第8話 一夜明けて

昨日の夕飯を覚えているか?

そう聞かれても俺はすぐにたこ焼きと答えるだろう。

しかし昨日楓を見送ってからの事を思い出せと言われてもなかなか思い出せたものではない。

朝の支度中に何度も考えていた。

しかし無理なものは無理であった。



記憶としては思い出せないものの、頬にすこし赤みが出来たことから、なんとなくは浮かんでくるものである。


「湊---、早く起きなさい。」

「あーい、じゃあ行ってきます。」


第三者目線から見ればまったく会話がかみ合っていないように見えても、黒谷家ではこんな会話でもコミュニケーションの一つとして扱われる、それくらい朝は忙しいのである。朝ご飯は食べなかったわけではないが、コーヒー一杯を飲んだだけのため、これは朝ごはんなのか、違うのかもしれない…。


そんなこんなで学校につき恒例の勉強を開始する。

珍しく今日は小野の姿が見えなかった。

別に一緒に勉強しようとか、時間を指定して教室で待ち合わせとかいうものではないため小野が来ないことが俺のとって不利益を被るものでもない。

しかし、人間たる者、不規則な事柄に対しては気になる。

数学の参考書に目を通しながらも、脳の役割分担は三分の一は小野を心配していた。

やけに計算ミスをするのはこれが原因だろう。


結局小野が学校に来たのは始業時間の十分前、朝に特に用事のない人であればふつうの時間だ。

「おはよう、小野。今日は遅かったな。」

いや、別に遅く無ないだろ(第三者目線の者)

「おはようございます、黒谷くん。今日は少し寝坊しっちゃて…おそくなってしまったの。心配かけてごめんね。」

こうやって自らの非がないに近い事柄でも相手の事を考えて、謝るという流れから見ても小野の人柄の良さが垣間見える。


今日はいつもの四人グループでの会話はほとんどなかった。

理由としては一限目の化学の小テストだろうか。


華名高校は理系に強い学校の一つだ。

理由としては、理系にしか得がないような研究コンテスト、毎授業科学の授業で行われる小テスト、去年大幅にグレードアップ(改修工事)された化学実験室。

毎年華名高校でも理系大学への進学実績はかなりいいものだと世間から認知されているため、中学校で数学、理科が好きな生徒は華名高校に進学する人が多い。

つまり、理系向けの学習カリキュラム、理系志望の生徒が多くいる、この二つが主な要因だろう。


そんなこんなでクラスの多くは前の授業で渡された化学のプリントを開いて暗記に励んでいる。ほかの常識は分からないがこの学校で行われる小テストの多くは再試が存在する。え? なんだよ再試って。再試験の事である。


それぞれのテストの合格基準というものがあってそれを超えなければ再試。

昼休み、放課後あるは担当の先生と都合のつく時間帯で行う。

それをめんどくさがる生徒が大半のため今の教室の状態が生まれる。


「今日の範囲ってプリントの半分よりも下のところだよな。」

俺は健太に対して問う。

「どこだったっけ? 」

そうやって健太は隣の人に俺と同じことを言う、

「それであってるよ。」

「了解、ありがと。」


健太が小テストの勉強をしない理由は二つだ。

一つは彼の卓越した暗記能力は小テストごときなら朝飯前であるからだ。

授業でやったことは授業で覚える。それが彼には可能なのだ。

う、羨ましい。


もう一つは彼自身の信念である。

さっき彼が天才であるような雰囲気を醸し出したが、彼も人間ミスをする生き物だ。

まだ小テストには落ちたことがないらしいが、彼はいつも「授業前にテストに落ちないために勉強をするくらいなら、勉強をしない方がいい。」と語る。

ミスを恐れないようにするのではなく、ミスを再発させないようにするのは難しいが彼自身理解して実行できている。

す、素晴らしい。


一限目の試練を超えればもう怖いものはない。

四限目を終え、昼食の時間だ。

今日は某女生徒会長との約束もなかったので、教室で昼食をとることにした。

いつもの四人グループでなかった。

凪咲だけいなかった。

それもそうだろう。きのうの事を思い出せば当然である。

「あれ? 凪咲は?」

一番に口を開いたのは健太だった。

「小テストの再試があるそうです。」

答えたのは小野だった。

「今日の小テストどうだった?」

二人に対して俺が聞いた。場を何とかいい方向に持って行きたい気持ちもあるし、単純に二人の合否が知りたい。

「私は一つだけ間違えたけど、それ以外は正解だったから合格だったよ。」

「俺は普通に受かった。」

おい、なんで俺だけ落ちだよ。

「湊は?」

「落ちた」

悲しすぎるだろ。

「今回のテストは少し難しかったからね。再試験頑張ってね。」

なんか一周まわっていじられていますか??


