第4話



「私は――――学校不適合者なんです」


 俺の制止を振り切って、環は毎日この空き教室へ通って来る理由をそう表現した。


「……それって、不登校って事?」


「完全に不登校って訳じゃないんですけどね。保健室登校なんです。小学生の頃からずっと」


 保健室登校……? 環が? そりゃ表面上ほど明るくないとは思ってたけど……ちょっと信じられないな。


「高校だと三分の一以上欠席で単位が落ちるみたいで、今の時点で結構ヤバいんです。だから夏休み、特別に補習授業を受けさせて貰って、少しでもカバーしようって担任に言われてて」


「だから毎日学校に来てたのか」


「はい。先生も忙しいし、他の生徒との兼ね合いとかもあって午前中だけなんですけど」


 俺がこの高校に来るのは午後だけ。だって、環と最初に出会ったのは午後だったから。噛み合うのは必然だった。


「理由、聞いても良いのかな」


「それが自分でも良くわからないんですよね。教室で、大勢の生徒と混じって長時間座ってると、不安で胸が圧迫されて……」


 随分漠然としているけど、逆にリアリティがある。俺なんてもっと曖昧な感じで大学に馴染めてないからな。


「で、先輩はなんで毎日ここに来てるんですか? 私が言ったら言うんでしたよね?」


「う……」


 ここまで重い真相を暴露させておいて、こっちはダンマリって訳にもいかないか。


「もう何となく察しはついてるとは思うけど……俺、大学生なんだ」


 俺自身、誰かに話を聞いて貰いたかったのかもしれない。そこからは堰を切ったように、自分語りを始めてしまった。


 入試に失敗して、第二希望の大学へ通う事にイマイチ乗り切れなかった事。友達も作れずに空っぽの日々を積み上げて、逃げるようにここへ来た事。目立ちたくなかったから高校の制服を着て来た事。


 俺も不適合者――――大学不適合者という事。


 ……恥ずかしい。自分を客観視すればするほど滑稽だ。


「先輩」


 多分、環なら俺の気持ちをわかってくれる。慰めの言葉をくれる。そういう期待をしている自分が何より恥ずかしい。


 そしてきっと、実際に――――


「ザコくないですか?」


「……は?」


「っていうかザコ過ぎでしょ。大学生なのに高校に逃げてくるとか。完全にヤバい人じゃないですかーぁ」


 うっわ出たよ小悪魔! その笑みでザコ呼ばわりはキツいって! マジ凹むんだけど……


 何処で間違えた……? っていうか環、俺にこれ言う為に自分の事情をさらけ出したのか……? 相打ち覚悟で全力のカウンター狙いとか、どんだけ捨て身なんだよ……


「でも良かった。やっと言ってくれて」


 そう呟く環は、さっきまでの笑みとは打って変わって、安堵しているようにすら見えた。っていうか何その不意打ちギャップ。ドキッとするからやめて。


「先輩。一つ提案があるんですけど」


「なんだよ」


「私が先輩に夏休みの課題を出してあげます。これから毎日、私に大学の魅力をプレゼンして下さい」


 ……はあ?


「私達、今のままじゃヤバいじゃないですか。協力し合いましょうよ。高校までと大学の違いがわかれば、私も頑張って進学しようって気になれると思うんですよね。先輩だって、自分でプレゼンしてる内に大学の良さに気付くんじゃないですか?」


 他人に勉強教える内に自分も基礎を復習できます、みたいな言い方されてもな……


「多分ですけど」


 ――――再度、環が真顔になる。


「先輩が思ってる以上に、先輩も私も切羽詰まってますよ」


 ……確かに、その通りかもしれない。


 俺の一連の行動は言うまでもないし、そんな見知らぬ俺に縋らないといけないくらい環にも余裕はない。お互い精神的にはギリギリだ。


 だったらポンコツ同士、協力し合うのは得策かも……


「でも環さんよ。俺ばっかり苦労して、そちらさんは随分楽してないかい?」


「そう言うと思いました。任せて下さい。私も身を切ります」


 身を切るって……一体何をするつもりだ?


