赤髪②
「レナァァァァ!ぬ……、ぐおおおぉぉぉ……」
カルナの目からは大量の涙が零れ落ちる。そして、膝からその場に崩れ落ちる。そのカルナの姿を見てフレイが満足気に口を開く。
「ククク……、ハーハッハッ!これで、俺と貴様は同志となった。大切な者を目の前で奪われた心の痛みを知るなぁ!ククッ。恨むなら、そこで尿まみれでなっている豚を恨むんだなぁ!嘘八百を並べ、貴様達を騙し、俺を殺そうとした醜い豚をなぁ!ハーッハハッ」
「黙れ……」
「ん~。何か言ったか?」フレイが、カルナをからかう様な仕草をする。
「……、す、……ろす、……、こ……、す、……、こ……、ろす、……、ころ……、す」カルナがまるで何かを唱える様に、そう呟きながらゆらりと立ち上がる。
「ん~。よく聞こえないなぁ。何だって?」フレイはお構いなしに、ふざけた態度を取り続ける。
「殺す……、殺す……、殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す……!」
カルナの声がどんどん荒く激しくなる。そしてギロリとフレイを睨みつけたカルナの目から流れる涙は、真っ赤に変わっていた。
「ククク、いい目だ!五十年前の俺と同じ目だ!大切な者を目の前で奪われ、全てを憎む目だ!そうだ、憎め!この俺を!この世の全てを!そして大切な者を守る事すら出来なかった自分自身をなぁ!」フレイは、炎の手を、目一杯に広げる。
「黙れー!」
カルナが怒りと共に『魂の音色』を一瞬で鞘から抜き出す。と、同時に『魂の音色』の刀身に炎が渦巻く。そして、更にその炎は一瞬で巨体な炎の塊へと変わる。
その様を見て、フレイが笑いながら口を開く。
「ククク……、何だ、それは?よもや貴様、その炎の剣で俺を殺せるなどと、思っていないよな?だとしたら、貴様もトーマスクラスの間抜けだなぁ!ハーッハッハッ。そんな物で斬りかかれば、俺は死ぬどころかその炎も取り込み、俺のパワーが増すだけだぞ!それでも、掛かって来るのか?」
「言いたい事は、それだけか?」
「あぁ?」
「言いたい事は、それだけかー!」
カルナの叫びと同時に、それまで真っ赤に燃えていた『魂の音色』の炎が、まるでそこだけ空間が、抉り取られたのかと錯覚してしまうぐらいの黒色に変化する。
「なっ、何だぁ?」フレイの心に一瞬にして動揺が生じる。
あんな黒い色の炎など見たこと無い……。いや、それ以上にフレイを動揺させたのは、あの炎を見た瞬間、一瞬とはいえ恐怖を感じてしまった事だ。“落ち着け。確かにあれは黒く異様な炎だ。しかし炎である事に変わりない……。同じ炎である俺が、殺られる事は無い!”フレイは自分に言い聞かせ、精神を落ち着ける。と、そこへ。
「レナ君!カルナ君!無事か!」
グレイゴリーを倒したのか、ウインが駆けつける。しかし、部屋に入る直前で、ウインの足が止まる。いや、身体全体が凍りついた様に動かなくなる。
「何々だ……、このまがまがしい殺気は?カルナ君か……?」
ウインはそう口にしたつもりだった。しかし、殺気から受ける重圧で言葉にならない。入れば、殺される!そんな思いがウインの脳裏を掠める。そして、身動きの取れないまま、固唾を飲んで中の様子を見守る。すると、中に居る炎のモンスターが口を開く。
「フン!赤かろうが、黒かろうが、所詮、炎は炎……。殺せるものなら殺してみやがれ!」
そうは言ったものの、フレイは思う。あの炎は得体が知れない……。喰らわないに越した事はない……。フレイは身構え戦闘体勢に入る。しかし、カルナの姿がフレイの視界から消える。
「なっ?」バカな……、この俺が見失うとは。あり得ない。フレイは驚愕する。
しかし、それ以上にあり得ない感覚が、フレイを襲う。
バカな!バカな!バカな!!バカなぁぁ!熱い!熱いぞ!炎である俺が熱い?そして、自分の体を良く見てみると、赤い炎の身に黒い炎が纏わり付いている。
「バカなぁ!何々だ、これは!熱い!焼けている?何故だぁ?炎である俺が、何故焼かれているのだぁ!ぐおぉぉぉ……」
“カチン”フレイの後ろで、微かに金属音が聞こえる。慌ててフレイが、後ろへ振り返る。すると、カルナが刀を鞘に戻しているところだった。
「貴っ様ぁー!この俺に何をした?この黒い炎は何なのだ?」
カルナは下を向いて、何も答えない。
「ぐおおお……、貴っ様ぁ、答えろぉ!」フレイが吠える。
するとカルナがゆっくり顔を上げ、口を開く。