放課後になって俺も家に帰った。

「ただいま。」

「おかえりなさい。」

姉がいた。

そして楓もいた。

なんか家族みたいになってない??


「ちょうど買い物に行ったら、楓ちゃんがいたのよ。ちょっとお茶でもってね。」

ママ友みたいな会話だな。

ちょっとお茶入れてくると姉は一階に残り、俺と楓は二階に上がることにした。

再び気まずいタイムの始まりだ。


「今日の小テストどうだった??」

お前はまたその話題か。(第三者目線)

「えっと…落ちました。」

「あ、俺も落ちたんだよね。」

一緒だね。てか。やかましいわ(第三者目線)


「昨日はほんとにすいませんでした。」

「え?」


「ほら、私の母が…」

俺の頬を叩いたのはどうやら母親だったらしい。

彼女はこれに続いて自分の家族構成について話していった。

話をまとめると、

・彼女は姉がいる。

・母親は怖い。父親は優しい。

・父親の家はかなりのお金持ち。

・父方の祖父が社長を務める会社は大手の製菓企業。


「お母さんって結構あんなふうなの?」

あんなふうなのとは人をぶってしまうような性格なのかということだ。

「いえ、母は私だけに当たりが強くて…」

「それはお前が母に何かしたのか?」

「そうです…。会社の役員になるために今のうちに経営学とかもっと会社経営について勉強しなさいと言われていますが正直私は両親の会社について興味はないので、今は自分の好きなイラストの勉強をしています。それが気に入らないのでしょう。」

なるほど。親子の間でそれぞれの主張があると。


「湊君って両親はどこに住まれているのですか?」

この質問は俺にとってはかなり不都合なものなのかもしれない。

母は結婚する前からケーキ屋さんをするのが夢だった。

そして父親と結婚後に自分の店を持った。

経営は良い方向に傾くことはなく、父親の給料で何とか家計を維持できた。

そんなときに事件がおきた。

父親の会社で突然の大赤字が起きた。

原因はほかの会社の勢力の押しつぶされたことだった。

売り上げは伸びずそのまま倒産となり、家はさらに貧しくなった。

そのため、父親は少しでも稼ぐために毎日バイトを掛け持ちしていた。

そんなある日の事だった。

家の電話に一本の電話が入った。

警察からだった。

父親が駅のホームに飛び降りて自殺したと。

収入源が無くなった我が家は母が自分の店を閉じて、正社員として中途採用されることになった。ちょうど二年前のことだ。

姉も大学受験シーズンで一般受験での大学進学は厳しいので、推薦試験で学費が全額免除される学校に進学することになった。

これだけでは悲劇は収まらなかった。

母親が急死したのだ。

過労によるストレスが原因だった。

俺たちよりも早く起きて帰ってくるのは0時を過ぎていた。

俺たちの家事全般は姉と共同で行うなど出来る限りのことを尽くしたが、中途採用は賃金が低く、三人を賄うのが精一杯だった。

そのため、姉は大学受験を断念した。

そんな時ある男が家を訪ねた。

父の会社の同僚の篠塚さんだった。

もともと父の部下で自分の会社を設立したそうだ。

そんな篠塚さんは母の訃報を聞いて悲しむと同時にある提案をした。

ケーキ屋をもう一度やってみないかと。

姉は半年間篠塚さんの会社で働き、ケーキ屋をリニューアルオープンさせた。

俺の学費やその他諸々を篠塚さんが出したくれた。

本当に恩人でしかない。

そんな篠塚さんに恩を返すために俺は学業に励み、姉はケーキ屋で一生懸命頑張っている。




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クラスで一番の陰キャ女子と付き合ったら意外と噛み合った件 ヤマトカゲ @yamatokage

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