こんなクリスマスは俺とは無縁だった(後)
寒空の下、琴葉と一緒に歩いていると、電話がかかって来た。姉ちゃんからだ。
「悠一、誰から電話?」
琴葉がそう聞く。
「姉ちゃんからだよ。」
「あ、もしもし。悠一?」
「どうしたんだ。姉ちゃん。」
「えっとさあ、クリスマスケーキを15時に予約したから、取りに来てくれない?」
「姉ちゃんが予約したの?」
「いや、お父さんとお母さん。彼女さんと食べな。って。」
「なるほど....」
「というわけでよろしく。」
俺は電話をぶっちした。
「お姉さん、何て言ってたの?」
「ケーキを取りに来てほしいって。既に予約済みのものだけど。」
「分かった。取りに行こっか。」
時刻は14時30分。残り30分だ。姉ちゃんが予約した店へ行く。寒かったけど、琴葉が手を繋いでくれていたから少しは温かかった。
「悠一、やっぱこうくっついていても寒いね。もっとくっつく?」
今俺たちは大きな橋を渡ろうとしている。川の水は、凍るように冷たそうで、北風が勢いよく流れ込む。
琴葉が俺の手を握りながら、からかいを混ぜた口調で言い放った。俺は幾度にわたり琴葉の仕草に顔を赤らめてしまった。
「でもやめとこっかな。」
「悠一の顔はもう赤いから、これ以上くっつく必要ないのかも。」
とさらに言った。しかし、琴葉はこれでもかというほどに、さらに近づいた。肩と肩がぶつかるほどに....
「悠一が必要としていなくても....私が悠一の近くにいることは私にとって必要なことだから....」
と囁いた。
❤︎❤︎❤︎
何とか、クリスマスケーキを受け取るケーキ屋に着いた。ケーキの甘い香りが店内に漂い、店員さんはサンタの帽子を被っていた。
「あの、予約していた横川ですが。」
「はい。横川様ですね。」
クリスマスケーキを受け取った。かなり大きな箱に入っているのでサイズで6号はあるのではないか。そう思った。買い出しの荷物で手一杯な俺は琴葉にクリスマスケーキを持ってもらった。
店の外に出るととても寒い。今日は、夕方から雪の予報である。だからどんどん気温が下がっているのだろうか。
「ねえ、悠一、憶えている?」
寒空の中で琴葉が俺に質問をした。
「何を?」
「私が初めて、悠一の家まで送ったとき。去年の入学式の日に悠一が倒れてしまって委員長として送ってあげたあの日。」
もちろん憶えている。俺と琴葉との出会いは、ここから始まったのだから。
「もちろん。憶えているよ。」
「あの時はまさか、悠一と会えるなんて思ってなかったよ。命を助けてくれた悠一に。」
「そしたら、俺だって、俺が救った琴葉がこんなに美しくなって俺の目の前にいるなんて思ってなかったよ。」
と言ったとたん、琴葉がくすっと笑った。
「そういうところ、悠一らしいや。」
笑った琴葉の顔。雪のように肌が白く美しかった。マフラーをして、白い吐息をあげながら笑ったこの姿が見れるのなら、9年前、命を懸けて助けた甲斐があるのかもな。
❤︎❤︎❤︎
俺たちは家に着いた。そこそこ新しいマンションだ。家に帰り着くと、ベロンベロンに酔った姉ちゃんが玄関で出迎えてくれた。
「おう。悠一、なんだ?誰連れて来てんのか?」
黒髪短髪、巨乳、小柄の姉ちゃんが酒に酔う姿は滑稽だ。姉ちゃんは琴葉を凝視して、
「おう、琴葉ちゃんか。1年半ぶりだな。知らぬ間に大きくなったねえ。」
「遠い所にいる親戚か。姉ちゃんは。」
酔って琴葉への絡み方はまさにそのものだから突っ込んだ。実は、琴葉は姉ちゃんと9年前だけじゃなくて、1年半前にも会っている。
「悠一、ちゃんと、すき焼きの具材は買ってきたかあ。牛肉は有名な産地のものかあ?」
顔赤くなってベロンベロンの姉ちゃんに問われた。俺はレジ袋を取り出し、
「ちゃんと、鹿児島産を買いました。」
「おう。悠一。さすが、二橋大学法学部卒の優秀な私の弟や。3人前か。鍋サークルの本気見せてやらあよ。」
姉ちゃんは、酔った勢いで台所へと行ってしまった。すき焼きをガチで作る気だ。酔った姉ちゃんを尻目に見て、
「私も手伝った方がいいのかな?」
と琴葉が聞いた。
「手伝わない方がいいよ。だって『これが私の鍋の作り方や!誰にも手出しはさせへんで!』と鍋奉行っぽい一面もあるから。」
「なるほど。時間もあるし、どうする?」
「桜香の家に行く?同じマンションだし。」
「でも桜香は彼氏とか友達とかといるんじゃないの?クリスマスイブなんだし。」
