第13話:全国高等学校総合文化祭ロボコンの部、開幕

 時は流れ、テストもつつがなく終わる。

「こ、こいつ、全教科くまなく赤点回避してやがる」

「逆に頭良いですよね、点の取り方見てると。ほんと、最低限の必要な分だけ勉強してるんだろうなぁ」

「しかし、理系が強いかと思えばそうでもないなぁ」

「高校レベルの理系って、要は暗記ですからね。でも、英語と国語は強いでしょ?」

「あ、そうなんですよ」

「英語はそもそも知識があるんでしょうけど、国語が強いのはロジカルな証拠ですよ。国語の問題って基本的に論理的思考を問うものですから。一部の悪問以外は」

「はえ~」

「凄いな、山田先生。何も知らねえで今年三十だってよ」

「なんであの人教員に採用されたんだろうな。この前講師の先生、キレてたよ」

 結構な悪口を言われているのだが、山田学はへこたれない。耳に入っても脳が記憶する前にするりと抜けていく特殊能力のおかげである。

 社会人を長く続けるための必須スキル。

 まあ、大事な用件まで抜けるので信頼はされないのだが。

「国語は才能としても、英語はなんでなんだろう?」

 この疑問を後日直接、刈谷零一に問うと、

「プログラマーにとって一番重要なスキルなので」

 と返され目が点になる山田であった。

 ちなみに、プログラミングに置いて英語が重要なスキルである理由は、ベースが英語だからと思いきや、先駆者たちが残した知恵(コード)の宝庫であるライブラリを閲覧するために英語が必要、という意味が大きかったりする。

