第3-26話 異能は愛を結び合う
朝起きる。
今日は学校をサボろうかな、という甘えた考えがふと浮かび上がってくるが、そんな考えを振り払うように冷たい水で顔を洗うとカバンを持って外に出た。
時間には余裕あり。もう少し寝ていればよかったかも、なんてことを考えながら駅でぼーっと時間を潰す。5分ほどそうしていると、電車が駅に滑り込んできた。あいも変わらず満員なそれに乗り込んで周囲を見るが……そこには見知った少女の姿がなかった。
学校に着くと、いつもナツキよりも先に来ているユズハの姿が無かった。
珍しいな、と思っているとそのまま朝のHRが始まる。
どうやら今日は遅刻か欠席らしい。本当に珍しいこともあるものだ。
ぼけーっとしたまま1限を終え、2限を終えて、3限が移動教室であることを思い出し、クラスの男子について移動する。3限目は体育で、ナツキはステータスが高すぎるからそれをセーブしなければ行けないのが厄介な授業だった。
下手をすると竹刀で人を殺してしまうかも知れないので、ナツキとしても気を張る。だから気合を入れ直そうとした時に、教師から声が飛んだ。
「おい
「……いや、起きてますよ」
「ぼーっとすんな。ほら、素振りしろ」
「……はい」
声かけてきた
昨日の夜、ナツキが願ったのは自ら殺した異能の蘇生。
だが、1人までしか生き返らせることができないということでナツキはアラタを選んだのだ。すると、その横にホノカがシエルの名を記し……結局ナツキは、誰も殺していないことになった。
無論、蘇らせる時に〈
「……まるで、夢みたいだ」
ナツキはふとそんなことを呟いた。
今まで変わらない日常。変わらない生活。
それはまるで、〈
「なんか言ったか?
「なんも言ってないですよ、先生」
しかし、それは夢ではないのだ。
ナツキの掌にはまだアラタを潰したときの感触が残っている。シエルを千切ったときの感触が残っている。ルルを破ったときの感触が残っているのだ。
だが、それを再び味わいたいとは思わない。
むしろ今なら早く忘れてしまいたいと思ってしまう。
そんなことを思いながら、その日はずっと1人で過ごした。
異能以外の友達が学校にほとんど存在しないことが浮き彫りになったことでちょっとさみしい気持ちになったのは秘密である。
夕方、駅から出るとホノカがいた。
「……どうしたの? ホノカ」
「今日は学校休んじゃった」
ナツキがそう言うと、ホノカは照れくさそうに答えた。
「他のみんなも休んでたよ」
それがカバーになっているかは分からないが、ナツキの返答にホノカは笑うと、どちらがともなくナツキの家に向かって歩き始めた。
「昨日は終わるのが遅かったもんね。私だって起きたのは昼過ぎだもの」
「昼過ぎ? よく寝たね」
「ぐっすりよ。お世話になっている家のお姉さんがね、疲労回復の魔術陣を描いてくれてたみたいで」
「うん」
「でもその人、魔術が苦手だからうっかり疲労回復促進の陣を組み忘れてたの。だから、たくさん寝ちゃった」
寝ちゃった、というホノカの顔は少しだけ恥ずかしそうで……不思議なことに、彼女が
「ホノカはこれからどうするんだ?」
「これから?」
「ああ、これから」
随分と陽が沈むのも早くなってきた。
そろそろ本格的な冬になるだろう。
「ずっと〈
「それなのよ」
「うん?」
「今日ナツキに会ったのはその話がしたかったの」
「これからのことか」
「実は私ね、もう魔法が使えないの」
「えっ!?」
ナツキはホノカの言葉に思わず大きな声を出してしまった。
それくらい彼女の言葉は意外だったのに、彼女はそこまで気にしてなさそうなのがナツキには不思議に思えてしょうがなかった。
つまり、さっきホノカが
「ううん、驚かないで。私は、元が
「元って……」
「私は元々魔法が使えなかったのよ。身体に
「で、でも……〈
