第14話:颯爽登場

「ぬるいちめ、消えよった!」

「会場のどこかにはいると思う。山田先生も」

「リョーコさんの応援という大事な役割を放棄して、失踪たぁけしからん」

「まあ、私たちに出来ることはもう何もないから」

「応、援!」

「それは私がやる」

「おお、心の友よぉ」

 抱きしめようとするリョーコを回避し、ロボ子は会場を見つめる。

「一回戦、始まるみたい」

「ほほう、まあこっちの山はあたしゃ当たらんし、気にするのも意味ない気がするけどねぇ」

「たぶん、第一シードの七聖下川選手が出てくるとは思う」

「そうそう。この戦いの勝者はあのアグレッシブ脳筋女に蹂躙されるのみ、南無」

 南無、と合掌するリョーコを尻目にロボ子の視線は別のところに吸われていた。

 日本の者とは思えぬ風貌――

「……外人?」

「ん、何が?」

「あそこの、龍哭高校のパイロット、銀髪で顔の造詣もアジアンじゃない」

「あ、ほんとだ。んげえ、べらぼうに美人じゃ。さすがのリョーコさんもあれには勝てんぞ。種族が違う。エルフじゃエルフ」

「たぶん、スラブ系だと思うけど。銀髪って珍しい」

「遺伝子で負けておる。あれ見るとお化粧する気失せるわぁ」

「ただの留学生なら、問題はないと思うけど」

「ただのってどういうこと?」

「……この一戦で、わかると思う」

 ロボ子の懸念、業界の拡大に伴う助っ人の可能性が脳裏によぎる。


     ○


「打倒下川! 見ておけよ、『女傑』!」

 吼えるは古豪県立動橋(いぶりばし)工業高等学校の生徒たち。公立ながら工業高校の優位をフル活用し、ロボコンが電脳に移る前から活躍していた歴史ある高校である。しかし、ここ数年は全国への切符を掴むことも出来ず、しかもこの二年間全て下川に敗れ去っている。

 チーム戦まで七聖に負けているのだ。それに対する憎しみはひとしお――

 と言うわけではなく、

(下川幸子たまんねェェェエエエエ)

 ただの下心である。

 何とか『女傑』に気に入られたい彼らは考えた。そんなものロボコンで強く成るしかない、と。自分たちに負け、悔しさに打ち震えるところに手を差し出すのだ。

『いい勝負だった』

 その瞬間を夢見て、彼らは今日まで死に物狂いでロボコンに打ち込んだ。顧問など感動で咽び泣くほどの熱量。まさか顧問の先生も下心が原動力とは思わない。

 彼らは言う。下川幸子よりもかわいい女子はいる。うちの学校にはいないけど。だが、彼女ほど高貴で苛烈で、魂に突き刺さるような人はいない、と。

 そんな彼らの魂の叫び。全ては打倒下川幸子のため。

「よろしく、おねがい、シマス」

「うぴょ⁉」

 しかし、下川幸子一筋だった彼らの魂が揺れてしまう。対戦相手の、妖精のような姿。まるで彼らが愛する二次元から飛び出て来たかのような透明感、非現実感。

「龍哭高校、動橋工業、準備をお願いします」

「「はい」」

 妖精がそこにいた。遥か遠き二次元が、今目の前に――

「搭乗機体『KV-一二二』、エカテリーナ・リトヴァク選手」

「ハイ」

「搭乗機体『飛影三式』、古賀健士郎選手」

「は、はい」

 セットアップ中も目が離せない。美し過ぎる相手に、見惚れるばかり。

「外人何するものぞ、大和魂見せてやれ!」

 顧問の檄もどこ吹く風、鼻の下を伸ばしまくっている動橋の生徒たち。

 だが、

「次に戦う下川も見ているぞ!」

 その言葉に、彼らは目が覚める。この二年間、彼女を追いかけることだけに全てを注いできた。確かにエカテリーナ選手は美しい。テレビでも見たことがないと言い切れる美少女である。だけど、彼らが真に望むのは『女傑』との戦いである。

