第19話:一歩、踏み出せ
「何か部費、追加で出るみたい。怒られた甲斐があったよ」
「やるじゃん、山田っち」
「そりゃあ全国出るんだし、貰えるだろ、普通」
「なら、PC希望」
「だな」
「おいくら万円ぐらいの?」
「最低五十万」
「高杉謙信……教頭と相談してみます、はい」
そんなこんなで実績を得た『電脳ROBO研究会』は徐々に知恵の杜学園中にその名を轟かせることになる。まあ、良い方か悪い方かは、ご想像にお任せするが。
とにもかくにも全国に向けて、彼らは再始動する。
「目指せ日本一!」
「おー」
「声が小さーい!」
「おー!」
「よろしい! では、今後のプランを発表するぞい。まず私」
普段全然使っていないホワイトボードのところに、リョーコはバス美、修行と書き込む。二人にとっては何のことだ、と意味も意図も通じていない。
「ロボコンの全国大会は新参者の哀しいサガ、何と夏休み後半からのスタートどす。ゆえに私はあれよ、前半は修行の旅に出ます」
「やめて。ロボットの微調整が出来ない」
「あ、普通に部活には来るから安心せい。近場で修業の旅ね、アンダスタン?」
「それは旅なのか?」
「家から一歩でも外に出ればすべからく旅なのだよ、ぬるいちくん」
「誤用だ」
「うるさい誤用警察! で、二人はどうする? そのまま?」
「「…………」」
リョーコは悪意でそれを言ったわけではない。煽りのつもりもない。ただ純粋に質問をしただけである。だが、そういうのは結局、受け取り手次第。
「……まあ、全国用のロボは弄るけど、俺はアップグレードするよ。当然」
「……私も最初からそのつもりだった。当たり前だけど」
零一、ロボ子、当然の如く嘘をつく。正直何も考えていなかったし、今現在も何をすべきかなど考えもつかない。それでも二人は強がった。
だって煽られた気がしたから。
「ほほう、これは全員期待できますなぁ」
「バス美は何処で修行するんだ?」
「そりゃあぬるいちよ、企業秘密でさ」
「さいでっか」
さすがにここまで自信満々であれば、何か策があるのだろう。昨日の今日で何か行動をしたリョーコの機動力は大したものである。さすがにこのままボーっとしているわけにもいかない、と二人は真剣に考え始めた。何をすれば身になるか、を。
「あと今週末は私の家に集合、上映会します!」
「え、やるの? 修行は?」
「だまらっしゃい! 士気高揚のため、必要なことなのじゃ!」
「……リョーコ、私、お腹が痛くなってきた。あと頭も」
「大丈夫、ロボ子。アニメ見たら治るよ」
「……その理屈は、おかしい」
さらに暴走するリョーコの勢いを阻む者は、もはや誰もいなかった。
このままの勢いで成るか、ジャイアントキリング。
電脳ROBO研究会の戦いは始まったばかりである。
○
ゲームセンターGXは自身の出した求人、膨大な数の書類を前に四苦八苦していた。普段、普通の求人では見向きもされないのに、こういうのは大人気なのだ。
「三部に落ちても人は来るもんですね」
「それだけ裾野が広がったってことだ。良いことだろ」
「そりゃあそうですけど」
今回の求人は有口以下数名の高齢パイロット引退による、新規のパイロット募集であった。腐ってもプロ、しかもプライベーターとしてはそれなりに知られたチームでもある。全国からやる気のある若者たちが履歴書を送って来ていた。
「お、『夢物語』の子からも来ている。これは保留ですね」
「線が細かったと思うけどなぁ。有さんたちの代わりが務まるかどうか」
「んー、それ言われるとなぁ。お、この子は⁉」
「どうした?」
「経歴、若さ、共に文句なしですよ。どうです?」
「……大学進学を決めている学生、か。鍛え込む時間もありそうだな。有さん、この子とりあえず選考進めちゃってもいいですか?」
「ああ、良いと思ったらどんどん進めちゃっていいぞ」
「了解です」
玉石混交、書類でそれを見分けるのは限界がある。結局のところ、直接会ってロボットに乗ってもらい、その中で見極めるしかないのだ。
