第18話:戦いの痕
山田はそろそろ良いだろう、と生徒たちを迎えに行った。
「あ、知恵の杜の顧問の方ですか」
「あ、そうですけど」
「よかった。シングルス三位、全国ですよ、おめでとうございます!」
「ふえ?」
そして知る、とんでもないことが起きていたことを。
だが、結果はどうでもいいのだ。少なくとも山田にとっては。
大事なのは――
「うん、いい顔になったなぁ」
彼らが今、どんな顔をしているのか。
それを見て山田は微笑む。雨降って地固まるではないが、昨日よりもいい顔が出来ているのであれば、今日は素晴らしかったと言うこと。
「いやーおめでとうおめでとう。顧問として鼻が高いよ」
「山田っち何もしてないじゃーん」
「馬鹿言っちゃいけない。顧問が茶々入れしない、それ以上の仕事はなーい!」
「ひどい先生、人格を疑う」
「まあ、俺は楽でいいけど」
「「そこは同意」」
顧問含めたった四人だけの部活であるが、初出場にして知恵の杜学園は全国行きの切符を掴む。この結果によって他所では発足一年目で全国へと導いた名将、山田学と勘違いされるのだが、これもまた別の話である。
そんな感じで話していると――
「県三位おめでとう、レーイチ」
星王の皇将虎が知恵の杜へ、挨拶にやって来た。後ろには苦々しい顔の石黒と如月、リョーコを見つけて「ザーコ」といきなり煽る神堂司がいた。
そのままリョーコと神堂は謎のキャットファイトを開始する。
彼女らを尻目に零一はのほほんと、
「ショーコか。久しぶりだな。そっちこそ優勝おめでとさん」
「ありがとう」
普通にかつての親友と挨拶をしていた。
「見事なロボットだったよ。設計者はそちらの彼女かな?」
「ああ。多田隈ロボ子だ」
「良い名前だね」
「っ⁉」
ロボ子、澱みなく名前を褒められたことにより、ショーコへの好感度がうなぎ上りとなる。彼女は絶対に良い人だと、のちにロボ子は語る。
「挨拶しないの、石黒は」
「彼女は覚えていないだろう。全国で、俺のロボットを刻み込むだけだ」
「お手柔らかに。悪いけど、うちのソフトチームじゃ――」
石黒と如月が後ろで話していると、突然――
「よォ、星王はやっぱヨージだったか。ショーコも久しぶりだなァ」
「「ゾーヤ⁉」」
大柄な少女が、笑みを浮かべながら現れた。石黒も、ショーコも知る人物。
「何で驚いてんだよ、姉ちゃんが出てただろ。なら、あたしもいる、当然だ」
「リトヴァクと聞き、もしやと思っていたのだが、ね」
「相変わらずショーコは面白ェなァ」
ケタケタと笑うゾーヤ。しかし、ショーコは上手く笑みを作れておらず、石黒に至っては完全に顔面蒼白と言った様子。苗字が同じ、それは理解していた。あまり似ていないがもしかして、ぐらいは思っていた。だが、同時に彼女がこの国へやってくるなどありえない、と言うのが彼女たち全員の共通見解だったのだ。
ここは学生のカテゴリー、彼女のような人物がいるべき場所ではない。
カテゴリーエラーであろう。
「しっかし、負けといてなんだけどよ、ヨージは腕落ちちゃったか? なんだあのゴミみたいなロボットは。あれのどこにテメエがいるんだよ、なぁ、ヨージ。つまらねえのは眼鏡だけにしとけよ。ただでさえお前、才能ないんだからさ」
「……っ」
石黒は、言い返せない。その様子を見て、キャットファイトを中断した神堂司は彼の豹変ぶりに驚いていた。いつもの彼なら絶対、堂々と言い返している。
石黒陽二は己が腕に絶対の自信を持つ、はずだったから。
「で、あの猫ちゃんは、レーイチか」
ぎょろりと、ゾーヤの眼が零一を射貫く。
「俺はただ、システムを組んだだけだ」
