第二話 秘密の逢瀬
「ああ、オンブルさん。お逢いしたかったです!」
「私もです、ルミエール様」
ひと月ぶりに愛する相手に逢えた喜びに、二人は顔をほころばせた。
ここは王都のはずれにある小さな館のロビー。
見つめ合う時間も僅かにルミエールがオンブルの胸に飛び込んだ。
「もう離れたくない」
「……今日は少し時間があります。お茶をしながらゆっくりお話ししましょう」
ルミエールとオンブルは、この小さな館で月に一度の逢瀬を重ねていた。
堂々と逢えないのには訳がある。
彼女はガルシア辺境伯の一人娘で、今は王都にある別宅に住んでいた。
地方領とはいえ名門貴族ガルシア家の令嬢、本来であれば人付き合いは男女を問わず当然に貴族同士であるべきだ。
だが、ルミエールを優しく抱きしめるこの男性は平民であった。
平民との逢瀬、それだけでも貴族間では侮蔑や嘲笑の対象になりかねず、世間の目が気になる事柄である。
だがオンブルには、それよりもずっと複雑な事情があった。
彼は、国王の影武者なのだ。
「私が陛下の影武者であるばかりに、貴女にはつらい思いをさせてしまっている」
「それは承知の上です。一緒に街を歩けば、周りの者が貴方を陛下だと思うのですもの。それだと私は、王妃アドレーヌ様を差し置いて陛下にちょっかいを掛ける不埒者にされてしまいますから」
そうなのだ。
影武者にも色々いるが、オンブルは顔だけでなく背格好も国王とそっくりなのである。
侵略を繰り返す隣国の刺客から国王を守るため、青年のころからずっとオンブルが影武者を務めているのだ。
影武者のオンブル。
ルミエールにとって、彼は人生の全て。
彼女は学力も習い事も人並み程度。
最初から備えていた辺境伯の令嬢という立場以外、自分には何もないと思っていた。
そんな自分を変えたくて、貴族魔法学院では前向きに魔法へ取り組んだ。
しかし彼女の固有魔法はポケットの裏地を出すだけ。
それが役に立つ場面など想定できず、努力は無駄になった。
そんな中、勇気を振り絞りオンブルへ気持ちを伝え、その彼と想いが繋がったことだけは彼女が自力で得た結果だった。
「私は貴方に逢えるなら……、こうして抱きしめてくださるなら、それで十分幸せなんです」
「ルミエール様を幸せにしたい。私はずっとそれだけを願っています。でも平民で影武者の私には、これ以上のことはどうしたらいいか……」
「貴方と結婚できたなら……、それは私も思います。でもそれは夢。夫婦に憧れてはいますけど、でも夢なのです」
「……貴女と私は互いに想いあっている。立場さえ違えば何とかできるのに……」
「いいのです。でも気にしてくださるのなら代わりに……」
そう言うと、ルミエールは顔を上げて目を閉じた。
オンブルは、白く美しい彼女の首筋に触れてから優しく唇を重ねると、そっと彼女の腰に腕を回して隣の応接室にエスコートするのだった。
◇
あれからひと月後、ルミエールが愛しの彼にやっと逢えると街はずれの館へ急ぐと、いつ来たのか先に到着したオンブルが応接室のソファに憔悴しきった様子で座っていた。
「ど、どうしたの!? 何かあったのですか!?」
「い、いえ、何でもないのです……」
ルミエールが心配のあまりに慌てて問うが、オンブルは苦悩の表情でその答えを渋る。
「私は辺境伯の令嬢としての役割を放棄してまで、オンブルさんを選びました。私の覚悟と想いは、既に貴方と結婚したつもりなのです。もう私は貴方と異体同心でありたい。そして喜びも苦しみも全て分かち合いたい。だから、貴方の苦悩を教えてくださいませ」
オンブルの心はルミエールの真っすぐな言葉に動かされたようで、苦悩に満ちた彼の目付きは、少しずつ優しく柔らかないつもの眼差しに戻っていく。
それから彼は口元を引き締めた。
かつて自分が影武者であると打ち明けたときのように、愛する彼女だからこそ、互いに求め合い支え合う関係だからこそ、悩みを共有する覚悟を決めたようだった。
「私は影武者でありながら陛下のお役に立てなかったのです……」
「どういうことなのです?」
「私の存在理由は陛下の代わりに死ぬこと。なのに! なのに私は……今ものうのうと生きている……」
「え、え!? どういう……。ま、まさか陛下に何かあったのですか!?」
俯いたオンブルは一層悲壮感を漂わせると静かに語った。
「陛下は二週間前に……
「え……」
「外部と接触がある式事を私が全て代行したのに……王城へ忍び込んだ何者かが、自室で過ごす陛下を殺害したのです……」
「なんてこと……!」
オンブルの衝撃の告白にルミエールは動揺して口を手で押さえるが、それではなぜ国王の死を自分が知らないのか疑問に思った。
「で、でも、私は陛下の崩御を知りませんでした。なぜ、その事実が公になっていないのです!?」
国王の暗殺は二週間前の出来事。
それだけの時間があれば、情報に敏感な貴族の間では既に周知の事件であるはず。
ルミエールの当然疑問に、オンブルがゆっくりと意味ありげに首を横に振った。
「それは、影武者である私が未だに生かされていることに関係するのです」
次回、『王妃の思惑』
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