プロとしての資質を。
「有さん、その書類に時間かけていますね」
「ん、ああ、すまんな。ちょっと気になる子がいて」
「へえ、どんな子ですか?」
「たぶん、皆知っているよ」
ぞろぞろと選考に携わる面々が有口の持つ書類を見にやって来た。
そして――
「え⁉」
「酷い履歴書だろ。全くもって社会を舐めている。だが、この書類な、郵送じゃなくて直に届けられたそうだ。今時珍しいタイプの子だな」
開店前に現れ、店員に事情を話し事務所まで乗り込み、一番偉そうに見える人物に渡したらしい。書類を渡された部長が、そう苦笑していた。
「……複雑な気分ですけど、フィジカルは申し分ないですね。そりゃあ」
「良いんですか、有さん。だってこの子は――」
「引導を渡してくれた子が、引き継いでくれるならそれは嬉しいことだよ。無論、それで贔屓はしない。プロはフィジカルだけが全てではないからね。でも――」
有口はその書類を、前へと進ませる。
「そんなのは俺たちが叩き込んでやれば良いことだ」
「……ですね」
風が吹いてきた。新たなる風が。
三部にまで落ちたチームを甦らせるため、若き風を彼らは取り込む。
○
皇将虎は珍しくPCの前で固まっていた。
「手を止めているとはらしくないな。どうしたんだ?」
石黒の問いに、ショーコは苦笑する。
「レーイチからメールが届いてね。仕事を紹介して欲しいそうだ。なるべく難しい案件で、考えさせられるのをご所望のようだよ」
「……あの男が、自分から、か」
石黒は驚きを隠せない。自分たちと共にいた時の刈谷零一は典型的な天才で、圧倒的なスキルこそ持つが、それ以外は全てショーコに依存していた。
ショーコの持ってくる仕事を順番にこなす。仕事を得るための動きなど、したこともないだろう。それを彼はショーコに頼る形なのは変わらないが、自発的に行動しようとし始めている。変化ではあるのだろう。良いことではある。
かつての親友としては手を貸したいところ。敵でさえなければ。
「どうするつもりだ?」
「知恵の杜は敵だよ。タダで向上させてやる気は、ない。それは道理が通らないだろう? だが、こちらにも旨味はあれば、話は別だ」
「そんな方法があるとは思えんな」
「簡単なことだよ、陽二。水と油を、混ぜてみるのさ」
少し考えこんだ石黒は、何かを察し目を見開いた。
「……県大会を終えて、如月は今、良い方向に向かい始めている。わざわざ余計な刺激を与えるのは、適切な対応とは思えんぞ」
「逆だよ。変化の兆しに対し、より強く変化を促してやることこそが、私たちディレクションをする者の仕事であり、使命だ。丁度面白い仕事があってね、二人を組ませて事に当たってもらおう。素晴らしい変化が起きるかもしれない」
「後退、下手をすれば終わる可能性すらある」
「その時はその時、だ」
ショーコの眼に感情はない。零一への執着は横に置き、上に立つ者として冷徹に、好機に対し打つべき手を考えている。本来の彼女は皆に慕われ、下から敬愛されるような人物とは程遠いのだ。天才を駒として使い、上を目指す。
そのためならば平気で、人を切ることも出来る。
「案ずるな、陽二。私の目算なら、レーイチよりも如月君の方が成長する。何せ、格上のクリエイターとツーマンセルを組むんだ。得られるものは多いよ」
「それは、そうだが」
「彼女には伸びて貰わねば、リトヴァク姉妹を擁する龍哭には絶対に勝てない。わかるだろう、陽二。このカテゴリーで燻ぶっているようじゃ、世界など到底届かないことを。我々は今年、星王が取ったことのない栄冠を得る。シングルスの優勝旗を持ち帰り、君や神堂を含めた数名を、在学中にプロへと送り込む」
「……ああ」
「世界の速さに追いつこう。私たちならば出来るとも」
皇将虎は日本の水準を高め、世界に並び、追い抜こうと考えている。それが彼女の覇道であり、その考えに賛同した者たちが彼女の駒として並ぶのだ。
