最終話 お姉ちゃん愛から、お姉ちゃんの彼氏愛へ……
その年の12月24日に楓は自殺した。
(お姉ちゃん……どうして……お姉ちゃんのいない人生なんて何の意味もない。私も死のう)
千早は一度は楓の後を追う事を決意した。楓が智也との子供を流産した事が自殺の原因ではないかと思っていた。ところが……
千早の部屋に2通の手紙が置いてあった。「千早へ」と書いてある方を読んでみると……
「千早へ
ちゃんと届いたかな。
私が死のうと思った本当の理由は、あなたの事を本気で愛してしまったからです」
(なんていう事だろう)
「私がタカヒロと付き合ったのは、あなたの事を忘れるためなの。やっぱり実の妹であるあなたを本気で愛する訳にはいかない。だからタカヒロが亡くなった後はあなたのそばにいるのが辛くて、お母さんに無理行ってまで東京に行ったの。
あなたの事忘れる、その一心で遊びまくった。でもそうじゃなかった。どんなに気持ちいい事、楽しい事を追求しても、千早と過ごした日々は色褪せるどころか、かえって色彩を増すばかり。光を増すばかりだった。島田に戻ってからはそれが更に加速した」
(私はこんなに好きなお姉ちゃんの事を全く理解出来ていなかった。何ていう事だろう)
「でもね、智也は私に『俺がタカヒロの事を忘れさせてやる』って言ってくれたの。本当に嬉しかった。だってそんな事今まで誰にも言われなかったから。
私の子供を一緒に育ててくれるとも言ってくれたんだ。そしてプロポーズしてくれた。これはもっと嬉しかった。智也とは別の男の子供で、その事も知っているのに。
もし無事生まれてたらきっと新しい生きがいだったと思う。きっと智也と一緒になってたと思う。あなたの事も忘れられたと思う。残念な結果だったけれど。本当に悲しかった」
なんと楓のお腹の中の子供は、智也ではない男が父親だったという事が書いてあったのだ。
それだけではない。智也は他の男の子供だと知っていて、その上で結婚して一緒に子供を育てようとプロポーズしたという。
(なんて男なの。もしかしたらタカヒロさんと同じくらいお姉ちゃんの事を本気で愛していたのかも)
千早は、智也を見る目が今までとは180度変わるのを感じていた。
「今まで誰にも言っていなかったけど、私レイプされたんだ。多分流産したのはそれが原因だと思う」
(やっぱり子供を流産したのは、私が思っていたよりずっとショックだったんだ。しかもレイプされていたなんて。そんな事今初めて知った。気付いてあげられなくて本当にごめんなさい)
「赤ちゃんがいなくなった今、やっぱりあなたの事忘れるなんて無理。もうこんな許されない恋には耐えられない。私はこれからあなたのいない世界へ行きます。今まで色々ありがとう。すごく楽しかったよ。そしてさようなら」
(私もお姉ちゃんの後を追って死のうと考えてたけど、そんな事をしたらきっと智也さんも私達の後を追うに違いない。そんな事させてたまるか。まだ死ぬ訳にはいかない。絶対に生きなきゃ)
智也は24日に楓と会う約束をしていたが、待ち合わせ場所に楓がいつまでたっても現れない事を不審に思って電話して来た。
千早は電話に出た。
「千早? 楓今家にいない?」
「智也さん……お姉ちゃんが……お姉ちゃんが……」
「いったいどうしたんだ」
千早は状況を智也に伝えた。
楓がクリスマスイブにその命を自ら断った事。ほとんどためらい傷のないリストカット。覚悟の自殺だった事。
千早が気づいた時には既に楓の心臓と呼吸は止まっていて、風呂おけに張った水は真っ赤に染まっていた事。急いで救急車を呼んだが時既に遅しだった事。
「今は病院から荷物を取りに1時的に戻ってきたの。私はまた病院に戻ります」
「どこの病院? 俺も行くよ」
智也は楓に会いたい一心でそう言った。もう間に合わなかったというのに。
「気持ちは嬉しいけど、やめた方がいいと思う。今お母さんと鉢合わせたら大変な事になるから」
智也は母親とはまだ楓との事を認めてもらうどころか、一度も顔を合わせた事がなかった。母親にとって智也は楓の事を堕落させた張本人と誤解されたままなのだ。流産した胎児の父親と勘違いされている可能性もある。下手すれば「娘を返して」なんて罵られる事だってあり得る。
「お母さんの事考えたら、俺はそっちへは行かない方がいいかな」
「そうですね。通夜と告別式の日程が決まったら連絡します。なので連絡先を教えてください」
(やった! さりげなく智也さんの連絡先ゲットぉ!)
