第三話 王妃の思惑
オンブルの意味深な打ち明けに、ルミエールは神妙な顔で次の言葉を待つ。
「今のタイミングでは、陛下が亡くなったことを公にできないのだそうです」
国王暗殺という大事件。
公表すれば国中が大騒ぎとなること必至である。
なぜか。
暗殺という話題性の話ではない。
国王を継ぐ者がいないからだ。
国王の両親は、二人とも数年前に原因不明の病気で倒れてもうこの世にはいない。
それでも新国王となる世継ぎがいれば、混乱はあれど世代交代による新体制が築かれて、早々に立て直されるのだろう。
だが、国王にはまだ世継ぎがいなかった。
国王は婚姻早々に世継ぎを求めていたが、期待された王妃の懐妊が得られぬまま今回の事態になったのだ。
「国家の内政を取り仕切る宰相、同じく外政を取り仕切る外相、王族相談機関の責任者である元老長からの要請で、陛下存続を装うことになりました」
現在の情勢が政治的な不安を抱えていることは、ルミエールも承知していた。
内政的には、健在な王族が王妃だけとなり、女帝を認めない王国の制度上、勢力を強める貴族が別の血筋から王を立てようと動くのは当然の流れである。
遅かれ早かれ新国王を立てるにしても、宰相たち体制派が処分されないように受け皿が用意していると思われる。
要は根回しをする時間を稼ぎたいのだろう。
外政的には、敵対する隣国が他国を吸収して勢力をつけており、隙をついて侵略戦争を仕掛けてくる恐れがある。
今の王妃は隣国から嫁いできたので、まさか隣国も戦争は仕掛けてはこないとみられているが、周りの国を次々に侵略しているので楽観はできない。
国王が没したこの隙に裏切る可能性がゼロではないのだ。
ある程度事情を説明したオンブルは、まだ何か懸念があるようで額に手を当てて呟いた。
「でも何故か王妃様は、陛下の暗殺を公にしようとされたのです」
ただでさえ国王が暗殺されたのに、王妃が理解不能な振る舞いを始めたというのだ。
それはおかしいわね……。
わが身可愛さの宰相たちと同じで、彼女も血筋の違う新国王が誕生すればお払い箱になるのよ。
ならば現体制を維持しようとして当然なのだけど、逆に陛下の暗殺を公表しようとするなんて……。
別に正義感に燃えるタイプでもなかったのに……。
ルミエールは、貴族魔法学院で一緒だった王妃アドレーヌのことを思い出す。
王妃アドレーヌ。
彼女は、今まさに侵略戦争を警戒している隣国の第二王女で、国王がまだ王子のときにこの国に来たのだ。
将来の王妃となるのだからこの国のことを知りたいという殊勝な理由で、婚約してすぐ入国するとルミエールと同じ名門の貴族魔法学院に通ったのだ。
頭の回転は早かったわね。
皆の輪に加わっていても自分からは主導せず、でもなぜか彼女に都合がよくなるように会話の流れを仕向けていた。
そしてトラブルなんかで、自分の立場を守るときの彼女は凄かったわ。
立場が悪くなっても決して退かず、だからといって誰かに頼ろうと媚びたりせず、何か行動の指針となるものに従っているみたいだった。
そして、目的達成のためなら何があっても省みなかった。
その姿を見た誰もが敵に回さなくなったもの。
あの頃から彼女の印象が、悪女になったんだ。
「宰相たちは、王妃様に政治的な理由を説明しました。でもご納得されず、この国の権力者が死んだのだからきちんと公にすべきと主張されるのです」
「まさか! あの王妃様が、自分の立場の危うさを理解できないとは思えないです」
「私もその場にいて様子を見ていましたが、王妃様は宰相たちの説明を実につまらなそうに聞いていらっしゃるのです」
「何か別に狙いがあるようにしか見えない……」
「ええ。ただ、何とか説得しようとした宰相たちが、王妃様こそ事実上の最高権力者で違いないと言うと、急に意見を変えられたのです。暗殺を隠して現体制を維持すべきと」
「それって……、オンブルさんが陛下を演じていても、自分が最高権力者ならばそれでいい、きっとそう思ったのですね」
立場を危うくする陛下崩御の公表は主張したのに、自分が最高権力者であるなら公表しなくてもよい……。
それは一体どういう??