「お前も……。お前もぉー!レナと同じ苦しみを味わえばいいんだぁ!」
カルナが叫び、更に殺気を増大させる。それに呼応する様にフレイに纏わり付いた黒い炎が勢いを増す。
「ぬぅぎゃああああ……」
黒い炎が完全にフレイの体を包み込む。
「この……、俺が。神に選ばれた、この俺がこんな所でぇぇぇー!」
その最後のセリフを残し、フレイの体は黒い炎と共に宙へと消える……。
「レナ……、レナ……、レナ……」
カルナはゆっくりと歩き出す。まるで亡霊の様にふらりふらりと。今さっきまでフレイの立っていた、その場所まで……。そして四つん這いになり、何かをやり始める。
それをウインは、未だに身動きが取れず、唯黙って見つめる。ウインは初め、カルナが何をしているのか分からなかった。しかし、カルナの言動を見続けるうちに理解する。カルナが何をしているのか、ここで何があったのかを……。
「レナ……、レナ……」
カルナは目の前が涙で滲んで殆んど見えない。しかし、それでも必死にかき集める。レナを……、レナが燃えて出来た灰を……。いや、それがレナの灰か、そこに元々あった埃なのか、その区別はつかない。それでも、カルナは集め続ける。そして自分の道具袋へと、詰め込んでいく……。
「ん……?た……、助かったのか?私は?」
そこへ、ハワード町長が目を覚ます。そしてカルナを発見し、声を掛ける。
「おお、エイモンド様。来て下さったのですか?フレイは?クリスティン様は?」
そのハワード町長の質問に何も答えず、カルナは立ち上がり、ゆっくりとハワード町長の方へと歩き出す。そのカルナの異様な雰囲気に気付き、ハワード町長がうろたえる。
「ど……、どどど、どうかなさいましたか?エ、エイモンド様?」
しかしカルナは、何にも返さず、無言で刀を抜く。
「ちょっ、ちょちょちょ、冗談ですよね?エイモンド様!」
「お前さえ居なければ……」
「ひぃぃぃ!」
ハワード町長は狼狽し、後ろへ後ず去る。ウインもカルナの異様さに気付く。
「カルナ君!止めたまえ!」
だが、ウインが叫んだ時には、すでにハワード町長の首は床に転がっていた……。そしてカルナは元の場所に戻り、また灰を集め始める。ウインは、ただじっとその光景を見守り続ける。すると、カルナが急に叫びだす。
「うおおお……!止めてくれー!消さないでくれ!」
ウインは、カルナが何を言っているのか分からなかった。しかし次の言葉で理解する。
「魂の音色よ!消さないでくれ!レナを失ったこの胸の痛みを!悲しみの感情を!うおおお……。嫌だぁ、失いたくない!止めてくれぇ……」
カルナは必死に右手で左胸を握り締める。しかし、無情にも感情は消えて行く……。もうカルナの中には悲しみも、胸の痛みも無い……。ただ残るのはレナがフレイに殺されて、悲しんだという記憶だけだ。そしてカルナは、スッと立ち上がり出口へ歩き始める。それに気付き、ウインは何か声を掛けようと考えるが、何も思い浮かばない。そしてカルナがウインの横を通り過ぎる時、二人の目が合う。その時、カルナがボソリと一言零す……。
「何々だろうな……。俺は……」
それだけ言って、カルナは階段を昇って行く。
ウインは、ただ何も言えず、しばらくその場に立ち尽くす。そして背中に冷たいものが流れているのに気付く。そして震える右手で顔を覆い、一人呟く……。
「バカな……。何だあの目は……?何々だ……、この感覚は?まさか恐怖?この私が?恐怖だと?あり得ない……。五百の兵士を目の前にしても……。あの神の住む村の人間達を目の前にしても、あまつさえ、あの最強の賞金首ハンター、ウイン=クルリエルと対峙した時ですらも感じなかった、この私が恐怖?あり得ないぞぉー!この俺がぁ!屈辱だ……。俺は恐怖を与えても、与えられる者じゃない!何故なら俺に勝てる人間など、この世に居ないからだ!五百の兵士も!神の住む村の奴等も!あのウイン=クルリエルでさえ、この俺に傷一つ、付けられなかったのだから!面白い。面白いぞ!カルナ=エイモンド!期待以上だよ!気に入ったよ……。お前の事がなぁ……。これから俺は、お前に付いて行く……。そしてお前という人間を見極めてやるぞ!そして、その時こそ!お前を殺し、お前の血で、この俺の美しい白い髪を真っ赤に染め上げてやるぞ!フフフ、フハハハハ……」
そして、赤髪の男と呼ばれる男は出口へ向かい、静かに階段を昇り始めた……。
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