エピローグ

第01話 風月丸は往く

 その日の午後。

 美鶴神社の謁見の間で、風月丸の弾劾裁判が執りおこなわれた。

 旧鬼包丁の封印を無断で解放した咎、および、同刀を無断で麒族討伐に使用した咎についてである。

 裁くのはもちろん美鶴御前であり、一切の弁明・釈明も許されない絶対的裁判である。

 攻類神道という閉じた組織だからこそ成立するシステムだ。

 上段の間には美鶴御前と橘凛、下段の間には神妙に裁きを待つ流一郎の姿があった。

 もちろんふすまの向こうでは二四人の巫女たちが聞き耳を立てている。

「それでは決を下す」と美鶴御前。

 二四人の巫女のうち、誰かがゴクリとつばを飲む音が聞こえた。

 そんなことは意に介さず、美鶴御前は言葉を続ける。

「旧鬼包丁を抜き去り餓鸞童子の復活に関与したこと、および、同刀の麒族討伐への無断使用については――全てを不問とする」

「不問……!?」思わず聞き返す流一郎。

「何も別段驚くことはあるまい。あの時点で貴様は、まだ自分の鬼包丁すら手にしておらぬ――いわば一般人も同然だったのだからな」

 ホッと胸をなで下ろす凛と同じように、ふすまの向こうでは安堵のどよめきが起こった。

 だが、きっとこれは正しい裁きではないだろう。風月丸が一子相伝の存在だと言うなら、先代である父が命を落とした時点で流一郎が風月丸になっていたはずなのだから。

 だからこれは、現状の体制を維持するための妥協案であって、正義の裁きではない。

 しかし、第三十八代風月丸としては受け入れざるを得ない「大人の知恵」だった。

 美鶴御前に一礼をし、謁見の間を退出すると、すぐさま二四人の巫女たちに出迎えられた。中には涙ぐんでいる子もいて、今回の裁判がいかに重いものであったのかを再認識させられた。

 凛と二四人の巫女たちに正門まで見送られ、流一郎は美鶴神社を後にする。

 別れ際に凛が問うた。

「あの子――時女宵子をこれからも「鞘人」として使役するおつもりですか?」

「ああ、そのつもりだ」

「大変な危険にさらすことになりますよ」

「それで引き下がるような彼女じゃないだろう。時女宵子はもう十分に仲間だ」

「――そうですね」

 凛の表情は複雑だった。

 その表情の意味が分かっていても、流一郎がそれに触れることはない。

 流一郎はきびすを返して石段を下り始めた。

 凛はその背中を黙って見送っていたが、やがて自分の後ろに集まっていた巫女たちを振り返ると「振られちゃったね」と微笑んだ。



 石段を下りていると、ちょうど中腹あたりで姫野先生が上ってくるのが見えた。

 いや、美鶴神社で会うときは真那霞姫と呼ぶべきか。

 真那霞姫はすでに美鶴神社に祀られて神となっている麒族だ。

 だが、いつの日か餓鸞童子のようにならないという保証はないのだ。

 そのことを彼女に伝えると、

「私はもういいよ。十分に生きたし、戦いにも飽きた。麒族に夜明けが来るのなら、それは地球の意思なのだろう」と返ってきた。

 そんな達観が、真那霞姫には似合っている――と流一郎は思った。

「まあ、間違いがあったときは、お手柔らかに頼む」

 真那霞姫はそう言うと、再び石段を上り始める。

 流一郎もそのまま振り返ることなく石段を下りていった。



 殺人鬼の息子だと、ののしられ生きてきた。

 それはこれからも変わらないのだろう。

 大切な人の姿をとどめた亡霊人は、誰かにとって大切な存在であり続けるからだ。

 それでも風月丸は戦いをやめない。人類が、夜への侵略を終えるその瞬間まで。

 時に昭和五十八年――これは、そんな時代が終末へ向かう物語である。


             【了】

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昭和享年 宝寺リコ @HOJIRIKO

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