血まみれプリンセス ~俺を侮辱したサディストお姫さまを、屈辱で地に這いつくばらせてやる~

東紀まゆか

血まみれプリンセス ~俺を侮辱したサディストお姫さまを、屈辱で地に這いつくばらせてやる~

「聞け!我がドレスト政府に反逆する猿どもよ!」


 小高い丘の上から。

 森に包まれた遺跡と、そこで戦う男たちを見下ろして、戦乙女は叫んだ。


「我らの支配に逆らう者は、このドレスト第一王女、フォン・カミラが成敗してくれる!」


 燃え上がる炎の様な赤い長髪。

 丹精な美しい顔立ち。


 戦士の刺青を施した全身に、黄金のビキニアーマーを纏い。

 剣と盾を手にした、支配階層ドレストのプリンセス。


「姫様だ!カミラ様が来てくれたぞ!」


 ドレスト軍からは喝采の声が上がり。

 彼等に反逆する反政府軍からは、罵声が飛んだ。


「何が政府だ!お前らは侵略者だろうが!」

「俺たちはドレストの支配から、自分の国を取り戻す!」


 そんな声を聞き流し、カミラは部下たちに言った。


「奴らがここまで攻め込むのを、許したのは誰か」


 おずおずと、自分の前に出て来た指揮官の首を。

 いきなりカミラは剣ではねた。


 両手をわななかせながら。首を失った体がカミラにもたれかかる。

 頸部の切り口から勢いよく吹き出す大量の血を、カミラは気持ちよさそうに全身で浴びた。


「戦いの前は、血を浴びるに限る。こやつを名誉の戦死扱いにして、死体を片付けよ!」


 カミラの蛮行に、反政府軍の兵たちは恐れおののいた。


「なんだあいつ、味方を殺したぞ」

「噂の血まみれ姫だ!」


 仲間の声を聴きながら。

 少年兵士ホローは、グッ、と剣を握りしめた。


 奴は……。そういう女だ。

 闘いの前に、捕虜やミスをした部下の首をはね、その血を全身に浴びて戦化粧とする『血まみれ姫』。


 カミラを何度か戦場で見た事のある、反政府軍の兵士ホロー。

 彼は故郷であるライオネル・ランドが、ドレストに侵略されてから生まれた。


 ドスレト……神と人の間に生まれたと主張する彼らは、突然、空から降りて来た。

 彼らは圧倒的な魔法力を持ち、ライオネル・ランドの王都騎士団を僅か半日で撃破。この世界は彼らに征服された。


 ホローが物心つく頃には。

 ライオネル・ランドの言葉、文化、そして宗教は、ドレストの物に取って代わり。

 人々は「下等民族」として奴隷の様な扱いを受けて来た。


 ホローも、それが当たり前の事だと思って生きて来た。

 少年になり、ドレストの支配に抵抗する、反政府軍の存在を知るまでは。


 思春期になり、魔法を覚えたホローは。

 家を捨て、ドレストと戦う反政府軍の一員になった。


 反政府軍の攻撃の第一目標は、ライオネル・ランドの聖地、ダレドの遺跡。

 広大なこの古代遺跡に、何故かドレストは執着し。

 侵略直後から兵を置き、ライオネル・ランドの民が近付く事を禁じた。


 反政府軍は、民族の魂の拠り所である、ダレドの遺跡を奪還すべく、何度目かの襲撃をかけていた所だった。


 ドレスト兵の魔力は強かったが。


 過去、何度かの襲撃で、攻撃パターンを読んでいた反政府軍は、じりじりと、ダレドの遺跡に近づいていったのだ。


「こんな猿どもに手こずりおって。ふがいないぞ、兵ども!」


 血まみれのカミラは丘を駆け下り、戦場へと殴り込んだ。


「所詮は女だ、首を取れ!」

「待て、奴を舐めるな!」


 ホローの静止を無視し。

 カミラに斬りかかった仲間が、一瞬にして真っ二つにされた。

 早い。太刀筋が読めない。


「我は神の血を引く、ドレストの皇女」


 剣についた血を舐め、ニヤリと笑い、カミラは言い放った。


「貴様ら如き地を這う猿が、歯向かえる存在ではない!」


 『血まみれ姫』の異名は伊達ではない。

 ホローは剣を握り直した。


 カミラの戦い方は、戦場で何回か見ている。

 大量の仲間を失いながら、その強さを脳裏に焼き付けたホローは。

 カミラの太刀筋に対抗すべく、特訓を重ねてきた。


 僕が……行くしかない!


