クリスマスパーティー

静海ユク

クリスマス

 今日はいつ?


 十二月二十四日!


 今日はなんの日?


 クリスマスイブ!


 クリスマスイブと言えば?


 …………一緒に言おうよ


 …………いいよ


 …………せーの!


 パーティーだァー!


▲▲▲




 今日はクリスマス。町のみんなはもうパーティー気分で。やれチキンだの、やれケーキだのと色々なものを買いに行ったり、テーブルの用意を始めていたりする。僕も、結構用意ができている。小さい頃からやってる毎年の行事だ、嫌と言うほど準備をしてきて、今では目を瞑っててもできる気さえする。気がするだけで、そんなことできないけどね。


 昨日焼き上げた大ぶりのハムを薄く切りながら、次にする事を考える。クランベリーのグロッギはもう用意したし、ジンジャークッキーも焼いた。そうだ、デザートを作ろう。ヨーグルトにフルーツと蜂蜜を入れる。『あのひと』が大好きだったデザートを作るんだ。


 クリスマスの準備は着々と進んだ。夜になると料理は出来上がり、二人用のテーブルの上に所狭しと並べられた。一つずつ味見をしたけど、そこまで美味しく無かった、『あの人』の方が断然上手く作れるだろうなぁ……。おっといけない、クリスマスなんだから、哀しい、寂しい気分はダメだね、お祝いは明るくなくっちゃ。二千二十年くらい昔に産まれた奇跡の子に、乾杯! 一人グラスを掲げ、誰にともなく呟く。


 ——昔。昔といえばこの部屋、昔は僕一人じゃ無かった。あの頃は楽しかった。毎日隣に奇跡を感じた。愛しい、楽しい、そんな日々がここにはあった。『あの人』がいたから、なんでも楽しかった。今はちょっと寂しい。


 一人物想いに耽っていると突然、ガリガリ、と言うような音が聞こえた。おかしい、僕は一人暮らしをしているし、悲しいかな今日は来客なんてないはず。ガリガリ。クリスマスだから、サンタでもやってきたのかな、モミの木も靴下も、サンタに手紙も用意した覚えはないぞ、とズレたことを考えながら音の原因を探る。


 はたして、音の正体はすぐ見つかった。僕はまず自分の目を疑い、次に正気を疑い、現実を疑い、それでも足りず他にも色々疑おうとしたけど対象が見つからず、もう一度自分の両の目を疑うハメになった。クリスマスの奇跡なのか、普通のことに気づかなかっただけなのか。どういう訳か、この家には妖精がいたらしい。部屋の隅の壁の下の方に、いつからか空いていた穴の中に、可愛らしい小型の人間のようなのが何人? 何匹? も見つかったのだ。

「何だこれは! 僕の家にこんなのがいたのか?」


 びっくりして思わず叫ぶと、妖精(だよね? サンタみたいな格好してるし、可愛いし、ちっちゃいし)たちは一斉にこちらを向いて、固まった。見つめ合う僕と妖精たち。お互いの心で何かが通じる、なんて事はなくて、妖精たちはふつうにびっくり仰天。ぎゃーとかきゃーとかうにゃーとか言ってこれまたとっても小さなテーブル(のような物)の裏に隠れてしまった。その素早さたるや、イタチですらここまで素早く隠れることはできないだろうと思った。こういう時ってどうすればいいのだろう。とりあえず、友好的に接してみよう。ジョークも交えてね。

「おーい、君たちは何者なんだい? 出てきてよ。出ないと目玉をほじくるぞー」


 こちらとしてはかなり優しく言ってみたんだけど、声質が悪かったのか、ずいぶん恐ろしい声に聞こえたようで、妖精たちは「ひゃー、おなさけをー」と叫びながらスライディング土下座で出てきた。どうしよう。可愛い。

「別にとって食ったりしないよ。君たちとお話がしたいんだ」

 そういうと、妖精たちは僕を見上げて、僕の顔をまじまじと見つめた。その中の一人が、唐突に喋った。

「そういえば、この人間、僕たちとか私たちとか俺たちとか朕たちとか見えてるのね」


 すると、周りの妖精たちが、「はっ」と息を呑んだ。僕には「ふぁっ」と言っているように聞こえたけど、後で確認したら「はっ」だったらしい。とにかく、妖精たちは何かに気付いたらしく、所々から「確かにー」とか「たしかしー」とか「かしましー」とか聞こえてきた。最後のは自分達についてだろうか……? それにしても、『見えてる』って、どういう事だろう。普通は見えないのかな。それってもしかして、僕が特別って事?

