分には誰も味方がいないことを察し青ざめる。


「その上で、皆に告発する。この女性は国家の大事である将軍の人事で、隣国の息のかかった者を任命した。それだけに飽き足らずその人事を隣国向けの文書に記載して内通を目論んだ。これを国家転覆の振る舞いと言わずして何と言う!」


 アドレーヌの荒い息使いが聞こえた。

 何か言い返そうとしているが、ぱくぱくと口が動くだけで声になっていない。

 なまじっか頭の回転が速いせいで、自分の退路が既に断たれていると気付き、結末が見えてしまったのだろう。


 そんな彼女の様子を見た彼は、それでも話すのを止めなかった。

 厳しい口調のオンブルの姿が、ルミエールには誰かのために話しているように見えた。

 まるでこの世を去ることになったその人の、この世に残った無念を代わりに晴らしているかのように。


「たとえこれを書いたのがいくらか前で、そのときはまだ王妃であろうとも、私はお前の行動を許すつもりは毛頭ない。もう王族でなくなったのだから、裁判官による正当な裁きは逃れられぬぞ。国家転覆罪で下される極刑、身をもって体験するがよい!」


 王妃は顔面蒼白になり無言で立ち尽くしている。


 そのとき急に部屋の扉が開かれた。

 修羅場といえるこの状況であえて登場するのは誰か!? 

 皆の視線が集中する。


 扉を開けたのは驚きの人物。

 なんと! 死んだはずのガルシア将軍が入場したのだ。


 皆がどういうことかとざわつくなか、将軍がアドレーヌを一瞥してから貴族たちを見回しながら口を開いた。


「私が襲われたというのは事実だ。襲ってきた賊は無事撃退できたが、あえて部下だけ先に戻らせ私が死亡したと報告するように命じた。それを聞いたよくない輩・・・・・が動き出すと思ったからな」


 嵌めたつもりが嵌められた、自分が欺き合いで負けたと気付いたアドレーヌは、目を見開いたまま失神すると膝から崩れ落ちた。


 その様子をこの場にいる全員が見ていたが、誰一人彼女の救出に動こうとはしなかった。


 無様に床とキスする彼女を見た将軍は、満足そうに頷くとルミエールの方を見る。


「よくやってくれた。国の一大事を見事救ってくれた」


 ルミエールは喜びで相好を崩すと将軍に抱き着いて泣いた。

 将軍は優しく抱きとめると彼女に心配させたことを詫びてから、影武者オンブルに事態を収拾するよう声を掛ける。


 オンブルが国王として合図をすると、この場に詰めていた護衛騎士が、アドレーヌ、裏地の出た従者、隣国の息がかかった男を捕縛して連れていった。


 王妃への三行半で離縁から犯罪者としての捕縛という怒涛の展開に、この場に集まった貴族たちは大きくざわついたが、オンブルが国王として場を治めてから貴族たちを解散させた。


 オンブルはこの場に残ったのが将軍、宰相、外相、元老長だけなのを確認すると、そばに控えるルミエールとその父である将軍を見ながら口を開く。


「私は将軍に大恩があります。平民である私が不自由なく暮らせるよう援助くださっただけでなく、将軍の一番大切な存在、ルミエール様のことでご迷惑をお掛けしています。どうしても、その恩に報いたかった。そして、大切なルミエール様を幸せにすることが私の最大の願い。そのために働けるのであれば、私など皆様の都合に合わせた傀儡のままで構いません。どうか、このまま生きてルミエール様に尽くすことをご容赦ください」


 宰相たちは顔を見合わせたが、黙ったままだった。

 先程のアドレーヌに対する離縁と捕縛で貴族たちは浮ついており、今はこれ以上の混乱を避けたいのが本音なのだろう。

 さらには、彼女の裁判などでオンブルがしばらく国王を演じる必要があることから、当分の間は現体制を続けることを容認した。


 ガルシア将軍はオンブルに向き合うと肩に手を置く。


「私の幸せは娘が幸せになること。だから二人の関係に気付いていても、娘の気持ちは尊重して黙っていた。まあ、君が出来る男だから気に入っていたというのもあるが」


「あの、お父様、いつから知っていらしたんですか?」

「彼が陛下の代わりに貴族魔法学院に通い始めて、しばらくした頃からかな。こう見えて洞察力はある方だ。オンブル君は私が知っていることに、とっくに気付いていたと思うぞ」


