第四十二話 確かに燃ゆる

「…つまんねぇ」


倒れこむフロスタリアに、アレキスは失望の表情を浮かべる。

右手に持った剣を逆手に持ち直すと、フロスタリアに近づき、彼の首の上にその刃先を持ってくる。


「せめて快感をよこしな」


アレキスが剣を振り上げるとフロスタリアの身体が光の鎖に包まれ、アレキスの剣を防ぐ。そのままフロスタリアの身体はリリアへと引っ張られる。

意識がないフロスタリアの脈をリリアが確認し、安堵の溜息を洩らした。


「大丈夫。弱いけど脈はあるし呼吸もしてるわ。仮眠室に戻せばじきに目を覚ますはずよ」


リリアは後ろにいたアーデンに目を向けるが、アーデンはそれには答えず、武器を構えてリリアの前に出る。

直後にフロスタリアに向けられた凶刃をアーデンの大剣が防ぐ。


アレキスは突進切りを防いだアーデン、ではなく現在進行形でフロスタリアの治療を進めるリリアを鬼の形相で睨む。


「お前、何のつもりだ。」


アレキスはアーデンと鍔迫り合いを続けながらも、アーデンの方を一切見ずにリリアを睨み続ける。


「そいつの処刑はじじいから俺に一任されてんだ。それを異端と背信者に実力を示すチャンスを与えるっつうヘウルアの要望が満たせるように体裁を整えてるに過ぎねえ。負けた以上、そいつはここで死ぬんだよ」


アレキスはそう言ってアーデンを少しずつ押していく。


(…こいつ。膂力の時点で半端ねーじゃねーか!)


「私は巫女で、今は救護係。ケガしてる人間を見殺しに何かしないわよ」

「はっ…。威勢はいいが声は震えてるじゃねえか。大人しくそいつを渡せ」


リリアは勇ましくアレキスを睨み返すが、唇が微かに震えている。

アーデンは歯を食いしばってアレキスを押し返し、アレキスは二歩下がって二人を見た。


「…いたのか異端児。押し返す力が弱すぎて気づかなかったぜ。聞いた話にゃさっきの青髪が南部騎士隊の分隊長でお前は一般兵らしいじゃねえか。

あれが負けたのに、お前なんて勝負になると思うか?」


「…別に正面切って殴りあうだけが勝負じゃねえよ。すぐ泣かしてやるから見てろ」


喧嘩言葉を買ったアーデンにアレキスは嘲笑を浮かべる。


「ハッ…!ここが戦場ならともかく、修練場で正面切って殴りあうだけが勝負じゃねえだと?」


しばらく笑っていたアレキスは何かを思い出したかのように笑うのをやめると、再びせせら笑いでアーデンを見る。


「…お前らの顔を見て思い出したが、聖都内で報告のあった銀髪の異端ってのは、馬車にいた残りのやつだったんだな。

どうやって入ったかは知らんが、異端の聖都への不法侵入は極刑対象だ。すぐに連れてってやるから、先に死んで待ってろよ」


そういうとアレキスは武器を構えなおし、アーデンに向かって切りかかる。


「…殺す」


一片の曇りもない純粋な殺意。アーデンの真っ黒な瞳孔が完全に開き切り、その深淵の暗闇にアレキスがひるんだその一瞬。アーデンの掌が幾重にも光り猛烈な爆発が起きる。


アレキスは大きく飛び退くと、立ち上った煙を払う。修練場はそのほとんどが煙に包まれ、アレキスからはアーデンの様子が全く見えない。


「勝手に何やってるんだお前達!!」


突如私闘を始めたアレキスとアーデンに、クロエはキレ気味に怒鳴る。光の壁でアレキスとアーデンを仕切るとアレキスに小走りで近づいていった。


「今すぐやめろ、こんな状態でお前が技を振り回したら、観覧席に死人が出るぞ」


「なあ、あいつ何者だ?親の仇みてえな面で俺を睨みやがったぞ」


アレキスは純粋に笑みを浮かべている。クロエの言葉が耳に入っていない様子だが普段ゲスな笑みか作り笑いしかしない男の純粋な笑いにクロエは戸惑いを覚えた。


アレキスはコンコンと光の壁を叩く。


「これ、外してくれよ。楽しくなってきたんだ」

「…お前。さっきの私の話を聞いてたか?」

「この煙幕起こしてんのは俺じゃなくてあっちだろ。この後の試合でも煙が上がるたびに試合を止める気か?

