陸からはゾンビが、海からは巨大ザメが、空からは宇宙人が攻めてくるお話

七海けい

陸からはゾンビが、海からは巨大ザメが、空からは宇宙人が攻めてくるお話


「タロウ! 下にゾンビの群れが見えるわ!」

 地上20メートルの屋上に立つ少女バトラー・ハナコは、ショッピングセンターに通じる道路を指差して叫んだ。

 血で汚れたボロ着を纏った土気色の肌の亡者たちが、ォオウ……ォオウ……と低く呻きながら、ショッピングセンターに迫ってきている。

「ハナコ! 海のサメも、ヒレを使ってこっちに迫って来ている!」

 ハナコとは真逆の法学を見張る少年モーリー・タロウは、尖った鼻先を振り回し、パラソルや椰子の木を貪り食う巨大ザメを指差して叫んだ。

 ゾンビも巨大ザメも、死んだような目玉をギョロリと剥き、口からは血を垂らしている。


「……こうしちゃいられないわ、タロウ! 私たちは一刻も早く、あのユーフォーにメッセージを送らないと!」


 ハナコとタロウは空を見上げた。

 青空を覆い隠すように、巨大な灰色の円盤が、宙に浮かんでいた。時折、円盤から小型のグライダーのようなものが飛び立ち、地上にレーザー光線を照射。町の建物や車を片っ端から破壊して回っている。


「ところでハナコ」

「なーに。タロウ」


「ユーフォーに、一体どんなメッセージを送るんだい?」

「そんなの簡単よ。宇宙人に、町じゃなくてゾンビやサメを攻撃してもらうように、お願いするの」


「なるほど。それは名案だね!」

「でしょ!」


 作戦は決まった。

 タロウはスマホを、ハナコはロリポップキャンディーを高く天に掲げた。

 そして、


「ちゅいーん ちゅぃん ちゅぃん ちゅぃん ちゅいん ちゅいん。ちゅいーん ちゅいん……」

「ピヨパポ ピヨパポ ピヨピヨピヨパポ。ピヨパポ ピヨパポ ピヨピヨピヨパポ……」


 二人は、このあいだネットで見た『元NSAの関係者の友人に聞いた! 宇宙人に呼び掛ける10の冴えたやり方』という動画で紹介されていた通りの方法で、宇宙人にメッセージを送った。


 メッセージは、通じた!