「万が一、先輩が先生とかに身バレしたら『この人は私の恋人で、私に会いたい一心で制服まで着て忍び込んでくれたんです』って言ってあげます」


 ……。


「はあああああああああああ!?」


「恋人のフリをしてあげますってば」


「聞こえてんだよ! いやマジでやめろって! 他の生徒に広まったらどうすんだよ!」


「別に良くない? 先輩、私以外の後輩とは接点ないし気にならないじゃん」


「いや俺じゃなくて! 環はそれで良いんかっつってんの!」


「全然良いけど」


 ……マジかこいつ。好きでもない大学生と恋人認定されて気持ち悪くないのか?


 それともまさか、本当の本当に俺を好きになったとか……


「あーれー?」 


 あっしまった! こんな簡単なトラップに……!


「せんぱーい。今ニヤつきませんでした? 私が恋人のフリOKなの、そんなに嬉しかったんですか? やっぱり私の事好きですよね、絶対」


「違うし」


「……なんかリアクション薄くないですか?」


「どうせいつものノリでからかってるだけだろ? ぬか喜びはしないの」


「あれ? どうしてぬか喜びなんですか?」


 ぬかったーーーーっ! あーくそ、ジト目で笑みやがって。その小悪魔フェイス可愛過ぎなんだよ!


 ……どうしよう。


 こんな俺とここまでじゃれ合ってくれる女子はいなかった。なんかもう好きになりそうな予感しかしない。


 でも4歳差はなあ……いや年齢差じゃないんだ。例えば23歳と19歳なら全然問題ないんだ。社会人と大学生なら。


 だけど20歳と16歳はダメだ。大学生と高校生は背徳感がヤバい。なんか物凄くルーズというか、エロい。エロエロしい。これはダメだ。


 異性として見ちゃダメな相手に深入りしても苦しいだけじゃないのか……? このまま二人きりで会い続けたら何処かで倫理観が決壊するのは目に見えてる。そうなったら俺、終わるよ?


 そうだ。断るべきだ。幾ら大学生活に適応できていないからって、危ない橋を渡るのは――――


「私も、先輩ともっと会いたいし」


 あざとーーーーーい! でも嫌いじゃなーーーーーい!


「提案……謹んでお受けします……」


「決まりですね。明日からもよろしくお願いします」


 撤退早っ! 言質取った瞬間帰りやがった!


 選択誤ったかな……


 でも実際、自分を変えられる最初で最後のチャンスだ。うっかり4歳年下の高一女子に恋しないよう気をつけないと……


「ん……?」


 床に何か落ちている。紙切れか?


 まさかカンペ? いや……それはないか。空き教室にカンペ捨てるバカもいないだろう。


 一体何が書いて――――



・自己紹介は最初に

・強引に留める

・キモい禁止

・7

・止められても弱気にならない

・大学のプレゼンをさせて、ここに留まらせる

・危機感を煽る

・身を切る

・撤退は素早く



 数字の7だけはわからないけど……これ、完全に俺と環の会話の内容だよな。環の落とし物だったのか。


 まさかあいつ――――事前に俺との会話をシミュレートしてたのか?


 これもう完全に掌の上で踊らされちまってんな……でもここまで来ると、もう悔しくも何ともない。策士としか言いようがないな。アイツが学校に馴染めないのって、頭良すぎて浮いてるからなんじゃないか……?


 この紙を明日、環に突きつけてやっても面白そうだけど……ちょっと可哀想な気もする。裏側を覗かれるのは誰だって恥ずかしいもんな。でも、羞恥に悶える環も見てみたい気もする。


 どうするかは……そうだな。


 明日起きてから決めるとしよう。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ループから抜け出せば、あとはもうただのラブコメなのに 馬面 @umadura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