「すまない、幸子。惑った俺を許してくれ」

 古賀がその言葉を発した瞬間、下川の背筋に悪寒が走ったのはまた別の話。

「この勝利、君に捧げる」

 動橋工業の機体は対七聖、いや、下川を想定した高機動力がウリのロボット。そして、期せずして龍哭の機体は下川が操る『グローリー』に酷似していた。

 高性能を削ぎ落とし、基幹性能を高めたシンプルかつ重厚な見た目。手に握られているハルバードは下川の戦鎚同様、相当な破壊力を秘めているのだろう。

 だが、その系統ならば対策はいくらでもある。同系統のロボットを操る『女傑』と戦うために彼らはここまで来たのだ。同じならば、負ける要素はない。

「幸子、愛して――」

「конец(終わり)」

 それは、誰もが目を疑う光景であった。徹底して距離を詰めさせない戦法を取ろうとした動橋工業側の策を意に介すことなく、アサルトライフルの斉射を潜り抜け、一撃の下自立不能に追い込んだのだ。

 時間にしか僅か五秒、開始五秒で、動橋工業の青春が、終わる。

「待った、いや、おかしい。チートだ。だって、俺は銃を撃っていたんだ」

「古賀、大会前にレギュレーションチェックがあっただろ。あのロボットは通っている。通っているんだ。文句なんて付けられない。俺たちは、負けたんだよ」

「だって、ありえないだろ! 俺は、距離を詰めさせないように弾幕を張っていたんだぞ。あんなものを掻い潜るなんて、ありえない。ありえちゃ、いけない!」

「泣くな古賀、泣くなって」

「ちくしょう……こんなの、どうしようもないじゃないかぁ」

 あっという間の幕引き、誰もが絶句する。

「ショーコ」

「……なるほど、彼女が噂の」

「どうなってんのよ、この地区」

 玉座奪還を狙う星王が――

「幸子、これって」

「私のとはレベルが違う。あの女には、銃弾が見えているとしか思えない」

「……なんで、今年に限って、こんな子が出てくるの」

 前年度女王七聖が――

「……リョーコ」

「あ、あはは、山が逆でよかったぁ。こんなん、はは、チートじゃーん」

「たまたまかもしれない」

「ロボ子、あの突撃ね、確信が無きゃ出来ないし、やらないんだよ」

 初出場の知恵の杜が――

 全ての参加者が、息を吞む。

「エクセレント、このまま鮮烈なるデビューを飾り、全国に乗り込みましょう」

「悪いな日本人、これがユーロサーバーでもまれた本物の実力ってやつだ」

 驚いていないのは龍哭サイドの関係者のみ。

 そして呑まれていないのは――

「へえ、まあまあやるじゃないですかー」

 星王が用意した秘密兵器、神堂司のみ、である。

 ロシアよりの刺客、鮮烈襲来。


     ○


 新たなるダークホースの登場に会場がざわつく中、それでも大会は進んでいく。龍哭のエカテリーナという衝撃、古豪をものともせずに瞬殺してのけた技量。

 このシングルス部門は個の力がモノを言う部門である以上、龍哭を今大会の本命と見る向きも、急速に加熱しつつあった。

 しかも、次戦は『女傑』下川との対戦である。

 皆、心ここに在らず。戦いは続くも、さほど注目されていない。

 特に、初参加となる知恵の杜など、誰も見ていなかった。

「……へえ、緊張するんだな、お前も」

「ぬ、ぬるいち! いきなり現れてぼそりとつぶやかんといてくれェ」

「そう言えばロボットの名前って決めたのか? この前は白紙で出したけど」

「ロボ太」

「それは却下しただろ、二対一で」

「……私はあの子をロボ太と言い続ける」

「じゃあ、バス美が決めたのか?」

「うん、まあ、適当に、だけど。って言うか、あれよ、リョーコちゃんめちゃ緊張してるからすっごく励ましてほしい感じなんだけど」

「お前リョーコなのかバス美なのかはっきりしろよ」

「そこは今重要じゃなくない⁉」

「俺にとっては一番重要なんだけど……まあ、そんぐらいだよ、俺の期待値は」

「ふえ?」

「勝って欲しいとか微塵も思ってないから、普段のゲームみたいにやればいいだろ。ロボ子なんてそいつが想像通り動いた段階で満足してるし、誰も期待してないぞ」

「……それはそれで、ね。何と言うか、燃えるものが無いと言うか」

「好きにやれよ。俺らも好きにしたから」

「うん」

「……ん、んんー気は楽になったけど、なんちゅーか、こんちゅーか」

「じゃ、俺はその辺で見物してるから」

「冷たーーーーーい!」

 そう言いつつ、緊張が抜けたのかリョーコは腕をぐるぐる回して会場に向かう。

「期待してないとこ悪いけど、勝ってしまってもええんやろ?」

「…………」

「ツッコミプリーズ!」

「いや、何の話だよ」

「これだから専門家はモノを知らない。広く世の中を勉強しなさい、ぬるいちよ」

「マジで何の話だよ」

「今度私の家でアニメの鑑賞会すっぞ! と言う話でござる」

「普通に嫌なんだけど」

 顔をしかめる零一、何かを思い出したのか頭を抱えうずくまるロボ子。

 彼女の脳裏に去来するはとある銀河の英雄伝説を三日ぶち抜きで全話視聴させられるという荒行。全百話をゆうに超えるボリューム、しかも後日外伝作品まで詰め込まれてしまった。

