はるうらら


次の年の春。


真新しいワインレッドの制服に身を包み、家を出る。入学後の平日のルーティン、同じ学校の制服姿の彼が待っていた。


「おはよう、


春の朝に相応しい爽やかな笑顔で私を呼ぶ彼。


「おはよう、


私も微笑みながら挨拶を返した。そして何故かこの人も外に出てくるのが進学後の悩み。


「おはよう!怜君っ」

「おはようございます、お母さん」


最近は慣れたのか、彼もお母さんのテンションに動じない。でも、だからと言って、


「今日も爽やかイケメンだね〜、帰りウチに寄って?ね?」

「い、いや、あのそれが」


すっごい勢いでボディタッチしまくるお母さん。タッチどころじゃなくて彼の腕に絡むのやめて?!


「もうっ!お母さん、今日は怜君のお母さんにお呼ばれしてるからダメッ!」

「え〜っ、私は?」

「娘の彼氏の家に母親同伴とか恥ずかしいからやめて?!」


とは言うものの、この一年で双方の母親同士はとても仲良しになった。二人でランチやら買い物やら出掛ける事もある。


「ハイハイお母さん、怜君から離れてっ。行こう、怜君」

「ああ、うん。すいませんお母さん、またの機会にお邪魔します」


苦笑しながらお詫びする彼。


「残念〜、二人とも気を付けていってらっしゃい」

「行って来まーす」

「失礼します」


二人並んで歩き出す。入学後、幾度となく訊かれた質問をインタビュー風に、


「入学から三週間程経ちましたが、慣れましたか?はづさん」

「う〜ん、どうだろ。でも楽しいよ」

「友達、出来た?」

「あ、それは大丈夫だよ。凛も居るし」


凛と奥村君は揃って合格した。なんでもここK校に通う先輩に、勉強も含めて助けて貰ったそうだ。よくよく凛に話を聞いてみると、なんと怜君が話していた去年の新入生総代の人だった。なるほど、怜君の助けは要らない筈だ。


凛だけではなく、入学後すぐに友達が出来た。進学校らしく自由なこの校風は好きだ。今、凄く楽しい。


ただ、中学校の時の友達は凛と奥村君を除いてバラバラになった。同じクラスだった美久と穂乃果はそれぞれ別の高校へ進学して、美術部部長の澪は、K高より難関の女子校へと進学した。やっぱり男子の視線が嫌だったのね……


あと、和泉君もここに合格した。入学早々女子の注目を浴びているようだ。私とはたまにばったり会った時に話す程度。その時には人懐こい笑顔を浮かべながら、俺、まだ諦めてないよ。って、本気だか冗談だか分からない事を言うから対応に困る。


それから彼女、南雲さんとは今、凄く仲良しだ。呼び方も美琴さん、葉月に変わり、怜君との交際を祝福してくれて二人でショッピングに行ったり映画を観たりしている。食事に行った時などは、ほらー葉月、もっと食べな。と、山盛りの自分のお皿からお肉をひょいひょい私のお皿に乗せられたりする。美琴さんの食事風景は見ているだけでお腹が膨れる気がして小食になってしまう。彼女の彼氏関係は……まあ、どうなんだろ。


中学校の友達とはSNSでいつでも連絡は取れる。今はまだ連絡し合っているけど、学校に慣れてくればどうなるか分からない。皆んなそれぞれ友人や恋人を作って離れて行くかも知れない。そうやって出会いと別れを繰り返して、私達は大人になってゆくのだろう。


私はこのひとといつまで一緒に居られるのだろうか。この春で丸一年の恋人同士だ。お互い、良い所も悪い所も見て来ている筈だ。それでも、少なくとも私は怜君が大好き。彼も同じ気持ちだと信じている。



そして……いつか本当の意味で、あの曲を私の前で演奏してくれたなら……しあわせ。



――三年生になった彼とは一年間しか同じ学校に通えないけど、この一年間は楽しく過ごしたい。きっと楽しい高校生活にしてみせる。


「あ〜、やっと同じ学校に通えるかと思ったら、僕は三年生になってしまったか。試験サボれば留年出来るかな。どう思う?はづ」

「学年トップが何言ってるの、学校が許すワケないでしょう?」


本当にそんな事になったら私は喜んでいいのか悲しんでいいのか困るからやめて?て言うか怜君のお母さんが激怒するよ?目を覚まさせてあげようと、彼の頬をキュッとつねる。


「イテテ、つねるのやめて?冗談だからね?」

「それに家が近いんだから関係ないでしょ」


もうしょっちゅうお互いの家を行き来していた。怜君の家に行けばご両親も喜んでくれるし、私の家に来ればお母さんが張り切る。お父さんも最近は慣れたのか、夕食時に怜君と笑顔でお話ししている。


「そうだね、ところで母さんが着て欲しい服があるってさ」

「また?!悪いよ、そんなに買って貰ってばかりで……」

「もうあれだよ。母さんの趣味?着せ替え人形的な」


定期的に七瀬家に呼ばれてはお母さんチョイスの服に着替えさせられる。私の身体のサイズは既にお母さんの頭にインプットされているのだ。迂闊に太れないし痩せられない。

そして一眼レフを構えたお母さんによる撮影会となる。ある時はリビングで、ある時はお庭で、またある時はピアノ部屋で、何枚も撮りまくるお母さん。最早高価なピアノも彼女にとってはただの撮影用の小道具だった。


