21.5話 ミオリン出撃ス


づっきーが寄る所があると言ってアトリエを出て行った。彼女から七瀬さんの食事を作りに行くと聞かされたのだ。つまり、づっきーは七瀬さんの家に行く前に食材の買い出しに行く筈だ。私は、この機会に行動する決意を固めた。


どうにもじれったい二人。絶対に両想いなハズだ。いや、づっきーが七瀬さんの事が好きなのは分かっているけど、七瀬さんもづっきーを意識しているに違い無い。そう、これは私の中では確信だ。そのつもりで押していく。


私の親友には七瀬さんが相応しい。あんなハイスペックイケメンなんかそうそういない。あ、先輩がいるか。いや彼女いるし。


七瀬さんはフリーなのかな?南雲さんとは実際どうなんだろう。腕を組んでいたと言うけど、あの南雲さんだ。普通に誰にでも絡んで行きそうだし、冷静に考えて七瀬さんと南雲さんって、ぜんっぜんお似合いとは思えない(づっきー補正)。


同じ事が言えるのがづっきーと和泉君だ。この二人も合わないと思う。づっきーの性格からして、陽キャ過ぎる和泉君は異星人なハズだ。決してづっきーが陰キャとは言っていない。言ってないよ。


「あの……りん

「ん?何、みお


私の腕の中で小さくなっている澪。あれ?様子がおかしいぞ?さっきまでの勢いはどこへ行った?


「もう、放して?」

「んあ?ああ、うん」


この後の作戦遂行の駒として、我が美術部部長を確保していた。づっきーと一緒に帰す訳には行かないので「じゃれている」風に拘束していたのだ。


いやぁ〜それにしてもスゴイな、この娘のおっぱい!最早凶器だよ!自分が女なのをいい事に、それはもうたっぷりと堪能させて貰いましたよ。これで彼氏いないんだから見る目ないな〜男子共。てか、見る所間違えてるよ?いや仕方ないか。でも、首から上も見てあげて?可愛いんだよ?まあ、この娘堅いからね。鉄の女だしね。アニオタだしね。


「ふぅ〜……」

「どしたの澪、顔赤いよ?」


ちょっと揉みくちゃやり過ぎたかな?激しく抵抗していたから疲れちゃったかな?


「うん、大丈夫、大丈夫……」


チラチラとこっちに目をやりながら乱れた制服、の、中の下着を直す澪。ズレちゃった?ごめんね?でも何故か目が眠そうにトロンとしている。


「ちょっと澪、ホントに大丈夫?熱あるんじゃない?」


心配になった私はおでこ同士をくっつけてみた。


「あひゃあっ?!」


何をびっくりしているのか奇声を発して椅子から滑り落ちた澪。急に何?


「ごめん、いきなりでびっくりした?顔が赤いからさ」

「大丈夫、……本当に大丈夫だから……」


って言ってるけどやっぱり顔は赤いし、私を見上げる目はなんだか潤んでるし。何よりいつもの毅然とした態度はどこかへ消し飛んでいて、やけに女の子みたいだった。女子だけど。


兎に角、そろそろ動かなくてはならない。


「澪、ちょっと私に付き合ってくれる?」

「えええっ?!!」


突然の大声に私の方がびっくりした。


「いや、何を驚いてるのよ。付き合ってって言っただけでしょう?」

「つっ!つきあうぁぅぁぅ……ごにょごにょ……でも女同士で……ごにょごにょ……」


両手で真っ赤な顔を覆ってなにやらブツブツ言っている。時間が無いのに困ったな〜。仕方がない、ここは強引に、


「ほらっ、澪!急ぐから来て。アトリエ閉めて出掛けるよっ!」

「ふぇ?どこに」

「歩きながら説明するから、ホラホラいつまでもくねくねしないっ」


なんなのこの娘はっ、急に別人みたいに腑抜けてっ!か弱い女の子みたいじゃない。女子だけど!


部室兼アトリエを出て昇降口へと向かいながら、これからの作戦を澪に説明する。


「澪、私はづっきーと七瀬さんをなんとしてもくっつけたいの。協力して」

「うん、それはいいけど具体的にはどうするの」


少し澪が澪っぽく戻ってきた。でも彼女の私を見る目はちょっといつもと違うような気がする。ほんのりほっぺが赤いのは何故?


