有嶋 三岐
一話 倦怠と日常の裂け目
万民において行動欲求は可変かつ有限の資源である。
残念ながら、社会にはびこる自己啓発書が語るほど万人は自己実現において貪欲ではない。大抵の凡人は必ずどこかで行動欲求の上限に引っ掛かり、それ以上の向上が望めなくなる。
つまるところ「飽きる」のだ。子供がいつかおもちゃを捨てるようにその対象に対する熱意を失って、それを行わない自分が当たり前になってしまう。
ただとても恐ろしいのは、人間にとって「飽き」というのが何も物事に限らないということだ。
たとえそれが毎日の日課であったとしても、長年の友情関係だったとしても時としてあっさりと消え去ってしまう。
***
「でさ~。次の授業から
出穂は組んだ腕の上に自分の頭を落とすと、そのままうめき声とともに体を揺らす。
それを見て聡は
「あいつ三年の前期でほとんど単位取り終わってるから、お前と違ってブッチし放題やもんなww」
といってケタケタを笑った。私はそんな二人を他所に会話に入らずにスマホをいじっている。内部進学組で入学前から中の良かった私達四人は、昼休みになると決まって二号館二階の廊下にあるこの机で昼食をとるという暗黙の了解があった。
だがこの一週間、私たちは3人でこの時間を過ごしている。遅刻常習犯だった玲がついにやってこなくなったからだ。
「三岐。ねぇなにやってんの!」
隣に座っていた出穂はうつ伏せの状態からがばりと起き上がると、私のスマホ画面を覗き見る。反射的に画面を隠すが遅かったようで、出穂はにやにやとした顔で私を見つめた。
「なるほど三岐ちゃんは、玲君が来なくて寂しいんだねぇ~~」
「なっ、ちがっ!…こんなに来ない日が続いたから、流石に気になるでしょ!?」
私は熱くなるのを感じて、大声で出穂に反論する。周りが静かになったのを感じてあたりを見渡すと、他の学生達は視線を戻して廊下の空気はもとに戻った。
私は出穂に視線を戻すと、彼女は未だににやにやとした表情とともに意味ありげな視線を送ってくる。
「気になる!?やっぱり玲君のこと気になっちゃうよね!わかる~」
絶対にわかってない。むしろこいつは勘違いしている。
愚痴の話から恋バナになった途端、出穂の目が彩を取り戻したかのように光り輝いて私をのぞき込む。私はその好奇心むき出しの視線から逃れるように聡の方を見ると、昼休みの終了を告げるチャイムが二号館内に鳴り響いた。
出穂は「ちぇ…」と小声を漏らすと机の上に広げたに荷物を手提げかばんの中に放り込む。
「まあ玲のことはうちからも聞いといたる」
「またね~」
聡と出穂はそういうとエスカレーターで一階へと降りていく。私は手を大きく振る出穂に掌を上げて答えたあとにもう一度いつもの机を見返す。
チャイムがなった後の廊下は、次の授業へ移る人、食事を終えて帰る人と、皆足早に去っていき、廊下の机に座ろうとする人影はない。
とうとう今日で一週間。
栞の断片 霧継はいいろ @mutugihaiiro
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