第17話:シングルス部門、決着

「…………」

 どいつもこいつも発想は同じだな、と零一は呆れていた。封鎖された屋上へと続く道、階段の踊り場でうずくまるリョーコを見て、乾いた笑みすら浮かばない。

「決勝の前に三位決定戦あるぞ。みすみす、全国の切符を逃す気か?」

「……慰めて」

「いやだ。言っただろうが、俺は勝敗には興味ないんだって」

「けちんぼ」

「うるせえ。甘えるな」

 と言いつつ隣に座る零一。さすが妹持ち、意外と気が利くのだ。たまには。

「私さ、めっちゃ負けず嫌いなの」

「知ってる。バレバレだ」

「ふぐぅ……でね、実は結構天才寄りなんだ」

「それも知ってる。ただ、嫌味でしかないな、その言い方だと」

「子どもの頃はね、もう一等賞取りまくり。運動も勉強も、男も女も関係なく、かけっこだろうがテストだろうが、球技でも、何でも、一等賞だった」

「化け物だな。俺はスポーツで一等賞を取ったことが無い。ほぼビリだ」

「あはは、刈谷君はさ、そんな感じだね」

「気持ち悪いな、君呼びは」

「……でも、学年が上がるごとにさ、一等賞が取れなくなってきたんだ。何でも、はちょっと厳しくなってきた。どんどん、少なくなってきて、だけど、これって言うのも無くて、皆はどんどんそういうの見つけていく中、私は何も見つけられなかった」

 上坊良子は深く、ため息をつく。

「ちなみにさ、昔は私とロボ子、めちゃくちゃ仲悪かったんだよね」

「へえ」

「もうちょい興味持ってよぉ。でも、小学校五年生のときかな、全国で一等賞取ったんだよ、ロボ子が。その前まで、私の邪魔ばかりするガリ勉だと思っていたのに、あの子はそんなところで戦っていなかったんだ。全国一位だよ、凄くない?」

「まあ、凄いよな」

「これだから天才は。同じような賞状あったの見逃してないからな。あたしゃあそういうの目聡いのだ。見逃さない女だよ」

「……嫌な奴だな」

「そう、嫌な奴なの。ロボコン始めたのもさ、一等賞取ったロボ子のロボット乗りこなせば一等賞取れるんじゃ、みたいな浅はかな理由だし」

「あ、浅はかすぎる」

「そう。嫌な奴で浅はか、それが私。そのくせ幼少期に培った分不相応なプライドがあるから始末に負えないんだな。めんどくさい女、これぞメンヘラ美少女よ」

「……おい、プライド零れてるぞ」

「NUCにも才能はあったけど、やっぱり壁は越えられない。配信者界隈で一位も目指したけど、人気向上のため脱ごうとしたところで垢BANされた」

「よかったな。運営に感謝しろ」

「いつも一歩足りない。こんなことならいっそ、才能なんてなければいいのに。なまじあるから、夢を見てしまう。この歳になってもまだ、私は一等賞が欲しいの」

 ぜいたくな悩みである。そこにすら立てない者はいくらでもいるのだ。だが、零一は切り捨てる気にはなれなかった。

 自分も、同じような想いをしたことは在ったから。

「俺も、一等賞になれると思っていたよ。確信があった。日本一にはなったし」

「自慢かい! そんなこと言う前に傷心の乙女慰めろ。今ならワンチャンあるぞ」

「でも、なれなかった。だから俺は、ここにいる」

「……え?」

「ショーコの伝手で、世界中に散らばる同世代のエンジニアの卵、みたいな連中とつるんでいた時期があるんだ。『ヌル』に入る前だけど。天才だと思っていた、自分こそが最高だと思っていた。でも、何のことはない。井の中の蛙でしかなかった」

 あまり自分のことは語らない零一が、自分語りをする。

「自信なんてバッキバキにへし折れた。自分と同じ理想を抱き、再現する手段を持ち、その上で自分なりの立ち位置を掴み取った連中ばかり。俺なんてショーコがいなきゃ何にもできないやつで、それでもプログラミングがあるから、俺にしか出来ないことがあるから、許されるなんて傲慢なことを考えていたけど……俺にしか出来ないことなんて、なかったんだ」

