スノーキャンパス(AFTER STORY)


 町内会主催、スキー旅行 大抽選会!

 今年最後の運試し!

 じいちゃんもばあちゃんもフォーリンラブ❤️



 まぁ、強烈すぎたキャッチコピーはさておき。



 スキーなんて、小学校の教室以来。興味本位で応募をしてみたら、見事にペアチケットが当たってしまったのだった。ペア……過ぎるのは、いつも当たり前のように一緒にいる柑太君のこと。でも、どうしても諦められなくて。玉砕覚悟でパパとママに直談判したのだった。


「良いわよ? というか、ダメってなんで言うと思ったの?」

「むしろ、良いって言われる理由が分からないよ!」

「向こうのご両親とも挨拶を兼ねて、お食事をしたじゃない?」

「はいっ?!」


 あれは柑太君所属の野球部が――柑太君もレギュラーで出場して――甲子園に行くそのお祝いだったわけで。え? え? そうだったよね?


「今でも忘れられないわ。彼が陽菜のこと『一生、大切にします」って言ったの♪ だいたい、野球部のお祝いで、柑太君たち一家だけをお誘いとか、普通に考えたら無いでしょ?」

「うぐっ」


 柑太君のお父さんとお母さんとは、すでに既知の仲だったから、何とも思っていなかった。でも、そういえばと思う。あの時が初のご挨拶だったんだ。


(……ごめん、柑太君)


 緊張し過ぎ。可愛いなぁ、って思っていた当時の私を許して欲しい。


「羽目を外しすぎない程度に、楽しんできたら良いんじゃない?」

 お母さんは、そう言ってクスクス笑うのだった。





■■■





 真っ白に染まったゲレンデを見れば、ワクワクが抑えられない。

 スキーをするのは、それこそ小学校のスキー教室の時依頼で。あの時に戻ったような錯覚を憶える。

 見れば、あのスキー教室の時にいた顔ぶれがチラホラ見えた。


「ふ、冬君! 本当にこれで良いの?」


 初心者教室に混ざっていたのは、小学校の時のクラスメート【雪ん子ちゃん】だった。雪女と揶揄われていた。そんな彼女に、転校してきた柑太君が【雪ん子】と名付けたことを、今でも鮮明に憶えている。


「うん、大丈夫だよ。上手い、上手い」


 にっこり笑って、そう言うのは彼氏さんだろうか。

 彼女はハの字でブレーキの練習をしていた。


 つい、そんな二人に見惚れてしまう。大きくなって――そして、彼女は綺麗になっていた。


 彼女は柑太君と同じ学校に通っている。

 同じ時間を過ごしている。


 それが、たまらなく羨ましいと思ってしまう。


 淡々と、何でもこなす子だった。悪さをする男の子に、鉄拳をくだす。みんなのお姉さんのような子で。

 でも、今の姿を見ていると、それも勝手な思い込みだったんだと気づく。


「陽菜ちゃん?」


 彼女は照れくさそうに、私を見た。それから、躊躇うことなく手を振ってくれる。


「……久しぶり」


 私も手を振りかえす。なんとか笑って見せた。雪が降って、足跡をまるで消すように。

 別に何があったワケじゃない。

 彼氏君に、無防備に微笑む【雪ん子】ちゃんが、羨ましくなったんだ。


「お、上川」

「ん? 稲葉じゃん」


 柑太君と、彼氏君が言葉を交わす。

 チラチラと雪が降る。

 足跡を埋めるように。

 自分の気持ちを埋めるように。




 ワクワクしていた感情が、冷えていく。

 これから乗るリフトを見上げて、唇が乾いていくのを感じた。






■■■





 小学校のスキー教室で、私は遭難をしてしまった。

 ゲレンデから、コースアウトをして。


 あの時の記憶を、たまに夢に見る。


 一人ぼっちになって。骨が折れて、立ち上がることもできなくて。途方に暮れるしかなかった。あの時、なんの躊躇いもなく駆けつけてくれた、柑太君のことを思い出す。


 目眩がする。

 あの日から――。


 私は、高いところが少しだけ苦手になった。

 リフトに乗りながら、手が震えそうになるのを無理矢理、抑える。


 それを柑太君に言えていない。

 一緒に居る時間が増えた。

 当たり前のように、過ごしている。

 でも、進学した高校が違う。


(柑太君はどう思っているんだろう?)