「多分、今年はそういう予定がないって言ってた気がする。」
桜香は俺や琴葉と同じ部活の子だ。茶色のふわふわヘアの小柄の女の子で、一時期琴葉に恋をしていた時期もあった同級生だ。
姉ちゃんに桜香の家に行く旨を伝えて、
マンションを出て、桜香の家の呼び鈴を鳴らす。
しばらくすると、制服姿の桜香が出てきた。
「よう。家に入らせてくれ。」
「あんた、女子の家に入ると堂々と言うのはデリカシーなさすぎるんだけど。」
桜香は引き気味で俺に告げる。でも、琴葉の姿を見た途端、
「まあ、いいよ。入って入って。」
と急に機嫌が良くなった。恋破れて1年7カ月。まだ未練は片隅に残っているのだろう。
リビングに案内されて桜香がコーヒーを注ぐ。そして、俺と琴葉に出してくれた。コーヒーからは湯気が出ていて、寒い夜にはぴったりだ。俺がコーヒーに口をつけると、急に苦味が襲った。それを見た桜香はニヤリと笑って、
「どう?悠一、エスプレッソの味は?琴葉ちゃんは普通のコーヒーだけど、悠一はエスプレッソが好きそうな顔をしているから。」
「どんな顔だよ。てか俺はエスプレッソが好きという訳じゃないぞ。」
琴葉も笑って、
「確かに悠一はエスプレッソが好きそうな顔をしているもん。」
「だから、どんな顔だよ。」
琴葉と桜香がよってたかって俺をいじくる。だけど、この空気感にも慣れてきた。
その後も、3人で談笑して、気がつけば6時前になった。だから、俺と琴葉は桜香の家を出ることにした。
「桜香って親がいつ帰ってくるの?」
琴葉が聞いてきた。
「7時前には帰ってくると思う。」
「桜香。バイバイ。メリークリスマス!」
琴葉が笑顔で言った。桜香は急に顔が赤くなった。桜香が琴葉に惚れる理由もわかった気がする。
❤︎❤︎❤︎
家に帰ると、既にすき焼きができていた。
「どうだ!これが私の自慢のすき焼きじゃあ!」
姉ちゃんがドヤ顔で言う。茶色く輝いた割り下に、牛肉やその他の具が耳で確認できるほどぐつぐつと煮えていた。
早速、すき焼きを食べることにした。
「どう?美味しい?」
口に入れた途端、口の中で肉や野菜が醤油と砂糖を混ぜた甘い割り下に絡んでくる。そんな濃厚な味がした。
「すげー美味しい。」
「すごい美味しいですね。」
「でしょ!もっと褒めてくれたっていいよ。」
「さすが、元鍋サークル!」
とりあえず高く持ち上げることにした。
「どう?琴葉ちゃん。最近、学校は楽しい?」
姉ちゃんが急に聞く。
「はい。すごく楽しいです。」
「そう。私も高校時代に戻れたらなあ。今、君たち高2でしょ。1年後のクリスマスなんて、ずっと共通テストの練習で遊べる時間がないから今のうちに楽しんだ方がいいよ。」
「そうなんですね。この時間が一生続いてくれたらなんて思いますし。」
「私なんて、高校時代なんて彼氏はいなかったし、今は痴漢の捏造に対する弁護の仕事ばっかり。そんな状態じゃ、彼氏なんてできないだろうね。だから悠一は彼女さんを大切にするんだよ。」
姉ちゃんが白菜を頬張りながら言う。
「わかったよ。姉ちゃん。」
横目には鳥刺しを琴葉が頬張っていた。とても幸せそうな顔で。
「琴葉ちゃんって鳥刺しが好きなんだね。クリスマスなんだから揚げたり焼いたりしたチキンを食べればいいのに。」
と姉ちゃんがコソッと俺に話しかけた。
「姉ちゃんの場合はクリスマスなのに牛肉を煮てたんだけどな。」
と言い返すと、姉ちゃんが
「じゃあ水炊きならいいと?」
「姉ちゃんの理論は理解不能だ。」
俺は呆れた。フライドチキンも買ったし、フライドチキンも頬張り、すき焼きも平らげた。
「そろそろケーキ食べる?」
姉ちゃんは冷蔵庫からケーキを取り出した。
クリスマスケーキの上にはイチゴ6個とサンタさんの砂糖菓子があった。小さい頃はよくサンタさんの砂糖菓子の所有権を姉ちゃんと争ったものだ。
「悠一、琴葉ちゃん。今年はこのサンタさんの所有権はどうやって決めた方がいい?」
「普通にじゃんけんとかだろ。」
と俺が言うと、琴葉が手を挙げた。
「腕相撲で決めた方がいいと思います。」
「俺が圧倒的不利になるんだよ。その決め方だと。」
俺の筋力は琴葉未満だ。別、サンタさんの所有権がなくなるのはどうでもいいが、こういう決め方はやりたくない。
「悠一、その決め方で不利とか、男の子として恥を感じた方がいいよ。そんなんじゃ、ろくに琴葉ちゃんを守れない男になるよ。いいのか?」
と姉ちゃんが言った。姉ちゃんにも腕相撲で何度負けたことか。とっても恥を感じる。
