取り戻す 群青色の日々 future Xmas story

桜小町

こんなクリスマスは俺とは無縁だった(前)

日本にキリスト教信者はどれくらいいるのか。仏教や神道より信者は少ないはずだ。それなのに、日本はクリスマスになると騒ぎだす。特にリア充どもが。中学生まで、俺はそんなクリスマスとは無縁だった。というより、イルミネーションが街を飾り、白い息が出る時期になると俺は憂鬱だった。いくらぼっちだからって、彼女イルミネーションを見るようなそんなクリスマスを過ごすことに対する羨ましさはあったのだろう。その羨ましさがいずれ、妬みへと変貌を遂げるのだが。


俺はクリスマスが嫌いだ。街が煌びやかになり、人の心も浮かれる。クリスマスみたいな煌びやかなものとは、俺は対照的な位置にいるから。中学生まではそう思っていた。


高校に入った途端、俺の人生はある美少女1人のおかげで、明るい方へ転じた。あの美少女のおかげでクリスマスは嫌いにならなくなった。煌びやかなイルミネーションを華やかな目で見れるようになった。今日は12月24日。高校に入って2度目のクリスマスが始まる。


❤︎❤︎❤︎


12月24日。今日は学校の終業式だった。今年最大級の寒波が襲来する予報で雪が降る。そんな天気だった。だからだろうか。体の芯から凍える。校長のつまらん話を体育館で聞き、通知表が渡され、2学期も終わる。

終業式の放課後に、教室で荷物を整理していると、俺と同じクラスである大口翔(しょう)が俺に話しかけた。翔は琴葉に恋をしていた男だ。去年の6月に知り合った。


「悠一はいいよな。クリスマス、山川と一緒に過ごせて。俺なんて今年もぼっちだよ。」


「どうして俺が琴葉とクリスマスを過ごす前提で話を進めているんだ?」


「だって、悠一と山川ってすげー仲良いじゃん。クラス内外で噂されてるぜ、『なぜに山川琴葉は、横川悠一なんかと一緒にいるんだ?』ってな。新聞部もこのミステリーを解明しようと必死こいているところだ。」


「それはどーも。その謎が解明されたら教えてほしいね。」


新聞部が大々的にやるべき内容じゃないだろ。俺と琴葉がそんなに仲が良い理由....9年前のあの出来事が一番のことだろう。9年前の俺は見知らぬ女の子のために体を張ったんだからイカれてる。


「だってさ、山川琴葉は俺たち2年から高嶺の花として一目置かれているんだぜ。成績優秀。運動神経抜群。容姿端麗。そんな琴葉が、お前と付き合っているという噂が流れているんだぜ。琴葉のことを好きだった男は絶望しているだろうさ。俺もだけど。そんな琴葉とクリスマス過ごせるとか夢のようじゃねえか。」


「第一、琴葉と俺はクリスマス一緒に過ごそうね。なんて全く約束していないんだけど。」


と言い返すと、翔は後ろを振り向いて指差した。廊下の方を。


「悠一、お迎えが来たようだ。」


廊下には琴葉がいた。2年に上がって琴葉とは別のクラスになっちまった。琴葉は俺を手招きした。


「悠一、お前は幸せ者だな。」


翔がこう呟いた。俺は教室を出た。


「今日って、悠一なんか予定あるの?」


「特に。両親は友達の結婚式で札幌に行ってるし、ただ、姉ちゃんとすき焼きをつつくだけかな。」


姉ちゃんが今日帰ってくる。姉ちゃんは去年、司法試験に受かって弁護士事務所を最近になって立ち上げた。そのことで調子に乗って、今日、「悠一、お前に3万円渡す。これですき焼きの具材買うてきて。釣りはいらん。牛肉の産地は、北海道、岩手、松阪、近江、神戸、佐賀、宮崎、鹿児島、それ以外はダメだ。」と言われ3万円が今手元にある。


「じゃあ、私も悠一の家行っていいかな?せっかくのクリスマスイブだし、お姉さんと2人とか寂しいでしょ。」


マフラーをして黒いコートを制服の上に羽織っていかにも暖かそうな琴葉が急にこっちを見て聞いてきた。


「まあ....別にいいけど....でも、帰りに材料の買い出しにスーパー行くけど....」


「いいよ。私もその買い物に付き合ってあげる。」


俺たちは校舎の外へ歩く。廊下とはいえ、寒さがとても身に染みる。


「ありがとう。」


「悠一と過ごすクリスマスは2度目だね。」


「一緒に過ごす相手が俺なんかじゃ不満だよな。本当に俺なんかで良かったの?」


俺は気になった。翔の言葉もあり、琴葉と俺とは不相応じゃないのかとも考え始めた。琴葉はかなり多くの人からモテる。だから....