それに、観覧席に攻撃がいきそうになったらお前が防げばいいだろ?」

「…無茶を言う」



クロエは深く溜息をつきながら光の壁を解除する。

アレキスが一歩を踏み出すと、100を超える火球が一気にアレキスに襲い掛かる。

両手の剣で火球を撃ち落し、火球の来た方向に向かって雷の刃を飛ばした。


(空ぶった…細かく位置を変えてやがるな)


次は反対方向から火球が現れ、一つ一つが正確にアレキスの方へと飛んでくる。

アレキスは火球を切断しながら、今度はアーデンの移動位置をカバーするように広範囲を雷の刃で薙ぎ払った。

金属の衝突音が鳴り響く。アレキスは素早く音の方向へ駆け寄り、双剣での連続攻撃を叩き込む。しかし、アーデンは大剣でこれを防ぎ切る。



「―迅雷――。斬鉄剣スラベント!」


アレキスの原子構造を破壊する振りが空を切る。

スピードで勝っているはずのアレキスの攻撃が不自然なほどにアーデンに当たらない。逆にアーデンの火球は切り結んだにも関わらず高精度にアレキスを追従する。


(熱でこっちの居場所が探知されてるっぽいな。だが、斬撃まで当たらねえのはどういう了見だ?)


アレキスは切り払った火球に目を向ける。切断して消滅するはずの炎が何もない地面で永遠に燃え続けている。よく見れば、アレキスの鎧に触れたほんの小さな燻りも消えずに熱を保ち続けている。


「消えねえ炎に、追尾する火球…。…まさか」


「―熱情――。原点回帰ビッククランチ!」



修練場のど真ん中からアーデンが高らかに祝詞を詠む。

アレキスに付着した炎の欠片を目標に、今まで防いだ炎が四方八方から弾幕になってアレキスになだれ込む。


「うぉぉぉぉぉ!!!! ―迅雷――! 神の雷霆クレア・ケラウノス!」


アレキスは自分の今いる空間にありったけの雷の斬撃を書き込む。それを全方向に向かって放ち、追加で修練場の真ん中に向かって斬撃を飛ばす。


(声がすんなら間違いねーだろ!)


雷の斬撃は声の発生源を捕え、対象をバラバラにした。アレキスの"神の雷霆"は火球と一緒に周囲に立ち上っていた煙をも消し去り、再び修練場全体が見える。

上空に浮いた黒く焦げ付いた物体の欠片が地面に落ちてくる。

アレキスが剣をしまおうとしたその時、


「チェックメイト」


アレキスは首根っこを掴まれ地面に叩きつけられた。頭を動かして声の主の顔を見ると、始まる前のどす黒い眼光がアレキスをのぞき込む。


「どうやって避けた。最後のあれは、全方位攻撃だったはずだろ?」


アレキスは舌打ちとともにアーデンに尋ねる。


「いったろ。正面切って殴りあうだけが勝負じゃねえって。一番最初の一発以外、俺はフィールドに立ってねーよ」

「…は?」

「ずっと観覧席から攻撃してた。クロエがお前の全方位攻撃を気にして壁で観覧席を守ってたからな。火球は全部観覧席からクロエの壁の上側を通してお前に当ててたんだ」


「…。じゃあ、剣での攻撃と最後の死体は?」

「死体については、俺の師匠が因子で生成した物から人間の身体を作るスペシャリストなんだよ。流石にメルキュア師匠みたいに人間そっくりには作れねえが、感電死体に似せるくらいはできる。剣については…」


そいうと、アーデンは自分の大剣を手を使わずに動かして見せる。

そして得意げな顔で、


「特別性なんでな」


と言って見せた。そのアーデンを見てアレキスは舌打ちをする。


「ふざけるなよ。はじめからフィールドで戦っていなかっただと?最後は死体のフェイクで油断させて不意打ち?勝負をふいにしやがって」


アレキスの左手の剣が青白く光る。振り向きざま剣を切り上げる。


「道化が!」

「!!!!!」


アーデンはアレキスに爆風を浴びせながらアレキスの腕を真横に押す。剣は軌道を変え、縦を切り裂くように青白い雷の柱が空へ上る。膂力さで吹き飛ばされ、体勢を立て直そうとしたその時、観覧席から悲鳴が聞こえた。


「教皇様!お気を確かに!教皇様!」


二人は前方の観覧席に目を向ける。狙いのそれた斬撃はクロエの壁を貫通し、胴体が真っ二つになった教皇に姿がその先にあった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

棄民の園 霧継はいいろ @mutugihaiiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