「私も使えるって思ってたんだけどね……。でも、剥がしてすぐ使えなくなるんじゃなくて、段々力が無くなっていくみたいなの。だからもう、力はほとんど残ってないの」
そういうホノカの言葉とは裏腹に、顔はとても澄み切っていて穏やかだった。
「私ね、
「本当に……?」
ナツキはホノカの言葉が信じられずに小さく呟くと、そんなナツキに向かってホノカはそっと微笑んだ。
「気になるなら、【鑑定】してもいいわよ」
ホノカに導かれるようにしてナツキが【鑑定】スキルを使うと、ホノカのステータスが表示されて、
「……本当だ」
ホノカが
「でもね、それでも良いと思うの」
「良くは……無いだろ」
だってそれは彼女がずっと戦って身につけた技術や成果じゃないのか。
そんなに簡単に失っても良いものなのか。
「だって、
「も……はい?」
しかし、ナツキはホノカから飛び出た言葉に思わず首をかしげてしまった。
それは到底、彼女の口から出るような言葉には思えなかったからだ。
そして、その言葉に……嫌な気持ちになってしまう。彼女がモテても、自分には関係のないことだと分かっているのにホノカがそんなことを言うのが嫌だと思ってしまうのだ。
「
「俺は好きだったよ。
そう言ったナツキにホノカはいたずらっ子のような笑顔を浮かべて聞いた。
「じゃあ、
「まさか」
そんなわけがない。
「私……ずっと気になってたことがあったの。〈
夕日の赤い光がそっと彼女の横顔を照らして、朱に染める。
「ナツキのことが頭から離れなかったの。最初は初めて出来た友達だし、
「……そう、だったんだ」
急に始まった彼女の独白にナツキは戸惑いながらも言葉を返す。
だがホノカはそれに何も言わない。
そのままゆっくり彼女は足を止め、隣を歩いているナツキは彼女に合わせるように足を止めるとホノカを振り向いた。彼女はただ口を真横に結んで両手を正面で合わせると、所在なさげに指を遊ばせた。
ふらふらと、緊張するように彼女はしばらくの間、
いつまでそうしていただろうか。
夕日が地平線のその奥に沈み、街灯に光が灯り始めると、赤い日が消えていく。けれど、ホノカの顔はその光が取り残されたように紅に染まっていた。
そしてついに、意を決したように一歩前に踏み出した。
「私はね、ナツキが好き」
その全て思いをぶつけるようにホノカはナツキにそう言うと彼は目を大きく見開いて、
「優しいところも、頼りになるところも、私を守ってくれたところも……全部が好き。だからナツキ……私の恋人になって欲しいの」
ナツキはその言葉を咀嚼して、嚥下した。
その答えなんて、聞かれるまでも無かった。
どうしてナツキはあそこまで彼女を救おうとしたのか。
どうしてナツキはホノカの力になりたいと思ったのか。
どうしてホノカがモテたいと言って嫌な気持ちになったのか。
そんなもの言葉にするまでもない。
「俺も……ホノカが、好きだよ」
恩にも似た、けれどそれとは決定的に非なるもの。
「ホノカだけが……俺を見てくれた。俺に居てもいいって言ってくれた。奥に隠した優しさで俺を助けてくれて、導いてくれた。そして最後には……俺を救ってくれた」
言葉にすると止まらなかった。
いや、きっとそれは最初から。
「好きだよ、ホノカ」
ナツキがそう言うと、ホノカは何も言わなかった。
そしてそのままナツキに飛び込んで、甘いキスをした。
ナツキはそれに戸惑ったものの、それに答えるように優しく返した。
そんな2人を東の果てからのっと覗いた月だけが祝福するように暖かく照らしていた。
Grail Game Finished !!!
――――――――――
あとがきは近況ノートにて
現代日本は異能まみれ!〜俺だけの【クエスト】で『スキル』や『アイテム』を手に入れまくって異能バトルを無双します〜 シクラメン @cyclamen048
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