 要は最先端の勉強をするためには英語が使えないと話にならない、というどの研究分野でも当たり前のお話である。


     ○


「いえーい、テスト明けだぜヒャッホウ!」

 怒涛の勢いで部室にダイナミックエントリーしてくるリョーコ。こんな体ごと飛び込むような入室方法など、アクション映画でしか見たことはない。

「「…………」」

 しかし、リョーコ渾身のアクションも零一とロボ子には微塵も響かなかったようである。どちらも一瞥もしていない。

「あれあれー、元気ないなぁ。作業煮詰まっちゃってる感じ?」

「修正点は改善したつもり」

「あ、もしかして私待ちだった? めんごめんご」

「時間的にこれがファイナルだ。もう出来ても微調整だけだぞ」

「おっけー。リョーコちゃん、否、バス美、最終試験に突入する!」

「じゃ、俺は帰るわ」

「ファ⁉ アイエエエ! ぬるいち⁉ ぬるいちナンデ⁉」

「いや、修正するにしてもまずはハード面だろ。あとでフィードバック貰えば済む話だし、俺がいる理由ないから」

「チームでしょうが!」

「お任せしてるんだろ、ぶっちゃけファイナルすら要らねえだろ」

 そう言って零一は帰っていく。

 残されたリョーコは少し、しょんぼりしていた。

「……うう、この前ギスったから嫌われたのかね?」

「そんなこと気にするとは思わないけど、テスト期間部室に来なかったのは思うところがあったかもしれない。先週なら、まだ変更することも出来た」

「いやいや、テスト期間は部活禁止ですぜ」

「どうせ、ここまで見回りは来ないし、やってるところはやってる。暗黙の了解」

「うぐ、まあ、ちょい気まずかったのはあった。ほれ、私、ちょっと対人弱いじゃん。友達、インターネッツ含めると、ロボ子より少ないだろうし」

「……確かに」

「フォロープリーズ!」

「わかってるでしょ、リョーコ。刈谷零一が気にするとしたら、意見を言わなかったこと。それだけ」

 図星を突かれた顔をして、リョーコはロボ子から視線を逸らす。

「でもさ、そこまでして、ロボ子のロボットの何が悪いのさ。私は操縦していて楽しいよ。操作感とか他にないし、唯一無二な感じする。変える必要、ないでしょ?」

「なら、あの場でそう言うべきだった」

「……それは――」

「私はリョーコの味方、友達だと思っている。だから、私が曲げるとしたら、リョーコが求めた時。それだけは、覚えておいて」

「……ロボ子」

「試験、しよ」

「う、うん」

 泣いても笑っても、もう方向性を変えることは、出来ない。


     ○


 星王でも今、一年で最も忙しい期間に突入していた。

 細かくセクション分けされている組織的な運営ゆえに、それらを統制しスケジュール管理をするのはもはや仕事と変わらない。総文というお尻も決まっている。

 間に合わないは許されない。

「上がったわよ、石黒」

「如月か。相変わらず早いな」

「あんたが私たちのレベルに合わせてくれているからね。無難に仕上げといた」

「無難、か」

「手は抜いてないわよ。私たちのチームで出来る、最善には仕上げたつもり」

「お前ひとりなら、何か変わったか?」

 シングル部門のハード面を統括する石黒が、ソフトの統括である如月に問う。

「……変わるわけないでしょ。私たちはハードの奴隷、あんたたちが作ったロボットをきっちり動かすのが、私たちの仕事。それ以上でもそれ以下でも、ない」

「そして俺たちはパイロットの奴隷、か」

「全員まとめてショーコの奴隷よ」

「くっく、違いない」

 システムのデータを受け取り、石黒は笑みを浮かべる。

「これからこいつを使ってショーコや神堂と試験をするが、見ていくか?」

「冗談。私たちのチームとあの子、険悪なの知ってるでしょ。こっちのチームは誰も、あの子の勝利なんて祈っていない。クソガキ、負けろ、が本音」

「自分たちの経歴にも傷がつくのにな」

「ハッ、そんなこと気にしてんのは、あんたとショーコだけ。私たちも馬鹿じゃないの。自分たちに先があるかどうかなんて、嫌でも理解している」

「如月……お前まで腐るな。お前は――」

「刈谷零一の劣化スペア、今も昔も、あの男には遠く及ばないまがい物。安心してよ、そのデータは本気で仕上げているし、仕事は疎かにしていない。私たちにも意地はある。名門校を選んだ者の」

 そう言って如月は石黒に背を向ける。

「でも、もう、あんたたちと同じ夢は、見れない」

 彼女の言葉に反論できず、ただ立ち尽くすしかなかった石黒は自身の眼鏡を弄る。

「お前は刈谷などよりよっぽどプロフェッショナルだ。それだけは、わかってくれ」

 だが、その言葉は彼女には届かない。聞こえていたとしても、届かないのだ。

 石黒陽二はため息を一つ、最終調整に向かう。

 如何なる思いを抱こうとも、大会まであとわずか――


     ○


 その日は晴天であった。

「……全国高等学校総合文化祭、ロボコン部門。ここか」

 男は年若い少年少女が闊歩する空間において異質な存在であった。着古したスーツは何年も前に買って、何年使い込んだんだ、という疑問が溢れるほどくたびれている。革靴もボロボロ、ワイシャツもしわだらけ、しまいにはネクタイも曲がっている。本人曰くスーツ姿は余所行きだし別にいい、とのこと。普段は上に作業着をまとっているので問題ないそう。

 そう、男の名は有口。ゲームセンターGXで課長を務める男である。

「……さて、見に行くとするか」

 本日は珍しく有給を使い、平日にもかかわらずこの会場に赴いていた。

 昨今の働き方改革により有休を取りやすくなったとはいえ、有口は古い感性の人間である。普段なら働いている日にこうして別の場所にいるのは何ともむず痒い気持ちになってしまう。

「…………」

 それでも、自分に引導を渡した子、それを下した『女傑』の活躍は見たい、その気持ちが抑え切れず彼はここにいる。あれからチームはてんやわんやであった。

 メインスポンサーであるZEONが手を引き、その埋め合わせをするため部長共々方々渡り歩いた。結果として業界では歴史ある老舗であり、それなりの実績を評価されて別のスポンサーは見つけることが出来たが、代わりにパイロットである有口はサブディレクターに昇格、つまりはパイロットとしてはクビになってしまった。