「私はこれから七瀬さんの家まで行って、本人を焚き付けるつもりだよ」

「えっ、一人で、その、男の人の家に行くの?大丈夫なの?」


あーそうか、そういう心配は仕方がないか。でもそれは澪が七瀬さんに会った事が無いから出てくる考えだ。


「大丈夫。七瀬さんは無害だから。むしろもう少しづっきーに対して男を出して欲しいくらいだよ」

「無害って……それはそれで失礼な感じだけど。で、私はどうするの?」


実際には七瀬さんがづっきーにどう接しているのかは、七瀬さんに数回しか会っていないから分からない。分からないけど、分かる。だってづっきーが全部話してくれるから。親友である私には全部打ち明けて相談してくれるから。そりゃあ動くでしょ、私。うん。


「づっきーは今スーパーに夕飯の買い出しに行ってる筈だから行動を監視していて欲しいの。気付かれないようにね。やってくれる?澪」

「気付かれるとダメなの?」

「ダメに決まってるでしょー!づっきーに気付かれたらアンタ何て説明するつもり?」

「偶然を装うとか」

「その後どうすんのよ、ずっと偶然を装って後を付け回すの?あのね、私が七瀬さんに会っている時にづっきーに来られるとマズそうだから、澪にづっきーを見張っていて貰いたいの!」

「マズい?どうして」

「七瀬さんが女の人と一緒に居ただけで取り乱しちゃうくらいづっきーの頭の中は七瀬さんでいっぱいなんだよ?あと、和泉君の事もプレッシャーになってる。そこへ私と七瀬さんが会ってる所なんか見られたら……」

「なるほど、凛と葉月の友情は崩壊するかもね」

「そういう事。だから――あっ」


咄嗟に澪の頭を抱え込んでしゃがませた。廊下の先、曲がり角を曲がった所が昇降口なのだけど、窓越しにづっきーと和泉君を見つけたのだ。


「うむーっ、むーっ」

「しっ!黙って澪。づっきーに見つかるからっ」


抱いた澪の頭を更にぎゅっと胸に抱き締める。


「大丈夫?澪、放すから声出さないでね?」


大人しくなった澪。まさか窒息とかしてないよね?


「ちょっ?澪?!」

「んふ、凛ていい匂い……」


何故か私の胸に顔をうずめたまま、抱きついてきた。こんな時に何やってんの?!


「澪っ、ふざけてる場合じゃないでしょっ」

「あ……うん、ごめん」


残念そうに離れた澪。なんなの?さっきの仕返しのつもりなの?だったら赤い顔やめてくれる?こんなんで大丈夫だろうか?なんて考えてる暇は無かった。

づっきーと和泉君が移動し始めたからだ。昇降口から出て、正門へは向かわずに、中庭の方へ二人で歩いて行く。


「澪、このままここに居て。づっきーと和泉君が移動してる。多分、中庭に行くから監視していて。いい?」

「え?あ、分かったよ凛」

「ホントに大丈夫?私は七瀬さんの所へ行くけど」

「行っちゃうの?凛……」

「そういう計画でしょー?!何言ってんの?!」


そんな心細そうな小さな子供みたいな顔やめて?いつもの澪に戻って!鋼鉄少女かむばーっく!


「兎に角!づっきーを探す手間は省けたから良かったとして澪!ちゃんとづっきーを見張っていてよ?!」

「うんっ、がんばるっ!」


目をキラキラさせながら両手の拳を握る澪。普段のこの娘からは想像出来ない女子っぷり。コワイんだけど。


「多分だけど、づっきーはこの後和泉君と大事な話をすると思う!何があるか判らないから監視、しっかりね!」

「大事な話って?」

「あーもうっ!察してよっ、告白の返事とか和泉君が強引に迫るとかあるかもしれないでしょっ!」

「ご、強引に……和泉君が強引に……!」


ゴクリと唾を飲む澪。色々とはかどっているようだ。でも心配だけど行かなくては!