「そういうこった」


 僕の心でも読んだかのように、一際背の高い(といっても十センチあるか怪しい)妖精がいった。それに続けて、隣の妖精が「クリスマスの日には、毎年いっぱいの人をてっきとーに選んで願いを叶えるんでさぁ。今年はあんたが選ばれたっていうわけなのでさぁ」というと、間髪をいれず他の妖精が、「テメェの願いを教えろー」と言ってきた。

「……願い? 願いねぇ。特にないし……なんか怪しいというか、願ったら記憶を忘れるとか、目が見えなくなるとか、ないよね?」


 僕が聞くと、さっきの背の高い妖精が、「べつに、代償はねぇのだ。何でも叶えられる。心から願えば、金も権力も手に入る……ぐへへ」と言った。最後の方はちょっと恐ろしい気がする。うーん、そう言われても願いなんてないよなぁ。お金とか物とかは間に合ってるし、して欲しいこともない。

「願いなんて無いよ。充分間に合ってる」

「そうなのかぁ、ねがいわからないのかぁ。それなら、ねがいいうまでいっしょにいてやる」


 あれ、願いなんて無いのに居座るの。どうすれば……。

「あのね、いくら待っても願いはないよ。プレゼントもいらない。平和な今が一番だ。あ、そうだ、一緒にちっちゃなパーティーでもしよう。僕が君たちを招待するよ。それが終わったらどこかにいくなり何なりしてくれるね。それが願いだって事で」


 突然の思いつきだけど、これで何とかなるだろう。そう思っていると一人(一匹?)の妖精が、「心の底から願ってないことは叶えたことにならないよぉ」と言った。確かに、心の底からこの妖精たちとパーティーをしたいかと言われると微妙だけれど、これで良いじゃないか。と言うか、さっきからこの妖精たち僕の心がわかっているようなこと話してるよなぁ。

「もしかして心が読めるの?」

「にゅあんすとか、しんじつかきょこうかとかならわかるの。それよりもそれよりもっ、わたしたちをパーティーにしょうたいするってほんとなの?」


 言いたい事がなんとなくならわかるのか。それはそうと、このちっこい子(いや、みんなちっこいんだけど)のパーティーに対する食いつきはすごいなぁ。よく見ると他の妖精たちも心なしかそわそわしているような。

「パーティーに招待するのは本当だけど、もしかしてすごく楽しみな感じ?」


 気になったので訊いてみた。すると口々に、

「たのしみたのしみ!」

「ちょーたのしみなり!」

「別にそんな事ないよ!」

「楽しみじゃぞい」

「やっぱ楽しみ!」


 と、大いに楽しそうにはしゃぎだす妖精たち。子供みたいだな、と思っていると、妖精たちが突然歌い出した。


 聖なる夜の始まりの

 これから始まるパーティーは

 みんな揃って大はしゃぎ

 老いも若いも気にしない

 酒飲め飯食えさあ祝え

 お役人たちに犯罪者

 今日は忘れてさあ共に

 鐘撞きゴロツキ気にしない

 もみの木飾ってさあ祝え

 みんなで一緒にメリークリスマス!


 妖精たちは歌を何回か繰り返し、その間ずっと踊っていた。その間に僕は客人をもてなす準備(と言っても小さなテーブルの周りに段ボールの椅子を作って彼らが座れるようにしただけ)をした。終わる頃には彼らもはしゃぐだけでなくちょっとした飾り付けをしてくれた。どう言う原理なのかわからないけど、いつのまにか部屋の端に、小ぶりのクリスマスツリーが現れ、壁には大きなソックスがかかり、部屋の中には絶対に積もらないし冷たくもない、不思議な雪が舞っている。