「んなこと知ってるよ。まあ、あれを書くならレーイチぐらいの腕はいると思ったし、大して驚きはねえ。でも、相変わらずみたいで泣けてくるぜ。ショーコから何を学んだんだ、お前。面白ロボットコンテストじゃねえんだぜ。戦わせるためのコンテストだろ? それであんなもんを面白がって書いている時点で、アマチュア根性が抜けてねえ。全国は二人共、少しは頑張ってくれよ。次はあたしも、出るからさ」
「……何故だ? お前は、こんなとこに出る必要がない人材だろう⁉」
零一の語気、その強さに知恵の杜の面々が目を剥く。
彼がここまで揺れている所など、誰も見たことがなかった。
知恵の杜の、面々は。星王のショーコと石黒は、顔をしかめる。
二人はその理由を、知るから。
「姉ちゃんがちょっとコミュ障でさ、シングルスはまあまあなんだけど、祖国じゃプロにはなれねえ。無理してなってもサブに回されるのがオチだ。でも、弱小の日本ならプロになれる。メインも張れるし、あたしがいれば盤石だ。何せこの国は、ハード屋もソフト屋もゴミしかいねえからさ。猿でも勝たせられる、あたしなら」
彼女は畑違いの天才、石黒と刈谷両方のトラウマである。
「ま、あたしたちと当たったら潔く諦めな。前みたいに、傷つく前に、な」
零一と石黒は下を向く。何も言えない。言えるわけがない。
「私たち、負けません」
だが、
「そうじゃそうじゃ。ぬるいち、ロボ子、バス美、三人そろえば無敵じゃい!」
何も知らぬからこそ、知恵の杜は彼女に対し強い言葉を吐くことが出来た。
「猫の作者か?」
「だったらなんです?」
「良いロボットだったぜ。才能あるよ、このあたしに褒められるなんざそうあることじゃねえから、胸張っていいぜ。でもな――」
ゾーヤはずい、とロボ子の鼻先に顔を近づける。
「同時に、お前はクソエンジニアだ。レーイチと同じ、アマチュアなんだよ。くだらねえこだわりを削ぎ落とさねえ限り、いつまで経ってもそっち側だぜ?」
「こらぁ、ロボ子にがん飛ばしてんじゃねえ! 何様じゃい⁉」
「折角才能があるんだ。捨てちまえよ、安い矜持なんて。捨てたら勝てたろ、そういう経験、あるよなァ? わかるんだよ、同類のことは」
ゾーヤはロボ子の耳を舐める。怖気が走り、ロボ子は尻もちをついた。
「ちょ、え――」
リョーコには視線すら向けていない。見えて、いない。
「次に会う時は、仕様通りのロボットを創れよ。ロボコンの仕様は戦い、勝つこと。それ以外は全部、不純で、不要だ。待ってるぜ、こっち側で、な」
石黒とショーコ、零一への言葉は全て、かつて知り合いだった者たちに向けたもの。彼女が本当の意味での言葉を向けたのは、ロボ子だけであった。
他は視界にすら入っていない。
「な、んじゃい、無礼なおなごめ! 美人なら何でも許されると思ったらなあ、大間違いなんだぞ! ってか、バス美ここまでがっつり無視されたのは初めてじゃ」
「……どーいう人なんですか?」
神堂の質問に、ショーコが口を開く。
「世界一で、唯一無二、だ」
「どういう、ことです?」
「世界でも数少ないハードとソフト、どちらも同じぐらいの水準で弄ることの出来るエンジニアだ。全てを彼女一人で完結させることが出来る。ゆえに齟齬が生まれない。間にディレクターが立つ必要も、ない。その上で――」
「世代別の世界大会、ロボットの性能だけを競うコンクールで世界一になった。ただ一人で、な。俺たちは銀賞止まりだった大会で」
石黒の言葉を引き継ぎ、零一が語る。
「銀賞なら大したもんでしょ! 二位だよ、二位!」
「違う、バス美。あの大会の銀賞は……十組以上いる。金は、一つだけど」
「あっ」
ショーコが音頭を取り、石黒が設計し、零一が構築する。あの当時、あの世代では間違いなく日本最強のチームであった。『ヌル』に入る前、箔を付けようと臨んだ大会で、その最強チームは完膚なきまでに敗れ、その他大勢となった。
