第四話 生かされる理由

 今日からルミエールは通いで王宮に勤め始めた。


 仕事内容は国王の影武者であるオンブルの従者、つまりサポートである。

 従者といっても国王としての業務補佐が仕事で、身の回りの世話などはメイドがする。


 ちなみに彼女は、業務説明でオンブルが影武者と知らされていた。

 実は国王が暗殺されていて、影武者が演じていることを従者が知らないと不都合なこともあるからだ。

 他に知っているのは王妃と宰相、外相、元老長、あとガルシア将軍だけである。


 王宮で初めて顔を合わせたルミエールとオンブルは、目線が合うと互いが近くにいられる喜びを噛みしめる。


「国王陛下。今日よりお仕えしますルミエール・ガルシアです。どうぞよろしくお願いします」

「引き受けてくれて助かる。よろしく頼む」


 王宮で働く者たちのいる中、穏やかな表情で言葉を交わした二人だが、通り一遍の挨拶を終えるとすぐに目線を外した。


 オンブルは国王として振る舞い、ルミエールは貴族令嬢としてその国王に仕える。

 城内の者たちはオンブルが影武者とは知らず国王だと思っている。

 つまり、二人の関係は単に貴族魔法学院で同級生だった程度と思われているのだ。

 国王の影武者であるオンブルとルミエールが恋人同士であることは、絶対に知られてはならない。


 ずっと見つめていたいほど愛しい人がすぐ横に居ても、会話は業務に関する最低限に止めねばならず、目線を合わせるなどリスクがとても高い。

 それでも、隠れてしか逢えなかった今までに比べれば、毎日顔を合わせてすぐ近くで過ごせることは幸せだった。


 二人はお互いの役割を完璧に演じ切ってはいるが……。




 オンブルさん、愛しています。

 私も負けないほど愛していますよ




 ときに王妃や彼女の従者の隙を見て、互いに目線を交わしては、二人だけが感じられる相愛を楽しむ。


 見つからないように愛を育む。

 街はずれの館でひと月に一度隠れて逢ってきたこれまでも、知られてはいけない秘密の恋というだけで互いの想いは高まった。

 だが、王城の玉座や王宮の居住まいという緊張の強いる場所で、人目を盗んで相手の目線から愛を確認するのは、さらに二人の恋心を燃え上がらせる。

 緊張による脈の早まりと恋心による胸の高まりが重なり合うことで、二人にとって今までにない特別な時間となるのだった。




 なんて幸せな時間。

 自由に会話はできないけど、貴方の愛を強く感じる。

 ああ、彼と結婚したい。

 結婚して一緒に住めたなら、どんなにか幸せかしら。

 ……だめだ。

 贅沢を言ったら罰が当たるかもしれない。

 今のこの幸せが逃げたら困るもの。

 ……で、でも少しだけなら、彼との結婚を少し想うだけなら……。




 そんな甘い時間を過ごしながら、ルミエールは従者の仕事を頑張ってこなしていたが、王宮で勤め始めてすぐに王妃の態度がずいぶんと横暴であると気付いた。

 陛下が暗殺されて最高権力者が王妃になったからというのもあるだろうが、それにしては彼女が重用する人材と遠ざける人材に偏りがあるのを感じた。



 ある日、ルミエールがいつものように王宮へ出勤すると、何やら王妃が騒いでいる。


 どうやら宰相と外相、元老長、それにルミエールの父親であるガルシア将軍を呼びつけたらしい。

 王妃の従者が出す指示でメイドたちがバタバタと動き回り、部屋の準備に追われている。


 ルミエールがオンブルの後ろに付いて、打ち合わせ用の円卓がある部屋まで行くと、王妃が咳払いしてから集まった関係者たちをひと睨みした。


「国境線近くの村で国軍の略奪が発生したと連絡が入った。我が軍の者が我が国の民を苦しめるとは何たることか」


「ま、まさか。我が軍は規律が厳しく、隊の育成には武と儀の両方に力を注いでおります。そのようなことが起こるなど到底思えません」


 ガルシア将軍は自分の配下に限って、そのようなことはありえないと即座に否定する。

 それに対して、反論は許さぬとばかりに王妃が声を荒げた。


「これは確かな筋の情報だ。お前、わらわが受けた報告に偽りがあると申すか?」




 おかしいわね。

 お父様は軍人の規律順守に厳しく、また地方部隊が突発事故で敵国と交戦しないよう動静には細心の注意を払っていたはず。

 それなのにお父様よりも早く、国軍の情報が王妃に入るなんて変よ。




「い、いえ、偽りとは思いませぬが……。報告に行き違いがあったのでは?」

「部下を信じすぎるのも愚の始まり。人とは裏切るもの。部下がお前の信頼を裏切ったとなぜ分からぬか! 素直に軍の失態を認め、自分の指導力の無さを恥よ!」


