友達


ドタバタがあったけど、私と七瀬さんはお付き合いする事になった。凄く、すっごく幸せ。

この後は勉強を教えてもらうのだけど、その前に七瀬さんからある事実を聞かされた。


「実は葉月ちゃんが来る前に大山さんがウチを訪ねてきてさ」

「え!凛が?!だって、え?!」


だって、凛は部室で澪と……ごにょごにょ……


「彼女が言うには……」


『七瀬さん、づっきーが来る前にお話があります!ちょっとこっち来て!』

『うわわっ?!いきなり何?!大山さんっ!』

『兎に角、鉢合わせになりたくないので早く!』


そして自宅から少し離れた場所まで移動して凛は切り出した。


『七瀬さん。率直に訊きますけど、づっきーの事、どう思ってますか!』

『ど、どうって……良い娘だと思うけど?』

『あーっ!そうじゃなくてっ!好きなのか愛おしいのか彼女にしたいのかって事ですよっ!』

『それどれも同じ感じ……』

『どうなんですかっ!』

『……』


七瀬さんは答えた。


『その、全部だよ』と。


そして話は和泉君の事へ。


『七瀬さん、実はづっきーはクラスの男子に告白されています』

『え!本当?!誰なの!大山さんっ!』

『うわっ、わっ、落ち着いてください、揺らさないでっ!』

『ああ、ごめん。その、ひょっとしてその男子っていうのは……』

『はい、和泉悠真君と言ってウチの学校で大人気のイケメンです。七瀬さんも会っている筈ですよね?事故の時に。づっきーに聞きました』

『ああ、やっぱりあの時の彼か。それで葉月ちゃんの返事は、なんて……』

『保留になってるそうです。あまり接点の無かった二人ですから。でも、彼のアプローチは凄いです。七瀬さん、落ち着いてる場合じゃないですよ!もっと言ったら、学校行事で目立った事で今、づっきーはモテモテなんですよっ!』

『も、モテモテって……』

『大袈裟じゃなくて大勢の男子に注目されています。和泉君が大胆にアプローチしているから今はまだ他の男子は手が出せないでいるだけです!』

『そうなのか……でも大山さん、なんで僕にそんな助言をしてくれるの?その、和泉君ではなくて』

『そんなの!づっきーが七瀬さん大好きだからに決まってるじゃないですか!』

『そ、そうなの?本当に?』

『うっわ〜……失礼ですけど鈍感ですね。あんなに熱い眼差しで七瀬さんを見ているのに。づっきー可哀想〜』

『ご、ごめん、そんな感じはしていたけど僕の自意識過剰だったら恥ずかしいし、恋愛経験なんて無いから』

『はあ?!そのルックスで何言ってんですか?』

『本当だよ、誰とも付き合った事は無いよ』

『まあ、それはそうとして!づっきーって大人しくて優しい娘だから、このまま七瀬さんと進展が無いと積極的な和泉君となし崩し的に付き合ってしまうかも知れません。それでもいいんですか?!』

『それは……困る。嫌だ、ダメだ絶対』

『だったら……あ、づっきーが来たようです、戻ってください』

『え、なんでわかるの?』

『兎に角行ってください。頑張ってくださいね、上手くいくに決まってるけど、付き合う事になったらダブルデートですからねっ』

『う、うん。わかった、ありがとう大山さん。戻るね』


そういう経緯で戻って来た七瀬さん。私が丁度、ストーカーに付き纏われているかと思って怯えていた時だ。

七瀬さんは私の訴えで様子を見に行った。そこで、


「大山さんには聞かされて無かったんだけど、葉月ちゃんに尾行が付いていたようだよ」

「え!誰ですか?!」

「実は君の訴えから様子を見に行ってすぐに、彼女を見つけたんだ」

「彼女?」


『動くな!』

『はいっ!動きませぇん!』

『あ、ごめん。怯えなくて大丈夫だよ、君、その制服は桜井葉月さんと同じだね。彼女の後を付いて来た?』

『はいっ!尾行してました!』

『そ、そう。正直で助かるよ。えと、君は葉月ちゃんの友達?かな?』

『はいっ、葉月と同じ美術部でぶぶ部長をしておりますっ』


「澪?!澪が後を尾けてたんですか」

「そのようだよ」


苦笑する七瀬さん。つまり私が部……アトリエで二人と別れた後、凛は七瀬さんに会う為に先回りし、澪は凛と私が鉢合わせしないように監視と連絡の為に後を付いて来た、というワケらしい。慣れない尾行なんてするから私に気付かれたのね。良かった、あの後の二人が心配だったから。奥村君がびっくりするような展開しか想像出来なかったから。