 今やるべきことはチームの若返り。後進の育成、経験を積ませてもう一度二部へ、再び一部を目指して本格始動する。そんな場所に、落ち目の男の居場所はない。

 そこはもう、承知の上。大人として、老兵として、飲み込むべきところ。

 世界の隅っこで、外側から彼らの活躍を見守るだけ。

「しかし、熱いなぁ」

「暑いすねえ」

「おや、若いのに吸われるんですか?」

「若いと言っても三十ですけどね。ここの子たちからすると、おじさんですよ」

「あはは、耳が痛い」

 立派な会場の隅っこに併設された喫煙所。もう場所からして肩身が狭いのだが、これまた昨今の世情を鑑みるに致し方ないことである。

 そこにうだつの上がらない大人が二人、煙をふかす。

「今はロボコン、こんな立派な会場でやっているんですね」

「いやぁ、びっくりしましたよ」

「昔はね、そもそも正式種目でもないですし、社会的に認知もされていないただのゲーム扱いだったんですよ。なんたって現実でロボコンやっている同業にすら馬鹿にされてましたから」

「へえ、ジャンルに歴史あり、ですね。僕顧問やっているんですけどね、マイナー枠だと高を括っていたら出場校のどこも真剣で、慌てて抜け出しちゃいました」

「あー、真剣勝負の空気感ですね。私も苦手ですよ。いつになっても、胃が痛いものです。慣れることは、ないんでしょうね」

「はたから見ていると、逆にきついですよね。あの中の大半が、世の無常を味わう」

「……勝負の世界は残酷ですから」

 勝った負けた、勝ち続けられる者など世の中ごく一握りである。誰もがどこかで敗北を味わう。大半が其処で気づく。自分はこの世界の主役ではないことを。

 それが大人になると言うこと。

「でもね、だからこそドラマが生まれるんです。だからこそ、勝者には価値がある。負けの数だけ、彼らは輝く。残酷ですが、これもまた真実。誰もが傷つかない物語は、つまらない」

 ふう、紫煙を吐きながら有口は苦笑する。かつて自分は輝く側であった。今は照らす側、真逆の立場に堕ちたからこそ、見えることもある。

「そちらの生徒さん、応援していますよ。大きくなってきて、少し面倒な業界になりつつありますが、その分良いこともたくさんありますので。頑張ってください」

「ええ、まあ、頑張るのは僕の生徒たちで、僕は何もしてませんけど」

「大人の仕事はここからでしょう? 負けて、傷ついた子どものフォローが出来れば、十二分な仕事だと思いますよ。では」

 そう言って有口は会場を目指す。今の自分が見るべきものを見るために。

「恰好良い大人だなぁ。スーツはくたびれているけど」

 有口の言葉に感動する山田学三十歳、彼もまた煙草の火を消して――

「よし、あいつらが負けるまでどこかで時間を潰そう」

 そう言って姿をくらました。こちらはろくな大人ではない。


     ○


「下川か」

「安藤、相変わらずモブ顔してるわね」

 会場では早速、前年度チーム部門王者星王の部長安藤と前年度シングルス部門女王下川幸子が火花を散らしていた。

 この二人、中学時代からいがみ合ういわゆる犬猿の仲である。

 県内でも三つしかないロボコンの部活を擁する中学校の出身者であり、都合六年近く敵として戦い続けてきた宿敵同士。出会えば当然、

「髪型やメイクに力を入れる暇があったら、あの誰にでも弄れるようなシンプルな重機、失敬、ロボットに手を加えたらどうかね? あれでは全国に恥をさらすようなものだろう」

「あら、その重機に負けたのはどこの誰だったかしら?」

「私のチームは負けていないよ。チーム部門では蹂躙された記憶が抜けているようだ。無論、今年はシングルスも落とすつもりはない」

「言い訳がお達者なようで。安心したわ、これで気兼ねなく叩き潰せるもの」

「やってみたまえ」

 安藤、下川、そして彼ら彼女らを取り巻く部員全員が睨み合う。

 ちなみに去年も、その前も、安藤と下川はこんな感じである。

「皇君は何か彼女たちに言っておくことはないかね?」

 安藤に振られ、困った顔をする皇将虎。七聖の本命が下川の個に頼ったシングルスである以上、直接まみえるのは彼女のチームである。

「いえ、何も」

「あら、余裕ね」

「余裕はありませんよ。勝負ですから絶対はない。私たちは誰が相手でも全力で戦うだけです。七聖さんでも、他のどの高校でも、同じことでしょう」

 下川の眉間にしわが刻まれる。一見すると大人しい発言に聞こえるが、要するに彼女は七聖と言う存在をその他大勢と括っているのだ。

「……今年も叩き潰してあげるわ」

 身を翻し、威風堂々と去っていく下川たち。今年も勝って、王者として君臨する。たった一年の都落ちならばフロックで片付けられるかもしれないが、二年連続ともなれば対外的にも星王は終わった、と意識づけることが出来る。

