奈落の底で出会った汚れた天使が目を覚ます

@nukatosi

第1話 奈落の底

 カーテンの隙間から朝日が一筋の光となり部屋の中に差し込んでいた。

 その光は暗闇の部屋の空間を、まるで一本の白糸を張ったように真っ直ぐに伸び、ベッドに上向きに寝ている男の額の中央を射抜くように照射していた。

 照射した光りは中央が小さく円を描き黄白色に光り、その回りは徐々に暗闇に同化するように拡散し、暗闇にうっすらと男の顔を浮かび上がらせていた。


 突然、男の顔が大きく歪んだ。

 その時、

 「ううっー!」「ううわーっー!」

 男は絞る様に呻き声をあげたかと思うと、大声で叫びながらベッドから跳ね上がるように上半身を起こした。

 「許してくれ! 許してくれー・・・・」

 「何もしてやれなかった私が悪かったのだ・・・許してくれー」

 男は気が狂ったように両手で頭髪を搔きむしりながら何度か叫んでいたが、直ぐに叫び声は消え、微かにむせび泣く声に変わっていた。

 暫くすると、むせび泣く声も収まり静かな暗闇となった。

 男は暗闇の中、両手で頭を抱え、身動きもせず、ベッドの上で何か物思いにふけっているようであった。

 どれくらい時間が経ったのだろうか、男は震えるような声で呟き始めていた。


 なぜ、私の人生はこんなにも、はかないものになってしまったのだろう。

 若い頃から苦しみ、血の泌むような努力により、やっとこの手で確りと掴んだと思われた幸せが・・・・・。

 確か、あの時に、私が言った一言から何故か狂い始め、私の手から一つ、一つ、大事なものが奪い去られて行き、私はずるずると奈落の底に引きずり込まれて行った。


 私から一番大切な愛する家族、そして生き甲斐であった仕事、生きて行く楽しさを全て奪い去られ、私に残っているのは悲しみと、苦しみだけであった。

 今の私には、この悲しみと苦しみから抜け出す唯一の方法は、死ぬこと以外に思い浮かぶものは無かった。

 私は、今、直ぐに死んで愛する妻と娘のもとへ行きたかった。

 しかし、今の私には死ぬことすらも出来なくなっていた。

 苦しんでいた妻や娘に何もしてやれずに死なせて(自殺させて)しまい、今更、死んで会いに行くことなど申し訳なくて出来なかったのだ。 

 死も奪われてしまっていた。


 私は生きる目的も無く、死ぬこともできず、ただ、悲しみに泣き、苦しみに叫び、夢遊病者のごとき、漠然と俳諧し、日々を過ごす事しか無かった。






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