「これすごいね。一体どんな魔法なんだい?」


 つい知りたくなって、訊いてみた。

「これは妖精の魔法なのだ。特に今使ったのは、クリスマスに関わることにしか使えないのだ」


 ほえー。クリスマス用の特別な魔法なんてものまであるのか。面白いな。

「あのねあのね、クリスマスじゃないことにつかうとね、いっしょうなにもたべられなくなって、しぬこともできないいきじごくをあじわうんだって」

「へ、へぇ……」なんか怖いこと聞いた気がする。


 それよりも、パーティーの用意はできてるから、あとは始めるだけなんだけど。乾杯でもすればいいのかな。

「かんぱいのおじかん? かんぱいするの?」

「パーティーのまくあけ?」

「飲め食え騒げの初めの挨拶かい?」


 どうやらそうするのが正解みたいだ。こういうのって、なんて言えばいいんだろう。

「えーと、今日は僕の家に来てくれてありがとう。楽しいクリスマスになりそうだよ。さて、グラスは持ったかい? それじゃ、聖なる夜に乾杯!」


 僕が即興で考えた乾杯の挨拶に合わせて、妖精たちは小さなグラスをチリンチリンと鳴らした。


 そこからがすごかった。妖精たちは一斉に食べ物に群がり、その小さな手で少しずつとっては食べていった。


 僕も自分の料理を食べた。いつもより美味しくできていて、クリスマスの奇跡だと思った。


 しばらくすると、一人の妖精が近くにやってきた。一体何の用だろう。

「ねぇねぇ、まだ願いはわからないの?」


 そのことか。さっきからないと言ってるのに。

「うん。まだ願いはないし、きっとこれからも願わないよ」


 どうせ叶っても一瞬だけなら意味がない。

「本当にないと思ってるの?」

「そうだよ。僕は何も願わない」


 いつかみたいに唯一の願いが一生叶わなくなるくらいなら、何も願わない方がいい。

「嘘つきだね」

「嘘じゃないよ」


 願いなんて無いのに。

「嘘は良く無いよ」

「本当のことだよ」

「心からいえる?」

「もちろん言える」

「じゃあこのまま消えるよ」


 周りはいつの間にか静かになっていて、「消える」という言葉がやけに大きく聞こえた。

「な、何で?」

「願いがないのなら、僕たちがここにいる意味はないもの」


 妖精が一人、弾けた。まるでさっきの言葉が合図だったかのように、一人、また一人と弾けて消えていった。そして、僕と話していた妖精だけが残った。

「待ってくれよ! まだいたっていいじゃないか! 何も消えるなんて、そんな……」

「じゃあ願いはなに?」


 またそれを訊くのか。

「願いはないって言っただろ! 何も願わないって決めたんだよ。どうせ叶うことはないんだから、最初から願わないほうが傷つかない」


 もう何も願わないって、あの日決めたじゃないか。半端に希望を持って、無くした時に絶望するくらいなら、最初から何もいらない。

「でも、何も願わないことは、心をどんどん空っぽにする。それは傷つくよりも辛いよ」

「それでもいいから、もう傷つきたくないんだよ」

「それなら、もう消えるよ」

「消えないでくれ! お願いだから」


 妖精がにっこりと笑った。僕は一体何を言っているんだ。

「やっと願ったね。消えないでって、今言ったよね」

「違う。これは願いなんかじゃない」

「願いだよ。君の心からの願い」


 訳がわからない。

「何でそんなことを僕が願わなきゃいけないんだよ」

「君はずっと明るく暮らしてたよね。安い賃金で大したものも買えない中で、お金を貯めては、少し豪華なものを食べる。それで満足してた。でも本当に満足だった?」

「満足だったさ」

「誰とも関わることなく、友達も知り合いも、家族さえも知らないふりをして、自分の世界に閉じこもって、満足してたなら、僕たちが消えても構わないじゃないか。それなのに消えてほしくないと願った。本当は寂しかったんでしょ」


 そう言って、妖精は辺りを見回す。

「裂けた畳。壁の穴。壊れた時計。あれ全部、君がやったんでしょ。寂しくてどうしようもなくなった時に」


 その通りだ。僕がやったんだ。部屋中についた凹みとかの破壊の後は、見ないようにしてたけど。

「昔、恋人がいたんだ。本当に大好きだった。とてもいい子で、何でもできた。僕も、彼女といると何でもできそうな気がしてた。ずっと一緒に居られるように願ってた。でも、病気で死んじゃった。僕の唯一の願いは、そこで叶わなくなった。寂しくてどうしようもない時、たまに思い出して、耐えられなくて物を壊したんだよ」

「寂しかったよね」

「寂しかったんだ」

「誰かと一緒に居たい?」

「一緒に話せる人がほしい」

「それが願いだって、認める?」

「認めるよ。僕は一人になりたくない」

「よし、わかった」


 妖精がそういうと、すかすかの部屋にまたたくさんの妖精が現れた。

「これからは、毎年クリスマスの日にやってくるよ。約束する。だけど今は目一杯今日のパーティーを楽しもう!」

「よし! みんなチキンでも食べなよ! 僕が焼いたんだ。きっとおいしいよ! あ、そういえば……」


 僕はあることに気づいてしまった。

「どうかしたの?」

「何か忘れてた?」

「恐ろしいもの見た?」


 妖精たちが何事かと心配してくる。

「君たちの、名前知らないや」


〜fin〜

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