その撮った写真をSNSへアップしていたりする。顔は隠しては、いる。勿論、私本人と私のお母さんは許可済みなんだけど、最近のフォロワーの数を聞いてちょっと怖くなった。実際、学校で知らない先輩にコレあなた?とか聞かれた事もある。入学して間もないのに上級生にまで顔が知られていて驚いた。濁して返事したけどバレバレだろうな〜。


「お母さんが選ぶ服、可愛いから好きだけど、ウチのお母さんがヤキモチ焼くのよね……」


娘を取られた気になるのか少し拗ねる。扱いが面倒になってちょっと困る。


「まあまあ、付き合ってあげてよ。僕も可愛いはづが見たいし」


ニッと笑ってわたしの顔を覗き込んでそんな事を言う。


「……へぇ、いつもは可愛いく無いのかな?」


不意打ちやめて?そういうの弱いんですけど!だから、こんな反応になってしまう。


「発動、捻くれモード。顔赤いよ?」

「……」

「イテッ、叩かなくてもいいだろ、すぐに手が出るとかどれだけ僕に触れたいのさ。ハグしてあげようか?」


半笑いでそんな事を言う。もー、顔が熱い。


「――もうっ、もうっ!怜君のっ、バカッ」

「うわっ、ごめ、揶揄からかって悪かったよ、痛い痛い」


照れ隠しで彼の腕をぽかぽか叩く。こうして私は彼によく揶揄われる。恥ずかしいけど悪い感じはしない。彼に悪意は全く無いから。大体、揶揄われて私が暴れると、後には優しいハグが待っているのだけど、流石に登校中にそれはいけない。周りはK校生だらけなのだ。それでなくても入学早々私達は校内で噂されているらしい。

仲が良いカップルだね、で済めばいいけど、バカップル呼ばわりされるのは嫌だ。


「ホント、朝から仲良しだねぇ」

「あ、おはよう。凛、伊蕗君」

「や、おはよう。凛ちゃん、伊蕗君」


親友とその彼氏が揃って登校して来た。私達の彼等の呼び方もこの一年で親しいものに変わった。


「おはよう、怜先輩、づっきー」

「おはようございます。葉月ちゃん、怜先輩」


皆んな希望していた学校へ入学を果たした。私はひょんな事から出会った素敵な人と今は恋人同士になれた。

幸せ過ぎてちょっと怖い。まだ入学して三週間しか経っていない。これから色々な事があるだろう。辛い事もある筈だ。

でも大丈夫、怜君と恋人同士になれるまでの事を思えばそこそこの苦難なんて……怜君、助けてね?


「づっきー、五月の連休さ、先輩がまたバーベキューやるんだって!誘われたんだけど行くよね?!勿論、怜先輩も!」


一年前の連休、凛と伊蕗君が付き合うきっかけになった、先輩達とのバーベキュー。今回は私達も誘ってもらえた。


「ホント?私達もいいの?ね、怜君。行きたいな」


彼のブレザーの袖を引いてお願いする。

 

「うん、勿論行きたいけど僕一人だけ三年生だけどいいのかな」


先輩と言っても全員二年生の仲良しグループだ。怜君は何度か会った事があるみたいだけど、私は面と向かって話した事は無かった。


「だーいじょうぶ、そんなの気にしない人達だから」


今は皆んなバラバラに進学して行ったかつての和泉君グループのような感じかな。

凛はぜんぜん気にしないで〜と言う。


「じゃあ、はづと行かせてもらうから伝えておいてね」

「かしこまりですっ、先輩」


ぴっ、と敬礼する凛。そしてぐっと拳を握り、


「よっし、バカップル確保」

「「バカップル言うな!」」

「うはっ、息ぴったり〜。あははっ!」


怜君とハモる。苦笑する伊蕗君。凛にだけは言われたくなかった。




「ただいま」

「お邪魔しまーす」


放課後、怜君の家へ。今日は彼のお母さんにお呼ばれしていた。


「はづちゃん、おかえりー」


ぎゅ〜っと、抱き締められるいつもの儀式。苦しい。てか、自分の息子さんにもお帰りって言ってあげて?


「にぁおん」

「あ、チャム〜、ただいま」

「にう〜」


すりすり……私の足に擦り寄るチャム。その度にカックリ曲がった尻尾が私の足に引っかかるように絡む。


「相変わらず可愛い尻尾だね」


そう怜君に振ると、


「むしろ拝みたくなるかな、僕とはづを引き合わせてくれた恩人だし。あ、恩、猫?」

「そうだね、ありがとね〜、チャム」


「な〜お」


ちょこんと座って鳴く鍵尻尾の鯖トラ猫。私達を見上げるその表情は、ちょっと嬉しそうにも見えない事もないけど、実はお腹が空いたとか、だっこして、とかの訴えだったりする。はいはいだっこね。


私はふよふよのお腹とふわふわのしっぽに両手を添えて、チャムを優しく抱き上げた。



                          おわり

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