第2話 明晰夢

子供部屋のドアをノックする音で目を覚ました。晩御飯が出来たことをお母さんが伝えに来たらしい。


消していた電気をつけて、起きたよー、と僕が言うと、ノックは鳴りやんだ。早く来てねー、というお母さんの声と、子供部屋から遠ざかってリビングの方へ向かう足音が聞こえた。


僕はベッドの上に起き上がって、ボリボリと頭をかいた。例の奇妙な明晰夢はいまだに鮮やかなままだ。


とりあえずスマホを探すと、勉強机の上に例のレプリカと一緒に置いてあった。なんでレプリカが子供部屋にあるのだろうか。


 スマホをとろうとしたら、レプリカが話しかけてきた。正確に言えば、真珠が話しかけてきた。僕は卒倒しそうになった。


「おはよう! 秀樹! といっても夜だけど。早くご飯を食べてきなさい。お母さんを困らせないの」


「一体君は何者なんだよ。僕はまだ夢を見てるのかな」

「だからさっき言ったじゃん。真珠の耳飾りの少女、だよ。これは夢じゃないよ。現実だよ。ベタだけど自分の頬っぺたつねってみてよ」


 真珠にそういわれて、僕は仕方なしに頬っぺたをつねった。痛かった。どうにも現実らしい。そうだとすると、僕は幻覚と幻聴を同時に感じているのだろうか。


「ヒデキー、早くきなさーい。ご飯冷めるからー」


 半ば怒りの混じったお母さんの声が響いてきた。僕はちょっとイラっとしてしまった。それを察したらしい真珠がこういった。


「秀樹、あんた早くリビングに行ってご飯を食べなさい。お母さんにすら気を遣えなくて、篠岡さんをゲットできるはずないじゃん。あんたは特にイケメンでも、話し上手でもないんだから、せめて気遣いはできるようにならないとね」


「わかった、わかった」


 とだけいって、僕は電気を消して、リビングに向かった。真珠は特にそれ以上は何も言わなかった。


リビングに入るとまたもやお母さんが、雑誌類を片づけなさい、といってきた。やっぱりさっきにあれは現実だったようだ。狐につままれた思いで僕は片づけをして、食卓に着いた。


 僕は晩御飯を済ませた後、そのまま風呂に入って、子供部屋に戻った。真珠を勉強机の隅に追いやって、明日の予習をしようと教科書やノートを勉強机の上に広げると、真珠がまた話しかけてきた。


「ねえ、秀樹、明日はどうするつもり? 」


 勉強に取り掛かろうとしたときに話しかけてこられると、せっかく湧き立てておいたやる気がそがれる。人には気遣いだ何だの言いながら、自分はあまり気を使わないらしい。


「どうするって、何を」


 そう答えて、僕は、自分がこの喋るレプリカの事を受け入れていることに気が付いた。自分は狂ってしまったのだろうか。


だけど、真珠の声は聞こえるし、現に勉強机の隅ではレプリカの絵画が話しかけてくる。


「篠岡さんのことをだよ」


 そう言えばそうだった。真珠は僕の片思いを応援してくれるんだった。とはいっても、真珠は僕の脳が創り出した幻覚だろうから、僕は彼女に対して期待をしていない。


「うん、そうだね」


 とだけ答えて、僕は課題に取り掛かった。


「とりあえず挨拶はしてみなよ。話しかけないことには何も始まらないよ」

「うん、わかった」


 そういって僕は課題を進めた。篠岡さんと仲良くなるにはまずは挨拶からと言うのは自分でもわかっていたけど、それができないからどうしようもない。僕にはそんな勇気はない。


 真珠はその後も何回か声をかけてきたけど、僕は無視を決め込んだ。


真珠はあくまで僕が生み出した幻覚だ。幻覚に本気になりすぎると後戻りが出来なくなるとテレビで見たことがある。


今日はきっと疲れているんだろう。木曜日で一週間の後半だし、先週は体育祭だったし、色々と疲れがたまっているはずだ。明日になったらこの奇妙な幻覚は消えているはずだ。


 僕は課題を手早く終わらせると、疲れをとるために眠りについた。真珠は、お休み、といってきた。さすがに眠りの挨拶を無視するのは気まずかったから、僕も、お休み、とだけ返した。


 妙になれ慣れしくて姉御肌の幻覚の事はきれいさっぱり忘れて、僕は眠り中にまどろんでいった。

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肩こり少女 ~真珠の耳飾りの少女による恋愛指南~ 全てフィクションです。 @all-fictional

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