 ガルシア将軍が言うように、略奪などの情報を王妃がいち早く把握していることを皆は不思議に思った。

 だが、王妃の話を否定する情報を持つ者は誰もおらず、権力者である彼女の主張をそのまま聞くしかなかった。


 将軍はそれ以上反論せずに黙って王妃にかしずく。

 その姿を見た彼女は口元へ嫌な笑みを浮かべた。


「自国の軍が自国の民から略奪するなど言語道断。お前には責任を取って職を辞してもらう!」


 王妃は将軍の責任問題を主張した。

 もし、国軍の略奪が事実であったとしても、今回が初めての出来事。

 本来であれば注意、叱責の上軽い処分ですむ話であるが、王妃は将軍を解任して別の者を据えると言い出したのだ。


 この場にいる者たちは、国王が既に暗殺されて影武者であることを承知している。

 今の状況でガルシア将軍に去られるのは、国の防衛に致命的な影響が出かねない。

 配下たちはなんとか王妃を諫めようとはしたが、彼女は全く話を聞こうとしなかった。


 自分の父親が事実を確認する前に処分されようとしている。

 ルミエールはどうにかならないかと助けを求めてオンブルの顔を見た。

 彼は何とか期待に応えようと王妃に向かって口を開く。


「アドレーヌよ。処分は事実確認が済んでから良いのではないか?」


 陛下に扮した影武者オンブルのその言葉に王妃アドレーヌは声を荒げた。


「何だと平民風情が! 貴様はただの影武者。ただの傀儡ではないか! そもそも意見など許可しておらぬ。黙れっ!!」


 取り付く島のない言動に皆、なすすべを失い静かになった。


「せめて、自分の目で現場を確認させていただきたい! その後であればどんな処分も受けまする」


 ガルシア将軍がかしずいたままで王妃に申し出ると、なぜかその言葉に王妃はニヤリと笑った。

 まるでその言葉を待っていたと言わんばかりだ。


「ならば、期日は馬での往復最短日数とする。二日後でよいな?」


 たった二日。

 それは略奪があったとされる村まで、馬で往復するだけで精一杯の日数。

 満足な護衛も付けられず、馬を潰すつもりで夜通し駆け続けてギリギリ。

 将軍もそれは分かっているが、王妃が引かぬ以上受け入れるしかなかった。


 アドレーヌ王妃が自分の従者を連れて退席した後、ガルシア将軍が宰相、外相、元老長、影武者オンブル、そして娘のルミエールまでもを近くに集める。

 皆、何事かと顔を見合わせた。


 すると将軍は、王妃と隣国が繋がっているという証拠、国王の暗殺を主導した証明となりうる内通文書を見せたのだ。


 衝撃の証拠を目の前にした宰相が興奮する。


「そんなもの、一体どうやって手に入れたのですか!?」

「数年前から王妃の言動や従者の行動に疑問を感じていた。それで王宮警備の部下に命じて、王妃の不在を狙って掃除のついでに私室を捜索させたのだ」


 隣国との関係は外交の最重要課題で外相の管轄。

 血相を抱えた外相は慌てて将軍に問いただす。


「王妃様が隣国と繋がっていては、我が国の外交施策が駄々洩れではありませんか! だとするとほかにも怪しい書面があったのでは?」

「いや、これを入手した後は一切の書面が私室に残されなくなった。捜索したのを気付かれたと思う。それでも隣国との内通は続けているようなので、今は内通文書を書いてすぐに従者へ渡しているのだろう」


「お父様! 王妃様の狙いはやはりこの国を隣国へ明け渡すことでしょうか?」

「ああ。自分が国境線の村から戻るまでに、王妃を何とかできなければ、彼女の息がかかった者が将軍となり、隣国の軍隊がこの国に手引きされてしまうだろう」


 将軍はルミエールとオンブルのもとへ近づいた。


「ルミエール、自分の力を信じなさい。そして、オンブル君と共にこの状況を打ち破って欲しい。オンブル君、この国を王妃から救うための鍵は君が握っている。形式とはいえ彼女を権力で上回るのだから。娘を、頼んだぞ」

「お、お父様!?」

「ガルシア様……」


 二人に後を頼んだと言い残した将軍は、国境線の村へ行くために去って行った。


 父親は自分たちの関係を知らない、彼女はそう思っていた。

 だが含みのある言い方をするガルシアに驚いたルミエールは、慌ててオンブルの顔を見る。

 だが彼は将軍の発言には動じておらず、むしろ決意に満ちた表情で彼女の目を見つめた。



次回、『ポケットの裏地』

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