逝き損ない

 庭の柿の木で縊死した人と住んでいる。

 この人はとっくに死体を下ろされて、焼かれて、壺に入ってなお庭の木にぶら下がるのが好きらしい。骨壷を墓にいれなかった。近くにあれば気付くのではないかと期待していた。

 しかしそんなことはなく、結果的にこの家には仏壇に一人、庭に一人、同じ人がいる。この人は本当にただ木からぶら下がるだけで、近くに行って顔を覗きこんでも目が合うことはない。だらしなく伸びた首と、舌と、ぼんやりした目はどう見ても死んでいた。

 幽霊のくせに死体なのはどうなのだろう。未練があるから残ったのではないか、と思うものの話しかけても返事はない。死んでいるな、と見るたびに思う。片付けたはずの死体がいつまでもそこにあるのは気分の良いものではなく、しかし支障が出るほど困ることもない。

 台風の日にはなぜか服が濡れているし、雪が降れば体に積もるようだった。合羽を着せてやろうとしたが、そもそも触ることができない。厳密には、風船を触るような感覚はあるもののなぜか帽子も合羽も地面に落ちてしまう。

 触る以外が出来ないようだった。そうなればやれることなどなにもない。傘をさしても飛んで行ってしまう。

 クマゼミの声と、妙に地面に近い青空と、腐らない死体が仏間から見える夏の景色になった。この人が死んだのも夏で、死体の肩で蝉が鳴いていた。

 樹木と間違えたのか口吻を肌に突き刺して、死体の肩には小さな傷が出来ていた。足元の水溜りから酷いアンモニアのにおいがして、他の排泄物も混じっていた。お腹の中身を出してから死ぬことはできないのだろうか。

 その死体が、二年目にしてようやく変化した。酷暑に耐えかねたのかはわからないものの、正午過ぎから夕方までばたばたともがいている。暑いのかもしれない。

 台風も積雪も気にしなかったくせに、暑いのは嫌なのかもしれない。あいにく氷嚢を乗せることもできなければ水を掛けてもやはり地面に落ちてしまい手立てがない。

 仕方がないので氷水でよく冷やした掌で額を覆ってみる。よく見れば汗をかいているようだった。随分長い時間をかけて、死体から徐々に生き返っていたのかもしれない。死んでいるので生き返ることはないが、幽霊として活動し始めたという意味では生きている。

 空を蹴る両足が静かになった。体温がないので掌は暫く冷たいままだ。顔を覗き込む。目を閉じて穏やかな顔をしていた。

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終わる話 橋津 真 @7Lucy_XYlie

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