切りたい女
生活人
切りたい女
「このまま、この首に刃を立てたらどうなってしまうのだろう」
わたしは、ハサミを動かしながら漠然とそう考えることがあった。その心持ちは決まって客が女であるときに起こる。これだけすらっと高く伸びる白い線は、女のものでないとあり得ない。若ければ若いほど、美しい。それは、わたしに次の色を足すよう催促しているようでもあった。もちろん、実際に行動に移したことはなかったけれど。
客はもっぱら髪を切るためだけにわたしのもとを訪れる。美容室なのだから、当然だ。
「髪は女の命」とはよく言ったものだけれど、床に散らばるそれらを見てもったいないだなんて思う者はいないようだった。皆、肩にしがみついた髪の毛さえも簡単に払い落とす。自身の肉体から完全に離れたところで満足するのか、床に落ちるまでの少しの間ですら既に興味を失っている。その表情からは、名残惜しさなど、微塵もうかがえなかった。おそらく、自分から切り離された以上、自分とは無関係の存在であるように感じるのだろう。
それなら、どうして母親が分娩した後の子に対して愛情を抱くのか、わたしにはわからなかった。母親になったら理解できるのだろうか。わたしは無性に母親というものになってみたくなった。
「お久しぶりです」
そういえば、一年ほど前、ユミコは出産のためにしばらく休むと言っていた。
「子育てもようやく落ち着いたので、挨拶にきました」
「おお、そうかそうか」
店長は適当に相槌を打ち、ユミコの腕で眠る赤ちゃんの頬を指で撫でながら優しい声をかけた。
美容師になったばかりの頃からユミコとはここで一緒に働いている。かれこれ八年くらいの付き合いになるけれど、彼女はこれまでずっと、二週間ごとに髪型を変えていた。今や髪の色も、緑や青ではなく、黒だ。それも、人工的な黒で上塗りしているのではない。生まれながらに彼女が享受した、自然な黒色だった。焦茶色のワンピースを身に纏い、左手の薬指からは、銀色の光を放っている。彩りは以前のユミコより少ないはずだったけれど、それらはわたしの目に沁みて痛かった。
「ああ、起こしちゃった、ごめんごめん」
全然!気にしないでください、とユミコは店長に言った。この泣いている赤ちゃんの名前はなんだろう。ことによると、まだ名前はないかもしれない。産まれてから一年も経っているのだから、そんなわけがなかった。でも、わたしはこの子の名前を知らないから、わたしにとっては名前がないようなものだ。それに、全然泣き止まない。
「ほんと、この子は…。すみません」
「いや、赤ちゃんは元気に泣いてなんぼだよ!こちらこそ起こしちゃってごめんね」
わたしはふと、自分がこの懸命に泣く姿に無意識に目を奪われていることに気づいた。あれこれ考えを巡らせていたけれど、白い線に薄い朱を浮かべて何かを訴えるその姿にわたしは魅せられていたのだ。これほど美しい彩を帯びた線は、見たことがない。たまらずわたしはユミコの元へ駆けていった。
「その子の髪が伸びたらさ、わたしに切らせて」
わたしの申し出にユミコは笑って頷いた。
切りたい女 生活人 @takumin913
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