 宇宙人の巨大円盤は、ゾンビの群れに向かって殺人光線を雨あられのように降らせ始めたのだ。

 ゾンビの群れは、ことごとく蹂躙された。生ける亡者は一方的に撃ち斃され、焼け焦げ、死体の山を築いていった。

 しかし、ゾンビ共には数の力があった。第二波、第三波のゾンビの群れは、足元の死体を何の躊躇もなく踏み付けながら、ショッピングモールの入り口に到達する。

 宇宙人は、巨大ザメの方にも苦戦していた。巨大ザメの皮膚は宇宙人の光線を跳ね返し、巨大ザメの強靱な顎は、宇宙人のミサイルを噛み砕いた。

 巨大ザメは、自慢の尾ビレを振り上げ、宇宙人のグライダーを何十機も叩き落としながら、ショッピングモールに少しずつ近づいてくる。


「宇宙人め。全然頼りにならないじゃないか!」

 タロウは、上空の巨大円盤に向かって叫んだ。


「やっぱり、他力本願じゃダメね。もっと自分たちの頭を使いましょう」

 ハナコはそう言って、ロリポップキャンディーを口に咥える。


「頭……? でも……ゾンビの腐臭が凄くで、全然頭が回らないや……」

 タロウは、眼下に押し寄せるゾンビの群れを眺めながら呟いた。


「腐臭。……におい。……におい。…………そうよ、それよっ!」

 ハナコは、キュピーン! と目を光らせた。


「においが、一体どうしたって言うんだい?」

 タロウは肩をすくめて問うた。


「あの巨大ザメは、ゾンビが発する血の臭いに吸い寄せられて、陸に上がって来たんだわ!」

 ハナコは興奮した様子で、タロウの両肩を掴んで揺さぶった。

「ぁあ、確かに、サメは血のにおいに凄い敏感だって言うよね」

「ってことは、ゾンビの群れが屋上に上ってくるより先に、あの巨大ザメにゾンビをぜーんぶ食べてもらえば良いのよ!」

 ハナコは興奮した様子で、タロウの両肩をバンバンと叩いた。

「ぃや……でも、それじゃあ、巨大サメがゾンビごと僕たちのことも食べちゃうかもしれないよ?」

「平気よ。食べられそうになったら、あのユーフォーにアブダクションしてもらえば良いんだから!」

 ハナコは、頭上の巨大円盤を指差した。

「そうか……、その手があったか!」

「分かったら急ぐわよ!」

 ハナコとタロウは、それぞれスマホとロリポップキャンディーを掲げ、あの呪文を唱える。


「ちゅいーん ちゅぃん ちゅぃん ちゅぃん ちゅいん ちゅいん。ちゅいーん ちゅいん……」

「ピヨパポ ピヨパポ ピヨピヨピヨパポ。ピヨパポ ピヨパポ ピヨピヨピヨパポ……」


 二人が宇宙人にメッセージを伝えている間、巨大ザメとゾンビの群れはその進撃を止めなかった。

 巨大ザメは、ゾンビの荒波を掻き分け、食い千切り、押し潰し、死体を水しぶきのように蹴散らしながら、食欲と殺意に満ちた目玉を爛々と光らせて前進する。胃袋にしこたまゾンビを溜め込んだ巨大ザメは、ますますその身体を膨張させ、ズシンっ、ズシンっ、と、その挙動が地鳴りとなってショッピングセンターを揺らす。

 ゾンビの群れは、ショッピングセンターの内部をほぼ完全に制圧し、屋上に通じる扉をバンバンバンバン! と叩いている。


 先に屋上に迫ったのは、巨大ザメだった。

 巨大ザメの血濡れた大顎が、屋上のフェンスをガシャン! と押し潰す。


「──今よっ!」

 ハナコの合図に合わせ、宇宙人の巨大円盤からスポットライトが降り注いだ。光が注ぐ範囲の重力が反転。ハナコとタロウの身体がフワリと浮き上がる。

 それと同時に、巨大サメの胴体も持ち上がった。


「やばっ!」

 タロウ目掛けて、巨大ザメが大口を開いた。ガチンッ!! と、牙と牙が噛み合う音がする。

「ひゃんっ!」

 今度は巨大ザメの鼻息が、ハナコのスカートを捲り上げた。しかし、タロウの方が高いところにいたので、彼はハナコのパンツを見ることができなかった!


 巨大ザメが胸びれを屋上のヘリに引っ掛け、その巨体がついに陸から完全に離れようかというタイミングで、屋上に通じる扉が蹴破られた。人肉に飢えたゾンビの群れが、瞬く間に屋上を埋め尽くす。


 タロウとハナコを吸い上げた宇宙人の巨大円盤は、一緒に引っ張り上げてしまった巨大ザメを振り落とそうと、殺人光線を乱射した。

 しかし、巨大ザメは暴れに暴れ、ついに、巨大円盤の底に激突。巨大円盤は、巨大ザメの体当たりで姿勢を崩し、次いで巨大ザメの重量に負け、高度を落とす。


 巨大円盤は、ゾンビに覆い尽くされたショッピングセンターの真上に墜落した。


 閃光。爆発。激震。雷鳴。風圧。そして、キノコ雲。

 大熱量の爆裂が、ショッピングモールをゾンビや巨大ザメごと粉砕した。










 ──時が経ち、夕暮れ。

 ショッピングセンターがあった場所には、粉々に打ち砕かれたコンクリート片と、巨大円盤の鉄片と、巨大ザメの肉片と、ゾンビ共の手足とが、互いに混ざり合って、うずたかく積み上がっていた。


 夕陽に照らされ、赤々と燃えるように色づく瓦礫の山の天辺に、タロウとハナコがいた。

 二人は肩を寄せ合って座り込み、激闘の余韻に浸っていた。

爆発で髪はクシャクシャ、服はボロボロ。肌も傷だらけだ。


「タロウ。……」

「ハナコ。……」


 囁き合う少年少女の頭の上に、遠巻きながら、ヘリコプターが飛来する。

 どうやら、脅威が一挙に消滅したことを受け、地元の当局が偵察と救助に乗り出したようだ。


「帰ったら私たち、きっと英雄だわ」

「ご褒美に、ロリポップキャンディー100年ぶんは固いだろうね」


 二人はそう言って立ち上がり、上空のヘリコプターに手を振った。


 後に、タロウとハナコは、世界じゅうにゾンビウイルスを撒き散らしたマッドサイエンティストの野望を打ち砕き、サメを巨大化させた超古代文明の遺産を探し当て、宇宙人と密通していた某国情報機関の陰謀を暴き出す一大スペクタクルに身を投じることとなるのだが……。










 それはまた、別のお話。




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