最終話 エピローグ

「王様。私は世界を見てまわることにしました」


 始まりの王城で、勇者は跪いていた。

 魔王城での決戦後、勇者は姫を抱えて魔王城を出た。

 このとき、竜王の出現によって王国兵が出陣していたのだという。

 出陣した王国兵に発見されたところで、勇者は意識を失った。

 目が覚めたとき、王城にいた。

 まるまる三日は眠っていたという。

 その後、様々な検査を受ける。

 特に手術などはしていないが、絶対安静として更に三日間入院した。


 退院してすぐ王に謁見を申し込み、今に至る。

 魔王城で意識を失って以来、姫とは会っていない。

 もう一度記憶を失った姫と会ったとして、自分はなにかに耐えられないような気がしてならない。

「勇者よ。竜脈の爆発はどうにもならなかった。そちの責任ではない。ましてや、負い目を感じるべきことでもない」

「ありがたいお言葉、感謝します。されど、愛する姫を救えなかったことに違いはありません。なにより、己で決めたことです」

 入院している間、病室のベッドの上で考え続けていた。

 あのときどうすれば救えたのか、自分の何が悪かったのか、これからどうするか。

 昔のことだって思い出した。

 あの頃から何も成長していないとか、いい加減現実を見るべきだとか、考えずにはいられなかった。

「世界中を探し回れば、どこかに姫の記憶を取り戻す何かがあるかもしれません。吾輩はそれを見つけたいのです」

 さんざん考え、後悔して、未来のことも考えて、考えて、考えて、考えて、考えて、考えて……。

 結局、 どんなに考えたところで、姫への未練は捨てきれず。旅に出ることにした。

 魔族とも話してみたい。魔王が見てきた世界を見て、姫を救いだせるような奇跡以上の何かを探し、今度こそハッピーエンドにしてみせるのだ。

 それでこそ、さんざん憧れた物語の、『最高の勇者』というものだ。

「勇者がそこまで言うのであれば、余に止めることなどできない。旅銀は用意しておいた。達者でな」

「感謝いたします。では、これにて、失礼します」

 王に背を向け、玉座の間の出口に向かう。

 次にここに訪れるのは何年後か、はたまた何十年後か。

 すこしばかり寂寥を感じつつも、足を運ぶ。

 王の間から出ようとしたところ。

 王の間に続く廊下から、誰かの慌ただしい足音が聞こえてきた。

 足音が近づいてくる。音の主は、王の間に急いでいるようだ。

 火急の要件であろうか?

 勇者は足を止めた。

 緊急事態であるならば、力添えできるかもしれない。

 これといった宛のない旅だ。何日か遅れたところで構わない。 

 僅かに待つ。

 足音の主が、息を乱しながら王の間の扉を開け放つ。

 勇者は目を見開いた。


「お待ち下さい!」


 心臓が引き絞られるような気がした。

 口から出そうになった言葉を必死に押し殺し、道を開ける。

 出てきたのは最愛の姫だった。

 勇者が開けた道を通り、姫が王の前に進む。

 首から下げた銀のペンダントが光った。

 一瞬、こちらに視線を向けた気がした。

「お父様、お願いしたいことがあります」

「申してみよ」

 姫はこれ以上なく明瞭に声を上げた。


「ただいまをもって。王族として、民を導くものとして、世界を見て回る旅に出たく存じます!」

「余は嬉しい! 上に立つものとして、臣民を知ることはなによりも遵守されなければならない! 王族の勤めであるというのであれば是非もない、存分に世界を見て回るが良い」