世界は遠い。十代の大半を中高のカテゴリーで消費させてしまう日本、その歩みの遅さからすれば周回遅れも甚だしい。必要なのは若さ、特にパイロットは十代から世界を意識した動きをせねば、肉体のピークに経験が追いつかなくなる。
それでは世界に届かない。
だから急ぐ。至極当たり前の論理である。
「勝つとも。私は皇将虎だ」
しかし日本でそんな当たり前を通すのは、彼女のような豪腕が必要となる。社会に蔓延る風習、慣習を力ずくでぶち壊し、我を通す力が、いるのだ。
刈谷零一への特別な感情に揺らぐのも彼女だが、それで指針が崩れることはない。そもそも、彼が平凡な人材であれば果たして、彼女はここまで固執しただろうか。替えの利かない天才と思ったからこそ惹かれ、固執しているのではないか。
そう思えるほどに彼女は、人間を値札でしか見ていない。
ゆえに彼女は、強い。
こんこん、と突然、ノックの音が部屋に響く。
「どうぞ」
「失礼します!」
部屋に入って来たのは一年生の部員。神堂のような特別枠ではない彼女が、ここにやって来る理由は見当もつかない。各セクションの上長への確認などで事足りる仕事しか振っていないはず。何事か、とショーコは考えるも――
「お話し中、申し訳ありません。石黒先輩にお客様です」
お目当ては石黒であった。
「どちら様だ?」
「知恵の杜学園の、多田隈さん、だそうです」
「……間違いないか?」
「はい。下の名前も伺うべきでしたか?」
「いや、構わん」
石黒は笑みを浮かべ、そちらへ向かおうとする。
が、
「陽二」
皇将虎があの眼を浮かべ、石黒を見据えていた。
「わかっている。だが、お前が刈谷に如月をぶつけるのと同じように、俺と彼女がぶつかることで、得られるものもあるはずだ」
「それがわかっているのなら、良いよ」
「失礼する」
石黒陽二は笑みを抑え切れなかった。刈谷零一が動いた。多田隈ロボ子が動いた。それらはすべて連動しているはず。敵が成長を始めたのだ。本来であれば相手にすべきではない。だが、石黒陽二はエンジニアであり、クリエイターでもある。ならばこの邂逅、どうして避けられようか。己を下した相手が、そこにいるのだ。
素晴らしいロボットを創った者が、そこにいるのだ。
「待たせたかな」
「いいえ」
石黒陽二には確信がある。多田隈ロボ子と言う人材に触れることで、己が加速度的に成長することへの、確信が。
ゆえに迷いはない。
「用件を聞こう」
「教えて欲しい。強いロボットとは、勝てるロボットとは、何かを」
「それを何故俺に?」
「貴方のロボットがあの会場で一番、それに近いと思ったから」
「……そうか」
やはり、見えている。ソフトチームのために落としたあのロボットでさえ、彼女の目を通せば石黒の作品として優れていると、ソリッドな思考が現れていると、わかってしまうのだ。説明不要、クリエイターとはかくあるべき。
「言葉での説明は難しい」
「そう」
「俺たちならば、もっと簡単な方法がある」
「……?」
「多田隈ロボ子、俺とロボットを創れ」
「……っ」
「それが一番手っ取り早い。俺たちは、クリエイターだからな」
エンジニアではなく、今はただクリエイターとして。
○
上坊良子は書類選考で落ちることなど微塵も考えていなかった。まあ受かるやろ、の精神で書類を出し、選考が進むことにもそれほど驚きはなかった。
だが、二次選考の会場を見て、
「あら、また会ったわね」
「じょ、『女傑』ネキ⁉ ナンデ、ニンジャナンデ⁉」
「そりゃあこのチームのパイロット選考を受けるからでしょ」
「でもこのチーム、三部ですぜ」
「あはは、そりゃあそうよ。三部のチームじゃなきゃ、私程度の実績だと書類で落とされているわ。たかが全国ベスト8、ここにいるのはほぼ全員実績では格上だと思って良いんじゃない? 貴女よりは私の方がマシだけど」
『女傑』下川幸子の言葉で、目が覚めた。
「お互い頑張りましょ」
「う、うっす」
