エピローグ

 重苦しい空気の中、ガリシア八世は、玉座に座り、唯静かに、その報告を待っていた。だが、ガリシア八世の胸中は穏やかでは無かった。

 ガリシア八世が待つ報告とは、レナ=クリスティン、カルナ=エイモンド、そして、赤髪の男の現在の状況だった。更に付け加えるなら、その調査に向かった、聖騎士団の現状もだ。


 十日前、例によって、レナ=クリスティンから、サラニカの町での生存者の保護、及び、いずれ現れるであろうモンスターの討伐の依頼の連絡が入った。唯、いつもと違ったのは、生存者が二人居た事。その内の一人は、町に残してきたと言う事。そして、ガリシア八世をもっとも、興奮させたのは、次の町で赤髪の男に追い付けるかもしれないと言うものだった。

 この報告を聞き、すぐ様、いつもの様にサラニカの町がある領主に、二十の兵と、神の住む村の僧侶を一人サラニカの町に派遣させた。すると、数時間も経たないうちに、サラニカの町で生存者の発見の連絡が入った。そこまでは、いつもと多少違うものの、予想通りの流れだった。だだ、そこからだった、いつもと違ったのは……。

 いつもなら、その後必ず入る筈のモンスター討伐の報告が一向に入らなかったのだ。苛立ちを抑えきれず、バードを飛ばさしてみたものの、返事が無い。レナ=クリスティンにバードを飛ばそうかとも思ったが、もし赤髪の男との戦闘の邪魔になっては不味いと思い。控えさしていた。

 連絡が入ったのは翌日の夕方だった。しかしバードではなく、一人の兵が馬に乗って報告に来たのだ。何事かと思い、その報告を聞くと、サラニカの町に派遣した二十の兵と僧侶が殺されたというものだった。領主もまた、不審に思い、サラニカの町に更に兵を派遣したらしい。すると、ぐちゃぐちゃに潰された兵達の死体を発見したのだと言う。その殺され方は、赤髪の男のものとは、明らかに違っており、今までと違う、強力なモンスターの登場を予感させるものだったらしい。

 この報告を聞き、ガリシア八世の胸中は怒りと不安でいっぱいになった。その一番の理由は、神の住む村の僧侶が殺された事だ。唯でさえ、赤髪の男が神の住む村を襲ったせいで、僧侶の数が激減したと言うのに、また貴重な僧侶が死んでしまった。

 ガリシア国聖騎士団の戦力は、他国と比較しても引けをとらない。だが、ガリシア国の国家の安泰を支えている一番の要因は、この国に神の住む村が存在しているという事だ。いや正確には、「だった」だ。唯でさえ、村を滅ぼされ、他国から非難を受けているというのに、その時村に居らず生き残った貴重な僧侶を、また一人減らしてしまった。

 これでは、下手をすれば、国家の安泰が脅かされてしまう。この状況を打破するには、大陸を恐怖に陥れている赤髪の男の首、それが一番なのだ。だが、それもいつになるか分からない。そう思い、神の住む村の僧侶を、各城に一人だけ残し、村の復旧の為に、村に帰らすと言う保険を掛けた。それが今回は、仇になった。連絡手段である、僧侶が殺されて、連絡が滞ってしまったのだ。

 仕方ない。そう思い、ガリシア八世は城に居る僧侶に、レナ=クリスティンへとバードを飛ばさせた。だが、この事が更に、ガリシア八世を落胆というよりはむしろ絶望させた。何時間待っても、レナ=クリスティンからの返事が来ないのだ。恐らくは、赤髪の男に追いつけたのだろう。そして、その結果殺された……。これが、連絡が来ない理由としては一番しっくり来る。いや、間違いないだろう。あの女だけが、赤髪の男から生き延びたレナ=クリスティンだけが希望だったというのに……。

 いや、まだ分からない、わずかな可能性だが相打ちという事もあるかもしれない。どちらにしても確認をしなければ、そう思いガリシア八世は、側近に命令を放った。

 「今すぐ、第六聖騎士団、団長デューク=ハルバートを呼べ」

 「はっ!」そういって、側近は敬礼をし、下級兵に顎で合図を送る。すると、下級兵が走って部屋を後にした。



 しばらく、時間がたった後、「お呼びでしょうか?陛下」そういって、デューク=ハルバートがやってきた。それを確認し、ガリシア八世は、デュークに命令する。

 「デューク=ハルバート、今すぐグランドマインへ向かえ。兵を十人連れて行って構わん」

 「グランドマインへ……、でございますか?」デュークは訝しげに、そう返す。

 「ああ、そうだ。連れて行く兵は貴様が選んで構わん。レナ=クリスティン、カルナ=エイモンド、及び赤髪の男の詳細を掴んで来い」

 これを言われ、デュークの顔色が変わる。

 「赤髪の男……、でございますか?」

 「ああ、そうだ。何も赤髪の男を倒して来いとは言わん。グランドマインの現状を見てくれば、自ずと何か分かるであろう?分かったら、さっさと行け!」ガリシア八世は、苛立ちを押さえきれず、強い口調でそう言い放った。