ただ一人の、怪物を前に。
「俺は、勝つぞ。刈谷」
「陽二」
「俺は、今のチームこそが最高であると信じている。あの時じゃない。今の星王こそが最強だ。例え世界一が相手だろうと、勝って見せる」
石黒に対し如月は驚愕の視線を向けていた。
「何よりも、あれに勝てば念願の、世界一だ」
星王は戦う。その意気を示し、石黒陽二は知恵の杜に、刈谷零一に背を向けた。
その背に神堂司は笑みを浮かべ、ついていく。
「……陽二の言う通り、だな。では、私たちもこの辺でお暇させて頂こう。全国までは時間がある。互いにブラッシュアップをし、全国でまみえるとしよう」
皇将虎もまた、呆然とする如月の肩を抱き、共に去る。
今はただ、王者星王として。
「ロボ子、私さ、結構マジだから」
「私も、そう」
「つーか私たち超運が良いから。世界一があっちからやってきたんだぜぃ。カモが金メダル背負って喰われに来たわけよ。でしょ、ぬるいち」
「……ふー」
二人に気遣われ、刈谷零一は大きく息を吐いた。彼女との出会いは零一に今の選択をさせた要因の一つ、ではある。彼女だけではないが、それでも大きな壁であり、自分では越えられないと諦めた存在。正直、勝てる気はしない。
進み続けた石黒とは違い、自分は足を止めてしまったから。
その差はきっと、大きい。
「まあ、やるだけやってみるか」
「弱気。情けない」
「勝つと言えー!」
「……勝つ」
「声が小さい!」
「…………」
星王が去り、知恵の杜が去り、勝った高校、負けた高校、全ての生徒が会場から姿を消す。悲喜こもごも、人の数だけ物語がある。
とは言え、今日決まったのはシングルスの結果のみ。
大抵の学校にはまだ、明日が残っている。
「明日、勝つわよ!」
「はい!」
今日負けた者たちも、明日へと漕ぎ出す。
「……さあて、明日から仕事、頑張るかぁ」
その輝きを見て、過ぎ去りし者は思い出すように笑うのだ。自分にもあんな時代があったな、と。とにもかくにも、知恵の杜が参加する県大会は今日、終わった。
○
「ぬるいち、ビッグニュース!」
昼休み、ダイナミックな動きで零一の教室にやってきたリョーコ。あまりの奇行に皆、言葉を失っていた。零一は慣れたものなので、
「なに?」
普通に聞き返す。
「星王、負けたって」
「……え?」
「チーム部門で負けちゃったみたい。しかも倒したのは公立校だって。何て名前かは忘れたけど、ロボ子曰く完全な無名校らしいよ」
「神堂司は?」
「チーム部門では出てないみたいよ。噂では、素行が悪いんだって。いやー、日ごろの行いって大事だよね。まあでも、一大事件だよね、これ」
「まあ、事件ではあるな」
「と言うわけで昼飯を一緒に食べよう。ロボ子も部室で待っておる」
「そっちが用件かよ」
「うむ」
「……わかったよ、行けばいいんだろ」
「わかればよろしい。では諸君、ぬるいちをお借りするぞい」
「ぬるいちなんてクラスの連中には通じねーよ」
「なぬ、使用料は要らないから好きに使ってくれていいのに」
「使うか!」
そんな彼らを見て、クラスの男子は血の涙を流していた。何か、あほっぽいけど可愛い女の子からあだ名までつけてもらっている。許すまじ、といった具合である。
ばき、と乾いた音がするも、その発生場所は誰にもわからなかった。
何故か、委員長が手を押さえていたが。後日、ゴミ箱から砕けたシャーペンが出て来たとか出てこなかったとか。
○
「やあ、ゆきちゃん」
「その呼び方やめてくれない。子どもっぽくて嫌いなのよ」
互いに今日、荷を下ろす時が来てしまった。星王部長であった安藤と七聖の部長であった下川幸子が人目につかない場所で、力なく腰を下ろしていた。
「まあ、私は昨日ある程度覚悟していたけどね」
「だろうね。わた、僕は、全然出来ていなかったよ」
