第五話 ポケットの裏地

 将軍が去った後、宰相と外相、元老長は慌てた。

 王妃を国王暗殺で告発したくてもできないからだ。

 内政的にも外政的にもまだ国王は存命として扱わなければならず、国王暗殺の話自体ができない。

 いくら隣国との内通証拠で国王暗殺を王妃の主導だと立証できても、今彼女を権力の座から引きずり下ろすことは難しいのだ。


 また仮に、国王の崩御を公にして王妃を国家転覆罪で告発しても、王妃が最高権力者なので正常な裁判はまず期待できない。

 王妃を裁くなら、権力の座から引きずり降ろしてからでなければ意味がない。

 それに、広く貴族や民衆に証拠を開示して王妃の非道を伝えたら、内政の悪化は必至で国家の存続自体が危うくなる。

 そもそもそのような騒動になれば、隣国がこれ幸いと侵略戦争を仕掛けることも充分にあり得る。


 宰相たちはあれやこれやと意見を言い合っていたが、結局これといった打開策は出なかった。


 黙って彼らの議論を聞きながらじっと目をつむっていたオンブルは、覚悟を決めた様子で口を開くと、王妃に対抗するための自分の思惑を宰相たちに伝えたのだった。



 翌日、王妃の機嫌は良かった。

 笑顔で宰相を呼びつけると偉そうに顎で指図を始める。


「明日に新しい将軍の任命をするから、関係者を揃えなさい」

「ガルシア将軍がまだ略奪のあった村から戻っておりません。もう少しお待ち願います」


 宰相はこれまでと同様に王妃を諫めようとするが、王妃は端から話を聞く気がないようだ。


「ガルシアの確認なぞ待たなくてもよい。確実に村は略奪されておる。だいたい奴はもう戻らんから待っても無駄だ!」


 すると、普段は王族からの相談がない限り口を挟まない元老長までが珍しく進言する。


「お待ちくだされ王妃様。ガルシア将軍はこれまで国軍を率いて人望もありまする。処分を早まると軍の士気に影響が……」


 ところが王妃アドレーヌは元老長の本来の役目まで否定する。


「何だじじい、わらわに意見する気か! 士気が下がる? だったらなんだ! 別に構わぬではないか」


 結局、王妃は命令を強硬に主張して、明日、新将軍の任命式をやることになった。




 なぜ彼女は略奪が事実だと断定できるの?

 なぜ彼女はお父様がもう戻らないと思うの?




 ルミエールは不安に駆られた。

 王妃に対する疑問は、確実に彼女をよくない想像へといざなうから。



 翌日、眠れない夜を過ごしたルミエールは、王宮へ出勤してオンブルの近くに立つと、不安にかられて表情を曇らせた。

 そんな彼女を気遣うオンブルも、人目があるため少ししか優しい言葉も掛けることができず、悲しそうにしていた。


 二人の重い気持ちをよそに、新将軍の任命式が始まった。


 玉座の間には貴族出身の役人たちが参集していた。


 宰相を筆頭に内政を担う部署の上級役人たち。

 外相を筆頭に外政を担う部署の上級役人たち。

 元老長を筆頭に内政外政の動向を注視して、王族の相談に対応する元老院の識者たち。

 そして将軍が不在の国軍関係者たち。


 だがここに集められた者たちに発言など許されていなかった。

 王妃の独断で、ある新参の軍関係者が将軍として任命され、その場に居合わせた役人たちは、この任命を既成事実化することに利用されただけだった。


 茶番ともいえる中身のない任命式が終わろうとしたとき、この玉座の間に駆け込んできた者がいた。


 汚れた衣服を身に付け、肩を上下させて荒い息をするその男は、なんと略奪のあった村へガルシア将軍と出発した軍幹部であった。


「も、申し上げます。ガルシア将軍は村に到着し状況を確認して引き返す途中、夜盗に襲われて息を引き取りました」


 国王に扮するオンブルの前で跪いて、驚きの内容を報告したのだ。


「ああ、そ、そんな……。嘘ですよね、お、お父様がまさか……」




 心配し不安に駆られたことが現実になってしまった……。

 彼女の発言通りになってしまった……。

 これは偶然なの?

 あのお父様が夜盗なんかに殺されるなんて……、とても信じられない。

 彼女が仕組んだんじゃないの??




