第15話:番狂わせ
波乱含みのシングルス部門、何が起きるかわからぬ荒れ模様。その先陣を切った龍哭がトーナメント二回戦、初戦にぶつかるのだ。
第一シード、七聖学院『女傑』下川幸子と。
こればかりはシングルス部門に出ていない学校、生徒、誰もが注目する。
ダークホースが前年度は者を下すか、それとも女王が意地を見せるか。
「幸子」
「安心しなさい。私たちは、今年も王冠を得る」
下川幸子は『栄光』の名を冠する機体に乗り込む。初めてフルダイブのゲームに触れたことを思い出す。自分が作ったロボットを自分で動かすことが出来る感動、それを追い求めずっとロボコンに明け暮れていた。
本当はエンジニア志望であったが、これもまた奇縁。
今はただ、後輩たちに希望を持ってもらいたい。
恵まれた環境ではなくとも、創意工夫で勝つことは出来るのだと。
「試合、開始!」
下川駆る『グローリー』は愚直に踏み出す。牽制の火器はあるが、そんな小細工でどうにかなる相手なら動橋工業はあんな敗北を喫していない。
「シィッ!」
相手も同じように距離を詰めてくる。接近戦上等、と言ったところだろうか。
「ふ、相思相愛、ね!」
振るうは戦鎚、共に重量級ながら得物の重さはこちらが勝る。
正面衝突ならば、分はこちらにある。
「同じ工夫なら、より削ぎ落とした方が、勝つ!」
気合一閃、思いっ切り得物を叩きつける。
「Нет(いいえ)。勝つのは、強い方、です」
だが、下川渾身の一撃は、戦鎚の軌道とは別の角度から差し込まれたハルバードによって捻じ曲げられる。
無骨なロボットからは想像もつかないほどの繊細なるタッチ。
「……んなもん、織り込み済みに決まってるでしょうがァ!」
「ッ⁉」
しかし、女王はひるまない。先の戦いで銃弾を見極め、ハルバードを用いて掻い潜っていた様を見た。あのレベルで扱える怪物であることなど端からわかっている。
自分よりも上のレベルだと言うことも、下川の実力なら理解している。
「それでも勝ち負けは、別よねェ!」
「やはり、厄介」
獣のような笑みを浮かべ、闘志を漲らせながら戦鎚を振るう。土台であるロボットが熱を帯びるほど、各所に無理をさせながら、性能でも、技量でもなく、唯一勝る得物の重さだけを相手に押し付ける連続攻撃。クレバーなのに熱い。
これが女王の、『女傑』の、戦い。
ずっと劣る環境でやってきた。ずっと足りないメンバーでやってきた。安藤に誘われ高校から星王に行くコースも、実は迷いはあった。皆も背中を押してくれた。
それでも行かなかった。この環境で戦う道を選んだ。
背中を押してくれた皆と戦う道を選んだ。
「七聖を、舐めるなァ!」
背負うは学校、七聖学院の名。それが下川幸子を突き動かす。
「私たちは、負けられない」
だが、人にはそれぞれ理由がある。勝負の舞台に立つ者は、特に。エカテリーナ・リトヴァクもまた傭兵としてこの国に来た。戦う理由は金、自分にとっては命よりも重いそれを稼ぐために、二人の姉妹は国を渡ってやってきた。
内に秘める熱量は、下川と変わらない。否――
「выиграть(勝つ)」
絶対に負けない自負がある。たかが高校の部活、アマチュア風情何するものぞ。
「く、足回りを⁉」
相手の死角からハルバードを薙ぎ、足首を刈り取る。軸足を刈り取ったことでバランスを崩し、下川の攻撃は空を切る。ロボコンの勝敗は、自立可能か否か。
「龍哭が勝った!」
誰もがそう思った。下川幸子の、強さを知っている者以外は。
「諦めんよ。君は、そういう女だ」
星王部長、安藤は拳を握りしめる。勝て、と念じる。
「ここが、勝機ィ!」
下川の情熱が迸る。空を切った戦鎚を地面に叩きつけ、そこを軸に機体を操作する。栄光を掴むため、絶対に諦めない『グローリー』の強さ。
下川幸子は窮地でこそ輝く。
「ラリアットかよ⁉」
体ごと、全ての勢いを込めて放つ正真正銘最後の一撃。自立不能になった以上、これで相手を自立不能に追い込み、先に倒さねば勝機はない。
だが――
「……勝負、です」
「……そうね。もちろんよ」
その一撃は、無情にも空を切った。一歩、エカテリーナが引いたのだ。迎え撃つ必要などない。相手はもう死に体なのだ。避ければ、それで終わり。
「あ、ああ」
七聖の部員たちは膝を崩す。
自分たちの女王が、栄光が、崩れ去った姿を見たから。
「おつかれ、幸子」
ずっと一緒にやってきた副部長はエースの敗北を見て、涙を流しながらただのロボット好きだった幼馴染の力闘を讃えた。彼女だけならばもっと強いところへ、名門へ行けた。それでも自分たちを選んでくれた、部を強くすることを望んだ、そんな彼女へ、賛辞を贈る。