そしてあっさり尾行を認めた澪と一緒にいる所に凛が合流して私には内緒で、というお願いをされたそうだ。


「あの二人に感謝しないと。後で改めてお礼したいな、大山さんに背中を押されなかったら僕から告白出来なかったよ」

「私からでも良かったんですけど!」


凛と澪に感謝するよりも、まだ告白をさせてもらえなかった事を引き摺っているのか、そんな事を言ってしまう。でも、ありがとう。凛、澪。色々怖かったけど。


「そう言わないでよ」


苦笑する七瀬さん。そう言えば忘れていたけど、腕のホルダーを外したままだ。


「そうだ七瀬さん、腕!大丈夫なんですか?!」

「うん、痛くは無いけどちょっと待ってくれ」

「え、そもそもなんで外したんですか?」


私の質問に答える代わりに彼はピアノの鍵盤の蓋を開けた。


「君に一曲贈りたくてね」

「何を言ってるんですか、怪我が……」

「大丈夫、短い曲だから」


そう言ってピアノの前に座って左腕の動きを確認するように手を開いたり閉じたりする。


「もう……頑固なんですね」


七瀬さんのお母さんが我儘と言ったのが思い起こされる。その結果がこのピアノ部屋なんだろう。

頑固と言えば私も人の事は言えないか。彼のお母さんに頼み込んで今、こうして七瀬家に上がり込んでいるんだから。


「この部屋に来たのは何も君と大声出して喧嘩する為じゃない。君に……葉月ちゃんと恋人同士になれたら聴いて欲しい曲があったからだ」

「私に?聴いて欲しい曲……」

「チャムをよろしくね?ピアノに飛び乗らないように抱っこしててね」


彼は薄く笑って、鍵盤に両手を添える。そして深呼吸して、静かに弾き始めた。


「この曲……っ」


初めて会った時に聴かせてもらったあの曲。とても華やかで涙を流しそうになったあの曲。

とても幸せな気持ちにさせてくれる、あの曲。


「にゃあぉあぉ〜っ」

「ご、ごめん」


思わずチャムを抱いてる腕に力が入ってしまった。演奏はクライマックスを迎え、一番好きな所へ。でも、一番強く演奏する場面。傷が開いてしまわないか心配だったけど、すぐに音に呑まれて意識が曲に向いてしまっていた。


そしてまた静かに、演奏は終わった。私は抱っこしていたチャムを床へ降ろした。でも部屋を出ては行かずに私の足に纏わりついている。


「この曲は(献呈けんてい)と言ってシューマンの歌曲をリストが編曲したものなんだ。僕はこの曲が大好きでさ」

「私もこの曲が大好きです!」


七瀬さんは、良かった。と微笑んで、


「シューマンはこの曲を結婚前夜に妻となるクララに贈ったというエピソードがあるんだ」

「素敵ですね……って、けっこん?!」


ウソ!いきなりププロポポポ……


「いやいや、流石にそれは話が飛躍し過ぎなんだけどさ、愛おしい人にこの素敵な曲を贈りたかったというのは前から思っていたんだ」

「そ、そうですよね。びっくりしました」


あれ?でも。


「でも、初めて会った時にこの曲を弾いてくれましたよ?」


その時に初めて聴いて感動したのだ。その後の凛と奥村君がいた時には弾いて貰えなかったけど。

七瀬さんはそう言う私に少しはにかみながら、


「つまり……一目惚れって、やつ?かな」

「……」

「そっ、その、君の第一印象が、えと、凄く可愛くて、性格も優しそうで、こ、こんな娘と付き合えたらなってその時思って……思わずこの曲を弾いてしまって……自分でも不思議なんだけど、学校でもそんな事なんて無かったのに」

「……」

「だから初対面だけど連絡先を教えてもらって、でも、なかなか連絡する勇気が出なくて」

「……」

「何かきっかけが欲しくてクラシックのチケットをんだ」

「……」

「そしたら折角誘えたのにバイトがむぐっ?!」


ピアノの椅子に座る、七瀬さんの頭を胸に抱いていた。


「なぁんだぁ〜、初めから……両想いだったんじゃないですか」

「葉月ちゃん?」


私はこの大好きなひとの髪を、さらりと撫でながら言う。


「初めは、とても大人に見えて、かっこよくて、お洒落で、落ち着いた年上の人。私なんかじゃ無理なんじゃないかと思ったけど、どうしても……好きで、想って、嫉妬して、心配して。……良かったぁ……」

「……」


七瀬さんが私の腰に腕を回して抱き寄せると、


「大山さんに鈍感って言われちゃったんだけどさ、君の気持ちはなんとなく察していたんだよ。でも、僕は自分の気持ちを言葉に出来ないでいた。情けないよね」

「私だって同じです。今日、南雲さんに言われなかったら告白する勇気が出なかったと思います。南雲さん、伝え方に問題があるけど」


抱き合ったまま、二人で笑った。


「!あっ!七瀬さんっ、腕!血がっ」

「え?うわっ」


ふと見た彼の左腕、シャツの袖の内側から血が滲んでいた。


「ほらぁ、やっぱり無理するからですよっ、今ならまだ染み抜き出来るかもしれませんから脱いでください!」

「あ、ちょ、待って、イテテ」


無理矢理シャツのボタンを外すと、いきなり彼の素裸が露わになった。


「きゃあっ!なんでキャミ着てないんですか!バカバカッ」

「だからそんなもん持ってないよっ!バカバカ言うな!」

「七瀬さんのっ、バカッ!」

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