第16話:知恵の杜対星王

 連勝街道、上坊良子は知っている。これは自らが歩んできた道であるから。人より要領よく、何でもこなしてきた。それほど苦労することなくNUCでもランカーになった。だが、いつだって壁はその先にあった。

 超えようとしても超えられない、分厚く高い壁が。

 今回も聳え立っている。初出場で、準決勝まで来た。

 ここで負けても、三位決定戦で勝てればシングルス部門では全国に行ける。客観的に見てよくやった。誰に聞いてもそう答えてくれるはず。

 でも、それは――

「リョーコ」

「大丈夫大丈夫、無問題。私、今超調子いいからさ」

 強い相手である。一目見ただけでわかる。立っている姿で、自信満々の姿で、ああ、強い人だな、と伝わってくる。そして、こう思った時自分は、いつも――

「見てる」

「あいよ。見とけよ見とけよー」

 ロボ子はやっぱりすごかった。今日、大会の全試合を見てロボ子作の『オセロット』以上のロボットはなかった。これを動かした刈谷零一もすごいのだろう。

 言い訳不能なほど、二人は自分に最高を用意してくれた。

「相変わらず、厳しいなあ。ロボ子も、刈谷君も」

 ここから先は自分しかいない。

「当たって砕けろ。ゴーフォーブレイク、だ!」

 自らを叱咤し、上坊良子は戦場に向かう。

 迎え撃つは――

「ご無沙汰ですねえ、バス美ちゃん」

 星王の秘密兵器、神堂司。

「……やっぱ、神武皇帝かぁ」

 互いに一度、NUCで遭遇済み。そして、互いに互いを認識していた。

「あれさ、完全にサブ垢みたいだけど、本垢の名前ってなんなん?」

「ん、ああ、日本サーバーにはないですよ。僕、帰国子女なので」

「え、そうなん⁉」

「北米サーバーでやってました。ユーザーネームはゴッドエンペラーです」

「うわぁ、英語でも趣味はあれだねえ」

「イカしてると思いません? 最強が迸っている感じで」

「……ノーコメント。ま、楽しくやろうよ」

「楽しませてくださいよ。バス美ちゃん。僕、今のところ全然楽しめていないんで。NUCでもレベル低いですよね、日本って。まあ、『例外』はいますけど」

 傲慢でも何でもなく、日本サーバーのレベルがそれなりなのは周知の事実。アジア圏でもリーグレベルは中堅が良いところ。古来、Eスポーツというジャンルで日本が覇権を握ったことは皆無。もちろん、日本初のゲームであればいくつか例はあるが、プロが成り立つ規模のゲームで頂点を極めたことは、無い。

「僕、めちゃ強いですよォ」

「知ってるっての」

 NUCでも北米は発祥の地ということもあり、レベルは極めて高い。欧州全域をカバーするユーロサーバーと並び、二大巨頭として業界を引っ張っている。

 そこでどのレベルだったのかはわからないが、あれだけの圧倒的自信をまとっているのだ。ランカーでないとは考えられない。北米サーバーのランカー、考えただけで怖気が走る。市場規模も、プレイ人口も、桁違いの魔境出身者。

 何よりも、あの時の敗戦が、過ぎる。

「これより準決勝第二戦、知恵の杜学園対星王学園の試合を始めます」

「搭乗機体『オセロット』、上坊良子選手」

「はい」

「搭乗機体『無銘五式』、神堂司選手」

「はーい」

 接続を終え、彼女たちは電脳空間に降り立つ。

 眼を開けるとそこには、敵の姿が映った。

 相手は無銘五式、石黒陽二が手掛けたロボットは皆、無銘シリーズと呼ばれ彼の代名詞と成っている。彼自身にこだわりはあっても、パイロットが求めれば削ぎ落とすことに躊躇はなく、強さのためであれば捨てることもいとわぬソリッドな思考が機体にも表れる。