「……強かった、です」
「お世辞でも嬉しいわ。貴女も、ナイスファイト」
負けても強くある。威風堂々と勝者を讃え、握手に応じる下川幸子の姿は負けてなお女王の威厳を損なうことなく、凛としてそこにあった。
「さあ、顔を上げなさい。明日のチーム戦に備えるわよ!」
笑顔で切り替え、部員を叱咤する。
「はい!」
これが七聖学院部長にしてエース、下川幸子である。
「……ナイスファイト、ゆきちゃん」
人知れず、安藤は星王の部長ではなく一人の幼馴染として拍手を送っていた。
○
「ヤバいよな、『女傑』対『妖精』の戦い」
すでに二つ名がつけられるほど龍哭のエカテリーナは人気を博していた。
「去年全国でベスト8まで行った下川幸子が負けたんだぞ。全国レベルだよ、県二回戦でやっていいマッチアップじゃねえ。もっと上で見たかったよなぁ」
「全国で闘将下川が見れないのは残念だよ」
「まだチーム戦があるだろ」
「そこは星王が取るだろ。シングルス部門と違って枠は各県一つだけだし」
「だよなぁ」
短くとも白熱の一戦、経験者であれば誰でもあの戦いのレベルの高さは理解できる。今大会のベストバウト、皆がそう確信していた。
星王の代表を見るまでは――
「なんだ、あれ」
「神堂司って誰だよ、聞いたことねえぞ⁉」
「でも、強豪金石高専が一方的に敗れ去ったんだぞ。あそこは高専だし、ロボットは大学レベルだ。パイロットも今年は県外から有名な若いランカーを引き抜いている」
「え、あのパイロット、ランカーだったの?」
「顔出しで配信してるし結構有名だよ。去年までは中学生ランカーとかなんとか」
「あ、そいつは知ってるわ。って言うか、それ圧倒するってどんだけ強いのよ⁉」
「知るか、とにかく、めちゃくちゃ強いんだよ」
昨今パッとしない戦績が続き、盛り返そうと学校側も力を入れた矢先、考え得る限り最高の布陣で臨んだ優勝候補の一角、金石高専が同じく優勝候補の一角である星王に瞬殺。無名、神堂司もまたセンセーショナルなデビューを飾った。
「……おいおい、聞いてねえぜジョームさん。なんであのレベルがいるんだよ」
「神堂司、聞いたことがありません。名前を出していない隠れた猛者、であっても国内であれば嫌でも私たちの耳に入ってくるはず。いったい、どんな手を使ったのですかねえ? 相変わらず、面白い人脈をお持ちだ」
龍哭の関係者、もといZEONの役員である男は皇将虎を見つめる。
高校のスカウト程度で見つけられる人材ならば、ワークスチーム関係者である自分の耳に入っていないはずがない。そんな人材を引っ張ってくる可能性があるとすれば、そのワークスチームすら手玉に取ったあの女でしかありえないのだ。
ディレクターの腕とは全体の取りまとめではなく、どんな人材を引っ張ってこれるか、そこに尽きると男は考えていた。その意味で皇将虎はやはり怪物。
正直、男には神堂司が何者なのかわからなかった。国内を主戦場にしていないことだけは確かだとは思うのだが。あまりに、情報が少な過ぎる。
「ロボットもクオリティが高い。ジョームさん、これで負けても姉ちゃんのせいにすんなよ。あたし入れときゃ、勝てた勝負なんだぜ」
「……わかっていますよ。幸い当たるのは決勝戦、そこでの勝敗は不問にします。この抜けは、私たちの落ち度ですので」
「ならいいや。にしても、つまんねえロボット造るようになったな、ヨージ。お前とレーイチ、二人相手ならあたしにも届き得るのに、どうしちまったんだよ」
睥睨するはZEONのメインクリエイター。
職能は、ソフト及びハード面の両刀。
○
有口は熱戦に次ぐ熱戦に見ているだけで疲れ果てていた。どの学校もレベルが高い。星王という存在が嫌でも引き上げているのだろうが、それにしても年々レベルは上がっている。ただ、その中でも抜きん出ているのは四校、うち一校は敗退済み。
「星王、龍哭、知恵の杜、こりゃあ周りは堪らんだろうなァ」
明確な実力差がある。多少ムラはあるがロボットの性能面で頭一つ、二つほど突き抜けている知恵の杜など独創的過ぎて熟達者ほど翻弄されている印象。龍哭はロボットの性能で他二校より落ちるも、操縦者に微塵も隙が無い。僅かでも勝機をひねり出した下川が凄かっただけ。そして星王は、もう何も言うことはない。
盤石、その一言であろう。
結局、勝ち上がっても彼らのどこかには当たる。
それでも皆、一つでも前に駒を進めようと必死に戦っていた。
「青春の光、か。おじさんには少し、眩し過ぎるなぁ」
頑張れ、有口は戦う皆に心の中で声をかけていた。
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