 「承知いたしました!」

 デュークは慌てて、そう返すと、一礼した後、踵を返し、部屋を後にした。

 それを、見届けた後、ガリシア八世は思案にふける。

 デューク=ハルバートは、剣の腕は確かだが、思慮深さに欠ける……。だが、他の騎士団長は失うには惜しい存在ばかりだ。あの男なら、万一殺されても構わない。こんな時にアッシュ=バートンが生きていれば……。いや、あの男でも赤髪の男には敵わなかったのだ。誰が行っても、同じ事。なら、デューク=ハルバートに行かせるのが一番の正解。だが、調査と言う点では不安が残る。そう、思いガリシア八世は、今度は第三聖騎士団、団長にして、唯一の女性騎士団長フローラ=マルチネスを呼び寄せた。

 「フローラよ、明日、十の兵と共に城を発ち、グランドマインへ向かえ」

 このガリシア八世の言葉を聞き、フローラはやや戸惑い疑問を返す。

 「グランドマインへでございますか?ですが、陛下グランドマインへは、第六聖騎士団長が……」

 「ああ、分かっておる。お前は万が一の保険だ。デュークでは、調査と言う点で不安が残る。奴が町に入り、安全を確認した後、お前が調査を行うのだ。良いな?」

 そう言われると、フローラは片膝をつき「かしこまりました」と一礼をし、部屋を出て行った。

 


ガリシア八世は、現在このフローラからの連絡を待っていたのだ。そして、ついにその時がやってきた。

 しかし、その報告を持ってきたのは、フローラ本人ではなく、フローラと共にグランドマインへと向かった騎士団員の一人だった。少し、動揺したものの、ガリシアは冷静にその騎士団員に報告を命じた。すると、騎士団員は片膝を付き報告を始めた。

 「申し上げます。グランドマインの町は無事でした……」

 この言葉を聞き、ガリシア八世は興奮し、腰を半分浮かしてしまった。そして、興奮を抑えられないまま口を開く。

 「無事……?今、グランドマインは無事と申したな?では、赤髪の男は?レナ=クリスティンはどうなったのだ?」

 興奮を隠せないガリシア八世とは反し、戸惑いを顕にし、騎士団員は口を開く。

 「グ、グランドマインの町は無事……。でしたが、赤髪の男の消息は不明。レナ=クリスティンは死亡したとの事……」

 「なんだと!どういう事だ?町が無事という事は、赤髪の男は倒されたのではないのか?レナ=クリスティンは、赤髪の男に殺されたのではないのか?」

 こう言われ、騎士団員は更に伐が悪そうに、口を開く。

 「そ、それが、グランドマインの自警団の団長と言うものに、事情を話させたところ、グランドマインの町を襲っていた。フレイ=バーンズなるものとの戦闘に敗れ、死亡したとの事です。そして、その男は、カルナ=エイモンド、ウイン=クルリエルの両名によって倒されたという事です」

 「何だと?レナ=クリスティンは、そんな分けの分からん輩に殺されたというのか?」

 こう口にしながらも、ガリシア八世は少し安堵を覚えた、それはウイン=クルリエルの名を聞いたからだ。ウイン=クルリエルの事は、ガリシア八世も良く知っている。実際その強さも目の当たりにしている。奴ならば、赤髪の男も倒せる可能性は十分ある。いや、恐らくは倒したのだろう。そして、そのまま町から消えた。そうに違いない。そう確信……、と言うよりはそう願って、騎士団員の次の言葉を促した。

 「して、今は、町から旅立った、ウイン=クルリエルを探していると申すのであろう?赤髪の男を倒したと言う確認を取るために、そう言うことであろう?」

 そう言われ、騎士団員は額に汗を浮かべ、震える唇を開く。

 「そ、そそそ、それがウイン=クルリエル、及びカルナ=エイモンドは現在、逃亡中でございます」

 「逃亡中?どういう事だ?いったい何から、逃亡していると言うのだ?まさか、赤髪の男からか?いや、赤髪の男が居るなら町が無事なはずが無い。どういう事だ、早く申せ!」

 ガリシア八世は分けが分からず、苛立ちを隠せない。

 「は、はい。それが我々より先に出発した。デューク=ハルバート一団が町に到着したその日に全滅させられていまして、それを、行ったのがウイン=クルリエルとの事。そして、町から逃亡したとの事。更に、その時、カルナ=エイモンドも同様に町を逃亡したとの事です。そして、マルチネス聖騎士団長は私一人を報告に寄越し、目下二人を追跡中です」

 この報告を聞き、ガリシア八世は目が飛び出んばかりに驚き、一瞬頭が真っ白になった。

 どういう事だ?全く分からん。あのウイン=クルリエルが何故、聖騎士団を殺す必要がある?私の依頼に答え、聖騎士団と協力して戦った事さえあると言うのに。それに、カルナ=エイモンドも何故我々から逃げる必要がある?まさか、カルナ=エイモンドが赤髪の男と言う家臣の推測が当たっていたと言うのか?いや、だとしたら何故ウイン=クルリエルは、そんな男と逃亡すると言うのだ?分からん……。どの道、考えたところで、全ては推測にしかならん。今は、何としても、二人を捕まえなければ、フローラ=マルチネスを派遣しておいたのは正解だった。だが、あのウイン=クルリエルが相手そう簡単にはいくまい。そう思い、ガリシア八世は徐に立ち上がり、口を開く。

 「今すぐ、グランドマイン近辺に存在する僧侶全てに、バードを飛ばせ!何としても、ウイン=クルリエル及びカルナ=エイモンドを捕らえるのだ!」

 そう、命令を下した後、ガリシア八世は怒りに任せ、玉座を殴り飛ばした……。

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