小悪魔女子は軽薄男子を落としたい

魚かもしれない

ツンデレ後輩女子の策略


「好きな人が振り向いてくれないって、どゆことや?」

「そのまんまの意味ですよ、馬鹿なんですか先輩」


 チャイムが鳴り、校舎は生徒たちの声によって喧騒に包まれた。

 しかしながら、緑豊かな中庭は例外であった。

 葉擦れの音や話し声は聞こえるものの、全て穏やかな木漏れ日と同調している。


 あるベンチには昼食を食べ終わり、雑談を講じる男女。

 正反対の雰囲気の彼らには穏やかな空気が流れていた。


「んな相談する前に告白すればええのに。焦れったいことするなぁ」

「ホントバカですねぇ先輩は。私にあなたみたいな度胸あるわけじゃないですか」


 実直な雰囲気の玲香は、眉をひそめて愛斗を睨み付ける。

 氷の女王のような雰囲気に、愛斗は何故か相好を崩した。


「褒めてくれてさんきゅーな!」

「褒めてないです」


 天然なのか、それとも意図的なのか。

 暖かい満面の笑みに玲香はペースを崩されかけるが、すぐ何事も無かったかのように冷静に返事をする。

 愛斗はその様子を見て、悪戯っ子のように言葉を畳み掛けた。


「毒舌やなぁ。別に照れんでええのに」

「……茶化さないでください」

「おっと真剣な相談やったな。ゴメンな」


 玲香は自らを落ち着かせるためか、濡羽色の髪を耳にかけて溜息をつく。

 全く悪びれる気配の無い愛斗に何か思うところでもあるようだ。

 そして、間を空けて息を整えると、小さく唇を動かす。


「その、好きな人はですね、皆に優しいんですよ」


 雰囲気は打って変わり、ふわりと甘やかな笑顔になる。

 しかし甘いだけではない、どこかほろ苦さを感じる吐息混じりの声。

 そこに愛斗が励ますためか、無遠慮に口を開く。


「ふーむ。つまり玲香ちゃんはその他大勢と思われてるって感じやな?」

「うるさいです。遮らないでください」

「ごめごめ! 玲香ちゃんが面白くてつい、な?」


 無遠慮な発言にイラついた玲香は、今度は隙のない強い言葉を返す。

 愛斗は窘めるように謝るも、態度はさらに緩くなっいた。

 あざとさを前面に押し出し、子供のように振舞って許しを乞っている。

 そう受けとった玲香は本気で呆れ返りながらも、心の片隅に生じた気持ちにそっと蓋をする。


 気を取り直した玲香は話を続ける。

 目線を下に向け、愛斗と視線を合わせないように。

 そして、唇は滑らかに動き出す。


「……その人はですね、面倒事を押し付けられても笑顔で答える、お人好しなバカなんですよ」

「おー、俺はそいつとは仲良くなれそうやな。同じバカやし!」


 流暢に好きな人への罵倒を始める玲香。

 しかしながら、好きな人というだけあり舌に毒は一切乗せられていなかった。

 愛斗は純粋に感想を喋りながらも、玲香の好きな人への興味を持ち始める。

 玲香が自分と同じように罵倒する。面白そうな人へ。


「まぁ、そうでしょうね」


 玲香は微妙に言葉を濁した。

 何か隠し事でもあるような、その事が見つかりそうになった時のような。

 焦って何とか隠したような、詰まった返事。


 愛斗は詰まり気味の返事に違和感を感じたものの、そういうこともあるだろうとスルーした。

 そしていつも通りの軽いテンポで言葉を投げ返す。


「酷いなぁ玲香ちゃんは」

「ほんっとにバカなんですよ。こっちがアピールしてるのに気付かない鈍感な野郎でですね」


 投げ返された言葉を放棄し、玲香は腕が震えるほど拳を固く握り締め、語り始めた。

 熱くて、暖かくて、寂しさを感じる罵倒の嵐。甘さなどない苦味全開の罵倒。

 毒を吐き出し、俯いた玲香の眼には涙が滲んでいた。


 いつもの軽口で言う罵倒ではない、感情剥き出しの罵倒を見て愛斗は驚く。

 事の重大さに気づいた愛斗は、玲香を安心させようと肩を抱き寄せた。

 玲香を不安がらせないよう優しく、それでいて普段通りの軽さを意識して話し出す。