「そりゃそうでしょ。まさか誰も、星王が敗れるなんて思わなかったわよ」
「……過小評価をしているつもりはなかった。全てに最大限注意を払い、胃薬を何錠も服用して、身の丈に合わない役柄を務めあげたと思えば、最後に躓くなんてなぁ」
「勝負事はまあ、そんなもんよね」
「僕らに勝った高校の部長が、最後に握手を求めてきてね。去年うちに負けて、そこから研鑽を積みました、だってさ。快活ないい子だったけど、あの子も怪物だよ」
「そうね。ロボットでも、パイロットでも、星王が勝っていたし」
「ハード、ソフト、パイロット、三要素で勝っていたけど、チーム部門特有の四つ目、戦術で全部引っ繰り返されるなんてね。ちょっと、気持ちが追いつかない」
「……そこもお頭のいい星王にとっては得意分野なのにね」
「そうさ。でも、そこで負けた。本当にロボコンはどんどん魔境となりつつある。下からどんどんジャンル問わず、怪物がやってくるんだ、参っちゃうよ」
「私も、そうなるわね」
「僕、大学ではロボコンに関わらないでおこうと思っているんだ」
「そう。私は関わり続けるつもり。趣味も含めて、もう私にはこれしかないから」
「僕も、そのはずなんだけどなぁ」
「今は何も考えられないだけよ。とりあえず、飲み込み切れるまでゆっくりしましょ。もう、私たちが時間に追われることはないんだし」
「膝枕してよ、ゆきちゃん。辛くて死にそう」
「嫌に決まっているでしょ。子どもじゃあるまいし」
「ケチだねぇ」
「そもそも、男なら私に胸を貸しなさいよ。私だって泣きたいんだから」
「そりゃ、そうか」
「当たり前でしょ」
二人は天を仰ぎ、同時に苦笑する。
「終わったねえ」
「ええ、終わったわね」
終わってみればあっという間であったが、それでも彼は、彼女は、荷を下ろす。
今日、彼らの戦いの日々は、あっさりと幕を下ろしたのだ。
○
職員室でスマホを弄りながら昼食を取る山田。とても生徒に見せられる姿ではない。そもそも同僚に見せる姿でもない気がするが、今更ではある。
「お疲れ様です、山田先生。ロボ研どうでした?」
「昨日は大変でしたよ。まあ、僕が立派に引率したので事なきを得ましたが」
「それはよかったですね。私も知らなかったんですが、ロボコンって今熱いらしいですね。星王が凄くレベル高いとか」
「そうなんですよ。うちも昨日は星王にやられちゃって」
「あー、残念ですね。何回戦で当たったんですか?」
「んー、確か、準決勝ですね」
「ほー、準決勝……準決勝⁉」
同僚の先生の驚きの言葉で、職員室の視線が山田に集まる。
「ど、どうしました?」
「準決勝まで行ったんですか? 個人戦でしたよね?」
「ええ、まあ、そうみたいです」
「いや、ロボコンはよく知りませんが、スポーツで個人戦だと、全国、とか」
「ああ、行くみたいですね、全国。三位になったので」
「ちょ⁉」
「嘘だろ、あいつ」
「何で今の今まで誰にも言わねえんだよ」
「報連相もなってないのか、いくつだよあの人ォ!」
「?」
あれ、僕なんかやっちゃいました、と小首を傾げる山田学三十歳独身貴族。
「とりあえず、そういうの教頭先生辺りの耳に入れておいた方が良いと思いますよ」
「あー、言われてみるとそうですね。あとで報告しときます」
「今、しておいた方が良いともいますけど。ほら、あそこで、ちょっとキレてます」
「何で怒っているんでしょうねえ?」
「……私の口からは、ちょっと」
へらへらと昼休みになって全国行きを報告する山田に、怒りの雷が落ちたのは言うまでもない。ただし本人は「はて?」と終始理解していなかったのだが。
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