 地を蹴って襲い掛かるホローを、カミラは切り捨て様としたが。

 過去の戦闘で、その動きを知っているホローは、右にステップを踏んでかわすと。

 至近距離から、魔法光弾を撃ち込んだ。

 それを簡単に盾で受け止めると。少し意外そうにカミラは言った・


「猿にも少しは、出来る奴がいるのね」

「我々を猿と呼ぶな!僕の名はホロー。故郷の言葉で、風を受けて走る者だ!」


 カミラは鼻で笑って、ホローに言った。


「お前の故郷など、もう無いわ」


 剣を振り上げると、カミラはホローに斬りかかった。


「所詮、猿は猿!神の血を引く私には勝てないのよ!」


 一つ一つが重いカミラの斬撃を、ホローは必死で剣で受け続けた。


「生まれなど関係ない。勝つのは、ただ強い者だっ!」

「ならば……見せてあげるわ。神の子の強さを」


 一度、剣を引くと、カミラは身構えた。

 まさか。

 過去、見た事の無い、カミラの奥義魔法か?


 予感は当たり。カミラの背中から、二枚の光の翼が飛び出した。


「!」

「これが神の血を引くドレストにしか使えぬ奥義魔法、ヴァサイヤの翼!」


 咄嗟に魔法光弾を乱射するホローだが、宙に舞い上がったカミラは、それをかわし、猛スピードで突っ込んで来る。

 

 速い、なんて速さだ。やられる!とホローが思った瞬間。

 今までの戦闘で弱っていた地盤が崩れ、ホローは地下へと落下した。


「!」


 ホローを飲み込んだ穴は深く、遺跡の地下空洞に繋がっている様だった。

 反政府軍が引き上げていくのを見て、カミラはつまらなそうに言った。


「興が醒めたわ。一度、引き上げて、お父様に報告よ」



「遺跡に近づくな、ですって?」


 司令部に戻ったカミラは、通信用の鏡で、本国の父、ドレスト王と会話していた。


「お父様、遺跡の中に、私に歯向かった生意気な猿が落ちました。奴を探し出して仕留めたいのですが……」

『ならぬ。遺跡に兵を置いたのは、ライオネル・ランドの民だけでなく、ドレストの者も近づけぬ為だ』


 カミラは眉をひそめた。


「あの遺跡に、何があるのですか」

『語る必要はない。とにかく、ダレドの遺跡には何者をも近づけるな。そして、お前も近づくな』


 そこで通信は終わったが、カミラは納得出来なかった。

 