「分かった」
千早は楓の告別式の日に楓から智也への最後の手紙を渡し、事前に考えて徹底的に脳内シミュレーションした嘘の事情説明をした。
(嘘も方便。知らない方が幸せな事ってあるよね。絶対本当の事は言っちゃいけない)
「お姉ちゃんから言われたのは一言だけです。『私と智也の関係は、千早と友和との関係と同じだから認めて欲しい』って」
そして、その意味を伝えた。千早は友和と付き合う前に他の人と大恋愛&大失恋をして、彼はそこから立ち直らせてくれた人だと。そして楓が2人の恋のキューピット役を務めていた。
そんな事情から智也の事を楓を堕落させた男から、救い出してくれそうな男という風に印象が変わったという事だ。我ながら良い嘘だと千早は思った。
「でもゴメン。結果的に俺は楓の事を救い出せなかった」
「智也さんが責任を感じる事はないですよ。すべて遺書に事情が書いてありました。やっぱりタカヒロさんに勝つのは無理でしたね。仕方ないですよ」
智也は早速手紙の封を開けて読んだ。
千早は智也に言った。
「智也さんお姉ちゃんの子供一緒に育てよう、結婚しようって言ってくれたんだってね。なんだかんだ言ってお姉ちゃんはきっと幸せだったと思うよ。ありがとう智也さん」
智也は人目もはばからず大粒の涙を流して泣いていた。この時、千早は智也をとても愛しく感じていたのである。
「お母さんも決して智也さんの事を恨んだりはしてないと思います。でもあんな事があればやっぱり割り切れない気持ちがどうしても先行してしまって。だからしばらくは友和と私と智也さんの3人でお墓参りに行きましょう。
そしていつかきっとお母さんと4人で行けるようにするから。すぐには無理だと思うけど待っていてくれますか?」
「ああ。いつまででも待つよ」
智也は目を擦りながら言った。
それから毎年、千早達は楓のお墓参りをした。智也と千早の2人だけで。
というのも、千早は友和とは別れた事にして、母親にはいつまでたっても一緒に行こうとは持ち掛けなかったのだ。
なぜならこの時、千早は智也の事を愛しており、例え昼間だけとはいえクリスマスイブに2人きりになれる事は願ってもないチャンスだからだ。
ある年のクリスマスイブに、千早は智也に愛の告白をした。
「智也さん、好きです」
「ごめん、君はとても魅力的だけど、俺どうしても楓の事が忘れられない。だからその気持ちには応えられないんだ」
千早は智也に振られてしまったのだが、なぜか悲しい気持ちにはならなかった。
(やっぱ智也さんはこうでなくちゃね。私に告られてすぐなびくようなら興ざめだよ。愛してるよ智也さん)
それでも智也は毎年イブ、正月、お彼岸、お盆にはいつも楓の墓参りに行く。それも千早と二人で。やはり楓の事を本気で愛していたのだろう。その妹と一緒に墓参りに行くのは天命だと考えたのだ。
(いつかきっと智也さんを振り向かせてみせる。それでたくさんエッチして、たくさん子供産むんだ。サッカーチームが作れるくらいにね)
ふと、千早が窓の外を見ると、昨日からちらつき始めていた花吹雪があたり一面を銀白色に変えていた。
島田にこんなに雪が積もったのはいつ以来だろうか。もうすぐ冬も終わる。
完
◇◇◇◇◇◇
「お姉ちゃんの彼氏~なんでこんな奴好きになっちゃったのかな」を読んでいただきありがとうございました。
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