第14話 石動母娘
* 霧名 side
源次郎と別れて自宅マンションの玄関に入ると真っ先に目に入ったのは女物の靴だった。黒い高級感のあるパンプスは母のものだ。品物は良い趣味をしていると娘ながらに認めるが、それを見た途端私はゲンナリして薄くため息をついた。そして母に帰宅を気取られぬようこっそりと靴を脱いで家に上がる。だが、
「お帰りなさい、霧名。ただいまくらい言いなさいよ」
「…………ただいま」
自分にあてがわれた部屋に入ろうとした瞬間、脱衣所から出てきた母に遭遇してしまった。
細身で私より少し背が低い、垂れ目のこの人は石動霰。かつて和泉霰と名乗っていた、私と源次郎の産みの母だ。
ゆったりした普段着姿だが化粧は落としていないことから母も今し方帰宅したのだと推察された。
「随分めかしこんじゃって。誰と遊んできたの?」
「……学校の友達」
「女の子?」
「うん」
「嘘おっしゃい! 女の子と遊ぶのにそんな格好するなんて変でしょう!? 誰と会ったの?」
母は神経質そうな顔を尖らせ、金切り声を上げて追求してきた。煩わしく思いながらも痛いところを突かれたな、と反省した。
「だからただの友達だって。同じクラスになった人」
「じゃあどうしてそんなに化粧してるの? あなた、十歳は老けて見えるわよ? 同じクラスの人と会うのにそんな老けた顔してどうするの?」
「休日にどんな格好しようと私の勝手じゃん!」
堪らず私は真正面から母を睨み、同じように金切り声を上げて食ってかかった。
「だいたい老けた顔に生んだのは母さんでしょ!? そんなこと言われる筋合いありません」
老けて見えるのは化粧のせいもあるだろうが、そもそもはやたら高い背と歳上に見られる顔つきのおかげであり、そう産んだのは母さんだ。その母に言われるのだけは到底納得出来なかった。
「何が筋合いよ、偉そうに。誰と会ってきたの? 言いなさい!」
「だから、クラスの人だって」
「名前は? その人、なんて名前なの?」
「……佐伯くん」
私は適当に覚えている男子の名前を口にした。クラスの男子の名前などほとんど覚えていない。咄嗟に出てきたのは今日会ったばかりの、源次郎と仲の良さそうなイケメンの名前だった。
その名を聞いた途端母はわざとらしい大きなため息をついた。私はまたしても墓穴を掘ったのだと自らの詰めの甘さを痛感したのだった。
「ほら、男じゃない。あなたって母さんに嘘ばっかりつくのね。いつからそんな子になったの? そんな嘘をつかれると、その佐伯くんが高校生かどうかも怪しいわ。また歳上の男引っ掛けようとしてたんじゃないの?」
「っ!? 何それ……私一度もそんなことした覚えない……」
「
「今その話関係ないでしょ! ほんとムカつく。私、疲れたから寝る。ご飯適当に冷食でも食べるから起こさないで!」
またしても痛いところを突かれ、私は今度こそ堪忍袋の緒が切れ、逃げるように自室に飛び込み、力任せにドアを閉じた。閉じたドアにもたれかかると、その向こうで母が一段と大きなため息をついているのが聞こえた。
私もまた大きなため息をつき、化粧を落とすのも億劫なためそのままベッドに仰向けに倒れ込み、もう一度ため息をついた。
折角源次郎と戯れて夢心地に浸っていたと言うのに、一気に現実に引き戻され気分は最悪であった。
私達
「源次郎……」
胸が張り裂けそうな寂しさと空恐ろしさを感じ、無自覚のうちに弟の名を呼んでしまった。
今日の買い物は本当に楽しかった。
弟は化粧と服で着飾った私の姿に顔を赤くしたり、私のアドバイスに従って眼鏡を選んだり、選んであげた服を気に入ってくれたりした。
素直で、優しくて、でも少し生意気なところがある可愛い弟。
私にとって家族と呼べる唯一の人。
それ故に私にとって今日という日はただ街に繰り出して余暇を過ごしただけに止まらなかった。
源次郎との時間の中で私は家族と気安く過ごす素晴らしさをはっきりと実感した。
彼ともっと時を過ごしたい。
願わくばずっと一緒にいたい。
仲の良い姉弟に戻って、同じ屋根の下で同じ物を食べ、おやすみと言って眠り、目覚めてからおはようと言い合う生活を送りたい。
だが子供の私達にはそんな細やかな願いを叶える自由さえない。
ただ家族と共にありたいとの願いさえ、親は聞いてはくれないのだ。
今年から姉がクラスメイトになったワケを誰か教えてくれ 紅ワイン🍷 @junpei_hojo
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