 示し合わせたかのような呼吸だった。

 勇者が珍しく目をパチクリさせている。

 姫が勇者の方を向く。

 その目は、記憶喪失しているとは思えないほど澄んでいた。


「私の勇者。その旅路、どうか私もお供させていただけませんか?」


 心臓が止まりそうになった。

「なんで……」

 おかしい。そんなはずがない。

 王家の力を使ったら、記憶を失うはずだ。

「言ったでしょう。次は私から迎えに行くと」

 確かに言っていた。奇跡を起こす前に。

 でも、理屈が合わない。

「私は奇跡を行使して、あのときのように記憶を失ってしまうはずでした」

 何かが引っかかる。

 姫は言うのだ。

「貴方が、私を救ってくださったのです」


 自己犠牲によってエーテル爆発を止めようとした勇者は、姫の覚悟に従うほかなく、奇跡の行使を止められなかった。

 姫の奇跡はエーテルの流れを正しく戻し、竜脈を安定化させ、未曽有の大災害を防ぐ。

 人知を超えた力の代償に、姫は記憶を魔力として流出してしまうはずだった。

 しかし、それを止めるものがあったのだ。

 自身の命と引き換えに被害を止めようとして、魔王から受け取ったエーテル核。

 それは、姫の魔力を吸い取り、蓄え、人為的に王家の力を使うために作られたものだ。

 姫を救いたい勇者は、無意識のうちにそれを使っていた。

 エーテルの焦点となる核は勇者と共鳴し、散っていくはずだった姫の記憶という魔力をその場に留め続けたのだ。


「ですから、私の勇者。あなたが救ってくださったのです。あなたの、自らが犠牲になってまで救おうとしたその心こそが、私が今ここにいる理由なのです」


 勇者は自らも気づかないうちに、涙を流していた。

 姫の目も、涙をたたえている。


「ありがとう」


 感謝しなければならない。感謝せずにはいられない。

 勇者を『勇者』としてくれた大いなる何かへと、想いを伝えずにはいられなかった。




 そういえば、核の持ち主であった魔王は、どうなったのであろうか。

 姫が奇跡を行使してから、気づいたときにはいなかった。

 王城に戻ってからも、意図的に情報が伏せられていたように思う。


「勇者め! 私について、一度も調べなかったな!」


 姫のペンダントから、半透明の魔王が出現した。

「なぜ貴様がここにいる!」

 流石は勇者というべきか。素早い身のこなしで姫と魔王の間に割って入る。

 謁見の際に剣は預けているが、奇跡を使えない状態ならば、徒手でも負ける気はない。

 魔王に睨みをきかせていると、姫が勇者を制止する。

「大丈夫です」

 姫の説明によると、こういうことになるらしい。


 竜脈を身にまとって異常暴発させた魔王は、体の何割かがエーテルで置換されていた。

 そこで姫が奇跡によってエーテルを封じたため、一番近くにあったエーテル適合物、勇者に渡したエーテル核と同化してしまったのだという。

 些細に姫のペンダントを観察すると、確かにあのエーテル核をペンダントに加工したものに違いなかった。


 王様が困ったように眉を潜めて言う。

「魔王を断罪しようにも、エーテル体ではあらゆる物理的接触ができない。歳を取るのかも怪しい上、核に入っている間は意識を落とすこともできるという。牢獄で時間という苦痛を与えることさえ難しい」

 バツを与えようにも、既存の方法で適応できる罰がない。

「よって、罰の代わりとして、無期限の社会奉仕活動をさせることになった。そのために、これから旅に出る愛娘に持たせ、ともに世界を回ってもらう」

 王は語気を強める。

「魔王。世界の終わるその時まで、人助けをし続けろ。次期王妃となる娘に従い、守れ。それが人々を支配しようとしてきた、貴様への罰だ」

「業腹だが、従おう」

 魔王は、王を睨むように続けた。

「しかし覚えておけ。私が負けたのは、貴様ではなく、そこの勇者だ。もし勇者を使い潰すようなことがあれば、この魔王が、次こそ世界を支配してやる!」

 半透明の魔王はそこで言葉を止め、光の塵となって姫のペンダントに吸い込まれた。

 完全なエーテル体に戻り、核となるペンダントへと戻ったのだ。

 王は「ふむ」と数秒ばかり考え込み。

「心に留めておこう」

 ポツリと呟いた。




 王城の門の前で、人を待っていた。

 いろいろとあって思考が追いついていないが、時間が立つにつれて疑問が湧いてくる。

 姫は、勇者が姫の魔力の流出を止めたと言っていた。

 本当にそうだろうか。

「吾輩は本当に、エーテル核を使えていたのか?」

 あの極限状況において、勇者は竜になってターミナルを持ち上げようとした。

 しかし、よくよく考えてみれば、本当にそんな事ができたのだろうか。

 当時は緊急事態でまともな思考ができる状況ではなかったが、冷静になって考えてみれば、初めてエーテルを扱うというのに、そんな器用なことができるものなのだろうか?


「私の勇者!」


 待ち人が姿を現す。

 透き通るような銀髪を風になびかせて、上等な庶民の服を着た想い人が隣に立つ。

 いっしょにでればいいといったのに、姫の要望で待ち合わせの形になった。

「おまたせしてしまいましたか?」

「いえ。吾輩も、いましがた準備を終えたところです」

 このようなやり取りができるだけで、不思議な感覚がする。 

 今回の旅は、表向きには姫が世界各地をめぐって知見を広げるためもの、ということになっている。

 それも目的ではあるのだが、王が、久しぶりに姫と勇者が二人の時間を満喫できるように取り計らった部分も大きい。

 荷物はさほど多くない。

 かなりの路銀を渡され、必要であれば各地の役所で王族の名義を出して便宜を図る事もできる。

 一国のお姫様であるので、勇者以外にも、各地の防犯カメラや一般人に紛れて姫を監視する兵たちもいる。

 姫のペンダントから、急かす声が聞こえてくる。

「早くしろ。エーテル研究所に着くのが遅くなる!」

 無粋に口を挟む魔王だ。

 魔王が旅に同行するのは、世界各地を巡ったガイドとしての役割も兼ねている。

「ええ。早く行きましょう。一度、列車というものに乗ってみたかったのですの!」

 姫が勇者の手を取る。

 普段、王族専用車にしか乗っていない姫には、ガタガタと揺られる電車は珍しいもののようだ。

 勇者の手を取って歩く姫を見ながら、首からぶら下げた銀のペンダントに目が留まる。

 あのときエーテルを扱えたのは、もしかしたら……。


「やはり、救いは万人にもたらされるものでありますな」


 姫は一瞬キョトンとすると、とびきりの笑顔で答えた。


「はい! そんなあなたを愛しています!」


 勇者は赤くなって頷いた。

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勇者と姫と英雄譚 狐々きょん @konkonkyon

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