…………!
彼女は王国の混沌が望み!?
それが望みなら陛下崩御の公表よりも、自らの権力による実現の方がより確実だけど……。
彼女は隣国の第二王女だった。
その隣国は領土を広げたくて侵略を繰り返している。
彼女の狙いって……ま、まさか!
「ルミエール様」
考えを巡らせていたルミエールは、オンブルの呼びかけで思考の深みから戻ると、彼が首を横に振っているのに気付いた。
オンブルが優しく語り掛ける。
「私もルミエール様と同じで、恐ろしい考えに至りました。でも、そうと考えるにはまだ早いかなと。もう少し様子を見てみます」
「そ、そうですね……」
重苦しい雰囲気が漂った。
国王の暗殺、それに続く王妃の暗躍……。
ルミエールの父親は、辺境伯でありながら領地経営を代官に任せて、国軍のトップである将軍を務めている。
オンブルは、影武者でありながら国王が暗殺されてなお、体制維持のために国王を演じ続けている。
ともに国家の中枢に関係が近いのだから悩まない訳がない。
そんな中、無理に笑顔を作ったオンブルが口を開く。
「その事情を踏まえて、ご報告があるのです」
「え? 報告?」
「体制維持のため、私は四六時中陛下として行動することになります。だから、ルミエール様とこの館でお逢い出来なくなりそうなのです」
「そんな……」
ルミエールは下を向いた。
こんな重苦しい話を最後に、大好きな彼とは当分逢えなくなるの?
今日だってやっと逢うことができたのに……。
たったひと月、されど長いひと月。
再び逢えるのを楽しみに日々を過ごしてきたのに……、それすらも失われてしまうの?
彼女の瞳にじわりと涙がにじんだ。
「あ、ち、違います! この館ではという意味です。むしろ毎日顔を会わせられるようになるんです!」
「え? そうなの? それはどういう?」
ルミエールは自分が早とちりしたのだとホッとすると、人差し指で軽くオンブルの胸を突いてから彼に説明を促した。
これからは、本来国王が出席する催しにオンブルが出席することとなる。
当然従者と一緒の出席になるが、今までの国王の従者は暗殺の巻き添えで殺されてしまった。
オンブルがいくら宰相たちの
それで新しい貴族の従者が必要になるだろうと話が持ち上がり、なぜか今日の午前中にルミエールの父親、ガルシア将軍がルミエールを従者に推薦したのだそうだ。
「ガルシア将軍からは、城内警備も強化するし、そもそも敵側にとって陛下暗殺は成功しているから、危険が及ぶ心配はもうないと言われました」
ルミエールの父親がなぜ彼女を推薦したのか。
従者まで国王の巻き添えで殺されたのに、なぜ大切な一人娘をそんな場所に送り込むのか。
二人にもその思惑は不明であった。
だが、下手すればもう逢えなくなるはずだった二人が一緒に働けるのは、もはや奇跡とも言える。
ルミエールはオンブルの目をじっと見る。
「陛下の暗殺は非常に残念なことでした。でも、残された私たちにはすべきことがあります。正直、私がお役目をこなせるか自信はありませんが、お父様の推薦を受けてできる限りを務めたいと思います」
「ありがとうございます。この状況は陛下の崩御によるものでとても喜べはしません。しかし、それでもルミエール様とご一緒なら困難も乗り越えられると思います」
オンブルはルミエールをいつもより強く抱き寄せると、首元へ数回キスをした。
次回、『生かされる理由』
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