 悔しげに、痛そうな顔で語る零一の顔を見て、リョーコは驚いていた。

 いつもマイペースで、やりたいことだけやっています、みたいな顔をしている彼でも、あるのだ。自分と同じ弱さが。

「世界の広さが怖くなった。こんな連中と戦うのが、勝てる気が、しなかった。俺とあいつらを比べて、勝っている部分が説明できない。エンジニア失格だ」

 零一は苦笑する。

「難しいよな、一等賞って。本当に、難しい」

「うん」

「まあでも、諦めたら楽になるってもんでもないんだ。たまに、無性に辛くなる。だから、諦め切れない内は、諦めない方が精神衛生上良いぜ」

「あはは、何それ」

「諦めきれないからしがみ付く……バス美なんて馬鹿面してでも」

「おいこら。バス美馬鹿にすんなし。超真面目だっての」

「結局のところ、どこに勝ち負けを設定するのかなんて人それぞれ。踏ん切り着くまで足掻いてみたらいいんじゃね? 諦めた俺が言っても、説得力ないけど」

 不器用ながら慰めようとする意図は伝わってくる。リョーコは少しだけ楽になった。ぶっちぎりの天才に見えても、同じような挫折を、苦悩を、知っている。

 それは彼女にとってほんの少し、救いだった。

「ほんじゃ、もうちょい頑張る」

「そうか。強いな」

「でも、一人じゃ頑張れん。こう見えて弱いんじゃ、あたしゃ」

「ええ、なんじゃそら」

「だからさ、刈谷君も手伝ってよ。そしたら勇気出る」

「いや、手伝ってるだろ、すでに」

「これからも、あたしと、ロボ子と、三人で、とりあえず日本一目指す!」

「と、とりあえず日本一? お前、さっき負けたばっかりじゃねえか」

「私だけはずるい。刈谷君も目指して。そうしたら頑張れる気がする。諦めたらきついと思うなら、諦めずに踏ん張ろう、一緒に!」

「……い、いやだ」

「じゃあ私も諦める」

「こ、こいつ。別に、俺はお前が諦めようがどうしようが関係ないんだ。俺じゃなくて、お前の問題なんだぞ。それを詭弁で――」

「私を助けて」

 上坊良子の真っ直ぐな眼。刈谷零一は顔を歪める。とんでもない女に関わってしまった、と今更ながら後悔する。こんな眼で見据えられたら――

「……お前が、一番遠いぞ、日本一は」

「うん。だからさ、こんな私を日本一に出来たら、刈谷君なんて世界一になってるんじゃない? ロボ子もきっとそう。そうしたらほら、全員諦める必要なーし!」

 何と言うエゴイスト。本当に、厄介な人物である。

「……とりあえず、県三位になって日本一の可能性を掴んでからだ」

「そしたら一緒に目指してくれる? 一等賞」

「……ああ」

「やっりい。約束ね、刈谷君」

 本当に、大人しく楚々として微笑んでいれば美人なのだ。口を開いた瞬間、千年の恋も冷めるだろうが。シリアスだと、その本領が出てくれないのはきついところ。

「ねえ、刈谷君」

「その呼び方やめろ。むず痒くなる」

「えへへ、めんごめんご」

「……何だよ?」

「私と出会ってくれて、ありがと」

 そう言って階段を二段飛ばしで駆け下りていくリョーコ。るんるんと鼻歌交じりで気楽なものである。零一は静かに、ため息を重ねた。

「……あー、くそ、沼だ、これ」

 そう言いながら刈谷零一も微笑んでいた。ほんの少しだけ、挫折の痛みが軽くなった気がしたから。慰めようとして、慰められたらおしまいである。

「共依存にだけはならんようにしないとな」

 もしかしたらもう、手遅れかもしれないのだが。


     ○


 駆け出して去っていったリョーコが三位決定戦に出られるか、正直ロボ子には判断できなかった。自分に出来ることは準備しておくだけ。

 それで間に合わない時は仕方がない。

「知恵の杜学園、パイロットはどうですか?」

「……それは、その、今回は辞た――」

「ちょーっと待ったー!」

 ドーンといつもの入室が如く前転しながら会場にやってくるリョーコ。その奇行に誰もが口をあんぐりと開けていた。

 前転からロンダート、バク宙まで披露する女子高生。

 何とも言えぬ空気が会場を支配していた。

「上坊良子、いや、リョーコ、否、バス美見参!」

 ビシッとポーズを決め、いそいそと前に進み出るリョーコであった。

「……え、と、上坊選手」

「ノン、それは仮の名、我が名はバス美じゃい」

「リョーコ、ふざけてないで準備準備」

「おけまる」

「あ、あー、大変長らくお待たせしました。これより三位決定戦を始めます。鳳珠実業対知恵の杜学園、準備をしてください」

 何とも言えぬ空気ではあるが――

「大丈夫、リョーコ」

「うん、さっき絶好調にして貰っちゃった」

「……誰に?」

「ないしょ」

 聞かずとも、ロボ子にはわかる。誰が彼女を元気づけたのか。それはとてもいいことなのに、それなのに何故か、彼女は素直に祝福する気にはなれなかった。

「搭乗機体『国重』、秋吉泉選手」

「はい!」

「搭乗機体『オセロット』、上坊良子選手」

「だからバス、わかったわかった、へい!」

 何故か先ほど負ける前よりも元気になっているリョーコを見て、誰もが理解不能であった。対戦する秋吉もメンタルに乱れがあれば勝機あり、と踏んでいたのだが。

「どうした、姉ちゃん」

「……あの子、さっきより強くなっている」

「は? そんな短時間で何か変わるわけないだろ」

 龍哭『妖精』は顔をしかめる。ただでさえ才能があったのに、脆い部分が何かで補強されていたから。彼女のもっとも弱かった部分が、何かで覆われている。

「どうした、神堂」

「先輩、ロボット、どうにかならないですか」

「どうにかって、次はもう決勝だぞ」

「今日じゃなくて全国での話です。僕、絶対に負けたくないんですよ」

「神堂、お前に、そこまで言わせるのか」

「あとで、ボロクソに書いたフィードバック送るんで、修正お願いします。あの石黒陽二が出来ないとは思いませんし、ソフトチームが根を上げるなら他所から引っ張ってください」