「じゃあ私は行くからね。何かあったら連絡して、澪」

「分かった。任せて、凛」


大丈夫かな〜、なんかさっきからポンコツなんだよな〜この娘。

ま、私は私の仕事をしよう。そそくさと昇降口へと走り、靴を履き替えながら澪の様子を見てみる。

柱の影に隠れながら中庭の様子を伺っている澪。完全に覗き見スタイルだ。通り掛かった生徒から怪訝な視線を向けられていた。もういいや、任せよう。私とづっきーが鉢合わせしなければいいのだ。


学校を出て七瀬家へと急ぐ。づっきーと和泉君のあの後の展開が気になる。まさか二人が付き合うなんて事ないよね?づっきーはハッキリと七瀬さんが好きだと言っていたから、和泉君がどう押しても多分逆効果だろう。でもあの和泉君だしな〜、めっちゃイケメンだしな〜……イケメンってだけで付き合っちゃったりしちゃうのかな、づっきーって。あれ?なんか心配になってきたぞ?イヤイヤ、づっきーとは長い付き合いだ。見てくれだけでは流されないハズだ。見てくれだけでは、だ。あの娘、陽キャの攻撃に耐えられるだろうか?今まで男子に迫られるなんて事は無かった筈だ。まあ、その方が不思議なくらいづっきーって可愛いんだけどさ。つまり、押しに押されてなし崩し的に付き合っちゃったりしないだろうか?あーなんかあり得る感じ〜、やっぱ心配〜。


『澪、そっちはどうなってるの?』


澪にアプリで現状の確認をする。と、


『対象が目標に接近。距離七十。更に接近を試みる。コントロール、いつでも砲撃出来る様に位置を把握しておいてくれ』


ちょっと何言ってるか分かんない。


『つまりどういう事?づっきーに何かあったの?』

『これ以上の通信は傍受される恐れがあるが仕方が無い。我々の小隊は現在、桜井中尉を補足中。対象イズミが中尉の腕を掴んで拘束、中尉は動けない模様』

『え、大丈夫なの?!澪?!』


私の心配が的中?!和泉君、づっきーに何をしようというの?づっきー泣かせたら許さないよ!


『目標に動きあり。対象を現場に残し移動中。前線から離脱する模様……ザザッ……ピー……』


そういうのいらないからっ!何ノリノリなの?!


『づっきーは一人で学校を出たって事?和泉君は?』

『対象はこの距離で目視する限りではベンチに腰を下ろしたまま項垂れている。戦意を喪失しているかのようだ……ザザッ……』


項垂れている……戦意喪失……それが本当なら、つまり……


『和泉君はづっきーに振られたって事だよね?だったら私も心置きなく動けるよ』

『目標は戦線を離脱したが……ザザッ……我々小隊は必ずこの丘をる!……ザリッ……通信を終了する!』

『いや何言ってんの澪。づっきー追ってよ』


高速でスマホに文字を打ち、ナンタラ高地で戦っている風なオタクにツッコむ。そのノリで傷心の和泉君に手を出すつもりなのこの娘は?神経を疑われるどころか嫌われるよ?

取り敢えず和泉君の事は後にして早くづっきーを追ってとポチポチ打ち込む。まだ衛生兵ー!とか送ってくる澪は放っておいて、私も急ぐ事にした。


濃紺の七瀬家に着いた。いきなり私が一人で現れたらびっくりするだろうな〜……ちょっと緊張する。

と、そこへバッグの中のスマホに着信が。


「わっ……澪かな」


もうづっきーが来ちゃう?そんな早く買い物は終わらないと思うけど……スマホの画面を見て焦った。


伊蕗いぶき?……ヤバっ!」


忘れていた。づっきーに会った後、一緒に帰るつもりで私の彼、伊蕗には教室で待っていて貰ったのだ。澪が同席していたので、これはチャンスとばかりにづっきーの事ばかり考えてしまっていた。うわー私のバカ!