「気の毒やなぁ。玲香ちゃんは具体的にどんなアピールしたん?」

「……毎日声掛けたり、お昼ご飯誘ったりしてます」


 止まらない涙を愛斗の肩で拭い、スカートを握り締める。

 悔しさの滲んだ表情を隠すように、さらに玲香は愛斗との距離を縮める。

 そして、嗚咽によって枯れた喉から諦観の声色に僅かな期待を乗せ、質問に答えた。


「そんだけなんか? ボディタッチとかせえへんの?」


 傷付けないように優しくしよう。

 そんな気遣いをしながらも、どうしても内容はいつも通りの無遠慮な軽口になる。

 愛斗は申し訳なさを感じながらも、必死に慰めようと頭を回す。


 玲香はそんな愛斗の心情を薄々察しながらも、心を落ち着かせられなかった。

 彼の軽口は大抵本音であり、言い方を工夫するなどは有り得ない。

 玲香は愛斗が本当の関心を向けているとは思えなかった。

 そして玲香は軽口として、たっぷり皮肉を込めた言葉を放つ。


「……あなたみたいに軽薄じゃないんで」


 玲香は思う。

 女に慣れていなければ、肩を抱き寄せるなんて簡単にできない。

 上辺だけの機嫌を取ることに長けていても、解決は苦手。

 その優しさは、私を傷付けるのに最適で最悪の凶器だ。 


「いやいや、これは俺がどうとか関係ないで? 好きな相手にはボディタッチせえへんと!」

「そう、ですか。」


 苦手なりにも相談を解決しようとする、可愛げのあるところ。

 おそらく、皆にも同じように振舞ってきたのだろう。

 玲香は愛斗の言葉を、そんなことが出来たら苦労しない、と思いながらも朧気な返事しか返さなかった。


「折角可愛いんやから自信持ちーや! せや、今日の帰り誘って手を繋ぐとかええんやない?」


 愛斗の言葉は本音であり、絶対に忖度はしない。

 玲香はそんな彼の本性を思い出し、淡い期待を持ち始めた。

 諦観気味だった玲香は、愛斗の純粋で真っ直ぐな瞳を見つめ、顔を綻ばせる。


「ん? どした?」

「いや……アドバイスありがとうございました。頑張ってみます」


 謎の挙動を取った玲香に、愛斗は混乱に陥る。

 玲香の常に氷のように動かなかった表情に、笑顔が咲いた理由に皆目見当もつかなかったからだ。

 晴れやかな顔をした玲香は、愛斗の戸惑う姿を見てクスッと笑う。


 校舎の喧騒も大きくなり、バタバタと走る音があちらこちらから聞こえてくる。

 そろそろチャイムが鳴る頃なのだろう。

 二人は同時にベンチから立ち上がり、校舎へ向かって歩き出す。


「良かった良かった。俺みたいに適当でええんやで?」

「……じゃあ、また後で」


 混乱をなんとか受け止めた愛斗は、安心感からか玲香に声を掛ける。

 微笑みを隠せなくなった玲香は、先を歩いて顔を見られなくする。

 素っ気ない声色で誤魔化すことも忘れずに。


「おう! この俺がいつでも相談乗ってやっからな!」


 本当に頼もしくて、優しい。

 玲香は安心し一息ついたところで、愛斗の声であることに気が付いた。

 人気の無い廊下に立ち止まり、後ろにいる愛斗を待つ。


 忘れていた。

 一つまだやることがあったんだった。


「愛斗先輩」

「うん? なんや?」


 戸惑うような声に、思わず笑みが零れる。

 いけない。いつも通りに返さないと。

 私はまだ、バカみたいな優しさに甘えたいから。後恥ずかしいし。

 そう、あくまで素っ気なく。


「放課後、ケーキ奢って下さいよ。私を泣かせたお詫びに」


 振り返って無表情を保とうとするが、崩れてしまう。

 無理だ、この喜びは抑えきれない。声色と表情が合ってなくてちょっとおかしいな。

 笑って上目遣いするなんて、初めてな気がする。 


「……まぁ、そんぐらいええよ」


 私が勝手に泣いたのに、無茶なお願いなのにね。

 本当に、お人好しなバカだ。先輩は。

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