 面白かったのだが、どれだけ面白くとも短期間で詰め込まれると胸焼けしてしまうもの。辛く、苦しい思い出であった。

「F○TE全シリーズ一気見大会! 参加者はね、私、ロボ子、ぬるいちね」

 ロボ子、白目を剥く。零一はよく知らないので「打ち上げがてらなら」と了承してしまう。後日、この安請け合いを後悔してしまうのだが、それはまだ先のお話。

「ほんじゃ、行ってきマンモス。あと、帰り支度はまだしないでね」

「なんでよ?」

「私、結構勝っちゃう予定だから」

「へいへい」

 リョーコことバス美こと上坊良子、出陣。


     ○


「搭乗機体『蒸機桜』、千堂藤丸選手」

「はい!」

「搭乗機体『オセロット』、上坊良子選手」

「へい!」

 何かやたら元気な選手だな、としか思われていない。

 一応初参加のチームがどれほどのものか、判断するために他の学校よりは注目されているが、あくまで奇異の視線。

(そりゃあ私はさ、そこまで大したもんじゃありやせんが)

 だが、その視線は――

(あの二人は、超弩級の天才でありんす!)

 ロボットが液晶に映し出された瞬間、驚愕に変わる。

「な、なんだあの機体⁉」

「オセロットって言うらしいぞ。確かネコ科の、動物だよな。名は体を表す、いや、あのフォルムだからそう名付けたのか。どちらにせよ、あんなの見たことがない!」

「知恵の杜って今年からだろ? あんなの、いつ用意したんだよ⁉」

「いやいや、どっかのプロリーグで使われてたんだろ、マイナーなチームがさ。それをコピペしたんじゃね? まさか、一から作るとか、ありえないだろ」

 会場に集うのは若くとも皆、ある程度ロボコン競技に精通している者ばかり。プロの試合は当然チェックしているし、業界の動向も程度の差こそあれ、皆追っている。

 そんな彼らが、見たことないと言うことは――

「……オールハンドメイド、だと」

「嘘、でしょ」

「……レーイチが、書きたくなるわけだ」

 星王陣営は身震いする。なまじ知識があるゆえに、あの機体がどれほど他を隔絶したものであるかが見えてしまうのだ。強い弱いは動かしてみないと分からない。パイロットの技量も関わってくる項目である。だが、凄いロボットかどうかは一目瞭然。

「誰だ、あんな機体、高校生に作れるはずが⁉」

 同じ分野の石黒陽二は青ざめていた。

 高校生レベルでは抑えていても自分が国内トップである自負があった。ソフト面が追いつかぬほどに他を突き放していた自信があった。

 それなのに――

 知恵の杜側、パイロットの脇で見守る人物に石黒は視線を向ける。

「……あの丸眼鏡、どこかで」

 ずきりと滲む痛み。石黒の記憶、痛みを訴える部分を思い出す。それは小学生の時であった。全国で最も優秀なロボット設計者を決めるコンクール。四年生から出場可能で、前年は四年生ながら金賞を取った。今年も当然と思っていたら――銀賞。