「もしもしっ伊蕗!」

『あ、凛。今どこ?』

「ごめん!学校を出ちゃったの〜」

『え、何で?一人?』

「ちょ、えと、ちょっと緊急事態?って言うかイレギュラー?って言うか、その、づっきーの事で急用が出来て……」


伊蕗の事を忘れていたとはさすがに言えなくて、最後の方は尻すぼみに声が小さくなってゆく。


『桜井さん?あ〜……今ね、アトリエ行ったら閉まっていたから昇降口まで来て凛のロッカーに靴が無いからどうしようかと思っててね』

「ごめんっ、悪いけど先に帰ってくれる?」


実際には私の方が先に帰ってしまっているけど。


『その前に現状の説明して欲しいんだけど。でないと僕も心配で帰れないよ』


だよね。そりゃそうだよ。でも、言いづらい〜。


「あの……実は今、な、七瀬さんの家の前に居るんだけど……」

『一人で?』

「うにゅっ……はい」

『……』

「あああのっ!違うよ?!やましい意味で来てるんじゃないからねっ?!」

『……』

「……あの、伊蕗?」


伊蕗は黙っていて何も反応してくれない。心細くなった私は縋るように彼に話し掛ける。


「伊蕗?怒ってるの?ねぇなんか言ってよ〜」

『あ、ごめん。ここから中庭が見えるんだけど、和泉君が一人でベンチに座ってて珍しいなぁって思って』

「和泉君?!まだ居るの?どんな様子なの」

『なんか元気無さそうに見えるね。どうしたんだろ、いつもは友達と一緒なのに』

「えっと、伊蕗。後で説明するから。これからづっきーが来る前に七瀬さんに話があるの。いいかな」

『桜井さんが……ああ、そういう事か。凛はつまり桜井さんの手助けをしようとしているんだね』

「そう!そうなの。絶対七瀬さんもづっきーの事が好きだと思うの!だから……」

『うん、分かった。上手く行くといいね』

「ありがとう伊蕗、私がんばるっ!」


通話を終えて息を整える。よしっ!七瀬さんの気持ちを確かめる!私は七瀬家の呼び鈴を押した。



「その、全部だよ」


すぐに玄関に現れた七瀬さんを強引に連れ出し、これまた強引にづっきーへの気持ちを確かめた。そして、七瀬さん本人の口からその言葉を聞いた。全身に鳥肌が立った感覚。やっぱり、やっぱり……よかっね、づっきー……!


七瀬さんのづっきーへの想いは確認した。後はこの草食系イケメンを焚き付けるだけだ。私は和泉君の告白の事、学校の男子達からのづっきーへの注目度を捲し立てた。そして彼を焦らせる事に成功した。


七瀬さんに家へ戻ってもらい、私も帰る事にする。途中でづっきーの尾行をお願いした澪と合流して、お礼を言わなきゃね。取り敢えず、私がづっきーにしてあげられるのはここまでだ。後は七瀬さんがなんとかする筈だ。してくれなきゃ困るし怒るよ?


七瀬家の付近を澪を探しながら歩く。この辺に居る事はさっき澪から連絡を貰っていた。程なくして澪を発見した……んだけど、


「あれ?七瀬さん、なんで居るんですか」

「大山さん」

「凛!よかった〜」


目を輝かせて走り寄って来る銀縁おさげ少女。走るとまたズレるよ、アレが!

澪は私の後ろへ回ってがっしりとしがみ付いた。


「怖かったよぉ、凛。この人がいきなり尋問するから」

「はぁ?尋問て、七瀬さん何でこの娘知ってるんですか!」


まさかづっきーが好きだと言った舌の根も乾かぬうちにづっきーから巨乳少女に心移りしたって言うの?!


「いやいやいや!待ってくれ大山さん。何か勘違いしてるよっ?!誤解だからっ!」


七瀬さんから事情を聞かされた。づっきーが尾行に気付いて怯えていると。尾行の事実を確かめる為に七瀬さんはここに居ると。


「もぉ〜……澪ぉ〜」

「だって……尾行なんてやった事ないし」

「まあ、頼んだ私も私なんだけどさ」


澪にづっきーの監視を頼んだまでは良かったけど、慣れない尾行に気づいたづっきーをパニックにおとしいれる結果になってしまった。づっきー、怖い思いをさせてごめん!後で超謝りますっ!


「――と言う訳で澪にはづっきーの監視を頼んでいたんです」

「……あー……そうか、なんか僕のせいでごめんね」

「あ、いえ。私もづっきーに勘違いされたくなかったですし」


そんな事になったら最悪だ。私の行動が全部壊してしまう。


「いや、やっぱり悪いのは僕だよ大山さん。やきもきさせていたんだね」

「まあ、そうですね。演奏会でいい感じかと思っていたら南雲さんとイチャイチャしてたとか事故とか怪我とか通い妻とかなんかわかんなくなって、私がづっきーの為に勝手に動きました」