ここはプロの世界。三部であろうがそれで飯を食べようと言う者が集う場所である。フィジカル、タクティクス、チーム戦のパイロットには総合力が求められる。ここは甘い世界ではない。人生を賭けた戦いの舞台であるのだ。
リョーコは頬をぱん、と叩き自らに気合を入れる。
「やるぜ、バス美」
彼らほどプロの世界に執着があるわけではない。だが、上手くなりたいと言う欲求は人一倍あるつもり。身内に天才が二人もいる。このままだと、自分一人だけ置き去りにされるかもしれない。それは嫌だ、とリョーコは思う。
一等賞が欲しい。出来れば仲間と一緒に。
強欲に、貪欲に、彼女もまた高みを目指す。『プロ』を吸収して――
○
「は?」
「ん?」
如月と刈谷がばったりと出会う。何かの間違いではないか、と二人とも思うが、どう考えてもこの先は一つ、つまり行く先も同じ、である。
「ショーコ、あの女ァ」
「……まあ、お互い頑張ろう」
「ってか、あんたは『ここ』にだけは絶対に来ないと思ってたわ」
「……俺もだ」
刈谷零一の戸惑い、微かに尻込みする雰囲気を見て、如月はため息をつく。天才だって人の子、皇将虎の紹介であっても、ここに彼女はいない。
ここからは全て、自分たちでやらねばならない。
「ま、クビにならない程度に頑張りましょ。お互いに」
「ああ、そうだな」
ここは刈谷零一にとっては古巣である。プロの二部、株式会社ゼロステージのワークスチームである『ヌル』の拠点であった。
ここで彼らは今一度、プロの世界に入る。
今度はショーコの庇護なしで。
あの時とは全く異なる緊張感。ただ、ショーコの後ろで仕事がやって来るのを、口を開いて待っていた頃は何も感じなかった。
今、彼女がいない状態で社会の入り口に立って思う。
己は守られていたのだと。
「ふぅー」
「へえ、あんたでも緊張するんだ」
「するさ。人間だぞ」
「そっか、ふーん、少し、良いこと聞いたわ」
「……?」
それでも刈谷零一はもう一度挑戦してみようと思った。向上しようとする二人を見て、いてもたってもいられなくなってしまった。そのために難しい仕事を求めた。恥を忍んでショーコに縋り、入り口までは連れてきてもらった。
この先は、自分次第。
「やるぞ」
趣味を仕事には、生業にはしない。その考え自体は変わっていない。だが、上のステージにしかない熱量と言うのは間違いなくある。数年、そこから離れてわかった。ここはエンジニアにとっては戦場であり、だからこそ得られるものがあったのだと、知った。あの日仕事を投げ出してから、自分はほとんど成長していないから。
成長が、向上が必要なら、確かに今一度ここで取り戻すしかないだろう。
かつて、ここで捨ててしまったものを。
上坊良子の繊細な弱さを知った。多田隈ロボ子の不器用な苦難を知った。この二人と自分を仲間と呼ぶにはあまりにも歪だが、それでも彼女らを知って何も感じないほど、刈谷零一は無感情な機械ではない。同情もする。共感もある。
やれることはやる。それに、捨てたのは何も『ヌル』で、だけとは限らない。
『読み辛ェコードは美しくねえな。あたしなら、Cでも美しく書くぜ。それがエンジニアってもんだろ。お前は、どっちも半端だな、レーイチィ』
自分が勝てないと思った者の中の一人、ゾーヤ・リトヴァクがいる。
彼女との再会、今時点で眼中にもない眼を見て、不思議と得も言われぬ感覚が零一の中に渦巻いたのだ。こいつ、ぶっ殺す、と。
ここに来たのは、そういうエゴもある。
ゾーヤをぶっ潰し、勝てないと思った過去を勝ったに変える。捨てた矜持もほんの少し、あの女に勝って拾わせてもらう。
『私を助けて』
頭の中で増殖するバス美を振り払い、零一はエゴに従う。
この戦いは自分のため、あくまでゾーヤを倒してかつての自分を取り戻す。それだけなのだと彼は心の中で自分に言い聞かせていた。
刈谷零一もまた、何かのために一歩、足を踏み出した。
電脳ROBO研究会 富士田けやき @Fujita_Keyaki
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