 ルミエールは泣き崩れ、しゃがみこんで口を手で覆った。


「大丈夫か。気をしっかり持て」


 玉座を立ち上がったオンブルが彼女に寄り添うと、心配そうに肩を抱いた。


「ふふふ、そうかそうか、それは残念なこと。でも、新将軍は任命済みだから何も問題ないわ」


 そう言って王妃は高笑いした後、そばに居る男性従者に何かを合図した。

 その従者は自分のジャケットのポケットに手を突っ込むと、何かがあるのを確認してニヤリと笑ってからそそくさとこの部屋の扉へ歩き出す。


 父親殺害の不自然さに思いを巡らせ、涙を流して王妃を睨んでいたルミエールに、天啓のような閃きがあった。



 

 あ、あの二人の動きが怪しい!

 きっとまた彼女が何かを企んでいる!

 こんな不幸はもう終わりにしなければ!

 止めるなら、今しかない!!




 ルミエールは見えない力に突き動かされるように立ち上がると、涙で濡れた顔のままで意を決して何かの魔法を発動させた。


 その瞬間、扉へ向かって歩いていた男性従者が青白い光に包まれた。

 詰めかけた貴族たちは、室内で何かの魔法が使われたことに激しく動揺して大きくざわついた。


 ルミエールの魔法発動はこの場にいる皆を動揺させたが、王妃に仕える男性従者には何も起こらず、そのまま青白い光は消失した。


 王妃が薄ら笑いを浮かべる。


「何だ? 何のこけおどしだ? 何もできないくせに馬鹿な女が何かしようとしたのか?」


 一瞬警戒した王妃が、何も起こらないのに安心してルミエールを馬鹿にした。


 その直後、王妃の従者が着るズボンや上着のポケットというポケットが、ポコポコと激しく動き出した。

 次の瞬間、従者の全てのポケットの裏地がポーンと勢いよく表に飛び出たのだ!

 裏地が出た拍子で、封筒がジャケットのポケットから飛び出て、ルミエールの前に落ちた。


 驚いた王妃と従者は、突然のことで何が起きたのかよく分からないようだったが、ルミエールがさっと封筒を拾って王妃たちから距離を取ると、封を切って素早く目を通す。


 王妃アドレーヌはあまりの展開の早さに反応が遅れて、ルミエールの動きを眺めていたが、事の大きさ気付いたのか顔色を変えた。


 瞬時に目を通したルミエールはすぐに口を開く。


「王妃様の従者が落としたこの書面を読み上げます」


 そう言って集まった貴族役人たちに次のことを読み上げた。


 ・やっかいだった将軍の殺害に成功したこと

 ・隣国の息がかかった男を新将軍にしたこと

 ・宛先に書かれた隣国の国名と王妃のサイン


 読み上げた彼女は涙で濡れた頬をそのままに、目付きを鋭くして王妃へ刺すような視線を向けた。


 彼女の読み上げを聞いていた貴族役人たちは、一瞬の沈黙の後にざわざわと騒ぎ出し、玉座の間は騒然とし始めたのだった。


 王妃は流石に慌てたようだが、数秒後、思い直したように冷静さを取り戻す。

 睨みつけてくるルミエールへ見下した視線を返した王妃アドレーヌは、騒ぐ貴族役人たちが聞こえるようによく通る声で話し始めた。


「もし仮に、その紙とわらわが関係していたとしても、国家を取り仕切る王族としての判断をしただけだ。わらわは隣国との関係を良好にするためにこの国に嫁いできた。関係の良好な隣国と軍事で協力体制を築くため、我が軍の人事を伝えることの何が悪い! 宰相や外相などの役割は、最高権力者のわらわの使い走りにすぎぬ。国家の運営において、どのような情報を他国へどのように伝えるかは、最高権力者で王族のわらわが判断する。お前にどうこう言われる筋合いなどないわ!」


 あまりにも横暴で横柄に権力を主張する稀代の悪女、王妃アドレーヌに、ルミエールは毅然とした表情で睨み返す。


「この国を、他国の手先である貴女の好きにはさせません。父上殺害の企みにはきっと正当な裁きが下されます!」


「随分と不服そうではないか。フン、わらわを裁判で訴えるつもりか? まさか裁判官が事実上、王族を裁けないと知らぬのか? たとえ裁判になっても、最高権力者であるわらわは裁判官を解任できるのだぞ。どうだ? 悔しかろう? ふふっ哀れよのう。お前のようなただの行き遅れ女と王妃のわらわには、天と地ほどの権力差があること、理解できたか?」


 右手の甲で口元を隠した王妃は、ケラケラとさも愉快そうに嘲笑った。


 ルミエールは、貴族たちの前で侮辱されても一歩もひるまずに黙っていたが、影武者オンブルへ「後をお願いします」とだけ伝えると自ら引き下がった。



次回、『夢の実現』

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