 無駄はない。華美でもない。だが、刀のような機能美がある。

「でも、ロボットは、うちのがイイでしょ!」

 見比べて、リョーコは微笑む。やっぱりうちのが、ロボ子のロボットの方が良い。こだわりを抱え、こだわりそのものを形にしたエゴの塊。理想の動きを追求するあまり、色んなものを犠牲にして自分で動かせなくなったいわくつきのロボット。

 刈谷零一のおかげで、ロボ子の夢が叶った。

「ここは、この場にいるのは、私だけ」

 零一の言葉が緊張を、断ち切る。

 あの冷たい言葉が、

「勝ちたいのは、私だけ!」

 今は少し、温かい。

 上坊良子はぐいん、と球体を押し出す。さあ、突き進もう。相手の方が強い、地力は上。そこは認めた上で、勝算はある。下川幸子が教えてくれた。

 このロボットの良さを、前面に押し出す。

「……この動き」

 相手にそれを押し付ける。

「よし!」

 観戦していた下川がぐっと拳を握った。

 弾むように、動き回る『オセロット』。その俊敏さは今大会、いや、全国で見ても異質なものであろう。どのロボットも、こんな動きは想定していないし、対策もしていない。唯一無二、これが知恵の杜の強み。

 火器管制システムも、エイムアシストも、このムーブ相手では機能を失っている。

「まだ、まだァ!」

 この機体の強みは俊敏性、それが生きるのは、接近戦にあらず。

「ぺちぺちぺちぺち。小うるさいですねえ」

 距離を保ちながらアサルトライフルを連射する『オセロット』。シングルス戦では立地上長距離戦はありえないので、実質的に中近距離戦だけとなる。足回りさえ破壊すればロボットの足は止まる。多脚でもない限り自立不可能となる。狙うは足回り。

 中距離を保ち、相手が甘い動きをするまで地道に続ける。

「お、おお」

 ここまでとは異なり、互いに遠間で牽制し合う構図が続く。長期戦の様相。

 観客席の皆は、固唾を飲んで様子を見守っていた。

「いかんな」

「だね」

 石黒はため息をつき、皇は苦笑する。

「だぁぁぁあああ、ウザい!」

 だん、神堂は『無銘五式』を前進させる。隙だらけの甘い動き。リョーコが待ち望んでいた隙がそこにあった。待ち望んでいた動きなのに――

「でも、無理やりフィジカルでゴリ押せるから、彼女はうちのエースなのだ」

「リスクが大き過ぎる」

「確信があって結果も出せるなら、手段は問わないさ」

 彼らの想像通り、『無銘五式』は弾をかすらせながらもどんどん距離を詰めていく。遮蔽物も含めた射線管理能力が極めて高い。

 多対一でも平気で覆せるのは、この力のおかげ。

 圧倒的空間把握能力。

 三次元戦闘において最も重要な力が、彼女はずば抜けていた。

「んな、ちまちまつまんねー凡人みたいな動きするんなら、さっさと沈んで道開けてくださいよ、先輩! 僕、こんなとこで立ち止まる気、ないんで!」

 牽制射撃が牽制の意味を成さない。『妖精』の刹那の見切りとは違う、戦場を俯瞰するような視野。それが『オセロット』を追い詰めていた。

「あんたが強いのは最初からわかってんだって!」

 足元に向けて銃を撃ちこむリョーコ。そこに彼女が来ることは、見えている。

「やっぱ雑魚ですねえ」

 だが、そこで『無銘五式』は急速旋回、機体をぶっ壊すかのような無理やりな挙動、マシンに自身の理想を押し付け、支配する戦いの腕力。

 ロボットは無機物、設定以上の動きは出来ない。だが、実戦では違うのだ。相手がどう動くのかもわからない。同じ状況など一歩目から生まれない。あるのだ、システムと現実の狭間、操縦者だけが支配する領域が。