「普通にじゃんけんで決めた方がいいと思う」
と俺の断固とした主張がまかり通り、じゃんけんで決めることとなった。
結果は....俺がグーで姉ちゃんと琴葉がパーをだし、即一抜け。そして、琴葉がサンタさんの所有権を獲得した。
「結局、じゃんけんでも悠一は負けたじゃないか。」
姉ちゃんと琴葉はクスッと笑った。ケーキを頬張りながら姉ちゃんは、
「中学生の頃の悠一って、まさか高校の自分がこんなクリスマスを過ごせるなんて思っていなかったよね?」
「まあ、そうだけど。」
「今は、琴葉ちゃんがいて、すごく楽しくなったよね。もう中学校の頃の鰯のような目とは全然違うもん。お姉ちゃんはそんな悠一の姿が見れて嬉しい。」
とケーキを頬張りながら言った。ケーキはとても甘くて、今の俺のようだ。琴葉と出会えたことが全ての始まりなんだし。
「琴葉ちゃんも悠一と出会えて幸せだよね?」
と姉ちゃんが琴葉に質問した。
「もちろん。私は悠一のことが大好きですから。9年前のあの時からずっと悠一を待ってました。」
「悠一、最高のクリスマスになったね。こんな可愛い子と一緒に過ごせて。」
姉ちゃんは一口ビールを飲んで話した。
「だって、私の見る限り、琴葉ちゃんと悠一ってお似合いって感じがするもん。」
と姉ちゃんが話した途端、俺の顔も琴葉の顔も赤くなった。そしてまたケーキを食べる。ケーキに乗ったいちごはとても甘酸っぱかった。
しばらく無言が続いた。俺と琴葉がお似合い....か。どう考えればそうなるのか。
「やっぱり、一緒にいて楽しいって思える人が一番近くにいるってこれほどの幸せはないと思うなあ。」
姉ちゃんがそう語った。
俺は....琴葉と一緒にいるときが一番楽しいと感じてしまう....。そうか。俺はクリスマスを妬む者から妬まれる者に変わったのか。無論、琴葉のおかげだ。
❤︎❤︎❤︎
「もう8時か。琴葉ちゃんはもうそろそろ帰りの電車がくる時間だよね。悠一、駅まで送ってあげたら?」
姉ちゃんの提案通り、琴葉を送ってあげることにした。俺と琴葉は家を出る。もう8時で、さすがに寒いだろうから、ジャンパーを羽織って外出した。
「やっぱり昼頃よりも寒いね。」
「そうだね。」
外出して真っ先に俺たちが話したことだ。外はもう真っ暗で車か家の灯りしか明るいものはなかった。
そして雪が舞った。ちらちらと目で見えるほどの。
「雪、降ってるね。」
「ホワイトクリスマスってやつだな。」
姉ちゃんが話したこともあって、俺たちは何故かぎこちない感じになった。
「来年は、こんな感じでクリスマスを過ごせるのかな?」
琴葉が唐突に聞いてきた。
「多分、来年は受験勉強地獄だろうね。」
「来年のクリスマスもこうやって悠一と過ごすって決めているんだ。」
「俺も来年も琴葉と過ごしたいって思っている。」
雪が舞う中で二人が交わした願望。どんどん体に寒さが染みるようになった。駅前のイルミネーションはとても綺麗だ。だから、琴葉にも一度見せたかった。
駅に着いた。
「悠一、イルミネーション。綺麗だね!」
琴葉が駅の駐車場や駅前の歩道を照らす白く輝くイルミネーションに興奮した。そして、駅前の通りは、白く、木が輝いている。
「綺麗でしょ。」
俺は得意げに言った。またさらに真っ暗の中で白い雪だけが舞う。そんな中、琴葉は、カバンを取り出して、
「悠一、私からのクリスマスプレゼント。」
と俺にマフラーを渡してくれた。琴葉の肌は白く、白い吐息もはっきりと見える。
「私が編んでみたの。どう?」
俺は早速、琴葉から貰ったマフラーをつけてみる。マフラーに込められた琴葉の思いも加わってとても暖かった。
「とても暖かい。ありがとう。とても嬉しい。」
と言った途端、琴葉の目に涙が浮かんだ。そして、急に俺の体に抱きついた。琴葉の体の温もりを感じる。
「悠一、大好きだよ。」
琴葉は俺に向かってキスをした。キスをされた頰は温かくて柔らかい。そんな感触がして俺の体は熱くなった。俺は.....
ふと、イルミネーションを見る。とても綺麗に輝いている。空から舞う粉雪を見る。とても美しかった。この駅前のイルミネーションを琴葉と見れたことがとても嬉しかった。
イルミネーション、粉雪、全てが美しい。俺はある一言に想いを乗せた。
「琴葉、大好きだよ。」
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