 お父様は、何かを恐れている様でもあった。


 幼少時から『神の血を引く民』ドレストの、さらに第一皇女として。

 帝王学を叩きこまれ。

 己の血統をアイデンティティの拠り所にしているカミラには、下級民族の遺跡如きを、父が特別扱いするのが理解出来なかった。


 まぁいい。あの猿も地下で、のたれ死にでしょう。

 この手でトドメを刺せなかったのは、少し残念ですけど。


 やがて月日が経ち、カミラがホローの事を忘れかけた頃。


 彼女は、捕らえた反政府軍の兵士を数名、処刑する任に就いた。

 処刑台に括り付けられ兵たちを、何百人ものライオネル・ランド人が取り囲み、絶望の視線を送る。


 これだけの数がいながら、下等なお前たちは、何も出来ないのだ。

 そう心の中で呟くと、カミラは手を上げて処刑宣告をした。


「神の子の名において、反逆者たちを処刑する!」

「ウソだっ!」


 群衆が割れて、一人の男が処刑場に歩み出て来た。


「お前たちは、神の子などではない」

「いつかの猿……生きていたのね」


 少し痩せて引き締まった顔になっていたが、紛れもなく、あの日、遺跡の地下に消えたホローに間違いなかった。


「面白い。処刑は少し待て。余興を楽しむ」


 部下達に言うと、カミラは剣と盾を手に、ホローに言った。


「何がウソなの?言ってみなさい。猿」

「相変わらずだな、血まみれ姫。言ったはずだ。僕らを猿と呼ぶなと」


 剣を構えると、ホローは吐き捨てる様に言った。


「お前たちの言葉が、全てウソだ!」

「生意気な猿ね。今日は、お遊びは無しよ」


 そう言うと、カミラは。

 いきなりヴァサイヤの翼を発動した。


 その目が大きく見開かれる。

 目の前のホローも、背中から、二枚の光の翼を生やしていたのだ。


 ウソ、なんで?

 カミラは動揺した。


 神の子であるドレストにしか発動出来ない奥義魔法を、猿如きが、何故!?

 次の瞬間、ホローの姿が消えた。

 ヴァサイヤの翼による高速移動に入ったのだ。


 すかさずカミラも高速移動に移る。

 他の者には見えない速度で。

 走り抜け、交差し、剣を交えながら、二人は戦った。


 必死でホローの剣を受けるカミラだが、精神的な動揺を抑えられない。

 何故だ、猿如きが我々、神の子と同じ奥義を。何故だ。


「お前たちは、神の子なんかじゃない」


 高速移動しながら。二人だけにしか聞こえない会話で、ホローは言った。


「太古の昔。空の向こうで大きな戦争があった。戦闘魔法を強化され、ライオネル・ランドから、その戦場に送り込まれたのが、お前たちの先祖。つまり、ドレストとライオネル・ランドは同じ種族なんだ」

「ウソよ、世迷言を!」

「その時、送り出す兵士の魔法力を強化した施設がダレドの遺跡。俺が落ちた遺跡には、その事を記した石板が残っていた」


 ホローの言葉を振り払う様に。カミラは高速移動のランクを上げた。


「お前たち猿と、私が同じ種族のはずがないわ!」


 ホローは、あっさりとカミラの超高速に追いつく。


「僕がこの奥義を使えるのが、二つの種族が同じ事の証明だ。ダレドの遺跡は、強化した兵士がいつか戻って来て、故郷に災いをもたらした時の為に、魔法強化能力を何千年も維持し続けた。それによって僕は、お前と同じ力を得たんだ」


 私が、こいつと、同じ、だと。

 我らがドレストが、太古の昔に強化された、ライオネル・ランド人だと?


『ダレドの遺跡には、何者をも近づけるな。そして、お前も近づくな』


 王の言葉が脳裏をよぎり、カミラはハッ、とした。

 お父様は、この事を知っていた?


「隙ありッ!」


 ホローの剣がカミラの剣を弾き飛ばし、カミラは高速移動を止めて大地にズサァッ、と倒れ込んだ。

 ホローはそのまま、ヴァサイヤの翼で高速移動すると。

 ドレスト兵をなぎ倒し、捕らわれていた仲間を解放し、その場から連れ去った。


 わぁっ、と周囲の群衆から歓声が上がる。


「カミラ様、大丈夫ですか!」


 心配して駆け寄る兵士の声が聞こえないかの様に。

 カミラは、大地に突っ伏してうめいた。


「わたしは、神の血を引くドレストの皇女……私は、生まれながらの勝者……。私は……」


 ザン、と両腕で大地を叩き、カミラは絞り出す様に言った。


「私の信じていた事は、全てウソだった!」


 思わず後ずさる部下たちには構わず、カミラは立ち上がると。

 ホローが去って行った方向を見つめて呟いた。


「風を受けて走る者、ホローよ……こうなったら……あとは強さだけで勝負よ!」

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