 そこが、神堂司の居場所。

「……сильный(強い)」

 今大会のダークホース龍哭の『妖精』エカテリーナがこぼす。

 これが玉座奪還を狙う元王者が用意した最強の駒。自分が戦っていたユーロサーバーの上位層と変わらぬ手応えを感じる。

「これがパイロットのスキルってやつですよォ!」

 ウザいアサルトライフルを刀で断ち切る『無銘五式』。『蒸機桜』と同じ得物に見えるが、中身は真逆とも言えるもの。超高速で放出、圧縮された水で切るウォーターカッターブレイドであったのだ。石黒陽二の自信作、プロにも採用されたこれが彼の名を一躍広めた。

 珠玉の切れ味に阻むモノ無し。

「知ってるって。私、一回負けたこと、絶対忘れないから」

 だが、それは撒き餌。中距離戦の要であるアサルトライフルを相手に差し出すことで、無理やり隙を作ったのだ。神堂司の眼がギラリと光る。

「へえ、前よりはマシですけど、この状況でも僕、動けちゃいますよ?」

 彼女たち、トップクラスのパイロットのみが操れるシステムを超越した動き。

 『無銘五式』のスペックでは不可能なはずの動きで、『オセロット』のカウンターをかわした。

「これが、格の違いってやつ――」

「だね」

 指が、腕が、しなやかに、生き物のように、有機的な稼働を見せ――ザン、すくい上げるような軌跡を描き、『オセロット』のチェーンソーブレイドが『無銘五式』の右腕を断ち切った。たん、と『無銘五式』は、神堂司は、距離を取る。

「……ファ○ク」

 神堂司は歯噛みする。血が滲むほどに、悔しがる。

 油断したわけではない。間違いなくパイロットには技量の差がある。今の回避行動に対して彼女は何も出来ないはずだった。同じ、ロボットであれば。

「「よし!」」

 離れたところで刈谷零一、多田隈ロボ子、二人の声が重なる。

 そう、この景色を生んだのはパイロットの技量ではない。ロボットの、完成度の差。『無銘五式』には出来ないが『オセロット』には出来た、それだけのこと。

 限界を超えさせるまでもなく、通常の動きの範疇で、返された。

「……陽二、君が悔いることじゃない。私が、ゴーを出したのだから」

「わかっている。わかっては、いる」

 手に血が滲むほど、石黒陽二は悔しがる。

 今のは完全に、ロボットの違いによって起きた勝負の分かれ目。同じ規格で、本来どうやっても同じようなロボットにしかなりえない今のロボコン、シングルスと言う部門の中、取捨選択ではない部分で上回られた。

「……ちくしょう」

 それを可能にしたのは多田隈ロボ子の理想と刈谷零一の理想が重なったから。

 天才同士の相乗効果が、天井に風穴を開けた。

 神堂司は『無銘五式』に無理をさせてこの領域に立つが、そもそも上坊良子は、『オセロット』は、無理をすることなくこの領域に立つことが出来る。

 その差が、僅かな違いが、二人を同じ土俵に立たせる。

「…………」

 神堂司の顔から笑みが消えていた。僅かな違い、明確な差、感じ取れなかった己を恥じる。彼女の中に相手への称賛はあれど、石黒らを責める意識はない。ただただ、自分の甘さを戒める。相手を侮った。