 もしも付き合う彼女が、同じ学校だったら。柑太君は、もっと青春をエンジョイできたんじゃないだろうか? そんなことを思ってしまう。


 私は【雪ん子】ちゃんのように笑えない。素直でもない。いまだに自分はなんて可愛い気がないんだろう、って思う。

 本当なら、このゲレンデに来るのも、きっと違う子で――。


 と、柑太君が私の手を、手袋越しに握ったのを感じた。


「……かんた君?」


 私は目をパチクリさせる。彼は、小さく笑んだ。完全防寒でも、その目元を見れば分かってしまうくらいには、付き合いが長い。


「ごめん。俺だけ浮かれていた。怖くないよ、ちゃんとこうしているから」

 私は目を大きく見開いた。


(……知っていたの?)

 コクンと柑太君は頷く。


「……だって陽菜ちゃん、ジェットコースターはダメだし。観覧車も、我慢して目をつぶっていたでしょ?」

「それは……」


 そうだった。

 夏に行った遊園地を思い出す。


 練習の合間、なんとか捻出できた貴重な時間。あの時、柑太君が手を握ってくれたから、目眩がウソのように消えたのだ。


「でも、無理をさせていたらごめん」


 リフトの稼働音がやけに耳に響く。


「そんなこと――」

「嬉しくて」


「……え?」


「陽菜ちゃんと一緒に、またスキーに来れたのが嬉しくて」

「柑太君……?」


「本当は、もっと独り占めしたいのに。他の人に取られちゃんじゃないか心配で。でも、練習に毎回、応援に来てくれる陽菜ちゃんを疑う自分が嫌で。本当は、こんなことを言いたかったわけじゃなくて――」


 リフトが揺れる。

 ゆっくり上がっていく。


 見下ろせば、また目が回りそう。


 でも、私はネックウォーマーを少しだけずらした。

 柑太君のネックウォーマーにも手をのばす。


 ひんやりとした空気に晒されて。

 登り切るまで、もう少し。


 リフトが揺れた、そのせいなんだ。

 私は柑太君の唇に触れていた。





 そんな私、ちょっとあざとい。

 でも、自分の気持ちをごまかしたくないから。

 もう迷わない。






■■■




 雪って、白いキャンパスみたい。

 その無地を、スキーで跡をつけながら、迷いなく滑走して。

 スノーウェア越し、風の圧を感じながら


(気持ち良い)

って、心底思う。


 恐怖心は、消え去っていた。


 柑太君を追いかけて。

 追い越して。

 横に並んで。

 ゴーグルの向こう、きっと柑太君は笑っている。



 真っ白い雪のキャンバスに。

 まるで柑太君のキャンバスに。

 私との物語を描くように。


 野球をしている柑太君は本当に格好良い。


(でも、知らないでしょう?)


 スキーをする柑太君も。休日にリラックスする柑太君も。私とキャッチボールする柑太君も。どの柑太君も、本当に格好良いことを。

 私って、現金だって思う。




 滑走して。

 私と、柑太君は跳ねる。

 着地して、そしてバランスを崩すことなく、滑って。スピードなら緩めない。雪をまき散らしながら。





 真っ白いキャンバスに、まるで絵を描くように。

 私しか、知らない柑太君を。




________________



限定近況ノートに書いた作品を公開。

サポーター つよ虫様に捧ぐ形で書きました。


しんしんと降り続ける1/2の感情のAFTER。作中は小学校~中学校の二人ですが、今作では高校生になっています(^^ゞ


「君がいるから呼吸ができる」という連載小説とリンクしています。

よろしければ、そちらもどうぞ。

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しんしんと降り続ける1/2の感情 尾岡れき@猫部 @okazakireo

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