 それは、ひいては翌年以降の特待生争奪戦で優位に働くことになるのだ。

「昨年度の女王はずいぶん遠くを見ていられるようだね、陽二」

「ああ」

「去年の私にも言えることだが、慢心とは恐ろしいものだ。眼前に横たわる大岩にすら、気づけないほど天を見上げている。勝負の世界とはかくも、難しい」

「皇君?」

「第一シードの七聖、あそこの山は荒れますよ。予想、ですが」

 皇将虎は自分のチームを率いて去っていく。順当にいけばあちら側に七聖を、下川幸子を阻む存在などいないはずである。だが、皇将虎が言ったのだ。

 荒れる、と。

「……私も知らない情報があるのか?」

 星王部長である安藤は先輩たちが足を引っ張ったせいで、昨年は満足に準備すら出来なかった皇将虎を見つめる。今年は皆の手前協力こそしなかったが、邪魔はしない、させないように立ち回った。今度こそ本領を発揮することは出来るはず。

 だが、安藤もまた予期していた。今年は、荒れそうだ、と。


     ○


「は?」

「んあ?」

 会場の隅っこ、人通りのない屋上行きの階段でばったり出会う二人。

「な、何であんたがここにいんのよ!」

「いや、部活だし」

 星王のシングルス部門システム統括責任者の如月と知恵の杜のソフトウェア全般担当の刈谷が出くわす。ちなみにこの二人、あまり仲が良くない。

「ハァ⁉ 部活って、あんた知恵の杜でしょ! ロボコンの部なんてないじゃん」

「今年できた。で、無理やり入れられた」

「無理やりって、無理やりじゃあんた書かないでしょ。だから特待枠をショーコがもぎ取ったのに星王来なかったんじゃん。それなのに、なんで――」

「まあ、面白いロボット造る奴いたから。流れで」

「流れって……いや、面白い、ロボット? あんたが、面白いって――」

「俺が面白いって言ったら変なのかよ」

「変じゃないけど……そんなの、高校レベルにいるの?」

「驚くぜ。陽二がガチったらいい勝負だろうけど、あいつ周りに合わせるからなぁ。とにかく久しぶりに書いてて楽しかった。ま、強いか弱いかはわからんけど」

「か、簡単に言ってくれるわね。石黒といい勝負って、意味わかってんの?」

「びっくりだろ? 如月だって見たら驚くと思うぜ」

 あの刈谷零一が混じりっけなく称賛している。

 自分の書いたコードには一度として賞賛を送らなかった男が、ロボコンの部活もない高校に行ったどこの馬の骨とも知れぬ者に――

「……本当に、こいつらは」

 小さな声で、如月は邪気をこぼす。

「なんか言ったか?」

「……何も。相変わらず、御変わりないようで安心した」

 こいつらは同種しか見ない。視界に入らない。天才には天才の視点がある。

 刈谷零一は変わっていない。変わりなく才能を見つめている。そのことが無性に腹立たしく、その眼が如月は心底嫌いだった。

「今年の星王、言っとくけどめちゃくちゃ強いわよ」

「みたいだな」

「初参加の知恵の杜程度じゃ、どうやっても勝てないくらいにね」

「いいよ別に。俺はそこの勝ち負けには興味ないし」

 ここも相変わらず――

「そうだ。ショーコに伝言、ある?」

「ん、あー、まあ、俺は俺で上手くやってるし、そっちはそっちで頑張ってくれって伝えてくれ。って言っても、俺のことなんてもう眼中にもないだろうけど」

「……前半だけ伝えておくわ」

 本当にこの男はあの女のことを何もわかっていない。

 と如月は見えないように苦笑する。

「おー、つーか如月はこんなところまで何しに来たんだよ?」

「あんたと一緒。嫌いなのよ、人混みとか、チームとか、ね」

 後から来た如月が先に去る。

「あと、天才」

 呟いた言葉は耳に入らず、零一はぼけーっとしながらスマホ弄りに没頭する。

 この二人、仲が悪いことは共通認識なのだが、零一は何故嫌われているのか全然理解していない。その無関心が一番彼女を逆なでするのだが、わからないものはわからないのである。