「イチャイチャは違うからね?!」

「分かってます。それと確証はありませんけど、」


背後を見る。何故かまだ澪は、私の腰に腕を回して背中にぴったりと張り付いている。至近距離におさげ眼鏡っ娘の顔があった。


「澪、づっきーは和泉君を振った感じだったんでしょ?」

「そう考えればしっくりくる画だったね」


学校の中庭で二人きりで話す内容は、告白の返事しか思いつかない。結果、づっきーは一人で帰り、残された和泉君は肩を落とす。


「七瀬さん、さっきは言わなかったんですけど今日、づっきーは和泉君を振ったかも知れません」


七瀬さんは喜ぶでも無く驚くでも無く、黙って聴いていた。


「本人に訊いたわけではないのであくまで予想ですけど。兎に角七瀬さん、さっきも言った通りづっきーは七瀬さんが好きです。ここまで来たらキメてくださいよ?」

「うん。今日、葉月ちゃんにうつもりだよ」


七瀬さんの目は真剣だ。明日、どんな顔でづっきーは登校して来るのだろう。きっと幸せいっぱいのふにゃ顔に違いない。その前にスマホに報告が来るのかも知れない。あ〜楽しみ。



二人ともありがとう、と言って七瀬さんはづっきーの待つ自宅へと戻って行った。勿論、私達と会った事は告白が成功するまで内緒にしてもらうようにお願いした。


「さて、澪」

「んふ?何、凛」


往来で私の背中にぴったり張り付いている美術部部長。微妙に首筋あたりに吐息がかかってくすぐったいんだけど。


「ほらぁ、いつまでくっついてんの!離れてよ澪!」

「え〜……」

「いや、え〜じゃないでしょ。七瀬さんはもうづっきーの所へ戻ったんだから隠れていなくてもいいでしょー」


別に隠れていた訳じゃないもん、とか言って渋々離れた澪。でも私の制服のスカートを摘んだまま離さない。なんなのホントに。


「凛」


不意に聞き慣れた声に振り向くと、何故か帰った筈の私の彼氏が立っていた。


「伊蕗」

「奥村君?」

「部長も一緒だったんだ。凛、七瀬さんには会えたの?」

「え?あ、うん、会えたよ。ってか伊蕗何でいるの?帰らなかったの?」


そう言う私に伊蕗は無言で歩み寄り、おもむろに私の頭を抱く様にしておでこ同士をコツンと合わせた。部室で澪に私がしたように。横で見ている澪がヒュッと息を飲んだのが聞こえた。


「凛、いくら桜井さんの為とは言え、男の人の家へキミ一人で行くなんて言われたら、僕だって心中穏やかでいられないよ?」


もうキスと同じ距離で視線を交わす私と伊蕗。いつもより彼の目は真剣さを帯びていた。あのときのように。


「あうっ……ゴメン、伊蕗」


確かに逆の立場だったら居ても立っても居られなくなりそう。いや、その前にめちゃくちゃヤキモチ妬いて駄々をこねると思う。そう反省するのだけど、伊蕗ってばいつの間にこんなにイケちゃったの?好き過ぎるんだけど!でも今のこのおでこ同士をくっつけた体勢はスゴく恥ずかしい。でも嬉しい。やっぱり恥ずかしい。でも離れたくない。


「奥村君って意外と大胆なのね、私の見ている前で」


澪が少し冷めた、いつもの彼女の口調で言う。私から離れた伊蕗はニッコリと澪に笑い掛けながら、


「思わぬ伏兵が現れたみたいだからね。ちょっと牽制してみたんだよ」

「……む〜」

「んえ?何の話?」


頬を膨らませる澪と、対照的に笑顔の伊蕗。何だか火花が散ってる?


「いや、こっちの話。凛、帰ろうか。部長、家まで送るよ」

「いい、一人で帰れるから」


そろそろ薄暗くなってきた。送ると言う伊蕗の誘いを断って、澪はまた学校でねと言って走って帰ってしまった。ズレるよ?


「まあ大丈夫かな、家近いんだっけ?彼女」

「うん、歩いて十分くらいかな」


そう言えば澪に手伝って貰ったお礼をしていなかったな。まあ、明日会うしいいか。


それから二人で、今日の事を話しながら帰った。澪に手伝って貰った事や七瀬さんに話した事、あと、澪の尾行でづっきーを怯えさせてしまった事。少し失敗があったけど概ね上手く行った筈だ。後はづっきーからの報告を待つのみだ。


「そっかー、七瀬さんなら大丈夫だと思うけど。カッコいいし紳士だし」

「だよね〜、づっきーが断る筈無いしねっ!」



――その夜、づっきーから七瀬さんとお付き合いする事になったと電話が来た。始めは恥ずかしそうに、やがて声を震わせる親友の、涙でくしゃくしゃになった顔を思うと、私の胸にも熱いものが込み上げてきた。


良かったね、づっきー!うきゃ〜ダブルデート〜!



おわり
















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かぎしっぽ 上野 からり @manamoe

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