 この競技は、パイロットの比重が大きくとも、ロボコンなのだ。

 総合力の勝負なのだ。

「凄い顔をしているね」

「……あれ見て、笑えるクリエイターが、エンジニアがいるなら、クソだぜ」

「その通りですね」

 本来トッププロである龍哭関係者は顔を歪める。あれは、そういうレベルだから。

 神堂司は超高校級の腕前であろう。上坊良子もまたそこに次ぐ力がある。だが、そこには明確な差があり、一朝一夕で埋まるものではない。

 それを埋めているのがロボットの性能だと言うのだから、これはやはりロボコンなのだろう。すそ野が広がったからこそ、顧みられ辛くなったロボコン本来の意義。

「……知恵の杜、実に見事だ。腕一本、代償は大きい。どう挽回する、神堂選手」

 有口は額に汗を浮かべながら、戦場を凝視していた。若き才能の衝突、ロボコン本来の意義、これこそがロボコンであろう。未知への挑戦こそが、本当の姿なのだ。

 誰もが息を呑み、彼女たちを見つめている。

 勝った者、負けた者、全ての視線が、集まる。

「勝ったと思ってますねェ」

 腕一本、ことロボコンにおいては安い代償ではない。人体とは違い出血こそないが、人体同様に腕はバランサーの役目を果たしている。二足歩行のロボットにおいて、バランスが欠けると言うのは死活問題。こうなってしまえば、微細な違いと言うレベルではない差が生まれてしまう。

 それを埋めるには力がいる。先ほど以上の、差が。

「ふしゅうぅ」

 神堂司は息を吐く。短期決戦、次の邂逅で決着を付けるための、極限の集中。

「……ッ」

 上坊良子もまた肌で感じる。優勢に立ったからこそ、勝利を貪り喰らおうとする強者の圧が明瞭に響くのだ。

 いつだって、これに屈してきた。そんな自分が嫌いだった。

 今日こそ、この壁を超える。

「ひゅう」

 バランスを崩したかのような動き。あの時見た、神堂司の操縦。『無銘五式』で『オセロット』のような動きを可能にする、ロボットを支配する圧倒的腕力。

「今日こそ、勝つ!」

 一等賞のロボットを与えてもらった。ならば、もう言い訳は出来ない。一等賞を掴むのに、今日を置いて他にはない。必ず、掴む。

「それよ、気合で押し返しなさい!」

 下川の檄が、リョーコの背中を押す。

「ドゥン!」

 互いの機体が交差する。火花が、散る。

 すれ違いざま『オセロット』の剣が『無銘五式』の刀を断ち切っていた。打ち合った瞬間、手首をひねらせ、水流ではなくその土台を斬ったのだ。リョーコのセンス、それを再現できる機体性能、手首の可動域、細かな差がここでも出た。

 これで相手は武器を失った。

 これで、今日こそ壁を――

「甘ェ」

 だが、崩れ落ちたのは『オセロット』であった。

「え?」

 何故、リョーコの脳裏には疑問符しか浮かんでいない。相手には武器はなかった。あそこから挽回する術など、なかったはずなのだ。

 それなのに、なぜ自分が――

「……下川並の、執念、か」

 『オセロット』の膝にぶち込まれた『無銘五式』の腕。それは片腕無き今、打ち合いでは分が悪いと踏んだ神堂司の機転、地面に転がった断ち切られた腕を利用する、という突き抜けた発想であった。卓越した技術、勝利への執念、最後の最後で俯瞰の眼が勝負を決した。

「Booyah!!」

 神堂司の咆哮が響き渡る。勝利の凱歌、その大きさが苦戦の大きさを示す。

「……うそ、こんな、はずじゃ、だって、私――」

 勝てるはずだった。千載一遇の、チャンスだった。零れた勝利を、届かなかった壁を、ただ見つめることしか出来ないリョーコ。

 今日もまた、自分が超えることはなかった。

「リョーコ」

「ごめん、ロボ子」

 こらえきれず、勝敗が決してすぐにリョーコは走り去る。

「すいません」

「別にいいですよ。って言うか、あのロボット造ったんですか?」

「あ、うん」

「石黒先輩並の人がいるんですね。正直リスペクトです。ソフトの担当者にもヤバかったって伝えてください。ギリギリでした」

 ふにゃ、と力なく微笑む神堂司の素。勝負所での執念、たったの一戦でここまで自身を燃焼し、燃やし尽くしてこその超人。近いようで、遠い。

「伝えておく」

「Thanks」

 知恵の杜対星王、勝者、星王代表神堂司。

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