すると、琴葉は優しく首を振った。


「違う。クリスマスを過ごす相手が悠一だからいいんだよ。だって悠一は私の命の恩人だし、それに、誰よりも悠一が好き。そう思ってるもん。そんな相手とクリスマス過ごすことができて私はとっても嬉しいよ。」


俺も今日は寒いが、胸の奥からなぜか、暖かくなる。そんなものを感じた。


外で肩を並べて国道沿いの歩道を歩いていると、いつ雪が降ってもおかしくない、どんよりとした灰色の空と冷気を纏っていた。


「悠一、何を買っていくの?」


「牛肉と、卵と白菜と白滝と豆腐と春菊とねぎかな。あとなんか適当に、惣菜モテる買ってこいって。」


「クリスマスなのにすき焼きを食べるってなんかちょっと変だよね。」


琴葉がくすっと笑った。


「そんなもんなの?横川家は毎年恒例だけど」


そう言った途端、北風が思いっきり吹いた。体の芯まで挑発するような。そんな風だった。


「悠一、寒いね。」


「そうだね。今日は雪が舞う予想だって。」


「そうなんだ。じゃあさ....」


琴葉は急に近づいて、俺の手を握った。琴葉の手はすごく冷やされてて、すごく冷たいのだが、急に琴葉に近づかれたことから、俺の体は急に熱を帯び始めた。


「これならさ、寒くないでしょ。」


俺は琴葉の温かさ全てを感じ取った。隣で琴葉の吐息が聞こえるほどに近づいてしまったのだ。そんな状態で琴葉は俺の耳元で、


「ねえ、キスしよっか....」


と囁いた。俺は耳が熱を帯びた感覚がした。何度、琴葉の近くにいてもこういう不意打ちは耐えられない。俺はただ、隣にいる琴葉の温もりを感じただけだった。


❤︎❤︎❤︎


なんとか凍える思いをしてスーパーに着いた。スーパーは今日がクリスマスイブということもあり、クリスマス仕様の赤と緑の華やかな装飾が施されている。

スーパーの中は暖房が効いてとても暖かかった。カゴを取り出して言いつけられたものを探す。まずは牛肉だ。


「琴葉のおかげで3人分を買わなきゃいけなくなっちゃったし、とりあえず、牛肉の産地も姉ちゃんから指定されているんだよね。」


と言って、姉ちゃんから渡されたリストを琴葉人見せる。


「悠一のお姉さんってもしかして鍋奉行?」


「そこそこ、鍋に関するこだわりは強いと思うよ。だって、大学では鍋サークルに入ってたって聞いたから。」


そんな話もしながら牛肉売り場へ行く。琴葉の美しい髪や顔を見ていると、一緒にこうやって買い出しに行っていると....もし....琴葉と結婚したら....なんて考えてしまう。そんな妄想は早く辞めたいのだが。


すき焼き用の3人分の肉で姉ちゃんの産地指定リストに載ってた鹿児島産があったのでそれを1パック買った。


「次は....豆腐だな....」


と豆腐売り場に行こうとしたその時、


「悠一....ちょっと来て....。」


と琴葉に誘われた。琴葉に誘われて行った先は鳥刺し売り場だった。たくさんもの鳥刺しが並んでいる。


「なんで、クリスマスに鳥刺しなんだ?」


「悠一。クリスマスといえば、牛肉じゃなくて鶏肉でしょ。」


「正確には七面鳥だけどな。」


「せっかくのクリスマスなんだから奮発してチキンをたくさん買った方がいいと思うんだ。」


「『焼いた』チキンか『揚げた』チキンな。」


「焼こうが、揚げようが、生の刺身にしようが、チキンはチキンだよ。悠一君。分かってないね。」


「要するに、ここにある鳥刺しを買って。ということなんでしょ。」


「さすが。悠一君。察しがいいですね。」


琴葉の好物が鳥刺しだってことを忘れかけていた。俺はそこそこ大きいパックに入っている鳥刺しを3パックくらい買っておいた。琴葉はとても嬉しそうだった。スタイルがよく、可愛くて、優しくて....俺も琴葉を誰よりも好きでいる。そんな自信がある。


「次は、白滝と、卵と、白菜とネギと豆腐と春菊だな。」


俺は琴葉と一緒に、白菜や白滝、豆腐や春菊も買った。あとは、金も余っていることだし、なんかフライドチキンとかでも買っていくか。


「悠一、後は何を買って行くの?」


「『揚げた』鶏肉でも買っていくか。とびきり大きいやつ。」


俺はフライドチキンをカゴに入れて、買い物を終えた。7000円くらいしか使わなかったけど。レジ袋の中身は案外とずっしりと来た。それプラス学校の荷物だからかなりきつい。スーパーの外を出ると、やっぱり凍えるような寒さがした。


「悠一、寒いね。」


「そうだね。」


「じゃあ、もっと近づいて、悠一の家まで行こっか。」


琴葉はさっきよりももっと俺に近づいて、腕を掴んだ。琴葉の体の温もりがさっきよりも強く感じる。俺の体も自然と温かくなった。琴葉が俺の体を思いっきり掴んでいる以上の理由があるのだと思う。


















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