第3話

「今日も来たんですか? 6日連続なんですけど。先輩、暇過ぎじゃないですか?」

 

 ……もうあれから6日も経ったのか。


 現役大学生が6日連続で高校に通う。こんなドン引き案件、他にないよな。なのに羞恥心はもう殆どない。慣れって怖い。


 そしてもっと怖いのはこの環だ。この6日間、ずっとこの空き教室に来続けて、隙あらば俺を罠にハメめようとしてくる。誘導尋問の無限ループだ。


「夏期課題はもう終わりました?」


 ほーら早速来ましたよトラップが。

 

 夏休みの宿題は学年や学校で全然違う。中学までは、難易度は低いけど面倒臭さが尋常じゃない『夏休みの友』。高一~二はそこそこの量の『夏期課題』。高三は受験の邪魔にならない程度の軽めの課題。


 そして大学は――――ない。学部によって違うかもしれないけど、少なくとも俺は去年も今年もそんなものを出す講義には一度として出会っていない。


 つまり、この話題を突き詰めれば高確率で俺の素性を特定できる。何処かでボロを出すのを待てばいいだけの簡単なお仕事だ。


「課題は……しない」


 取り敢えず、こう言うしかない。嘘をついたところで環には多分バレるからな。


「えー? 先輩ってもしかして不良なんですか?」


「不良じゃないけど、最近までやたら髪伸ばしてたな。前髪で目が隠れるくらい」


「……え」


 別に雰囲気イケメンを狙ってた訳じゃない。額に傷があるから隠してたんだ。


 一時期はバンダナ巻いてみたりもしたけど『30年くらい前のバンドみたいでキモい』とか言われてすぐ外したのも、今となっては良い思い出だ。


 まあ、俺の事はどうでも良い。それより環がどんな反応を見せるかが気になる。


 イジるか? 引くか? それとも――――


「せんぱーい。やっちゃいましたねー」


「……え? 何が?」


「普通、そんな黒歴史を打ち明けてまで会話を広げようとは思いませんよね? そんなに私とお喋りしたかったんですか?」


 攻撃が終わらない……!


 ヤバいな。こいつ総合格闘家 兼 ユーチューバーだったら天下取ってるよ。最強のエンターテイナーになれるよ。でも今はそんな潜在能力が邪魔でしかない。


 早く、何か言い訳を考えないと――――



「先輩って、私の事好き過ぎじゃないですか?」



 うわ。


 今マジで一瞬クラっと来た。心臓が仕事し過ぎてる。この小悪魔……とんでもないな。


「だって、もう6日ですよ? 6日間、毎日ずっとここに来てますよね先輩。ここ、私以外誰も来ませんよ? だったら目的は私しかないじゃないですか」


 それは否定できない。最初は大学生じゃなく転校生だと認識して貰う為だったけど、今は明らかにそっちの比重が上だ。


 どうする? 敢えて肯定してみたら、逆に向こうが狼狽えるんじゃないか? 偶には反撃してみても――――


「もしそうじゃなかったら、逆にキモいくらいですよね?」



 ……いや。



 やめておこう。例え冗談でも、大学生が4つ下の女子高生に好意を持ったなんて言えない。


「そういうんじゃないよ」


「……あ」


 俺が少し身構えたのを察したのか、それとも自分の発言が行き過ぎたと気付いたのか。


 環は一瞬、まるで怯えたような表情になって――――でもすぐ笑顔を作った。


「冗談ですよ冗談。ちょっと調子に乗り過ぎました。すみません」


「謝らなくて良いって。こっちも微妙なリアクションしちゃってなんかゴメン」


 こっちまで謝る必要はなかったかもしれない。空気が一気に重くなってしまった。


 失敗だ。


「あー……でも、あそこまでガッツリのイジリはしない方が良いんじゃない? 誤解されても面倒でしょ」


「……そうですね」


 なんとか取り戻そうとしても、会話が上滑りする。こうなっちゃうともう厳しいかもしれない。


 俺達は友達でも部活の先輩後輩でもない。偶然この空き教室で出会って、なんとなく毎日会うようになっただけの特殊な間柄。薄氷を履むような関係だ。


 俺にとってこの場所は、現実逃避の象徴だった。こんなに女子と楽しく会話できるなんて思いもしなかった。夢のような6日間だった。


 でも、それも終わりだ。何処に逃げ込んでも、そこは俺にとってアウェイでしかない。それが現実なんだ。


「えっと、今日はこれから用事あるから。じゃあ」


「あ……」


 たった一度噛み合わなくなっただけで、環の顔も見る事が出来なくなって――――逃げ出してしまった。


 もう、ここへ来る事はないだろう。最後に『楽しい時間をありがとう』ってお礼でも言えればオシャレなんだろうけど、生憎そんな度胸は俺にはない。


 後味が悪い最後になったのは残念だけど、この6日間は本当に楽しかった。そう思える今が潮時だ。


 環は多分、俺の事を誰かに言いふらしたりはしないだろう。そういう人間だって知る事が出来ただけで上出来。普段の高校生活に戻れば、俺なんてすぐ忘れるだろうし。


 そしてそれは俺も同じ。明日から、また大学不適合者の平凡な一日が始まる。


 ……ん?


 なんか一瞬、過去に全く同じような事を頭の中で呟いた事があったような気が……まあ、デジャブなんて別に珍しくもないけど。


 あーあ。楽しかったな――――




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