第20話 勇者を追う者たち
白い光が散っていき、元の姿に戻った魔王が残る。
朦朧とする中、勇者を見る。
勇者が姫を抱え、優しく地面に降り立っていた。
未だ眠る姫を横抱きにして、彼女の寝顔を見ていた。
勇者は魔王を倒し、姫は記憶を取り戻した。
私は、また、負けてしまったのだな。
竜になるときに吹き飛ばした天井。吹き抜けた空を眺めながら、そんなことを思う。
体に力が入らない。
あれだけの無茶をしたのだ。反動は覚悟していたが、実際に体感すると耐え難い苦痛である。
配下の者は無事だろうか? 地下に匿った子どもたちや、未だ各地に身を潜めているのであろう同胞。彼らはこれからどうするべきか。
魔王城が揺れる。吹き抜けた壁の頂点から崩れ、竜となった魔王の重量にも耐えた床が崩落していく。
勇者にも聞こえるように、精一杯の負け惜しみのつもりで独白する。
「ターミナルに負荷をかけすぎたようだ。竜脈の莫大なエーテルの大爆発だ。都市一帯が吹き飛ぶことだろう」
数字の上では耐えきれるはずだったが、実際の運用では耐えきれなかった。
想定以上の力だった。姫の力とは、それほどのものだ。
勇者は考え事をしているようだ。
さっさと逃げればいいものを。どうせ爆発を止める方法などないのだ。
執念と挫折の道であった。願いも叶わなかった。
私が勇者のことを嫌っているのも、綺麗事ばかりのたまって、何もかもを成し遂げられなかった昔の自分を見ているようだからかもしれない。
もっとも、彼は自分と違って成し遂げたようだが。
……まあいい。私のこの思いも、白い光に呑まれて消えてなくなってしまうのだから。
勇者がこちらに近づいてくる。
私にとどめを刺したとしても、この爆弾は止まらない。
勇者の絶望する顔が目に浮かぶ。
これから死ぬというのに、清々しい気分だ。
もしかしたら、私は死に場所を求めていたのかもしれない。
勇者がすぐ側で止まる。
絶望の様子が見れないことが残念だが、世の中そんなものだろう。
今から自分は、剣を突き立てられ、歴史に残る愚者として死ぬのだ。
「おとなしく世界征服されていれば、こき使ってやったものを」
悪態をついて、終わりの時を待つ。
しかし、違った。
「姫を頼む」
思考が空白になる。
何を言っているんだ?
「なんだ? この後に及んで、気でも狂ったのか?」
「バカを言うな。吾輩は本気だ」
まさか、この局面で嘘をつくこともないだろう。
いつ爆発するのかもわからない状況で、無意味に時間を使う男ではない。
「私は世界征服を企てた者だぞ」
「そうだな。人間も魔族も、何もかもを救おうとした者だ」
勇者は当たり前のようにいう。
そういって、魔王を起こした。
「私を殺せば、世界中から称賛されるだろう」
「そうかもしれない。誰もが魔族の事情など考えず、顔も知らない人たちから『勇者』と崇められることだろうな。絶対に御免こうむるが」
勇者は、どうしても魔王を見捨てる気がないらしい。
他に諦めさせる手はないか。
竜王の巨体は、多くの人間に見られている。
魔王に恨みが集中している今なら、魔族への風当たりも『魔王の死』に注目させて減らせるかもしれない。
「……」
どうすればいい。
何を言えば勇者は私を殺すのか。
見兼ねた勇者は、子供に言い聞かせるような声色で言う。
「世界征服を目論んだ魔王? 魔王軍? 魔王に匿われた子供たち? だからどうしたという。救いを求めているものがいれば、全力で救いに行くのが勇者というものだろう」
つまり、勇者はこう言っているのだ。
『魔王も、魔王軍も、スラムの子供も、全員助けるから、つべこべ言わずに救われろ』と。
魔王は思う。勇者とは、つくづくお人好しだ。いや、だからこそ勇者なのだろう。
「どうするつもりだ?」
「暴発しているターミナルを操作して、エネルギーを集中、そのまま宇宙空間で放出する」
「無理だな。あれだけのエネルギーだ。集中できたとしても、ターミナルからエーテルを移動させた瞬間に爆発するぞ」
「なら、ターミナルごと宇宙空間へと持っていけばいい」
「どうやって」
「貴様がやっていたのと同じだ。エーテルを身にまとい、竜となってもっていく。貴様のことだ。核の予備はあるのだろう?」
「宇宙空間に出たとして、帰りはどうする。ターミナルを爆発させたら、竜化を維持できずに死ぬぞ」
勇者は少しの間沈黙する。
「それでも、吾輩は勇者だ。ならば勇者として死にたい」
瓦礫の降る中、勇者の瞳には覚悟の火が灯っていた。
魔王は逃がした。わずかに回復した体を引きずって、姫を抱えて連れ出してもらったのだ。
エレベーターの扉が開く。
目の前には、青白い光を立ち昇らせるターミナルがある。
魔王から教えてもらった隠しエレベーターだ。これを使って、地下にいた人たちは避難を終えているらしい。
手に握った銀のペンダントを見る。魔王から譲り受けた、残された希望になる。
「総じて見れば、よき人生であった!」
勇者は死ぬ。それなのに、とても気分が良かった。
死んでも自分のやりたいことを為せるのだ。なんとも幸せな死に方だ。
握り締めた核が光る。呼応し、勇者の体も光を帯びる。
体から溢れる力を確認して、ターミナルに手をかざす。
勇者に呼応し、ターミナルの光が勇者に向かう。
「私の騎士!」
勇者は背後を振り向く。
閉じていたエレベーターの扉が開いており、姫と魔王が立っていた。
「なぜ、ここに……」
勇者が疑問を口にする。
魔王が肩をすくめて答えた。
「仕方がないだろう。お前が地下に降りてすぐ、姫が目覚めてな。私の騎士のところに行くと言って聞かないのだ」
姫は勇者のもとに歩む。
そして、勇者に抱きついた。
「私の騎士。いえ、今は勇者でしたか。記憶を失っても、ずっと見ていました」
勇者は抱き返そうとした。
姫に触れる直前で思いとどまり、体を離す。
「姫、ここは危険です。お逃げください」
「逃げません。せっかく貴方に逢えたのですもの」
ターミナルが爆発を始める。
しかし、姫は勇者だけを見ていた。
「きっと、あなたはこのような結末を望んでいないのでしょう」
これはいけない。
姫の意図を察した勇者は止めようとする。
「ごめんなさい。それでもあなたに生きていて欲しいのです」
姫が勇者に向き合う。
背中を駆け上がる予感に、諦観の念が湧いてくる。
ああ、この人には、最愛の姫だけには勝てない。昔からそうだった。
姫のこの目を見てしまったら、決意が揺らいでしまうのだ。この少年は、そういう生き物なのだ。
「つぎこそ、私から迎えに行きますから」
風は渦巻き、地は揺れる。光が世界を満たしてゆく。
「愛しています。世界の誰よりも」
美しい姫君が、勇者に口づけした。
世界は嘘のように元通り。
少年は、倒れる姫を抱きかかえる。
腕の中の姫は、どこか満足そうに眠っている。
あとには、勇者になろうとした男のおえつだけが残った。
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