 ルミエールがオンブルを見ると彼は小さく頷いた。


「お嬢様のことでご迷惑をお掛けしました」

「謝罪など不要だ。だがな、オンブル君。ルミエールは辺境伯である私の一人娘なんだ。だから娘には幸せな結婚をしてもらい、その夫に辺境伯を継承して領主をさせたい。将軍職が忙しくて、領地経営を代官に任せきりだからな」


 将軍は娘の顔を見ると苦笑いした。

 それからガルシア将軍はもう一度オンブルの方を見ると、今までで一番真面目な顔をした。


「無事役割を終えたとき、ルミエールと共に我が領地に来てはくれないか?」


 それを聞いたオンブルは面食らった。

 将軍の申し出は、ルミエールとの婚姻を認めるだけでなく、辺境伯を継承するというものだからだ。


「で、でも私はただの影武者……へ、平民ですよ!?」


 王妃と対峙した際も動揺せず平然としていたオンブルが、予想もしない将軍の申し出に声を上ずらせた。

 ガルシア将軍が宰相、外相、元老長を見回しながら、オンブルの問いに答える。


「何を言う。先に国王として国家を担う役割を全うし、その後ただの地方領地の貴族になるのに、この場にいる者が平民だ何だと問題にする訳がないだろう」


「だけど……ち、血筋が……。継承って血縁でなければならないのでは……?」


 オンブルが心配そうに皆を見回すが、誰も何も言わなかった。


 それはそうだろうとルミエールは思った。


 経済的に何の旨味もない国王のフリなどを続け、貴族たちの傀儡として馬車馬のように何年も働き、終わったらただの平民に戻るなんて、貴族である彼らにはとてもありえない苦行だろう。

 そんな苦行を既に続けていて、国王のフリをしてさんざん働いて実績を作っているのに、数年後に辺境伯になる程度で誰が文句をつけるのか。

 しかも、現辺境伯であるガルシア将軍自身が継承すると言っているのだ。

 この継承を認めることになる新しい国王は、形式上オンブルから国王を引き継がせてもらう訳だから、そんな魅力的なエサをぶら下げられて継承がダメだと言う訳がない。

 血筋などなくとも、国王が認めてしまえばどうとでもなるのだ……。


「あと数年でルミエール様と一緒になれるなど……、影武者の私には考えられないほど幸せな未来です……」

「私たち、もう想いを秘密にしなくてもいいのですね!」


 信じられないと惚けた表情のオンブルへ嬉しそうに語りかけたルミエールは、静かに彼の胸へと体を寄せた。

 オンブルもルミエールのことをしっかりと優しく包み込む。

 静かに喜ぶ二人の顔は、身分差から諦めかけていた互いの距離など、実は覚悟次第でどうとでもなるのだとようやく気付いたかのようだった。


「オンブルさん。……私、少しは自分に自信を持てそうです。なんとか従者のお役目を務められそうです。だから……、これからもその先もどうぞよろしくお願いします」


 言いながらも途中で感極まった彼女は、瞳を涙で潤ませた。

 それは、何の役にも立たないと卑下していた自分の固有魔法が、まさかの緊急事態で決定的な役目を果たして皆を救ったから。

 そして、先の無い愛を貫き婚姻など諦めていたオンブルとの未来が、今まさに輝かしいものへと変化したのを感じたから。


 あまりの嬉しさに、彼女は涙で頬を濡らしながら笑顔で喜びを噛みしめたのだった。


 了


後書き

お読みいただき、本当にありがとうございました。

読後に少しでも余韻を感じていただけましたなら、それだけで幸せです。

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影武者で平民の彼は陛下にそっくりなのでデートもできなかったけど、王妃が裏切ったので結婚出来ました。 ただ巻き芳賀 @2067610

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