 結果、よくわからないけど零一は嫌われていると感じ距離を置き、如月が一方的に嫌っているという歪な構図が出来上がっていたのだ。


     ○


 星王は全体ミーティングを終えた後、チームごとに集合し最後の詰めに追われていた。本番は明日のチーム部門。今日のシングル部門はあくまでサブ。

 それでも王座奪還を狙う彼らの士気は高い。

 高く保っている者がいるから、でもあるのだが。

「どうした、ショーコ」

 シングル部門を率いるディレクター、皇将虎は顔を曇らせていた。

 それを見た石黒が状態を問う。

「ん、ああ、すまない。情報に漏れがあったみたいでね」

「珍しいな。どの部分だ?」

「知恵の杜学園、ここにロボコンの部活があると知らなかった。迂闊だったよ」

「知恵の杜……まさか、杞憂だろう。あそこも私立だ。伸び行く業界に参入しようと目論見、実験的に部活を創った、とかじゃないか。どちらにせよ初参加の部活が総文で結果を出したことはない。今年は思考を割く必要もないだろう」

「ああ、陽二の言う通り、ではあるのだが」

「ショーコ、あいつは――」

「ショーコ、刈谷零一、会場に来てる」

「「ッ⁉」」

 如月の言葉に皇、石黒両名が目を剥く。

「さっき会った。相変わらずのクソ野郎だけど、元気でやってるってさ」

「……何故、だ?」

 皇、石黒の動揺、如月は思った通りの反応過ぎて笑みを浮かべてしまう。

「あいつを満足させるクリエイターがいるんだってさ。石黒クラスの」

「俺、クラスだと」

 石黒陽二の眉間にしわが寄る。決して自惚れではないが、彼自身己に対し絶対の自信を持つ男である。ことロボット設計と言う分野に関して、自分と同等の存在がいることさえ許せないのだ。彼もまた皇将虎が集めた特別な人材。

 そうやすやす張られても困る。

「私に怒らないでよ。あいつが勝手に言ったんだからさ」

 如月は皇を見て、

「あいつから伝言、俺のことは眼中にないだろうけど、そっちはそっちで頑張ってくれ。俺は俺で楽しんでやっているから、だって」

 如月は『包み隠さず』全てを伝えた。

「如月!」

 石黒の一喝を聞き流し、如月は皇将虎が僅かに垣間見せた一面に満足する。彼女の差配に文句はない。つけようがない。星王に誘ってもらったことには感謝しているし、恩もある。それでも彼女は知っている。皇が自分に満足していないことを。

 ずっと、刈谷零一を求めていることを。

「……そうか、レーイチも元気にやっているなら、それでいい」

 僅かに震える手、それが完璧なる彼女唯一のウィークポイントであった証拠。

「知恵の杜、ロボットはスペシャルだと仮定すべきだろう。とはいえ、今年から発足であれば準備期間は足りないはず。問題は、去年から準備していた場合、だ」

「……知恵の杜には資金力がある。本当に俺と互角のクリエイターがいたとして、刈谷もいるのなら勝算ありと踏んでもおかしくはない。そこは何か言っていたか?」

「いや、ちょっと話しただけだし。あいつと私が仲悪いの知ってるでしょ?」

「お前が一方的に嫌っているだけだ。あいつはお前に嫌われている理由すら理解していない」

「そこがマジで嫌いなんだけどね」

「知っているよ。トーナメント表を見る限り、当たるのは準決勝だ。そこまで勝ち上がってくるようなら嫌でもデータは溜まる。ここまでくれば、じたばたしても仕方がない、か」

 皇将虎は思考を切り替える。どちらにせよ、今更どうしようもない。

 どうしようもないのだが――

(……道化だな、私は)

 少しだけ、心は揺らいでいた。

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