「それは出来ん」

「勝つためです。ショーコ先輩なら出来るでしょ」

 そう言って神堂司は集中するため、眼を閉じる。彼女がまとい持つ雰囲気を見た時点で、この勝負はもう見る必要がなくなったのだ。

 次に出会うときは、あの時の甘さは期待できない。

「勝者、知恵の杜学園、上坊選手!」

「わっしょーい!」

「こら、リョーコ、そこ登ったらダメ」

 四強まで残った相手を一蹴、されどその上に立つ二人はもう見てすらいない。残念ながら、あの対戦相手では秤にならないと理解したから。

 何よりも――

「Hi, Comrade.(やあ、同士)」

「свинья(不作法者)」

 今は終わった戦いよりも、目の前の戦いこそが優先される。

 星王対龍哭、シングルス部門決勝戦。

「始め!」

「ひゅうぅ」

「Яр!」

 開幕、神堂の『無銘五式』が駆ける。半端な距離で撃ち合いをする気など無い。相手は確かに強いが、あのロボット相手にせこい戦いをするのは、負けを認めるに等しい。知恵の杜は全国までに必ず伸びて来る。ならば、己もまた伸びるまで。

 威風堂々、相手が望む間合いで戦う。

「Come on!」

 そして勝利する。

 エカテリーナはそれに対し、何も答えることなくハルバードを振るった。彼女の戦いには熱がない。そう言うものは全て斬り捨てた。

 反応、反射、無駄なく、最善の択を選ぶ。

「すげ」

 あの重厚なロボットが、長物を生き物のように扱い、『無銘五式』を攻め立てる。かわし、受け、体勢充分と言ったところで神堂のカウンターがさく裂する。が、それに対しエカテリーナはすでに回避行動を取っていた。判断が早い。早過ぎる。

 銃弾を見切るほどの圧倒的な動体視力、それによって生まれる超反応。エカテリーナの見切りは早い。誰も追いつけない。誰も追いつかせない。

 それは天才、神堂司ですら同じ。

 されど――

「どっちも、化け物だ」

 観客の言葉通り、神堂司もまた化け物の一人。動体視力で、反応速度で劣れども、それを彼女は圧倒的な視野で補完する。死角を取り、背中にハルバードを叩き込んだエカテリーナの顔がかすかに揺らぐ。神堂がそれを背中で受けていたから。

 絶対に見えないはずなのに――

「……北米か、中国か、ユーロじゃねえな。学生の大会に出ないといけないってことは、プロ未満、シングルのランク上位ってとこだろ? なら、そのレベルのプレイヤーなら全部、あたしの頭に入っている。ユーロなら、な」

 エカテリーナの妹、ゾーヤは顔をしかめていた。超反応と超視野、互いに世界でも戦える武器がある。才能は互角、腕もほぼ同じ。なら、勝敗を左右するのはマシンポテンシャルとなる。この時点で勝敗は見えていた。

「全国では、メインラインのロボットを一台、下ろしましょう」

「要らねえ。新しくあたしが書けば済む話だ。大人の色を出したくねえんだろ? 任せとけよ、ジョームさん。メインのそれとは別物にしておけば、企業とは結び付かない。飼い主を立てるのもプロの仕事だ」

「それで間に合いますか?」

 飼い主に対し、ゾーヤは凍れるような眼を向ける。

「誰に口利いてんだ?」

「……っ」

「姉ちゃんとセットで雇ってくれるから、このあたしがわざわざ極東の島国くんだりまで来てやったんだぜ? 弁えろよ、凡人」

 飼い主への態度ではない。だが、彼女にはそれが許されるのだ。

 姉とは違う。神堂司とも、違う。

 彼女たちは世代トップレベル。しかし、トップではない。石黒もそう。

 刈谷零一も、そう。

「やっぱ姉ちゃんはあたしじゃなきゃ、駄目だよなぁ」

 だが、嗤う彼女は――違う。

 激戦であった。

 どちらも怪物、どちらも傑物、突出した者同士の決戦は――

「僕の、勝ちだ」

「……っ」

 神堂司が、星王が、一年越しに栄冠を奪取した。

「次は、勝ちます。最善を、尽くして」

「待っていますよー。高みで、ね」

 どちらも操縦者として最高の技量は見せたが、どちらも周囲を最大限活用した上での最善は尽くしていない。全国でまみえる時は、こうはいかんぞ、と睨み合う。

 納得など程遠い。妥協の機体では、満足は出来ない、しない。

 こうしてシングルス部門は幕を閉じたのだ。

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