 自分から一位を奪い取った者の名は――

「多田隈、ロボ子ォ」

 まさか、もうとっくに業界を去っていたと思っていたのに。

今更過去の幻影が、現れるなんて。

「……確か、君が初めて敗れたと言っていた子か」

 自身の右腕である石黒陽二のトラウマ、一等賞を取り続けてきた男が唯一こぼした頂点。それを奪い取った者が今、刈谷零一と共にいる。

 何と言う合縁奇縁。何が彼らを引き寄せた。

「……まずいな」

 ロボコンを構成する三つの要素、ハード、ソフト、そのどちらも一流が手掛けたことが明らかになった。もちろん、昔の話であるが、それでも国内では一等賞同士。

 甘く考えて良い相手ではない。

 星王が驚愕に震える中、彼らを知る龍哭エカテリーナは機体を見て微笑む。

「Яр、驚きました。完成度、随分上がって、ます」

 そしてもう一方、七聖の下川もまた笑みを浮かべる。

「見せつけてあげなさい。この私の戦鎚を落とした実力を」

 彼女だけは操るパイロットを見据えていた。

「試合、開始!」

 知恵の杜のロボット、『オセロット』の一歩目。驚くほどスムーズに、まるで生き物のように上体が下がる。広すぎるストライド。

 体勢が崩れた、と相手が思った瞬間――

「ドゥン」

 しなやかなる加速。一気に距離が詰まる。

「ハァ⁉」

 実力校の選抜パイロットである千堂は顔を歪める。こんな動き、見たことが無い、と。慌てて牽制射撃をするも、動きが俊敏でエイムが追いつかない。

 しかも、相手は遮蔽物を上手く使ってくる。その使い方だけで、相手が並の腕前じゃないことはわかる。千堂もまた優れたパイロットゆえに、理解できてしまう。

 力の差が――

「俺だって、シングルス、チーム、どっちもダイヤまで行った男だ!」

 その自分が気圧される。相手はおそらく――ランカー。

「来るか。接近戦は、望むところだ!」

 千堂は『蒸機桜』の刀を引き抜く。形状は刀だが、刃には高熱を発する機構が備わっており、熱で相手を溶かしながら両断する武装であった。

 居合切り、決めて見せる。

「俺たちの、大正桜に――」

 すれ違いざま一閃。幾多死線を潜り抜けてきた歴戦の機体『蒸機桜』、それが袈裟懸けに両断されてしまう。千堂の剣は空振り、相手を捉えることが出来なかった。

 それもそのはず、最後の瞬間『オセロット』は跳躍したのだ。

 簡単に跳躍、ジャンプと言うが、ロボコンの世界でジャンプとは鬼門とされている。空中の姿勢制御が難しく、着地も至難の業。それらのリスクを負ってまで、そんな機能を設ける必要はないとプロの世界でさえあまり採用されていない。

 シチュエーションの限定されているシングルス部門では特に――

「勝者、知恵の杜! 上坊選手!」

「ウェイ」

 魅せプレイ、ジャンプ切りを決め、ご満悦のリョーコ。隣に控えていたロボ子は頭を抱えていた。あんまり使わないで、動きとしてそんなに強くもないから、と念押したのに、あいわかったと言ってすぐ使われたのでは、頭も抱えたくなる。

「あっはっは、あいつ、マジで阿呆だ」

 だが、もう一人のクリエイターはそれを見て爆笑していた。

 ただし、それが彼女たちに届くことはなかったが。その理由は大歓声が巻き起こったからである。プロでも滅多に見られない動きを見せられたら、唸るしかない。

 ロボットも、その動きを選んだパイロットも、スペシャルである。

「知恵の杜、すげえ!」

「やっべえな、あのロボット。すげえよ、どうやって作ったんだろ」

「いやいや、パイロットもクソ巧いだろ。パイロットの技量あってこそだって」

「龍哭に続き知恵の杜までダークホースか。この大会、ヤバすぎ!」

「波乱マシマシだ。何が起こるかわかんねえ」

 一戦でエカテリーナ同様、リョーコもまた皆の脳裏に自分を刻み込んだ。

「おや、大したことない、とは言わないのですね」

「……あの動きを削ぐことなく、きっちり数値も実戦レベルにまで引き上げられたんで、文句付けようがない。あれ創った奴、『どっち』もあたしレベルだ」

「君がそこまで言うとは……やはり面白いですね、知恵の杜」

 龍哭の関係者、もといワークスチームZEONのメンバーも唸る出来栄え。

「三つめも、か」

 皇将虎は頭を抱える。三つの要素の内、どれか一つでも欠けがあればどうとでも出来た。現代のロボコンは総合力を競う競技である。どれか一つが突出していても意味はない。シングルス部門であれば七聖の下川のような紛れもあり得るが――

「へえ、あの時のやつか。世の中狭いですね」

 神堂司は彼女を見て、あの時の対戦を思い出していた。動きの端々から感じるセンス、独特な感性と膨大な実戦経験、強敵である。難敵である。

「神堂」

「安心してくださいよ、ショーコ先輩。僕、あいつにサシで勝ってるんで」

 確かにロボットの性能は凄まじい。高校レベルではない。だが、その性能は決して強さとイコールではないのだ。複雑な、独特な動きが出来るのは強さではない。

 強さとは、上辺にあらず。

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